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第五話
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翌日、目が覚めると足元に何か重みを感じる。
太郎
「おはようございます。寝相が悪いのは誰だ~?」
ガミジン
「おはようございます。」
ガミジンさんは普通に隣で寝ていた、ということは……。
寝袋にコバンザメの吸盤が吸い付いているぞ!
コバンザメ
「おはようございます。よく眠れましたか?」
太郎
「眠れたけど起きたのなら離れてね?」
自力では外せないようなので全員で引っ張って無理やり外した。
車外に出ると火の消えた護摩の近くでジャクソンが羊と戯れていた。
太郎
「おはようジャクソン。その羊はどこから連れてきたんだ?」
ジャクソン
「おはようございますでござる!羊はテントの外で出待ちされてましたでござる!」
太郎
「勝手に来たのかよ……。」
山羊はともかく羊のほうは飼われているやつだった気がするが……脱走してきたのか?
ジャクソン
「太郎殿、朝ごはんはまだですかでござる!」
太郎
「元気だなお前……。」
朝食はどこで食べるか聞いていないな……。ん?
テントから出てきたゴンザレスがジャクソンの肩を叩く。目にはまだ煙玉が嵌まったままだが……。
ジャクソン
「……!?」
ゴンザレスが人差し指をジャクソンに向ける。その指先には天道虫が乗っていた。
ジャクソン
「……。」
ゴンザレス
「……。」
なあゴンザレス、天道虫一匹を朝食にしろというのは流石に酷ではなかろうか……。
体色が変わるジャクソンを見ていると後ろからガミジンさんがやってきた。
ガミジン
「太郎さん、朝食は騎士団の方々が用意しているそうですよ。」
太郎
「天道虫はキャンセルですね!」
ガミジン
「天道虫?」
太郎
「こっちの話です。」
ガミジンさんとゴンザレスに羊を任せ、ジャクソンと昨夜の調理場へ向かう。
そこでは騎士団員たちが炊き出しをしていた。
朝食をいただこうと忍者を連れて並ぶ。
順番が回ってくるとそこには……
太郎
「パンダが割烹着着てる!あざとい!この客寄せパンダめ!!」
ヘリケー
「おはようございます太郎さん。今日も元気ですね。」
暴言を華麗にスルーするヘリケーさん。やはり大物だ。
ヘリケー
「今日の朝食はこれです。」
渡されたのは……豚汁だ!!
ヘリケー
「猪の翌日に豚汁というのも変化に乏しいかもしれませんが……。」
太郎
「豚汁かぁ、自治区では嫌というほど食べてましたね。」
ヘリケー
「流行ってるんですか?豚汁。」
太郎
「行きつけのバーが妙に豚汁推しだったんですよ。」
ヘリケー
「バーなのに豚汁……。」
やはり困惑しているようだ。豚汁推しのバーだもんな。
豚汁を受け取り順番を回す。
ジャクソンと一緒に適当な場所に座り豚汁を食べ始める。
太郎
「さて、午前中は自由時間になったわけだが何するかなぁ。」
ジャクソン
「一緒に忍術の修行、しますか?でござる。」
太郎
「却下だ。真似できる気がしない。」
返答を聞くとジャクソンは不服そうに豚汁を啜る。
ジャクソン
「拙者、村人からの頼まれごとがあるのでそれの続きをしますでござる。」
太郎
「おぉ?何を頼まれたの?」
いつの間にか何か頼まれていたらしい。
しかし……忍者に依頼、まさか暗殺とかじゃないだろうな……。
ジャクソンが懐から木彫りの何かを取り出す。昨日のマリア像とは違う物のようだが……。
ジャクソン
「これを仕上げますでござる!」
太郎
「嘘だろお前wwwww」
出てきたのはなんと……木彫りの男性器である。
ジャクソン
「村人にマリア像を見せたら『器用だな。これも頼むよ。』って渡されましたでござる。」
用途までは聞いていないらしい。
ジャクソン
「角ばらないように入念に削りますでござる。」
太郎
「おう、がんばれよwww」
笑いを堪えながらも豚汁を完食し、食器を返しに行く。
調理場に顔を出すと指揮官さんとヘリケーさんが何か話している。
太郎
「食器を返却しに来ましたよ。」
指揮官おじさん
「あぁ、太郎さん。おはようございます。」
興味本位で何を話していたか聞いてみると……
指揮官おじさん
「これを見てください。」
ヘリケーさんが着ていた割烹着だが……デフォルメされたパンダのイラストが描き加えられている。
指揮官おじさん
「これ、流行ると思いません?」
太郎
「パンダにハマってしまったか……。」
指揮官さんは目を輝かせている。
その隣でヘリケーさんは頭を掻いている。
なかなか面白い光景だったが割烹着のデザインに俺が口出しするのも変なので適当に誤魔化した。
ジャクソンのところに戻るが彼は不在だった。
近くに居たガミジンさんに声をかける。
太郎
「ガミジンさん、忍者見てない?」
ガミジン
「ジャクソンさんですか?『依頼主に見せに行く』とかで不在ですが……。」
太郎
「それならいいんです。」
何を見せに行くかは聞かなかったようだ。なら今からあえて言うことも無いだろう。
ガミジン
「太郎さん、午前中はどうしますか?」
太郎
「特に予定は無いですねぇ。ゆっくりしてようかと思います。」
ガミジン
「それなら散歩に付き合ってくれませんか?」
太郎
「わかりました。」
散歩は建前で何か話をする空気か……?
太郎
「二人で散歩して……迷子になりませんかね?」
ガミジン
「いざというときはこれを預かってきました。」
昨日言っていた照明弾の手持ち版である。害獣発見のときならわかるけど迷子でそれ使うのやだなぁ……。
とにかく『最終手段』は確認できたので散歩に赴くことにする。
しばらく歩いてからガミジンさんが話を振ってきた。
ガミジン
「太郎さん、突然ですが死後の世界って信じます?」
太郎
「いきなり凄い話題ですね……。俺は死んだこと無いんでよくわからないです。」
ガミジン
「憶えていないだけで死んでいるかもしれませんよ?」
太郎
「……!?」
ガミジン
「まあ冗談ですが。」
太郎
「笑えねえ冗談だ……。」
炸裂する魔王ジョーク。
ガミジン
「この島での生死感ってどうなってると思います?」
太郎
「わからないですけど……でも墓はあるんですよね。」
昨日は村の墓地を見た。動物も埋葬している。
太郎
「墓があるってことは……やっぱり死後の世界もあるって前提で弔っているんじゃないですかね。」
ガミジン
「そうですね。竜の教えでもあるということになっているみたいです。」
竜も死後の世界を肯定しているらしい。
ガミジン
「ただし……死者と生者はお互いに干渉できないことを明言しているそうです。」
太郎
「干渉できない……?」
ガミジン
「幽霊を見たら幻覚と思え。死者に祈りを捧げるのは構わないが祈りが届くものでもない。というスタンスだそうで……。」
太郎
「あるけど無い物と思えってこと?」
ガミジン
「概ねそのような感じかと。ここでは埋葬等の弔いは死者のためではありません。残された者たちの気持ちの整理のために行うのが一般的だそうです。」
太郎
「そうなんですね……じゃあアライグマの埋葬は大変だったんじゃないですか?」
ガミジン
「ええ……まあ。」
歯切れの悪い返事だ。害獣の埋葬だもんな……。
ガミジン
「太郎さんは記憶を失う以前は仏教徒だったのですかね?」
太郎
「……えぇ、なんでです?」
ガミジン
「パトラッシュのお供え物で最初に提案したのがお線香だったじゃないですか。」
太郎
「あっ、そっかぁ。」
身元の特定の手がかりが思わぬところで出てきたな。
とはいえこれだけで個人特定は無理なのだが……。
ガミジン
「おそらくこの島の人間ではないですよね。やはり私たちと同じ世界から来たのかも……。」
太郎
「そうかもしれませんね……。ここじゃ線香供えてないみたいだし。」
この島では線香は一般的ではないのだ。
太郎
「島での弔いは概ねそういう形なんですかね?」
ガミジン
「国境付近の地域ではまちまちです。あと大阿修羅宇宙教国は……」
太郎
「あぁ、阿修羅像の国か。あれは仏教の派生とかではないんですかね?」
ガミジン
「いえ、あそこはちょっと……。」
太郎
「……?」
何だ……?微妙に表情が曇ったぞ?
ガミジン
「彼らの宗教観は私には受け入れがたく……。」
太郎
「何かやらかしたんですか?」
ガミジン
「袈裟にターバンといういで立ちでアーメンとのたまったのです。」
太郎
「神仏習合など目じゃねえな……。」
聞いただけで眩暈がしてきたぞ……。
太郎
「手元とかどうしてました?合掌したり十字を切ったりとか……」
ガミジン
「両手で中指立ててましたね。」
太郎
「完全に宣戦布告じゃねーか!!」
思っていたよりかなりヤバイ国だな……。
ガミジン
「出土品から教義を作っていたらしいのですが。」
太郎
「出土……誰かが埋めたんですかね。」
阿修羅像その他諸々を……何のために?
ガミジン
「もし誰かが埋めていたなら何故他宗教のものを別々に埋めなかったのか……。」
太郎
「本当ですよ。聞く限りめちゃくちゃにミックスされてるし。……価値が分かってない人が埋めたんじゃ……?」
誰が得するのか全く分からない結果になっている。袈裟にターバンでアーメンとか各方面に喧嘩売り過ぎだろ……。
ガミジン
「誰かが意図的に集めたのではなく偶発的に集まった可能性も言われてますね。」
太郎
「まあそっちのほうが自然かもしれませんね。」
何者かがわざとやったとは思いたくないのだ……。
ガミジン
「誰が埋めたかも気になりますけどどこから持ち込まれたかも気になりますよね。」
太郎
「そうですね……。」
ガミジン
「第一に私たちの世界の宗教に関する物がどうしてこの島にあるのか。」
今まで流していたが重大な謎じゃないかそれ。
太郎
「魔王様たちが持ち込んだわけではないのですよね?」
ガミジン
「ええ。それだと矛盾が出るんですよ。」
太郎
「矛盾……。」
ガミジン
「私より先にこの島に来た魔王は多数居ますがそれでも差は数年……。」
聞きながら俺はフォルネウスさんに貰った旅行パンフレットを開く。
太郎
「阿修羅像はもっと前から出土してるんすね。」
ガミジン
「そうです。時系列が合わないかと。」
手元のパンフレットによると阿修羅像は少なくとも60年以上前からあるようだ。
ガミジン
「魔王をこの島に召喚しているとされる『地獄門』ですが……これの出現が阿修羅像よりだいぶ後なのです。」
太郎
「うーん……謎だ。」
地獄門以外の他の何かが原因なのか?
太郎
「持ち込まれた以外の要因だと……最初からあった説とかどうでしょうか?」
ガミジン
「最初から……?」
太郎
「ここが未来の地球だったんだ……っていうオチ。」
ガミジン
「ありましたねそんな映画。」
冷めた反応である。
ガミジン
「可能性はありますけど……根拠に乏しい。」
太郎
「根拠は出土品……だけですね。もうちょっとこじつけられるものが欲しいですねぇ。」
ガミジン
「こじつけって貴方……仮説で遊ばないでくださいよ。」
この説はお気に召さないようだ。
ガミジン
「太郎さんは記憶喪失だから故郷に未練が無いかもしれませんけど」
太郎
「あぁ……失言でした。すみません。」
全部は言わせず謝って遮る。
本当に痛い失言をしてしまったものだ。
未来に来てましたという仮説だと帰るハードルが上がっちゃうかもしれない。
太郎
「『浦島太郎』じゃあ帰れてないもんな……。」
ガミジン
「日本の童話ですね。それを知っているということは……。」
太郎
「……!!」
ガミジン
「日本出身の可能性が高いですねぇ。」
無意識に出た発言で身元の特定が少しだけ進んだぞ!
