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第九話

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……ここはどこだ?
記憶にない部屋のようだが……。

ガミジン
「お目覚めになりましたか。太郎さん。」
太郎
「……!!」

声の方に視線を向けると怨霊武者が椅子に座って林檎の皮を剥いていた。

ガミジン
「誰か呼んできますね。」

俺に林檎を手渡し立ち上がるガミジンさん。

太郎
「黄泉竈食!」
ガミジン
「死んでませんから!普通の食べ物ですから!」

見た目のせいで説得力は無いが……
ガミジンさんはツッコミを入れてから退室した。

とりあえず周りを見渡す。雰囲気から察するにこの部屋は病室だろうか?
窓が確認できるので地下室ではないようだ。

太郎
「……。」

手元の林檎を凝視する。
よし、ガミジンさんを信じて食べてみるか。他にできることも無さそうだし。

では早速……
一口齧ってみたところ食感は普通の林檎である。しかし……

太郎
「なんか味が薄い……味……?あっ、そっかぁ……。」

記憶が蘇ってきたぞ……。夕食にデスソースを使用して絶叫して……そこから憶えていないな。
林檎が美味しく食べられないとなると……これ後遺症残った可能性あるな。

タチウオ
「無事か!?」
バレット
「病室で大声はやめてください。」

扉が開き、病室に人外がなだれ込む。
駆け寄るタチウオの後ろからバレットさん、ガミジンさん、更に最後尾に見たことのない人物が居る……?
一番後ろに居るのは白衣を着たやたらガタイのいい老婆だ。医者なのか?

バレット
「私の料理を食べて倒れたと聞きましたが……。」
太郎
「あっ、たぶん料理は関係無いです。」
タチウオ
「デスソースを着けて食べたんだ。」
ガミジン
「……!?」
バレット
「デス……?」
太郎
「デスソース。」

タチウオが事のあらましを説明する。

ガミジン
「なんで食べちゃったんですか……。」
太郎
「そこまで危険だとは思いませんでした。」
タチウオ
「少量使うだけかと思ったら豪快に行ったから驚きましたよ。」

結論から言うと『迂闊だった』一言に集約される。なかなか情けない話である。

老婆
「ホラ邪魔だよ退きな人外共!」

老婆が前に出る。

老婆
「喋れるくらいには回復したみたいだね。」
太郎
「貴方は?」
老婆
「ここの医者さね。」

医者が居るということはやはり病院か。

タチウオ
「発狂して倒れたから村の診療所に担ぎ込んだのだ。」
バレット
「隣室から大声が聞こえたときは驚きました。」
太郎
「なんかいろいろとすみません。」

謝っていると老婆が小道具を持ち出して俺の前に立つ。

老婆
「顔をこっちに向けな。」

目に光を当てられ、口を開けられる。診察のときにだいたいやられるあれである。

老婆
「舌はまだ赤いが他は大丈夫だね。」
バレット
「最初はショック症状が出ていましたがそれももう無さそうですね。」
太郎
「さっき林檎を齧ったらあんまり味がしませんでした。」
老婆
「それは時間が経てば治るよ。」

大雑把な診察が終了した。どうやら直ちに投薬とかは無いらしい。

老婆
「入院……してくかい?」

揉み手をしながらこちらを見る老婆。
正直言うと病室のほうが地下室より安眠できそうではあるが……。

太郎
「そこまで重症ではないですよね……?」
老婆
「念のためさ。」
タチウオ
「仮に入院するとなると護衛のサハギンも病室に居座ることになるぞ。」
太郎
「それなら帰ります……病室を水族館にするのはよろしくない。」

老婆は露骨に残念そうな顔をする……。

退院の手続きを済ませ外に出る。

タチウオ
「表に車が停めてあるからそれで帰る。」
太郎
「了解。」
バレット
「市場に寄って食べ物も買って行きましょう。刺激物を避けて。」
太郎
「なんか気を使わせちゃってる……。」

……市場経由で店に戻ってきた。
車から降りて深呼吸。状況を再確認だ。

太郎
「俺ってどのくらい寝てました?」
タチウオ
「倒れたのが昨日の夜で……今が昼か。」
太郎
「昼まで寝ていたのか……開店時間だけど仕事は……。」
ガミジン
「診療所に行っていたので仕事の心配は大丈夫かと。」
太郎
「労災降りますかね……?」
タチウオ
「デスソースで労災は聞いたこと無いな。」
太郎
「ですよね。」

邪魔にならないように四人で裏口から入店。
階段を降りようとするところでクマノミと遭遇した。

クマノミ
「お帰りなさい。無事で何よりです。」
太郎
「帰ってこれましたけど味覚はちょっと無事じゃないかもしれません……。」
クマノミ
「それでですね……イソギンチャクの撤去が決定してしまいました。」

