シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

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ステージ

1.名もなき「街」

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 ♪ 
 鳴けよ鳴け  小鳥たちよ   お前達のさえずりが
 世界への合図となる
 さあ 鳴け  鳴けよ鳴け
 お前達のさえずりで 起きるモノ達が
 このステージに立つモノだ――
 ♪

 宴の都。かつて、世界でそう呼ばれ活気づいていた華やかであったろう都市は、今やそんな面影すら残さない程に、静寂で満ちていた。

「ったく、信じられないな、これがかつては晩餐会やら茶会やら開いてた場所なんて、サ」

 腰よりも長い銀髪のロングヘアーをした細身の男が、そのかつての宴の都一つの建物の抜け殻に入り、建物内の床であったであろう、床が無惨に引き剥がされて地面が露出した所を、意味もなく軽く蹴飛ばす。

「おいヴァル。こりゃ金銭ものどころか...建物すらもぬけの殻状態で、ただ土地があるだけの場所じゃねえか」

 ヴァルという、銀髪の男よりもやや低めの普通よりガタイの良い、茶髪の男が、微かに残った床がある場所を探し、そこにしゃがみ込んだ。

「まあそういうなって」

 ヴァルはそう言って、床がある場所に長年降り積もった砂埃を、手で少しずつ払う。

「ここだってなぁノア、かつてはお前が好きな美男美女が夜通し踊って暮らしてたんだぜ?」

 ノアという銀髪の長身な男は、ケッと不機嫌そうに言いながら、両腕を持ち上げ、ヴァルにワザとらしく大袈裟にくるくると踊る仕草をしてみせた。

「そりゃ、俺ァ美しいモノが大好きさ?だけどな、こんな建物の装飾はおろか、窓も床も……全てを剥ぎ取られて骨組みにだけになっただけの錆びついた街に、魅力も何も感じるわけないだろうが、ヨッ!」

 ノアはそう言いながら、その場で一回転して、砂埃を舞い起こしながら優雅に決めポーズをする。
 ……俺にお前の美とやらを披露してどうする……。

 そう言いたかったが、ヴァルは彼のダンスなぞ、微塵も見る気はなく、ただ床の砂埃をササっと取り払い、露になった床を見つめながら、考え事をし始めた。

「……ノア、……この街は、どんな時間だろうと宴が行われていたんだよ」

「いや、ど無視かよ!」

 ノアは地団駄を踏みながらキレつつ、羽織っていた少し薄汚れた藍色のロングコートを肩に掛けた。
 一応、気にかけて話かけたつもりだったんだがな……。
 踊りのパフォーマンスを褒めてもらえず、機嫌を損ねるノアを気にするフリすら見せず、ヴァルは続けた。

「……ここで踊った踊り子達は富豪達によって名を刻まれる事で、大出世を果たしていたんだよ。最初はそれこそ小さな木版や、トロフィーに。だが……次第に事は大きくなり……果てには、彫る物自体が無くなって、貴族の家の床や壁、窓にさえも深く刻まれるようになった。」

「……アン?」

 ノアは説明をするヴァルの視線にようやく気付き、彼に近づいて、まだ砂埃が若干残ってはいるが、うっすらと露になった床の一部分を覗き込む。
 するとそこには、誰かの名前が彫られていた。ロン・リアテール、と。

 ふと、ノアが視線を周りに向けると、よく見ればその名前は一人分ではなく、ただ砂埃を払ってないだけで微かに残っている床、裸になった家の柱、薄っすら残る窓等の全てに、名前と思われる文字があちこちに彫られている事が分かった。

「……こいつァ……」

「この街の家の壁、床、窓まで、全てコソ泥達によって全て剥ぎ取られ、骨組みだけの街になってるのは……それだけ価値のある踊り子達の名が、家中に彫られていたからさ」

 あたりをぐるっと見渡せば、何も無いように見えるが、恐らく所々残った所を探せばいくらでも出てくるのだろう…ここで自分の踊りを披露した、踊り子達の名前が……。

「だけどよ、ここにあるお前が掘り当てた名前、“ロン・リアテール”なんて踊り子、聞いたことないぜ? おおっと、念の為言っておくが、俺はこの分野には結構詳しいからな? 舐めんなよ?」

 ビシッとヴァルを両手で指差し、頼みもしていない自分の知識自慢をし始める。だがそこはヴァル、これもさっきと同様に気にも留めない。なんならいつもの事で慣れっこだ。

「お前が知らないのも無理はないさ。ここにある名前は、この街で踊っただけでその踊り子の名前が彫られる。例え、一晩限り、一曲だけの踊りであってもな。それが、踊り子達がこの街を目指す理由の1つでもあった。ただ、踊り子としての自分の名を残して欲しい。ただそれだけの為に……」

 ここにある名前の持ち主、ロン・リアテールは果たして男なのか女なのか、それすら二人は知りもしない他人だ。
 だが、確かにここで踊った。宴の街で、踊り子として、立派に踊り遂げた一人の人として。

 俺達二人にこの名前を見られることなど、当の本人は想像だにしていなかっただろうが……。

 この名が刻まれた時、ロンという踊り子の中では、きっとやり遂げたのだろう、自分の目的を……この都の貴族の家に名を刻む、という目標を。

「だぁーからってよぉ……名の通ってない踊り子の名前なんて掘り当てた所で、墓石代わりにもなりゃせんぜ? なにせ、“名前”すらも奪われたこの街じゃあヨ」

 そう言ってノアはまた、踊り子の真似でもしているのか、片足でくるくると優雅にその長い銀髪を体に纏うように踊り始める。
 ヴァルはそれを横目に見て、微笑むように口角を上げながら、立ち上がった。

「そうだ。この街では、踊り子が自身の名を刻むことが全てだった。まるで歴史の一部となるように、はたまた、お前が言ったような墓石代わりのようにな。だが、この街が宴の都として全盛期を迎えていた頃、その全てを覆す踊り子が現れた」

「ハン??」

 ノアはくるくると踊る足を止め、シタン! と、音を立てて両足を地面につけた。大きいと思われたその音すら、反響もしないこの街で、ヴァルはこの街の中心部を遠目に見つめながら言い放つ。

 その先には、かつて大宮殿と呼ばれた大きな建物があった場所……ここから何キロメートルも離れている場所だが、それでも薄っすら見えるその建物の骨組みは、かつての立派さを物語っていた。

「はぁん? その踊り子が、今回の俺らの依頼主の目的ってワケか?」

 遠い場所からでも見えるその大宮殿を、ノアも見つめながら言う。そこは、この街の秘密の全てが隠されていると言っても過言ではない場所。 
 そして、俺達が求める、”探し物”が眠る場所……。

「……ああ、そうさ! あそこが、名を持たぬ街に変えた、伝説の踊り子、皇帝の娘サイレントダンサーが最後に踊った舞台ステージさ!」
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