出身国が特定できても直ちにどうするということもないが。
ガミジン
「日本は仏教徒が多いのでお線香のくだりも納得ですね。」
太郎
「知識や習慣は日本人のそれ……ということは日本国籍でほぼ確定?」
ガミジン
「確定ですかねぇ。でも帰るまでは私たちと一緒、ゴエティア国籍です。」
太郎
「まあそれは仕方ない。」
呉越同舟というやつか。それはともかくもっと日本文化に触れれば何か思い出すかも?
ガミジン
「太郎さん、私はこの世界に来た時に『ここは死後の世界かもしれない』って思ってたんですよ。」
太郎
「可能性の一つですね。」
ガミジン
「はい。何せ自分の体は骨になってたし……。」
無理もない理由である。
太郎
「ええと、ガミジンさんはキリスト教徒だから……死後の世界って言うと天国とか地獄とか?」
ガミジン
「ええ。ですがどちらともイメージが違うと感じまして……。」
太郎
「確かにそうですね。天使とか悪魔とかは……悪魔は居るんだよなぁ(白目)」
ガミジン
「まあその悪魔を名乗る方々に助けられて今があるわけなのですが。」
キリスト教徒が悪魔に助けられるというのはどんな気分なのだろうか。
ガミジン
「自らを悪魔の名で呼び合う彼らには最初は抵抗がありましたが……最終的に和解できました。」
太郎
「正体は同郷の人間ですもんね。それを知れば心強い味方ですよね。」
ガミジン
「そうなんですよ。島民に話すとカルチャーショックが発生するような話題でも普通に話せるのは大きい。」
確かにそうだ。そこで毎回気を揉むのもしんどいだろう。
太郎
「でも魔物の行動では多少なりともカルチャーショック受けてる気がしますが。」
ガミジン
「その辺は冗談としてわざとやってるのが大半ですかね。体の構造が人間と違うからジョークの幅が圧倒的に広いですし。」
魔王ともなれば魔物の奇行をジョークとして流せるようになる……強い(確信)
太郎
「抵抗が無くなって和解……までは納得ですけど『ガミジン』さんも悪魔の名前名乗ろうってなったの何故です?」
キリスト教徒なのに悪魔の名前……素直に疑問なのだ。
記憶喪失でなければ本来の名前を名乗っても問題ないと思うのだが……。
ガミジン
「まあ紆余曲折ありましてですね……『悪魔』みたいな概念がなんで生まれたかって話になりますが」
太郎
「えぇ……悪魔の成り立ち?」
ガミジン
「元々は他宗教の神を貶めるために悪魔にして残したって説がありまして。」
太郎
「敵対する宗教を排除するためってことですかね。」
ガミジン
「そんなところですね。」
突然話が飛躍してしまった気がするが……これは名前に関係あるのだろうか?
ガミジン
「で、私たちは別の土地から来たわけじゃないですか。」
太郎
「外来種!」
ガミジン
「異なる信仰を持つ異形の外来種です。現地民から見れば悪魔そのものですよ。」
太郎
「でも貿易もしてるし一応和解してる……悪魔って呼ぶほどじゃぁ……」
ガミジン
「いいえ、一部の方々に受け入れられてはいますがまだ反発も多い。」
見えないところでは反発があるようだ……。俺の視野はまだまだ狭いのだろう。
ガミジン
「まあそれでですね……この世界の人々にもっと受け入れられてから本当の名前を名乗ろうと思っています。」
太郎
「まだその時ではないと……。」
静かに頷くガミジンさん。
太郎
「あっ、そうだ。(唐突)ガミジンさん、俺とどっちが先に本名取り戻すか競争しましょうよ。」
ガミジン
「えぇ……(困惑)」
太郎
「負けた方は豚汁奢りでどうです?」
ガミジン
「私に得が無いじゃないですか。(呆れ)」
食べられないもんなぁ……。
ガミジン
「でも目的に何かご褒美があってもいいかもしれませんね。その勝負お受けしましょう。」
太郎
「いいのか。」
ガミジン
「私が勝ったときは食べ物以外でお願いします。」
太郎
「食べ物以外……何がいいかなぁ。」
景品を何にするか考えながら歩いているとガミジンさんが立ち止まる。何か発見したのか?
ガミジン
「あれは……アライグマ!?」
太郎
「昨日の一匹だけとは思っていなかったが……。」
池のほとりでこちらに背を向けた三匹のアライグマが何かを洗っているようだ。
太郎
「一応害獣だし猟師さんを呼……!?」
ガミジン
「!!?」
突如水しぶきが上がりアライグマが消える。
太郎
「何だ今の……水棲の獣か何かか……?」
ガミジン
「自然に落ちた感じじゃないですよね……。」
場が騒然となり水面からはぶくぶくと泡が上がっている。
ガミジン
「危険な生物かもしれません。戻って誰か呼びましょう。」
太郎
「そうしましょう。俺たちの手に負える相手とは思えませんし……」
反転し来た道を戻ろうとするが……
ガミジン
「太郎さん!後ろ後ろ!!」
太郎
「!?」
池の真ん中から奇怪な生物が上半身を覗かせる。
その姿は……
太郎&ガミジン
「河童だ!!!」
自治区を出るときに駅で見せられたあの写真の河童である。
写真では見えなかった部分も改めて見ると非常に不気味だ。
顔はパキケファロサウルスだが目は真っ黒、鮫のような瞳だ……。表情がとても怖い。
濡れた外皮は銅色に鈍く輝いている。存在感すげぇ……。
口の下には仕留めたアライグマの死体がぶら下がっているがそこに槍のような何かが貫通している。
まさかあれは舌なのか……?
捕獲部隊が組まれる程の危険生物だったはずだが……。
太郎
「うわぁこっち見てる……ヤバイ状況じゃないですか……。」
ガミジン
「とりあえず誰か呼びましょう……。」
河童を睨みながら照明弾の準備をするガミジンさん。
ガミジン
「太郎さん、私が合図したら目を閉じてください。照明弾は目眩ましにもなりますので。」
太郎
「了解です。」
話しながら後退りする俺たちに対し河童も一歩踏み出す。
池から出るにつれその巨体が顕わになるが……もしかしてこいつかなりデカいんじゃないか?
ガミジン
「撃ちます!」
太郎
「どうぞ!」
ガミジンさんを信じて目を閉じると直後に照明弾を撃つ音が聞こえた。
ワンテンポ遅れて河童の悲鳴(?)が響く。
河童
「オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛……(野太い声)」
目眩ましの効果はあったようだ。
恐ろしい鳴き声に怯えながら目を開ける。河童は目を閉じて口元のアライグマをブンブン振り回している。
ガミジン
「今のうちに逃げましょう!」
太郎
「ウッス!」
河童が視力を取り戻す前にクラウチングスタートの姿勢を取る。
俺たちは河童の咆哮を合図に全力疾走で来た道を戻っていった。
……二分ほど猛ダッシュしたあたりでジャクソンとコバンザメを発見。照明弾を見て来てくれたようだ。
ちなみに俺は走行中にスタミナ切れを起こし、今はガミジンさんに担がれている。
ジャクソン
「無事でしたか!でござる。」
コバンザメ
「照明弾を使うとは大事ですね。何があったんです?」
太郎
「河童!河童が出ました!!」
ジャクソン
「嘘乙wwwww」
太郎
「嘘じゃない!(マジギレ)」
お前雇われだろ……雇用主の話真面目に聞けよ……。
ジャクソン
「河童とかwww妖怪じゃないですかwwwでござるwwwww」
リザードマンの忍者が妖怪を否定したぞ……。
ガミジン
「見た目はともかく危険な生物なんですよ。私たちの目の前でアライグマを一瞬で……。」
コバンザメ
「照明弾を見て猟師さんたちが向かっていると思いますが彼らの手に負えますかね?」
太郎
「ううん……昨日の猪が狩れるなら大丈夫……ですかね。」
流石に危険度は猪には劣る……か?
話していると突如銃声が響く。駆け付けた猟師さんが河童に発砲したのだろう。
コバンザメ
「援護に行くべきでしょうか?」
太郎
「こちらの装備は?」
コバンザメ
「麻酔銃を持ってきました。」
ジャクソン
「手裏剣もいっぱいありますでござる。」
ガミジン
「手裏剣はともかく麻酔銃なら戦力になると思います。」
話し合っている間に二発目の銃声が鳴る。もしかして銃では殺せないのか……?
太郎
「心配なんで様子を見にいきましょう。」
コバンザメ
「わかりました。お二人は安全のため後方に。」
麻酔銃を構えたコバンザメを先頭に四人で現場に向かう。
……現場では河童が猟犬に翻弄されていた。猟犬のスピードには付いていけないらしい。
その後ろで猟師の青年が猟銃に弾を込めている。
猟師青年
「二発命中したのに死なないとは……。」
コバンザメ
「援護します。」
猟師青年
「ありがたい。」
ジャクソン
「河童が本当に居ましたでござる……。(驚愕)」
猟師とコバンザメが河童の喉に狙いを定める。
猟犬が離れる瞬間、二人が同時に発砲。双方河童の首に命中した。
ジャクソン
「トドメ、刺しますでござる!」
便乗してジャクソンが手裏剣を投げる……が。
ジャクソン
「……!?」
頭頂部に命中するも鈍い金属音を鳴らし弾かれる……。相当な石頭だなあれは。
ジャクソン
「河童って頭の皿が弱点じゃないのぉ!?」
ヘリケー
「頭が弱点なのですね?私が追撃します。」
ここでさらなる増援、パンダ到着である。
銃撃で動きが鈍った河童に一瞬で肉薄するヘリケーさん。無駄のない動きだ。
河童
「……!」
ヘリケーさんが放った足払いで河童が仰向けに転倒。
体は亀だからひっくり返せばよかったんだな……。
しかし、そこから更なる追撃を開始するヘリケーさん。
河童を持ち上げて組み付き、飛び上がる。この技は……!
太郎
「ツームストーンパイルドライバーだとぉ!?」
鈍い音とともに着地。
流石の河童も頭部に大ダメージを受け昏倒。白目を剥いて口から泡を吹いている。
……完勝だな。このパンダ、武器持たないほうが強いんじゃないか……?
猟師青年
「パンダ強過ぎィ!」
太郎
「猟銃<河童<パンダの図式が今ここに証明された。」
ジャクソン
「拙者の手裏剣は……?」
太郎
「……。」
パンダ殺法に驚愕する俺たちの後ろからコバンザメが河童に近づく。
コバンザメ
「可能なら生け捕りにしたかったのですが……。」
『なんかやっちゃいました?』的な表情のパンダを視線から外しつつ河童の状態を再確認。
太郎
「見た感じ首いってますねこれ。技が技だし当然ではありますけど。」
ガミジン
「可哀そうですがもう長くはなさそうですねぇ……。」
無力化には成功したが……とにかくこいつの処遇を話し合わねば。
相談の結果、捕縛してから広場に連行することになった。
猟師青年
「お前は先に広場に行くんだ。」
猟犬
「ワン!」
邪魔にならないように猟犬を先に帰す猟師さん。
コバンザメ
「檻は用意してないですよね……まずは縄か何かで縛りますか。」
猟師青年
「わかりました。縄は持ってますんで……。」
流石猟師だ準備がいい。手際よく縛って行くが……
太郎
「死にかけの河童を亀甲縛りにしてどうすんだよ……。」
猟師青年
「え?」
コバンザメ
「まず手足を縛ってくださいよ……。」
なんとか縛り終わり、運ぶ方法を検討し始める。
太郎
「昨日の猪みたいに棒に括り付けて運ぶ?」
猟師青年
「棒は無いですねぇ……。」
コバンザメ
「装甲車に非常用担架がありますのでそれを持ってきます。」
コバンザメが担架を取りに戻り、残りの人員は池を見張ることになった。
二匹目は……居ないと信じたい。
池を眺めながら待っているとヘリケーさんが挙手した。
ヘリケー
「先生、河童の脈が止まりました。」
猟師青年
「あぁ、ご臨終ですね。」
訃報を聞き十字を切るガミジンさんとその隣で手を合わせる俺。
しかし現地民にこのような習慣は無いらしく不思議そうに凝視された。
猟師青年
「何すかそれ?」
ガミジン
「私たち独自の弔いの作法みたいなものです。」
軽く説明していると担架が到着。
コバンザメ
「では、どなたか運搬をお願いします。」
太郎
「あんたは運ばないのか。」
コバンザメ
「私は池の周囲を封鎖しますので。」
彼の手元を見ると『KEEP OUT』と書かれたテープが握られている。
ガミジン
「では私と太郎さんで運びましょう。ジャクソンさんと猟師さんは他の害獣が出たときに対処をお願いします。」
ヘリケー
「私はどうしましょうか。」
ガミジン
「河童に対処できたのはヘリケーさんだけなので封鎖が終わるまで池を見ていていただけますか?」
ヘリケー
「わかりました。二匹目が居たら生け捕りにできるよう頑張ってみます。」
役割が決まり行動開始だ。
太郎
「まずは河童を担架に乗せるぞ……重っ!!」
猟師青年
「よし、手伝……重っ!!」
四人掛かりでなんとか担架に乗せる。異常な重さだが本当に銅でできているんじゃないだろうな……。
そして担架を持ち上げるが……。
太郎
「うおぉぉ……上がらないぃ。」
ガミジン
「ジャクソンさん、手伝っていただけますか?」
ジャクソン
「御意ですでござる。」
わずかに持ち上がった担架の下に潜り込み、背中で持ち上げるジャクソン。
結局担架担当に三人割いてしまった。
太郎
「三人でもまだ重い……。」
ジャクソン
「重いうえに酷い匂いがしますでござる……。」
太郎
「水棲生物の死骸だからなぁ……早く運んでしまおう。」
その後、河童を広場まで無事運ぶことができたが……明日は筋肉痛だな。
ジャクソン
「ゆっくり降ろしますでござる。」
太郎
「よし、ジャクソンは一旦脇に移動して……」
猟犬
「ワン!!」
ジャクソン
「!!?」
先に広場に来ていた猟犬がジャクソンの尻尾を噛む。
悶絶して担架から手を離すジャクソン。
バランスを崩して絶体絶命のピンチに陥る!