デスソースを何故か所持していたイソギンチャク……元凶と見なされてしまったようだ。

タチウオ
「替えの魚礁を用意しないとなぁ。」
太郎
「俺は魚礁要らないから自分で用意してね。」
バレット
「蟻塚で良ければご用意できますよ?」
太郎
「俺たちにそれをどう使えって言うんだ……。」

魚と蟻塚の接点が全く思い当たらないんだが……。

バレット
「まあそう言わずに。」
太郎
「押し付けて来やがった!?」

結局受け取ってしまう俺。
枕程度の大きさの蟻塚を手元に抱える。

ミノカサゴ
「お戻りになられましたか。」
太郎
「ええ。なんとか生還いたしました。」
ミノカサゴ
「今日はお仕事はせずに休養なされてください。」
太郎
「働けない程の重症ってわけじゃないんですけどね……。」
ミノカサゴ
「まあそう言わずに。」

何だ?今度は何を押し付けられるんだ?

ミノカサゴ
「元気になるように針治療を……。」
太郎
「果たして針治療で味覚は回復するのか……?」
ミノカサゴ
「あっ、そうだ(唐突)蟻塚を針刺にしましょうよ。」
太郎
「それ蟻がかわいそうじゃない?一寸の虫にも五分の魂って言いますし……。」
バレット
「おいてめぇ訂正しろや。」
太郎
「……!?」
バレット
「虫に生まれるだけで魂を五分まで減らされるっておかしいと思わねえか?」
太郎
「全く正論です……。」

蟻をマジギレさせてしまった……口は禍の元である。諺を使う際も慎重に言わねばならないのだ……。

必死にバレットさんの機嫌を取っていると裏口から誰か入ってきた。

団長
「おぉ、昨日の。倒れたと聞いたが無事だったのか。」
太郎
「あっ、団長さん……何故裏口から?」

客として来たわけではなさそうだが見舞いとも違う感じだ。彼の目的は……?

クマノミ
「これの引渡を……」
太郎
「デスソースか……えっ、この人に渡しちゃうんですか!?」
クマノミ
「ことの顛末を話したらどうしても買い取りたいって……。」
団長
「だって凄く便利そうじゃないか。(笑顔)」

用途は聞かない。怖いから。
団長はデスソースを引き取り嬉しそうに去って行った……。

……いろいろとあったが俺は自室に戻ってきた。

バレット
「では、何かあったときは蟻塚に言ってください。」
太郎
「えぇ……蟻塚に語り掛けるの……?」
バレット
「蟻塚の中に盗聴器を入れてありますので。」
太郎
「……!?」

なんでそんな物持ってるんだよ……それ以前に最初に言っちゃったら盗聴器の意味は……?

太郎
「自分から盗聴器の存在公表してくる人初めて見た……。」
バレット
「人間の価値観では隠し事は好まれないと聞きましたが?」
太郎
「それ自体は間違ってませんけど……。」

この蟻は盗聴器の用途を正しく理解しているのだろうか……いや、それ以前にどうやって入手したの?

太郎
「とりあえず盗聴器の出処をお伺いしてもいいですかね?」
バレット
「ブネ様が持たせてくれました。」
ガミジン
「ブネさん悪ノリしてますねぇ。普段は大人しい人なんですけど……。」

フォローに入るガミジンさん。でも盗聴器が悪ノリの範疇というのは賛同しかねる。

太郎
「盗聴されるってことは……俺はブネさんから探りを入れられているのか……?」
タチウオ
「いや……ブネ様はおそらくそこの蟻にヤンデレ属性を付与しようと試みている。」
太郎
「……!!?」
ガミジン
「ブネさんも人の恋愛事情で一喜一憂するお年頃ですからねぇ。」
太郎
「そんな私情でバレットさんにいろいろ吹き込むのはいかがなものかと……。」

黒幕の目的が分かったところで蟻塚を部屋の隅に設置。

太郎
「盗聴器も一応精密機器だから慎重に扱わないと……。」
バレット
「気を付けて置いてください。百個の盗聴器が入っていますから。」
太郎
「入れ過ぎィ!!」
ガミジン
「なぜそんな大量に入れたのですか……?」
バレット
「少量では通報され部屋を調べられる可能性が高いと教わりました。」
太郎
「大量なら尚更通報されると思うんですが……。」
バレット
「いえ、あまりに数が多いと通報者本人が精神の異常を疑われて部屋は調べに入られないそうですよ?」
太郎
「……考え方がガチで怖いぃ。」

なんでそんな使い方思いつくの……?