太郎
「危ねぇ!」
ゴンザレス
「……!」
猟犬の後ろから現れたゴンザレスが素早くフォローに入る。
そのまま河童を安全に降ろすことに成功した……。
太郎
「すまないゴンザレス。……危なかった。」
ガミジン
「危機一髪でしたね。」
息を切らしながら降ろした河童を眺めていると後から来た猟師さんが猟犬をジャクソンから引き離した。
猟師青年
「すみません、こいつはリザードマンには慣れてないんで……。」
太郎
「そうですよね。こんなデカいカメレオン……犬からはどう見えているんだか。」
当事者、ジャクソンのほうに目を向けると……
ジャクソン
「なんの!犬の好物は知っていますでござる!!飼い慣らしてくれるわでござる!!」
手に持っているのは骨……?
……いや、あの輝きは間違いない。
太郎
「それゴンザレスの腕じゃねーか!!!返せ!」
ジャクソンから腕をひったくりゴンザレスに接続。全く油断も隙も無い。
ガミジン
「運んできた河童……どうしましょうね?」
猟師青年
「食肉になるかは怪しいし……やはり埋葬?」
太郎
「俺ら素人だしサハギンさんたちに指示を仰ぎましょうよ。」
とりあえずは専門家を呼びたいところだが……。
猟師のおじさん
「臭っ!なんだそれ!?」
遅れてきたおじさんが河童の匂いに顔をしかめる。まずはそこだよなぁ。
太郎
「せめて消臭できないものか。」
ガミジン
「消臭剤は……持ってないですよねぇ。」
猟師青年
「応急処置としては水洗いかな……。」
猟師のおじさんに事情を説明しているとコバンザメとパンダが戻ってきた。
太郎
「あぁ、コバンザメさん。消臭剤とか持ってます?」
コバンザメ
「無くは無いですが。」
消臭剤の使用を打診してみるが……。
コバンザメ
「遺体はコンテナに入れて密閉しようと思います。ですので消臭は最低限で大丈夫かと。」
太郎
「わかりました。」
コバンザメがコンテナを運んでくる間、俺たちは河童に水を掛けながら待つことにした。
猟師のおじさん
「しかし奇怪な姿だなぁ……。」
太郎
「ですね……どう進化したらこうなるんだ……。」
雑巾で河童の頭を軽く拭いていた猟師のおじさんは興味を抑えきれないようだ。
猟師のおじさん
「これどうなってるんだ?」
河童の舌を引っ張るおじさん。
猟師のおじさん
「うわっ、長え。」
太郎
「そいつでアライグマを貫いていましたよ。」
猟師のおじさん
「武器なのかこれ。」
舌先はツノのように鋭く硬い。これが刺さればアライグマはおろか人間でも致命傷だろう。
しかもこの長さ……結構な射程距離だな……。
猟師青年
「解体すればいろんなものに使えそうですね。」
コバンザメ
「勝手に解体しないでください。一応新種なんですから……。」
コンテナ到着。みんなで河童を持ち上げて箱詰めだ。
太郎
「そっち持って。」
猟師のおじさん
「よしきた」
猟師青年
「準備OKっす。」
太郎
「持ち上げるよ、せーのっ!」
河童を持ち上げコンテナ内の緩衝材の上に降ろす。
なんとか箱詰め成功。
猟師のおじさん
「いやぁ重いなこいつ……。」
ヘリケー
「そんなに重かったですかね?」
息を切らす俺たちの中で一人だけ涼しい顔をしていらっしゃるヘリケーさん。
よく考えたら技を掛けるときも一人で持ち上げてたよなこのパンダ……。
ヘリケー
「伸びた舌がはみ出しちゃってますね。」
猟師のおじさん
「絡まっても面倒だし首に巻き付けとくか。」
太郎
「電源コードみたいな扱い……。」
とはいえ他に案が無いので舌は巻き付けることになった。
ガミジン
「ついでに瞼も閉じておきましょう。あと手も合掌させますね。」
ポージングのせいでコンテナが棺桶みたいに見えてきたぞ……。
コバンザメ
「この河童の処遇ですが……」
太郎
「あっ、その前に質問。」
コバンザメ
「なんでしょうか?」
太郎
「池の封鎖ってどんな感じになりました?」
コバンザメ
「池の周囲に棒を立ててテープを張って囲みました。」
太郎
「テープに書いてある文字……読んでもらえますかね?」
コバンザメ
「……。」
沈黙……ということは代案が必要と見ていいだろう。
太郎
「どうしましょうか。」
猟師のおじさん
「池を封鎖すればいいんだよな?」
太郎
「はい。何か案があります?」
猟師のおじさん
「有刺鉄線があるからそれで囲っておくぜ。」
太郎
「名案じゃん。」
コバンザメ
「それなら近づけませんね。その案でお願いします。」
猟師のおじさんは笑顔で頷くと青年を連れて池へ向かった。
コバンザメ
「では改めて、河童の処遇を説明しますね。」
コバンザメは話しながらコンテナに保冷剤を投入し始めた。
太郎
「あぁ、これは……。」
ガミジン
「土葬も火葬も無しですね。」
コバンザメ
「ええ。貴重な新種ですから。」
痛まないように冷凍保存だな。
コバンザメ
「持ち帰って王都の大学に預けます。」
太郎
「大学あるのか……。」
コバンザメ
「その後我々にもサンプルを回してもらえるか国王様と交渉ですね。」
太郎
「半魚人も河童に興味津々である。」
コバンザメ
「ええ。貴重な新種ですから。」
河童の処遇は村を引き上げる際に一緒に持っていくようだ。
太郎
「自治区の地下鉄で見た『河童捕獲部隊』は上手くやっているだろうか。」
コバンザメ
「彼らからはまだ連絡は無いですね。しかし……最初から捕獲目的で準備してますから誤って殺すことも無いでしょう。」
太郎
「準備……胡瓜を準備してましたね……。」
ガミジン
「アライグマを襲っていたし今回の河童は肉食の可能性ありますよね。胡瓜は役に立つでしょうか?」
言われてみればそうだ。食性がはっきりしてくれないとなんともなぁ。
太郎
「胡瓜から放電できるようになってたし大丈夫じゃないっすかね?」
ヘリケー
「なんですかその物騒な胡瓜……。」
ごもっともな指摘だ。
胡瓜の話で盛り上がり始めたところに装甲車が移動してきた。
マンボウ
「積み込みを開始する。」
コバンザメ
「後ろ開けますねー。」
コンテナを苦も無く持ち上げるマンボウ。……マンボウ虚弱説なんてあったけどあれはデマだな。
積み込み作業を眺めていると騎士団の指揮官さんがやってきた。
指揮官おじさん
「ここにおられましたか。」
太郎
「あっ、指揮官さん!今河童を積み込んでるんですよ。」
指揮官おじさん
「河童……!?」
驚いているなぁ。当然だけど。
指揮官おじさん
「先刻の照明弾はそれだったんですか……。」
太郎
「ええ。ところで指揮官さんはなぜこちらに?」
指揮官おじさん
「隣村のサハギンさんたちがそろそろ到着する時間なので。」
そうだった。俺たちもそろそろ移動の準備をしなければならないのか。
コバンザメ
「ところで昨日撒いた忌避剤の効果はいかがでいたか?」
指揮官おじさん
「効果覿面でしたよ!オークがくしゃみを連発して逃げていきました。」
太郎
「アレルギーか何か?」
どんな成分だその忌避剤……。
忌避剤トークに耳を傾けていると新たな刺客が現れた。
おばさん
「隣村のサハギンが着いたみたいだよ。」
太郎
「あっ!説明書の仇!」
マンボウ
「貴様か!貴様が紙資源の怨敵か!!」
おばさん
「昨日のことまだ根に持ってるのかい……。」
先日説明書を山羊に喰わせたおばさんだ。どうやら反省はしていないようである。
おばさんの後方に注視するとかなり派手な半魚人が多数歩いてきている。頭数にして二十匹程度か?
カクレクマノミ顔のサハギン
「クマノミ部隊、着任しました。(敬礼)」
指揮官さんとコバンザメ、マンボウが敬礼を返す。
太郎
「派手な魚だ……。熱帯魚ですかね。」
ガミジン
「あの種類、昔映画で見たことありますね。」
しかし……顔がオレンジ色なのはわかるが着ている迷彩服もオレンジ色……。
太郎
「その迷彩服目立ちすぎません?」
クマノミ
「ええ。いざという時は我々が目立って囮になりますので。」
太郎
「そういう意図だったか……。」
無駄に目立っていたわけではないようだ。
服の色は派手だが武装は本格的だ。みんなアサルトライフルを携行している。
……いや、別の物を持っているやつもいるが……。
太郎
「何ですかそれ……。」
クマノミ
「これはイソギンチャクですよ。」
太郎
「それは見ればわかるんですけど……何に使うんですか?」
彼が小脇に抱えているのは猟犬程の大きさのイソギンチャクだ。
クマノミ
「何にでも使える便利なイソギンチャクなのです。」
太郎
「例えば?」
クマノミ
「抱き枕の代わりになりますよ。」
太郎
「それに抵抗が無いのはサハギンだけだよ……。」
これもこれで毒々しい色をしているが危険は無いのだろうか……?
……ん?イソギンチャクがこちらに触手を伸ばしてくるぞ?
クマノミ
「握手を求めていますよ?」
太郎
「いや……触手と握手するのは……。」
俺が顔をしかめるとイソギンチャクは触手をひっこめた。
ジャクソン
「太郎殿……。」
太郎
「どうした?」
ジャクソン
「あれは河童の親戚でしょうか……?でござる。」
ジャクソンが指差した方を見る。
クマノミたちの後ろに隠れ何か金色の物体が見え隠れするのだが……。
太郎
「クマノミさん……あれは一体……。」
クマノミ
「紹介がまだでしたね。金さん、こちらへどうぞ。」
『金さん』と呼ばれた怪生物が姿を現す。
太郎
「……金色のクラーケンだとぉ……!?」
全身金色のそれは自治区で会った蛸顔店長の同族だろう。しかしファッションセンスは更に酷い。
太郎
「地肌が金色なのは百歩譲って許そう。だがその衣装はどこで用意してきたんだ……?」
彼が身に着けているのは赤い菱形の腹掛けである。勿論中心には『金』と一文字入っている。
ガミジン
「金太郎のコスプレですよね……。」
ガミジンさんの鎧が小刻みに揺れている。たぶん笑いを堪えているのだろう。
金さん
「おお、よくご存じで。」
太郎
「どこで売ってるんです?」
金さん
「自作だよ。」
自作してまで着たい物かそれ……。
太郎
「何の目的でその恰好なんです?」
金さん
「金太郎と言えば何だ?」
太郎
「ええと……山で熊と相撲をとった?」
金さん
「うむ。」
熊……まさか。
クマノミ
「出発前に騎士団が熊の獣人を雇ったと伝えましたら……。」
太郎
「相撲すんの?……止めた方がいいと思うなぁ。」
金さん
「ここまで来て引き返せるか。熊はどこだ?」
俺はヘリケーさんのほうに向き直り視線を合わせる。
ヘリケー
「え?私ですか?」
金さん
「パンダじゃねーか!!」
見かねた俺はタオルでヘリケーさんの目元を拭う。
金さん
「白熊じゃねーか!!」
太郎
「紹介します。オークを失禁させ、今度は河童をも葬り去ったヘリケーさんです。」
金さん
「……!!?」
クマノミ
「うわぁ大活躍ですね。」
言葉にすると信じ難い戦歴だが俺は現場を見ている。
太郎
「河童にツームストーンパイルドライバーを掛けて首の骨を折り、殺害しました。」
クマノミ
「えぇ……(ドン引き)」
太郎
「ヘリケーさん、相撲ってやったことあります?」
ヘリケー
「ないです。ルールを教えていただけますか?」
太郎
「わかりました。」
とりあえず俺とガミジンさんが実演しながら説明することにした。
二人で足元に土俵を描いて行く。
ヘリケー
「その円は何ですか?」
ガミジン
「これが土俵ですね。相手をこの円の外に出せば勝ち……ですよね、太郎さん。」
太郎
「ですね。……あっ、曲がっちゃった!!ごめんなさい!」
ガミジン
「細かいところ気にしますね……。」
土俵を描き終わり、中心に立つ。
太郎
「それじゃあ実演……。説明なんで手加減してくださいねガミジンさん!」
ガミジン
「わかってますよ。」
魔王と本気で相撲を取ったらどうなるかわからんからね……。
ガミジン
「合図が出たら正面から組み付いて……」
太郎
「……痛ぇ!」
ガミジン
「あぁ、鎧のトゲが刺さってしまいました……。」
説明でなく実戦だったら致命傷だっただろう。恐ろしい。
ゆっくりと組みなおしながらお互いの腰を掴む。
太郎
「こうやって掴んで押して行く感じで……。」
ヘリケー
「私はどこを掴んでもらえば良いのでしょうか?」
太郎
「あっ……。」
パンダだからなぁ。体毛を掴む?
金さん
「ワシは吸盤があるからどこでも掴めるぞ?」
太郎
「……。」
ガミジン
「即興で廻しを作りましょうね。」
太郎
「そうしましょう。」
相撲のルールに吸盤の使用は言及されていないが……なるべくフェアに行こう。
太郎
「投げたり転ばせたりは危ないので今回は押し出しだけでやりましょう。」
ガミジン
「そうですね。本来は人間同士でやる競技ですし……。」
太郎
「というわけでツームストーンパイルドライバーは使用禁止です。いいですね?ヘリケーさん。」
その他諸々、危険な技は全部使用禁止だ。なにせ獣人対魔物、どんな事故が起こるか予想もできない。
ガミジン
「こんな感じで押していきます。」
実演再開、ガミジンさんが俺をゆっくり押して行く。手加減込みでもなかなかの力だ。
ヘリケー
「円の外に出ましたね。」
ガミジン
「はい。これで試合終了、外に出た方が負けとなります。」
ヘリケー
「ルールはわかりました。非常にシンプルな力比べですね。」
太郎
「まあ危ない技は軒並み禁止したからね。」
説明が済んだので次はヘリケーさんの廻しだな……。
ガミジン
「私、廻しは作ったこと無いんですよね。」
太郎
「無いのが普通かと。布で適当に褌みたいなの作って誤魔化しましょう。」
クマノミ
「布なら持参した包帯がありますよ。」
太郎
「贅沢な使い道ぃ……。」
即興の廻しをヘリケーさんに装着してもらう。
ヘリケー
「これでよろしいでしょうか。」
クマノミ
「褌パンダだぁ……。」
太郎
「何やっても面白いのはずるいよね。」
ガミジン
「準備はこんなところでしょうかね。」
ゴンザレスがこちらに走り寄ってくる……?
太郎
「どうした?」
ゴンザレス
「……。」
無言で何か差し出してきた。これは……スケッチブックから切り抜いた軍配である。
太郎
「俺が行司やんの!?しかも紙製の軍配って……。」
助けを求めガミジンさんを見るが……腹に手を当ててプルプルしている。表情は変わっていないが十中八九笑っているに違いない。
太郎
「もうどうにでもなれ!力士のお二方は土俵入りをお願いします。」
ヘリケー
「おや?太郎さんも土俵に上がるのですね。」
太郎
「あっ、俺は審判みたいなもんです。」
ペラペラの軍配が風に靡く中、パンダと金の蛸が土俵入りした。何だこの光景……。
土俵の外でガミジンさんがカメラを構えている。どんな写真を撮るつもりだ……?
……今度は蛸が塩を撒き始めたぞ。
太郎
「塩まで持参したのか……本格的だな。」
ヘリケー
「何故塩を撒いているのですか?」
太郎
「場を清めるおまじないみたいなものですね。」
金さん
「お主も撒くか?」
差し出された塩を受け取るヘリケーさん。
……そしておもむろに塩を舐める。絵的にはパンダそのもので愛らしいのだが……。
ヘリケー
「……。」
太郎
「撒いてくださいよ。味見してどうするんですか。」
何故か俺のほうに塩を差し出してきたぞ。
一つまみいただき口に入れる……が。
太郎
「砂糖だこれ!」
代用品としてはいかがなものか……。
ヘリケー
「一応撒いたほうが良いですかね?」
太郎
「砂糖なら無理に撒かなくてもいいんじゃないですかね……。」
ガミジン
「むしろ舐めていてください。写真撮りますので。」
魔王様も悪ノリし始めたぞ……。
そしてカメラを向けるガミジンさんの後方でゴンザレスが座布団を配っているじゃないか。
ご丁寧に『終わったら投げる』ことまでレクチャーしている。なんでこいつら相撲にノリノリなんだよ……。
太郎
「面倒だからさっさと始めちゃいましょう。」
俺がヘリケーさんに開始の合図を教えているとその後ろでは金色の蛸が四股を踏みそれを魔王が写真に収めている。
ヘリケー
「あの動き(四股)は何ですか?」
太郎
「準備運動みたいなもんです。任意で行ってください。」
ヘリケー
「そうですか。てっきり威嚇行為か何かだと……。」
太郎
「予備知識無しだとそう見えるのかぁ。」
蛸の四股踏みだもんなぁ。でも威嚇としてはアザラシ連打のほうが怖いと思うよ。
太郎
「じゃあ始めますよ。お二人とも準備は?」
ヘリケー
「いつでもどうぞ。」
金さん
「おう!」
両者が仕切り線の手前に来て構える。
太郎
「はっけよーい、のこった(棒読み)」
ヘリケー
「!」
金さん
「!!!」
勢いよくぶつかる二人。やはりガタイの差ではヘリケーさんのほうが有利か?
じわじわと押し出していくヘリケーさん。一方の金さんは顔が少し膨らんでいる。
金さん
「オラァ!!」
ヘリケー
「!?」
太郎
「漏斗から墨噴くな!!」
後ろに向けて墨を吐き、推進力にしているようだ。……当然土俵は真っ黒に……誰が片付けるんだよこれ。
しかし、それでもヘリケーさんが優勢である。彼女の歩みは止まらない。
太郎
「ルール的に墨の使用ってアウトですかね……?」
ガミジン
「ちょっと卑怯っぽいですよね。でも面白いから最後まで見ましょうか。」
太郎
「魔王様楽しんでおられるな……。」
ここで金さんが更なる秘策を繰り出す。
顔の触手を地面まで伸ばし、吸盤で固定した!
ヘリケー
「!」
金さん
「どうじゃ!!」
多少の効果はあったようで押す速度が遅くなった……が。
太郎
「触手って……分類上『手』だよね?」
金さん
「……!?」
太郎
「手をついたので金さんの負けです。」
決着、まさかの反則負けである。
ヘリケー
「よくわからないうちに勝ってしまいました。」
金さん
「チクショーーーー!!!!」
悔しそうに墨をぶちまける金さん。
太郎
「いちいち墨吐くなお前は!!」
こうして金の蛸野郎は金太郎になれずに終わったのだった……。
ゴンザレス
「……!」
ゴンザレスの合図でギャラリー(主にクマノミと村人)が座布団を投げる。
太郎
「うわぁ座布団が墨塗れに……。」
……土俵の上に積み重なる黒い座布団。後片付け……あまり考えたくないな。
コバンザメ
「相撲は終わったようですね。」
降り注ぐ座布団を華麗に回避しながら指揮官さんとコバンザメが歩いてきた。
太郎
「あっ、コバンザメさん……今までどちらに?」
コバンザメ
「皆さんが相撲に興じている間に帰り支度と引継ぎの準備をしてました。」
そうだった。彼らとはもうお別れになるのか……。
クマノミ
「現時刻より太郎さんの護衛は我々クマノミ部隊が担当します。」
太郎
「よろしくお願いします。」
クマノミの半分が俺たちの護衛、半分が村に駐留して害獣対策をするそうだ。
指揮官おじさん
「いつでも出発できますぞ。」
ヘリケー
「わかりました。」
ヘリケーさんがアザラシを担いでこちらに歩いてくる。しかし……何だこの嫌な予感……。
ヘリケー
「太郎さん、私は帰りの護衛まで仕事に入っておりますのでここでお別れですね。」
太郎
「そうですか。名残惜しいですね。」
……いや、待て。なんなんだこの悪臭は……アザラシから匂ってくるぞ……?