ガミジン
「合意の上で渡しているなら通報はされないと思いますが……。」
バレット
「それもそうですね。」
太郎
「合意の上で盗聴器受け取る方も正気を疑われるゾ……。」

蟻塚とは離れた位置に寝袋を設置。その上に横になる。

バレット
「買ってきた食べ物は珊瑚に引っ掛けておきますね。」
太郎
「普通に置いてくれよ!」

そういう用途で置かれているのではないはずだが……。

バレット
「私は部屋に戻ります。」
ガミジン
「わかりました。太郎さんは私たちで見ておきますね。」
バレット
「よろしくお願いします。」

ガミジンさんが付いていてくれるらしい。これはもしや……聖書読み聞かせコースか?

ガミジン
「それでは……」
太郎
「(来るぞ……!)」
ガミジン
「買ってきた食材でお粥でも作りますか。」
太郎
「(聖書回避!)」

予想外の展開だ。お粥を作る魔王とか前代未聞だよ。

ガミジン
「太郎さん、申し訳ありませんが……」
太郎
「はい?」
ガミジン
「私は見ての通り味見が出来ないので……。」
太郎
「あぁ……物理的に無理ですよね。」
タチウオ
「吾輩で良ければ代わりに味見しましょう。」
ガミジン
「それは助かります。」

米を取り出すガミジンさん。

ガミジン
「炊飯器はどこにあります?」
タチウオ
「炊飯器……隣部屋ですね。」
ガミジン
「仕方ありませんね。バレットさんに協力を仰ぎましょう。タチウオさん、この場は任せますね。」

ガミジンさんは米を持って隣室へ向かって行った……。
……さて、お粥の仕込みを行っている間こちらは凄い暇なのだが。

太郎
「よし、いいことを思いついたぞ。」
タチウオ
「?」
太郎
「蟻塚をここへ。」
タチウオ
「何をする気だ……?」

訝しみながら蟻塚を持ってくるタチウオ。
俺はおもむろに荷物からオーディオプレイヤーを取り出す。
……蟻塚の穴にイヤホンをセット。

太郎
「スイッチオン!」
タチウオ
「何流してんだよ……。」
太郎
「お経だぜ。」
タチウオ
「お経!!?」

盗聴器にお経を聴かせるとどうなるのか……唐突に興味がわいてしまったのだ。

タチウオ
「そんなものどこで入手したんだ……?」
太郎
「お前らのボスが寄こしたんやぞ。」
タチウオ
「……!?」

これの出処はフォルネウスさんである。しかし寄こした本人もまさか盗聴器に聴かせるなどと夢にも思うまい。
そうこうしていると隣から足音が聞こえてきたぞ。

ガミジン
「太郎さん!!」

扉が勢いよく開く。
十字架と聖水を構えたガミジンさんと魔除けのお札を抱えたバレットさんが現れた……。
どうやら彼らはお経を聴いたことで部屋に悪霊が現れたと判断したようだ。
鬼門の方角にお札を貼り付けようとするバレットさんを制してイヤホンが刺さった蟻塚を指差す。

ガミジン&バレット
「……。」

……寝袋の上に正座させられる俺。隣ではタチウオも正座させられている。こいつは完全に巻き添えだが……。

ガミジン
「暇を持て余しているからといってこんな悪趣味な悪戯しないでくださいよ……。」
太郎
「すみませんでした。」
タチウオ
「お経なんか流して……もしガミジン様が成仏してしまったらどうするつもりだったんだ?」
太郎
「ガミジンさんはキリスト教徒だからお経では成仏しないでしょう。」
タチウオ
「それもそうだな。はっはっはっ。」
太郎
「HAHAHA……」
ガミジン
「……。」
太郎&タチウオ
「申し訳ございませんでした。(土下座)」

気まずい雰囲気のまま二人は隣室へ戻って行った。

太郎
「悪戯は失敗でしたね……。」
タチウオ
「場を和ませようと繰り出したギャグも滑ってしまったしな……。」

残った俺たちは正座したまま反省会である。

太郎
「お経を悪戯に使用するという発想がまず罰当たりだった。」
タチウオ
「見事に仏罰が下ったな。」
太郎
「叱りに来たのはキリスト教徒でしたけどね。」
タチウオ
「……。」
太郎
「……。」

沈黙の中蟻塚に目をやるタチウオ。

タチウオ
「盗聴器は稼働中だしこの会話も丸聞こえなんだよな……。」
太郎
「じゃあ現在進行形で俺たちの株は下がり続けていますね。」
タチウオ
「自覚があるならそろそろ口を閉じろ。」
太郎
「……はい。」

悪ふざけが過ぎると地獄を見る。この法則は異世界でも変わらないのだ。

……正座で脚が痺れた頃に部屋の扉が開いた。

ガミジン
「お粥を持ってきましたよ。味見はまだですが。」

あんな事があった後でもお粥を持って来てくれるのだ。実に懐が深い。この人は聖人なのでは?