ヘリケー
「いろいろなことを教えてもらい、とても勉強になりました。感謝しています。」
太郎
「それは……よかったです。しかしこの匂い……。」
ヘリケー
「これ、お礼と言ってはなんですが私の作ったキビヤックです。どうぞ。」
ヘリケーさんに激臭アザラシを手渡された。
太郎
「ありがとう……ございます。(失神寸前)」
マジで何なのこの匂い……意識が遠のくんだけど……。
ヘリケー
「では、ご縁があればまた会いましょう。」
パンダはウインクして去って行った。
一方俺は激臭アザラシで満身創痍だ。
太郎
「なんなのこれぇ……」
ガミジン
「太郎さんはキビヤックをご存じないのですね。」
太郎
「知っているんですか?ガミジンさん。」
ガミジン
「ええ、キビヤックとは海鳥をアザラシのお腹に詰めて発酵させた料理だそうです。私も現物を見るのは初めてですが。」
つまりこのアザラシの中に発酵した海鳥が入っているのか……。
太郎
「料理なのか……。いくら感謝の証でもこれは食べられん……。」
クマノミ
「匂いがきつ過ぎますね。これに入れましょう。」
クマノミが取り出したのは黒いポリ袋だった。アザラシを袋詰めして匂いの遮断を図る。
クマノミ
「武器になりませんかねこれ。」
太郎
「そう使うのぉ!?」
催涙弾の類かよ……。
ガミジン
「発酵食品も加入で戦力増強ですね。」
太郎
「おっ、そうだな。……しかしそうなると彼はどうしましょうかね?」
ガミジン
「……?」
太郎
「今現在戦力のインフレについていけてない忍者雇ってるじゃないですか。」
ガミジン
「……そうでした。」
ジャクソンが今まで倒した相手はデカい蟋蟀だけである。
……と言うより他の相手はパンダが全部始末してしまったので見せ場が無かったとも言えるが。
太郎
「発酵食品はともかくアサルトライフルが出てくると手裏剣は……。」
ガミジン
「……まぁ現実問題見劣りしますよね……。」
太郎
「手裏剣は河童に効かなかった。そしてこの辺りには河童以上の大型生物も生息している……。」
ガミジン
「確かに分が悪いですよね。」
クマノミが訝しみ質問する。
クマノミ
「大型生物の対処は忍者の領分ではないと思いますが……なぜ忍者を雇ったのですか?」
太郎
「他の売れ残りがゴブリンと裸のおっさんだけだったんです……。」
絶句するクマノミ。取り合わせを考えると当然の反応ではある。
太郎
「ヘリケーさんみたいな実力者は先に雇われちゃってました。」
クマノミ
「最近の治安の悪化で人員が不足しているのですかね?」
ガミジン
「かもしれませんね。」
ギルドの売れ残り事情はさておき話を忍者に戻す。
太郎
「クマノミさんから見てどうです?忍者の同行は……。」
クマノミ
「護衛任務なら我々のほうが適任でしょう。暗殺等であれば忍者が良いでしょうが……。」
太郎
「言うまでもないけど今俺たちに暗殺すべき相手は居ないです。」
クマノミ
「となれば戦力外ですね(無慈悲)」
太郎
「やっぱりかぁ。」
ガミジン
「雇い続ければジャクソンさんには危険を伴いながら不得手なことをやらせてしまうことになりますよね。」
太郎
「彼にとっても割の良くない仕事になっちゃいますね。」
話し合いの結果、装甲車に乗せて王都に送り返そうという方針で固まる。
あとは当人にどう伝えるかだが……。
太郎
「言うの心苦しいなぁ。」
ガミジン
「慣れてないとそうですよね。……しかし当のジャクソンさんはどこに居るのでしょうか?」
太郎
「居ない!……相撲が始まったあたりから見てないですね。」
護衛が迷子になってどうすんだ……。
ガミジン
「どなたか忍者を見た方は居ませんか?」
中年
「忍者ってコスプレしたデカいカメレオンか?」
太郎
「ほぼ間違いなくそいつです……。」
中年
「それなら向こうの茂みに走っていたぞ。」
中年の指さす方向を見ると背の高い草が生い茂っていた。
太郎
「虫でも探しに入ったのか……?」
ガミジン
「太郎さん……あの茂み、河童が身を隠すには丁度良い場所だと思いません?」
太郎
「……ジャクソンが危ない!!早く助けないと!」
ガミジンさんの不穏な発言に焦る俺。
太郎
「丸腰で助けに行くのは良くないな……何か武器は……。」
ガミジン
「これをどうぞ。」
太郎
「木彫りのマリア像じゃねーか!!武器じゃないでしょそれ!」
突入できずに騒いでいると茂みからジャクソンが飛び出してきた。
太郎
「ジャクソン!!無事だったか!!!」
ジャクソン
「太郎殿!!これを見てくださいでござる!!!」
ジャクソンが見せてきたのは子猫ほどもある巨大なカミキリムシだ。
太郎
「すごく…大きいです…」
ジャクソン
「蟋蟀よりも美味しいはずですでござる!!匂いでわかりますでござる!!」
太郎
「食べる気なのぉ!?」
ガミジン
「カミキリムシの幼虫が食用になるという話は聞いたことがありますけど成虫は聞いたこと無いですね。」
盛り上がっているところ悪いが本題に入らねば……。
太郎
「まずそのカミキリムシをなんとかしよう。」
ガミジン
「虫篭はありませんよ。」
金さん
「蛸壺ならあるぞ。」
太郎
「出たな反則蛸野郎。その蛸壺ちょっとだけお借りしますね。」
なぜか居合わせた金さんから蛸壺を借りてカミキリムシを詰める。偶然にも丁度良い大きさだ。
カミキリムシを捕獲し、手柄を褒めてほしそうなジャクソン……。しかしここは心を鬼にして叱るのだ。
太郎
「ジャクソン……なんで茂みに入ったんだ?」
ジャクソン
「大きなカミキリムシを見たらいてもたってもいられずに」
太郎
「馬鹿野郎!!河童が出てきたらどうするんだ!!!」
ジャクソン
「!!」
太郎
「お前河童に歯が立たなかっただろ!それなのにカミキリムシなんかに釣られやがって……」
ジャクソン
「……。(涙目)」
太郎
「そんな軽率な奴を魔王様の傍に置いておくわけにはいかんなぁ。」
ジャクソン
「!」
ガミジン
「……あ、私は全然」
手でガミジンさんを制す。
太郎
「ジャクソン、お前にはまだまだ伸びしろがある。修行を積んで落ち着いた振る舞いを身に着けろ。」
ジャクソン
「修行……しますでござる!」
太郎
「そうするがよい。君はこれから王都に戻ってじっくり修行するのだ。そして成長した君をもう一度雇える時を待っているぞ。」
ジャクソン
「拙者……修行して成長しますでござる!!」
よし、なんとか丸め込んだぞ。
太郎
「ではクマノミさん、彼を装甲車までお連れして話を通していただけますか?」
クマノミ
「お任せください。しかしキレのあるやりとりでしたね。ちょっと見入ってしまいました。」
太郎
「恥ずかしいので忘れてください……。」
ここまでの報酬とジャクソンのために買った備品、そして蛸壺から出したカミキリムシを渡して見送る。
ガミジン
「勢いで押し切りましたね。」
太郎
「形式ばったセリフで解雇通告するよりは気が楽だった。」
ガミジン
「意外とそういうものですか。」
太郎
「……はい。俺の性分かなぁ。」
手元に残った蛸壺を蛸に返す。
太郎
「金さんはこれからどうするんですか?」
金さん
「熊に勝てなかったからな。鍛えなおしだよ。」
太郎
「具体的には?」
金さん
「山籠もりだな。」
太郎
「本格的やん……。」
しかし、この近辺に山は無い気がするが……。
太郎
「どこの山に籠るんですか?」
金さん
「隣村の裏山。」
ガミジン
「じゃあ今日の移動はこの方も同伴ですかね。」
太郎
「忍者の次は金太郎の腹掛けした奴と歩くのか……。」
目立つよなぁこれ。
太郎
「相撲は終わったけど今日はずっとその恰好なんです?」
金さん
「そうだよ。着替えは持ってきていないからな。」
太郎
「……。」
ガミジン
「相当気に入っていらっしゃいますね。」
同伴者のファッションセンスに口出しするのはもう諦めるべきなのだろうか……?
金に輝く蛸から目をそらし深呼吸しているとゴンザレスが走り寄ってきた。
太郎
「なんだまたスケッチブックを切り抜いて……。」
彼が渡してきたのは……紙製の金太郎腹掛け!
太郎
「え……?これで蛸とペアルックしろって……?」
ゴンザレス
「……。(腕組みして頷く)」
残念ながら腹掛けとして使える程大きくはない。
太郎
「無理でしょこの大きさじゃ……。良くて股間しか隠せないよ……。」
再度頷きながらゴンザレスがおもむろに腹掛けの真ん中、金の文字の少し下を指差す。
太郎
「これは……!」
金の下に小さく『玉』って書いてある……。
太郎
「そういう使い方を想定するな!!」
ツッコミを入れて腹掛けをゴンザレスに突き返した。
金さん
「ところで河童はまだ居るのか?」
太郎
「相撲の前に話した通りパンダが一匹駆除したんですけど……別個体がまだ居るかはわかんないっすね。」
ガミジン
「金さん、河童に興味があるのですか?」
金さん
「河童も相撲が得意だという言い伝えがあるからな。」
太郎
「いや、ここの河童は相撲って感じじゃないですよ。」
金さん
「……?」
太郎
「アライグマを槍状の舌で刺し殺してましたし……。」
金さん
「……それ、本当に河童なのか?」
ごもっともな指摘である。舌が伸びる河童などどこの伝承にも無いだろう。
太郎
「舌はあれだけど外見上河童以外に当てはまるヤツが居ないんですよね。」
金さん
「……。」
遺体は既にコンテナに入れられたため現物を見せられない。どう説明したものか。
おもむろにゴンザレスがスケッチブックを出す。そうか、絵で見せればいいんだな。
河童の絵を確認する俺たち。
太郎
「流石ゴンザレス、安定の画力だ。」
ゴンザレス
「……。」
太郎
「でもさ……なんで遺影風の枠まで描き込んでるんだい?」
金さん
「死神だからじゃないのか?」
太郎
「……そう来たか。」
確かにゴンザレスの風貌は死神に見えるが……。
こいつは市松人形にビビってたような奴だから死神的な能力は無いと思うんだよね。
河童の絵を見てガミジンさんが挙手した。
ガミジン
「絵があるのなら村の方々に見せておきましょう。危険生物として周知が必要でしょうから。」
太郎
「そうしましょう。二匹目が居ても居なくても周知してるに越したことは無い。」
遺影の枠は今更どうしようもないのでこのまま渡すしかないかなぁ。
……無駄に写実的に描かれた河童の絵に見入っているとクマノミが戻ってきた。
クマノミ
「ジャクソンさんを送り届けてきました。」
太郎
「お疲れ様です。」
クマノミ
「他に用事が無いのなら我々も出発しましょうかね。」
ガミジン
「この河童の絵を村に置いていきたいのですが……掲示板か何かありませんか?」
クマノミ
「それなら広場に……それ遺影ですか?」
残念ながら河童の絵はこの一枚だけである。
こうして広場の掲示板に河童の遺影が張り出されることとなった。実にシュールな光景だ。
金さん
「遺影はそこの死神が描いたんだってよ。」
太郎
「ゴンザレスは別に死神じゃないと思うんですが……。」
クマノミ
「アレですね!名前を書いて殺すやつ!最近のは絵でも殺せるんですね。」
太郎
「そんな物騒な物じゃないから!ただのスケッチブックだから!」
遺影を張り出したところで河童のことがどこまで伝わるかはわからないが……細かい説明は現物を見ている猟師さんに頼んでおくか。
池の封鎖から戻っていた猟師さんに早速事情を話す。
太郎
「そういうわけで河童の危険性について村の方々に口頭で説明しといてください。」
猟師のおじさん
「事情はわかった。……掲示板のあれだけだと河童の葬式をやるみたいに見えるもんな。」
猟師青年
「妖怪の遺影が張られた掲示板……観光スポットにしましょうよ。」
太郎
「それでいいのかお前の地元やぞ。」
河童に関してやれることはほぼやったので出発の準備に取り掛かる。
太郎
「おはようございます。寝相が悪いのは誰だ~?」
ガミジン
「おはようございます。」
ガミジンさんは普通に隣で寝ていた、ということは……。
寝袋にコバンザメの吸盤が吸い付いているぞ!
コバンザメ
「おはようございます。よく眠れましたか?」
太郎
「眠れたけど起きたのなら離れてね?」
自力では外せないようなので全員で引っ張って無理やり外した。
車外に出ると火の消えた護摩の近くでジャクソンが羊と戯れていた。
太郎
「おはようジャクソン。その羊はどこから連れてきたんだ?」
ジャクソン
「おはようございますでござる!羊はテントの外で出待ちされてましたでござる!」
太郎
「勝手に来たのかよ……。」
山羊はともかく羊のほうは飼われているやつだった気がするが……脱走してきたのか?
ジャクソン
「太郎殿、朝ごはんはまだですかでござる!」
太郎
「元気だなお前……。」
朝食はどこで食べるか聞いていないな……。ん?
テントから出てきたゴンザレスがジャクソンの肩を叩く。目にはまだ煙玉が嵌まったままだが……。
ジャクソン
「……!?」
ゴンザレスが人差し指をジャクソンに向ける。その指先には天道虫が乗っていた。
ジャクソン
「……。」
ゴンザレス
「……。」
なあゴンザレス、天道虫一匹を朝食にしろというのは流石に酷ではなかろうか……。
体色が変わるジャクソンを見ていると後ろからガミジンさんがやってきた。
ガミジン
「太郎さん、朝食は騎士団の方々が用意しているそうですよ。」
太郎
「天道虫はキャンセルですね!」
ガミジン
「天道虫?」
太郎
「こっちの話です。」
ガミジンさんとゴンザレスに羊を任せ、ジャクソンと昨夜の調理場へ向かう。
そこでは騎士団員たちが炊き出しをしていた。
朝食をいただこうと忍者を連れて並ぶ。
順番が回ってくるとそこには……
太郎
「パンダが割烹着着てる!あざとい!この客寄せパンダめ!!」
ヘリケー
「おはようございます太郎さん。今日も元気ですね。」
暴言を華麗にスルーするヘリケーさん。やはり大物だ。
ヘリケー
「今日の朝食はこれです。」
渡されたのは……豚汁だ!!
ヘリケー
「猪の翌日に豚汁というのも変化に乏しいかもしれませんが……。」
太郎
「豚汁かぁ、自治区では嫌というほど食べてましたね。」
ヘリケー
「流行ってるんですか?豚汁。」
太郎
「行きつけのバーが妙に豚汁推しだったんですよ。」
ヘリケー
「バーなのに豚汁……。」
やはり困惑しているようだ。豚汁推しのバーだもんな。
豚汁を受け取り順番を回す。
ジャクソンと一緒に適当な場所に座り豚汁を食べ始める。
太郎
「さて、午前中は自由時間になったわけだが何するかなぁ。」
ジャクソン
「一緒に忍術の修行、しますか?でござる。」
太郎
「却下だ。真似できる気がしない。」
返答を聞くとジャクソンは不服そうに豚汁を啜る。
ジャクソン
「拙者、村人からの頼まれごとがあるのでそれの続きをしますでござる。」
太郎
「おぉ?何を頼まれたの?」
いつの間にか何か頼まれていたらしい。
しかし……忍者に依頼、まさか暗殺とかじゃないだろうな……。
ジャクソンが懐から木彫りの何かを取り出す。昨日のマリア像とは違う物のようだが……。
ジャクソン
「これを仕上げますでござる!」
太郎
「嘘だろお前wwwww」
出てきたのはなんと……木彫りの男性器である。
ジャクソン
「村人にマリア像を見せたら『器用だな。これも頼むよ。』って渡されましたでござる。」
用途までは聞いていないらしい。
ジャクソン
「角ばらないように入念に削りますでござる。」
太郎
「おう、がんばれよwww」
笑いを堪えながらも豚汁を完食し、食器を返しに行く。
調理場に顔を出すと指揮官さんとヘリケーさんが何か話している。
太郎
「食器を返却しに来ましたよ。」
指揮官おじさん
「あぁ、太郎さん。おはようございます。」
興味本位で何を話していたか聞いてみると……
指揮官おじさん
「これを見てください。」
ヘリケーさんが着ていた割烹着だが……デフォルメされたパンダのイラストが描き加えられている。
指揮官おじさん
「これ、流行ると思いません?」
太郎
「パンダにハマってしまったか……。」
指揮官さんは目を輝かせている。
その隣でヘリケーさんは頭を掻いている。
なかなか面白い光景だったが割烹着のデザインに俺が口出しするのも変なので適当に誤魔化した。
ジャクソンのところに戻るが彼は不在だった。
近くに居たガミジンさんに声をかける。
太郎
「ガミジンさん、忍者見てない?」
ガミジン
「ジャクソンさんですか?『依頼主に見せに行く』とかで不在ですが……。」
太郎
「それならいいんです。」
何を見せに行くかは聞かなかったようだ。なら今からあえて言うことも無いだろう。
ガミジン
「太郎さん、午前中はどうしますか?」
太郎
「特に予定は無いですねぇ。ゆっくりしてようかと思います。」
ガミジン
「それなら散歩に付き合ってくれませんか?」
太郎
「わかりました。」
散歩は建前で何か話をする空気か……?
太郎
「二人で散歩して……迷子になりませんかね?」
ガミジン
「いざというときはこれを預かってきました。」
昨日言っていた照明弾の手持ち版である。害獣発見のときならわかるけど迷子でそれ使うのやだなぁ……。
とにかく『最終手段』は確認できたので散歩に赴くことにする。
しばらく歩いてからガミジンさんが話を振ってきた。
ガミジン
「太郎さん、突然ですが死後の世界って信じます?」
太郎
「いきなり凄い話題ですね……。俺は死んだこと無いんでよくわからないです。」
ガミジン
「憶えていないだけで死んでいるかもしれませんよ?」
太郎
「……!?」
ガミジン
「まあ冗談ですが。」
太郎
「笑えねえ冗談だ……。」
炸裂する魔王ジョーク。
ガミジン
「この島での生死感ってどうなってると思います?」
太郎
「わからないですけど……でも墓はあるんですよね。」
昨日は村の墓地を見た。動物も埋葬している。
太郎
「墓があるってことは……やっぱり死後の世界もあるって前提で弔っているんじゃないですかね。」
ガミジン
「そうですね。竜の教えでもあるということになっているみたいです。」
竜も死後の世界を肯定しているらしい。
ガミジン
「ただし……死者と生者はお互いに干渉できないことを明言しているそうです。」
太郎
「干渉できない……?」
ガミジン
「幽霊を見たら幻覚と思え。死者に祈りを捧げるのは構わないが祈りが届くものでもない。というスタンスだそうで……。」
太郎
「あるけど無い物と思えってこと?」
ガミジン
「概ねそのような感じかと。ここでは埋葬等の弔いは死者のためではありません。残された者たちの気持ちの整理のために行うのが一般的だそうです。」
太郎
「そうなんですね……じゃあアライグマの埋葬は大変だったんじゃないですか?」
ガミジン
「ええ……まあ。」
歯切れの悪い返事だ。害獣の埋葬だもんな……。
ガミジン
「太郎さんは記憶を失う以前は仏教徒だったのですかね?」
太郎
「……えぇ、なんでです?」
ガミジン
「パトラッシュのお供え物で最初に提案したのがお線香だったじゃないですか。」
太郎
「あっ、そっかぁ。」
身元の特定の手がかりが思わぬところで出てきたな。
とはいえこれだけで個人特定は無理なのだが……。
ガミジン
「おそらくこの島の人間ではないですよね。やはり私たちと同じ世界から来たのかも……。」
太郎
「そうかもしれませんね……。ここじゃ線香供えてないみたいだし。」
この島では線香は一般的ではないのだ。
太郎
「島での弔いは概ねそういう形なんですかね?」
ガミジン
「国境付近の地域ではまちまちです。あと大阿修羅宇宙教国は……」
太郎
「あぁ、阿修羅像の国か。あれは仏教の派生とかではないんですかね?」
ガミジン
「いえ、あそこはちょっと……。」
太郎
「……?」
何だ……?微妙に表情が曇ったぞ?
ガミジン
「彼らの宗教観は私には受け入れがたく……。」
太郎
「何かやらかしたんですか?」
ガミジン
「袈裟にターバンといういで立ちでアーメンとのたまったのです。」
太郎
「神仏習合など目じゃねえな……。」
聞いただけで眩暈がしてきたぞ……。
太郎
「手元とかどうしてました?合掌したり十字を切ったりとか……」
ガミジン
「両手で中指立ててましたね。」
太郎
「完全に宣戦布告じゃねーか!!」
思っていたよりかなりヤバイ国だな……。
ガミジン
「出土品から教義を作っていたらしいのですが。」
太郎
「出土……誰かが埋めたんですかね。」
阿修羅像その他諸々を……何のために?
ガミジン
「もし誰かが埋めていたなら何故他宗教のものを別々に埋めなかったのか……。」
太郎
「本当ですよ。聞く限りめちゃくちゃにミックスされてるし。……価値が分かってない人が埋めたんじゃ……?」
誰が得するのか全く分からない結果になっている。袈裟にターバンでアーメンとか各方面に喧嘩売り過ぎだろ……。
ガミジン
「誰かが意図的に集めたのではなく偶発的に集まった可能性も言われてますね。」
太郎
「まあそっちのほうが自然かもしれませんね。」
何者かがわざとやったとは思いたくないのだ……。
ガミジン
「誰が埋めたかも気になりますけどどこから持ち込まれたかも気になりますよね。」
太郎
「そうですね……。」
ガミジン
「第一に私たちの世界の宗教に関する物がどうしてこの島にあるのか。」
今まで流していたが重大な謎じゃないかそれ。
太郎
「魔王様たちが持ち込んだわけではないのですよね?」
ガミジン
「ええ。それだと矛盾が出るんですよ。」
太郎
「矛盾……。」
ガミジン
「私より先にこの島に来た魔王は多数居ますがそれでも差は数年……。」
聞きながら俺はフォルネウスさんに貰った旅行パンフレットを開く。
太郎
「阿修羅像はもっと前から出土してるんすね。」
ガミジン
「そうです。時系列が合わないかと。」
手元のパンフレットによると阿修羅像は少なくとも60年以上前からあるようだ。
ガミジン
「魔王をこの島に召喚しているとされる『地獄門』ですが……これの出現が阿修羅像よりだいぶ後なのです。」
太郎
「うーん……謎だ。」
地獄門以外の他の何かが原因なのか?
太郎
「持ち込まれた以外の要因だと……最初からあった説とかどうでしょうか?」
ガミジン
「最初から……?」
太郎
「ここが未来の地球だったんだ……っていうオチ。」
ガミジン
「ありましたねそんな映画。」
冷めた反応である。
ガミジン
「可能性はありますけど……根拠に乏しい。」
太郎
「根拠は出土品……だけですね。もうちょっとこじつけられるものが欲しいですねぇ。」
ガミジン
「こじつけって貴方……仮説で遊ばないでくださいよ。」
この説はお気に召さないようだ。
ガミジン
「太郎さんは記憶喪失だから故郷に未練が無いかもしれませんけど」
太郎
「あぁ……失言でした。すみません。」
全部は言わせず謝って遮る。
本当に痛い失言をしてしまったものだ。
未来に来てましたという仮説だと帰るハードルが上がっちゃうかもしれない。
太郎
「『浦島太郎』じゃあ帰れてないもんな……。」
ガミジン
「日本の童話ですね。それを知っているということは……。」
太郎
「……!!」
ガミジン
「日本出身の可能性が高いですねぇ。」
無意識に出た発言で身元の特定が少しだけ進んだぞ!
出身国が特定できても直ちにどうするということもないが。
ガミジン
「日本は仏教徒が多いのでお線香のくだりも納得ですね。」
太郎
「知識や習慣は日本人のそれ……ということは日本国籍でほぼ確定?」
ガミジン
「確定ですかねぇ。でも帰るまでは私たちと一緒、ゴエティア国籍です。」
太郎
「まあそれは仕方ない。」
呉越同舟というやつか。それはともかくもっと日本文化に触れれば何か思い出すかも?
ガミジン
「太郎さん、私はこの世界に来た時に『ここは死後の世界かもしれない』って思ってたんですよ。」
太郎
「可能性の一つですね。」
ガミジン
「はい。何せ自分の体は骨になってたし……。」
無理もない理由である。
太郎
「ええと、ガミジンさんはキリスト教徒だから……死後の世界って言うと天国とか地獄とか?」
ガミジン
「ええ。ですがどちらともイメージが違うと感じまして……。」
太郎
「確かにそうですね。天使とか悪魔とかは……悪魔は居るんだよなぁ(白目)」
ガミジン
「まあその悪魔を名乗る方々に助けられて今があるわけなのですが。」
キリスト教徒が悪魔に助けられるというのはどんな気分なのだろうか。
ガミジン
「自らを悪魔の名で呼び合う彼らには最初は抵抗がありましたが……最終的に和解できました。」
太郎
「正体は同郷の人間ですもんね。それを知れば心強い味方ですよね。」
ガミジン
「そうなんですよ。島民に話すとカルチャーショックが発生するような話題でも普通に話せるのは大きい。」
確かにそうだ。そこで毎回気を揉むのもしんどいだろう。
太郎
「でも魔物の行動では多少なりともカルチャーショック受けてる気がしますが。」
ガミジン
「その辺は冗談としてわざとやってるのが大半ですかね。体の構造が人間と違うからジョークの幅が圧倒的に広いですし。」
魔王ともなれば魔物の奇行をジョークとして流せるようになる……強い(確信)
太郎
「抵抗が無くなって和解……までは納得ですけど『ガミジン』さんも悪魔の名前名乗ろうってなったの何故です?」
キリスト教徒なのに悪魔の名前……素直に疑問なのだ。
記憶喪失でなければ本来の名前を名乗っても問題ないと思うのだが……。
ガミジン
「まあ紆余曲折ありましてですね……『悪魔』みたいな概念がなんで生まれたかって話になりますが」
太郎
「えぇ……悪魔の成り立ち?」
ガミジン
「元々は他宗教の神を貶めるために悪魔にして残したって説がありまして。」
太郎
「敵対する宗教を排除するためってことですかね。」
ガミジン
「そんなところですね。」
突然話が飛躍してしまった気がするが……これは名前に関係あるのだろうか?