タチウオ
「では吾輩が毒見……もとい味見をいたしましょう。」
太郎
「毒見は流石に失礼だろ。」

お粥の味見を行うタチウオ。

タチウオ
「問題無いかと思います。」
ガミジン
「それはよかった。」
太郎
「バレットさんは味見してくれなかったんですか?」
ガミジン
「彼女はですね……味付けのときに塩より砂糖を入れるべきだと言い出したので……。」
太郎
「蟻の習性かぁ……。」

要するに味に対する価値観が人間とは大きく異なると判断し味見を断念していただいたようだ。

タチウオからお粥を受け取り食べ始める。普通にうまい。

太郎
「美味い……やっぱり療養中はこれだよね。」
ガミジン
「作った甲斐がありました。久しく料理などしていなかったので心配でしたが。」
太郎
「何というか……本当にありがとうございますガミジンさん。」
ガミジン
「例には及びませんよ。困ったときは助け合うものじゃないですか。」
太郎
「悪戯したら叱ってもらえる、療養中にはお粥をいただける……この環境、すごく幸せだなって。」
ガミジン
「面と向かってそういうことを言われると少し恥ずかしいですね。」

これは本音である。記憶喪失、本来根無し草みたいな自分がここまで助けられているのはとてもありがたいことだ。人間関係における充実感を感じている。

太郎
「何かあったときは全力で恩返ししますよ!」
ガミジン
「それは心強いです。でも無茶はしないでくださいね。」
バレット
「お邪魔します。おや?お取込み中でしたか?」

手にタブレット端末を持ったバレットさんが入室してきた。

タチウオ
「盛り上がっていたところだったんだが。」
太郎
「別に盛り上がってはいない。」
バレット
「間が悪かったですかね?」
ガミジン
「そんなことはありませんよ。」
バレット
「そうですか。後で盗聴器の拾った会話を確認しますね。」
太郎
「確認しなくていいです……。」

危うく盗聴器の存在を忘れるところだった……。

ガミジン
「それで、バレットさんは何か用事が?」
バレット
「これです。」

タブレット端末とオーディオプレイヤーを接続。何か操作しているが……曲を入れているのか?

バレット
「できました。」

作業が終わったようだ。ドヤ顔でイヤホンを渡してくるバレットさん。
ちょっと訝しみながらもイヤホンを耳にセット。とにかく聴いてみる。

太郎
「……!!?」
ガミジン
「いったい何が……」
太郎
「右のイヤホンから讃美歌、左のイヤホンからお経が聞こえる……。」
ガミジン
「……!!?」

何を思ってこんな取り合わせにしたんだ……。

バレット
「神のパワーと仏のパワーが合わさり安眠できると思いまして。」
太郎
「人間の宗教観はそんな単純じゃないよぉ……。」
ガミジン
「どう説明しましょうかね、これ……。」

頭を抱えるガミジンさん。獣人に宗教学はまだ早いのだろうか……?
結局説明を諦めバレットさんには隣室に戻っていただいた。
……そこに入れ替わりでゴンザレスが入室。

太郎
「あっ、ゴンザレス……どこ行ってたの?」

返事の代わりに布を開け肋骨を露出するゴンザレス。
……肋骨の中に毛布が格納されている!?

太郎
「お前……」
ゴンザレス
「……。」

肋骨から毛布を引き抜き、寝袋の上に置く。

ガミジン
「寝袋より毛布のほうが落ち着けるかと思いまして。」
太郎
「ありがとうございます……。」

定期的に有能なところを見せるんだよなゴンザレス……。
……ん?この毛布……

太郎
「なんだこの柄……?」
タチウオ
「これは……ジョリー・ロジャー……海賊旗か?」

ゴンザレスを見ると握り拳の親指を立て自分の顔に向けている……。

ガミジン
「まあ海賊旗なら海の部屋とも親和性は……。」
太郎
「油断するとすぐこれだぁ……。」

面倒なのでツッコミはせずに横になる。

ガミジン
「今夜は私たちもこの部屋に泊まりますね。」
太郎
「了解っす。……あっ、盗聴器ありますけど大丈夫です?」
ガミジン
「盗聴器は……面倒ですし明日言って回収してもらいましょう……。」

盗聴器の処遇を決め、今日は就寝することになった。
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