ガミジン
「で、私たちは別の土地から来たわけじゃないですか。」
太郎
「外来種!」
ガミジン
「異なる信仰を持つ異形の外来種です。現地民から見れば悪魔そのものですよ。」
太郎
「でも貿易もしてるし一応和解してる……悪魔って呼ぶほどじゃぁ……」
ガミジン
「いいえ、一部の方々に受け入れられてはいますがまだ反発も多い。」
見えないところでは反発があるようだ……。俺の視野はまだまだ狭いのだろう。
ガミジン
「まあそれでですね……この世界の人々にもっと受け入れられてから本当の名前を名乗ろうと思っています。」
太郎
「まだその時ではないと……。」
静かに頷くガミジンさん。
太郎
「あっ、そうだ。(唐突)ガミジンさん、俺とどっちが先に本名取り戻すか競争しましょうよ。」
ガミジン
「えぇ……(困惑)」
太郎
「負けた方は豚汁奢りでどうです?」
ガミジン
「私に得が無いじゃないですか。(呆れ)」
食べられないもんなぁ……。
ガミジン
「でも目的に何かご褒美があってもいいかもしれませんね。その勝負お受けしましょう。」
太郎
「いいのか。」
ガミジン
「私が勝ったときは食べ物以外でお願いします。」
太郎
「食べ物以外……何がいいかなぁ。」
景品を何にするか考えながら歩いているとガミジンさんが立ち止まる。何か発見したのか?
ガミジン
「あれは……アライグマ!?」
太郎
「昨日の一匹だけとは思っていなかったが……。」
池のほとりでこちらに背を向けた三匹のアライグマが何かを洗っているようだ。
太郎
「一応害獣だし猟師さんを呼……!?」
ガミジン
「!!?」
突如水しぶきが上がりアライグマが消える。
太郎
「何だ今の……水棲の獣か何かか……?」
ガミジン
「自然に落ちた感じじゃないですよね……。」
場が騒然となり水面からはぶくぶくと泡が上がっている。
ガミジン
「危険な生物かもしれません。戻って誰か呼びましょう。」
太郎
「そうしましょう。俺たちの手に負える相手とは思えませんし……」
反転し来た道を戻ろうとするが……
ガミジン
「太郎さん!後ろ後ろ!!」
太郎
「!?」
池の真ん中から奇怪な生物が上半身を覗かせる。
その姿は……
太郎&ガミジン
「河童だ!!!」
自治区を出るときに駅で見せられたあの写真の河童である。
写真では見えなかった部分も改めて見ると非常に不気味だ。
顔はパキケファロサウルスだが目は真っ黒、鮫のような瞳だ……。表情がとても怖い。
濡れた外皮は銅色に鈍く輝いている。存在感すげぇ……。
口の下には仕留めたアライグマの死体がぶら下がっているがそこに槍のような何かが貫通している。
まさかあれは舌なのか……?
捕獲部隊が組まれる程の危険生物だったはずだが……。
太郎
「うわぁこっち見てる……ヤバイ状況じゃないですか……。」
ガミジン
「とりあえず誰か呼びましょう……。」
河童を睨みながら照明弾の準備をするガミジンさん。
ガミジン
「太郎さん、私が合図したら目を閉じてください。照明弾は目眩ましにもなりますので。」
太郎
「了解です。」
話しながら後退りする俺たちに対し河童も一歩踏み出す。
池から出るにつれその巨体が顕わになるが……もしかしてこいつかなりデカいんじゃないか?
ガミジン
「撃ちます!」
太郎
「どうぞ!」
ガミジンさんを信じて目を閉じると直後に照明弾を撃つ音が聞こえた。
ワンテンポ遅れて河童の悲鳴(?)が響く。
河童
「オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛……(野太い声)」
目眩ましの効果はあったようだ。
恐ろしい鳴き声に怯えながら目を開ける。河童は目を閉じて口元のアライグマをブンブン振り回している。
ガミジン
「今のうちに逃げましょう!」
太郎
「ウッス!」
河童が視力を取り戻す前にクラウチングスタートの姿勢を取る。
俺たちは河童の咆哮を合図に全力疾走で来た道を戻っていった。
……二分ほど猛ダッシュしたあたりでジャクソンとコバンザメを発見。照明弾を見て来てくれたようだ。
ちなみに俺は走行中にスタミナ切れを起こし、今はガミジンさんに担がれている。
ジャクソン
「無事でしたか!でござる。」
コバンザメ
「照明弾を使うとは大事ですね。何があったんです?」
太郎
「河童!河童が出ました!!」
ジャクソン
「嘘乙wwwww」
太郎
「嘘じゃない!(マジギレ)」
お前雇われだろ……雇用主の話真面目に聞けよ……。
ジャクソン
「河童とかwww妖怪じゃないですかwwwでござるwwwww」
リザードマンの忍者が妖怪を否定したぞ……。
ガミジン
「見た目はともかく危険な生物なんですよ。私たちの目の前でアライグマを一瞬で……。」
コバンザメ
「照明弾を見て猟師さんたちが向かっていると思いますが彼らの手に負えますかね?」
太郎
「ううん……昨日の猪が狩れるなら大丈夫……ですかね。」
流石に危険度は猪には劣る……か?
話していると突如銃声が響く。駆け付けた猟師さんが河童に発砲したのだろう。
コバンザメ
「援護に行くべきでしょうか?」
太郎
「こちらの装備は?」
コバンザメ
「麻酔銃を持ってきました。」
ジャクソン
「手裏剣もいっぱいありますでござる。」
ガミジン
「手裏剣はともかく麻酔銃なら戦力になると思います。」
話し合っている間に二発目の銃声が鳴る。もしかして銃では殺せないのか……?
太郎
「心配なんで様子を見にいきましょう。」
コバンザメ
「わかりました。お二人は安全のため後方に。」
麻酔銃を構えたコバンザメを先頭に四人で現場に向かう。
……現場では河童が猟犬に翻弄されていた。猟犬のスピードには付いていけないらしい。
その後ろで猟師の青年が猟銃に弾を込めている。
猟師青年
「二発命中したのに死なないとは……。」
コバンザメ
「援護します。」
猟師青年
「ありがたい。」
ジャクソン
「河童が本当に居ましたでござる……。(驚愕)」
猟師とコバンザメが河童の喉に狙いを定める。
猟犬が離れる瞬間、二人が同時に発砲。双方河童の首に命中した。
ジャクソン
「トドメ、刺しますでござる!」
便乗してジャクソンが手裏剣を投げる……が。
ジャクソン
「……!?」
頭頂部に命中するも鈍い金属音を鳴らし弾かれる……。相当な石頭だなあれは。
ジャクソン
「河童って頭の皿が弱点じゃないのぉ!?」
ヘリケー
「頭が弱点なのですね?私が追撃します。」
ここでさらなる増援、パンダ到着である。
銃撃で動きが鈍った河童に一瞬で肉薄するヘリケーさん。無駄のない動きだ。
河童
「……!」
ヘリケーさんが放った足払いで河童が仰向けに転倒。
体は亀だからひっくり返せばよかったんだな……。
しかし、そこから更なる追撃を開始するヘリケーさん。
河童を持ち上げて組み付き、飛び上がる。この技は……!
太郎
「ツームストーンパイルドライバーだとぉ!?」
鈍い音とともに着地。
流石の河童も頭部に大ダメージを受け昏倒。白目を剥いて口から泡を吹いている。
……完勝だな。このパンダ、武器持たないほうが強いんじゃないか……?
猟師青年
「パンダ強過ぎィ!」
太郎
「猟銃<河童<パンダの図式が今ここに証明された。」
ジャクソン
「拙者の手裏剣は……?」
太郎
「……。」
パンダ殺法に驚愕する俺たちの後ろからコバンザメが河童に近づく。
コバンザメ
「可能なら生け捕りにしたかったのですが……。」
『なんかやっちゃいました?』的な表情のパンダを視線から外しつつ河童の状態を再確認。
太郎
「見た感じ首いってますねこれ。技が技だし当然ではありますけど。」
ガミジン
「可哀そうですがもう長くはなさそうですねぇ……。」
無力化には成功したが……とにかくこいつの処遇を話し合わねば。
相談の結果、捕縛してから広場に連行することになった。
猟師青年
「お前は先に広場に行くんだ。」
猟犬
「ワン!」
邪魔にならないように猟犬を先に帰す猟師さん。
コバンザメ
「檻は用意してないですよね……まずは縄か何かで縛りますか。」
猟師青年
「わかりました。縄は持ってますんで……。」
流石猟師だ準備がいい。手際よく縛って行くが……
太郎
「死にかけの河童を亀甲縛りにしてどうすんだよ……。」
猟師青年
「え?」
コバンザメ
「まず手足を縛ってくださいよ……。」
なんとか縛り終わり、運ぶ方法を検討し始める。
太郎
「昨日の猪みたいに棒に括り付けて運ぶ?」
猟師青年
「棒は無いですねぇ……。」
コバンザメ
「装甲車に非常用担架がありますのでそれを持ってきます。」
コバンザメが担架を取りに戻り、残りの人員は池を見張ることになった。
二匹目は……居ないと信じたい。
池を眺めながら待っているとヘリケーさんが挙手した。
ヘリケー
「先生、河童の脈が止まりました。」
猟師青年
「あぁ、ご臨終ですね。」
訃報を聞き十字を切るガミジンさんとその隣で手を合わせる俺。
しかし現地民にこのような習慣は無いらしく不思議そうに凝視された。
猟師青年
「何すかそれ?」
ガミジン
「私たち独自の弔いの作法みたいなものです。」
軽く説明していると担架が到着。
コバンザメ
「では、どなたか運搬をお願いします。」
太郎
「あんたは運ばないのか。」
コバンザメ
「私は池の周囲を封鎖しますので。」
彼の手元を見ると『KEEP OUT』と書かれたテープが握られている。
ガミジン
「では私と太郎さんで運びましょう。ジャクソンさんと猟師さんは他の害獣が出たときに対処をお願いします。」
ヘリケー
「私はどうしましょうか。」
ガミジン
「河童に対処できたのはヘリケーさんだけなので封鎖が終わるまで池を見ていていただけますか?」
ヘリケー
「わかりました。二匹目が居たら生け捕りにできるよう頑張ってみます。」
役割が決まり行動開始だ。
太郎
「まずは河童を担架に乗せるぞ……重っ!!」
猟師青年
「よし、手伝……重っ!!」
四人掛かりでなんとか担架に乗せる。異常な重さだが本当に銅でできているんじゃないだろうな……。
そして担架を持ち上げるが……。
太郎
「うおぉぉ……上がらないぃ。」
ガミジン
「ジャクソンさん、手伝っていただけますか?」
ジャクソン
「御意ですでござる。」
わずかに持ち上がった担架の下に潜り込み、背中で持ち上げるジャクソン。
結局担架担当に三人割いてしまった。
太郎
「三人でもまだ重い……。」
ジャクソン
「重いうえに酷い匂いがしますでござる……。」
太郎
「水棲生物の死骸だからなぁ……早く運んでしまおう。」
その後、河童を広場まで無事運ぶことができたが……明日は筋肉痛だな。
ジャクソン
「ゆっくり降ろしますでござる。」
太郎
「よし、ジャクソンは一旦脇に移動して……」
猟犬
「ワン!!」
ジャクソン
「!!?」
先に広場に来ていた猟犬がジャクソンの尻尾を噛む。
悶絶して担架から手を離すジャクソン。
バランスを崩して絶体絶命のピンチに陥る!
太郎
「危ねぇ!」
ゴンザレス
「……!」
猟犬の後ろから現れたゴンザレスが素早くフォローに入る。
そのまま河童を安全に降ろすことに成功した……。
太郎
「すまないゴンザレス。……危なかった。」
ガミジン
「危機一髪でしたね。」
息を切らしながら降ろした河童を眺めていると後から来た猟師さんが猟犬をジャクソンから引き離した。
猟師青年
「すみません、こいつはリザードマンには慣れてないんで……。」
太郎
「そうですよね。こんなデカいカメレオン……犬からはどう見えているんだか。」
当事者、ジャクソンのほうに目を向けると……
ジャクソン
「なんの!犬の好物は知っていますでござる!!飼い慣らしてくれるわでござる!!」
手に持っているのは骨……?
……いや、あの輝きは間違いない。
太郎
「それゴンザレスの腕じゃねーか!!!返せ!」
ジャクソンから腕をひったくりゴンザレスに接続。全く油断も隙も無い。
ガミジン
「運んできた河童……どうしましょうね?」
猟師青年
「食肉になるかは怪しいし……やはり埋葬?」
太郎
「俺ら素人だしサハギンさんたちに指示を仰ぎましょうよ。」
とりあえずは専門家を呼びたいところだが……。
猟師のおじさん
「臭っ!なんだそれ!?」
遅れてきたおじさんが河童の匂いに顔をしかめる。まずはそこだよなぁ。
太郎
「せめて消臭できないものか。」
ガミジン
「消臭剤は……持ってないですよねぇ。」
猟師青年
「応急処置としては水洗いかな……。」
猟師のおじさんに事情を説明しているとコバンザメとパンダが戻ってきた。
太郎
「あぁ、コバンザメさん。消臭剤とか持ってます?」
コバンザメ
「無くは無いですが。」
消臭剤の使用を打診してみるが……。
コバンザメ
「遺体はコンテナに入れて密閉しようと思います。ですので消臭は最低限で大丈夫かと。」
太郎
「わかりました。」
コバンザメがコンテナを運んでくる間、俺たちは河童に水を掛けながら待つことにした。
猟師のおじさん
「しかし奇怪な姿だなぁ……。」
太郎
「ですね……どう進化したらこうなるんだ……。」
雑巾で河童の頭を軽く拭いていた猟師のおじさんは興味を抑えきれないようだ。
猟師のおじさん
「これどうなってるんだ?」
河童の舌を引っ張るおじさん。
猟師のおじさん
「うわっ、長え。」
太郎
「そいつでアライグマを貫いていましたよ。」
猟師のおじさん
「武器なのかこれ。」
舌先はツノのように鋭く硬い。これが刺さればアライグマはおろか人間でも致命傷だろう。
しかもこの長さ……結構な射程距離だな……。
猟師青年
「解体すればいろんなものに使えそうですね。」
コバンザメ
「勝手に解体しないでください。一応新種なんですから……。」
コンテナ到着。みんなで河童を持ち上げて箱詰めだ。
太郎
「そっち持って。」
猟師のおじさん
「よしきた」
猟師青年
「準備OKっす。」
太郎
「持ち上げるよ、せーのっ!」
河童を持ち上げコンテナ内の緩衝材の上に降ろす。
なんとか箱詰め成功。
猟師のおじさん
「いやぁ重いなこいつ……。」
ヘリケー
「そんなに重かったですかね?」
息を切らす俺たちの中で一人だけ涼しい顔をしていらっしゃるヘリケーさん。
よく考えたら技を掛けるときも一人で持ち上げてたよなこのパンダ……。
ヘリケー
「伸びた舌がはみ出しちゃってますね。」
猟師のおじさん
「絡まっても面倒だし首に巻き付けとくか。」
太郎
「電源コードみたいな扱い……。」
とはいえ他に案が無いので舌は巻き付けることになった。
ガミジン
「ついでに瞼も閉じておきましょう。あと手も合掌させますね。」
ポージングのせいでコンテナが棺桶みたいに見えてきたぞ……。
コバンザメ
「この河童の処遇ですが……」
太郎
「あっ、その前に質問。」
コバンザメ
「なんでしょうか?」
太郎
「池の封鎖ってどんな感じになりました?」
コバンザメ
「池の周囲に棒を立ててテープを張って囲みました。」
太郎
「テープに書いてある文字……読んでもらえますかね?」
コバンザメ
「……。」
沈黙……ということは代案が必要と見ていいだろう。
太郎
「どうしましょうか。」
猟師のおじさん
「池を封鎖すればいいんだよな?」
太郎
「はい。何か案があります?」
猟師のおじさん
「有刺鉄線があるからそれで囲っておくぜ。」
太郎
「名案じゃん。」
コバンザメ
「それなら近づけませんね。その案でお願いします。」
猟師のおじさんは笑顔で頷くと青年を連れて池へ向かった。
コバンザメ
「では改めて、河童の処遇を説明しますね。」
コバンザメは話しながらコンテナに保冷剤を投入し始めた。
太郎
「あぁ、これは……。」
ガミジン
「土葬も火葬も無しですね。」
コバンザメ
「ええ。貴重な新種ですから。」
痛まないように冷凍保存だな。
コバンザメ
「持ち帰って王都の大学に預けます。」
太郎
「大学あるのか……。」
コバンザメ
「その後我々にもサンプルを回してもらえるか国王様と交渉ですね。」
太郎
「半魚人も河童に興味津々である。」
コバンザメ
「ええ。貴重な新種ですから。」
河童の処遇は村を引き上げる際に一緒に持っていくようだ。
太郎
「自治区の地下鉄で見た『河童捕獲部隊』は上手くやっているだろうか。」
コバンザメ
「彼らからはまだ連絡は無いですね。しかし……最初から捕獲目的で準備してますから誤って殺すことも無いでしょう。」
太郎
「準備……胡瓜を準備してましたね……。」
ガミジン
「アライグマを襲っていたし今回の河童は肉食の可能性ありますよね。胡瓜は役に立つでしょうか?」
言われてみればそうだ。食性がはっきりしてくれないとなんともなぁ。
太郎
「胡瓜から放電できるようになってたし大丈夫じゃないっすかね?」
ヘリケー
「なんですかその物騒な胡瓜……。」
ごもっともな指摘だ。
胡瓜の話で盛り上がり始めたところに装甲車が移動してきた。
マンボウ
「積み込みを開始する。」
コバンザメ
「後ろ開けますねー。」
コンテナを苦も無く持ち上げるマンボウ。……マンボウ虚弱説なんてあったけどあれはデマだな。
積み込み作業を眺めていると騎士団の指揮官さんがやってきた。
指揮官おじさん
「ここにおられましたか。」
太郎
「あっ、指揮官さん!今河童を積み込んでるんですよ。」
指揮官おじさん
「河童……!?」
驚いているなぁ。当然だけど。
指揮官おじさん
「先刻の照明弾はそれだったんですか……。」
太郎
「ええ。ところで指揮官さんはなぜこちらに?」
指揮官おじさん
「隣村のサハギンさんたちがそろそろ到着する時間なので。」
そうだった。俺たちもそろそろ移動の準備をしなければならないのか。
コバンザメ
「ところで昨日撒いた忌避剤の効果はいかがでいたか?」
指揮官おじさん
「効果覿面でしたよ!オークがくしゃみを連発して逃げていきました。」
太郎
「アレルギーか何か?」
どんな成分だその忌避剤……。
忌避剤トークに耳を傾けていると新たな刺客が現れた。
おばさん
「隣村のサハギンが着いたみたいだよ。」
太郎
「あっ!説明書の仇!」
マンボウ
「貴様か!貴様が紙資源の怨敵か!!」
おばさん
「昨日のことまだ根に持ってるのかい……。」
先日説明書を山羊に喰わせたおばさんだ。どうやら反省はしていないようである。
おばさんの後方に注視するとかなり派手な半魚人が多数歩いてきている。頭数にして二十匹程度か?
カクレクマノミ顔のサハギン
「クマノミ部隊、着任しました。(敬礼)」
指揮官さんとコバンザメ、マンボウが敬礼を返す。
太郎
「派手な魚だ……。熱帯魚ですかね。」
ガミジン
「あの種類、昔映画で見たことありますね。」
しかし……顔がオレンジ色なのはわかるが着ている迷彩服もオレンジ色……。
太郎
「その迷彩服目立ちすぎません?」
クマノミ
「ええ。いざという時は我々が目立って囮になりますので。」
太郎
「そういう意図だったか……。」
無駄に目立っていたわけではないようだ。
服の色は派手だが武装は本格的だ。みんなアサルトライフルを携行している。
……いや、別の物を持っているやつもいるが……。
太郎
「何ですかそれ……。」
クマノミ
「これはイソギンチャクですよ。」
太郎
「それは見ればわかるんですけど……何に使うんですか?」
彼が小脇に抱えているのは猟犬程の大きさのイソギンチャクだ。
クマノミ
「何にでも使える便利なイソギンチャクなのです。」
太郎
「例えば?」
クマノミ
「抱き枕の代わりになりますよ。」
太郎
「それに抵抗が無いのはサハギンだけだよ……。」
これもこれで毒々しい色をしているが危険は無いのだろうか……?
……ん?イソギンチャクがこちらに触手を伸ばしてくるぞ?
クマノミ
「握手を求めていますよ?」
太郎
「いや……触手と握手するのは……。」
俺が顔をしかめるとイソギンチャクは触手をひっこめた。
ジャクソン
「太郎殿……。」
太郎
「どうした?」
ジャクソン
「あれは河童の親戚でしょうか……?でござる。」
ジャクソンが指差した方を見る。
クマノミたちの後ろに隠れ何か金色の物体が見え隠れするのだが……。
太郎
「クマノミさん……あれは一体……。」
クマノミ
「紹介がまだでしたね。金さん、こちらへどうぞ。」
『金さん』と呼ばれた怪生物が姿を現す。
太郎
「……金色のクラーケンだとぉ……!?」
全身金色のそれは自治区で会った蛸顔店長の同族だろう。しかしファッションセンスは更に酷い。
太郎
「地肌が金色なのは百歩譲って許そう。だがその衣装はどこで用意してきたんだ……?」
彼が身に着けているのは赤い菱形の腹掛けである。勿論中心には『金』と一文字入っている。
ガミジン
「金太郎のコスプレですよね……。」
ガミジンさんの鎧が小刻みに揺れている。たぶん笑いを堪えているのだろう。
金さん
「おお、よくご存じで。」
太郎
「どこで売ってるんです?」
金さん
「自作だよ。」
自作してまで着たい物かそれ……。
太郎
「何の目的でその恰好なんです?」
金さん
「金太郎と言えば何だ?」
太郎
「ええと……山で熊と相撲をとった?」
金さん
「うむ。」
熊……まさか。
クマノミ
「出発前に騎士団が熊の獣人を雇ったと伝えましたら……。」
太郎
「相撲すんの?……止めた方がいいと思うなぁ。」
金さん
「ここまで来て引き返せるか。熊はどこだ?」
俺はヘリケーさんのほうに向き直り視線を合わせる。
ヘリケー
「え?私ですか?」
金さん
「パンダじゃねーか!!」
見かねた俺はタオルでヘリケーさんの目元を拭う。
金さん
「白熊じゃねーか!!」
太郎
「紹介します。オークを失禁させ、今度は河童をも葬り去ったヘリケーさんです。」
金さん
「……!!?」
クマノミ
「うわぁ大活躍ですね。」
言葉にすると信じ難い戦歴だが俺は現場を見ている。
太郎
「河童にツームストーンパイルドライバーを掛けて首の骨を折り、殺害しました。」
クマノミ
「えぇ……(ドン引き)」
太郎
「ヘリケーさん、相撲ってやったことあります?」
ヘリケー
「ないです。ルールを教えていただけますか?」
太郎
「わかりました。」
とりあえず俺とガミジンさんが実演しながら説明することにした。
二人で足元に土俵を描いて行く。
ヘリケー
「その円は何ですか?」
ガミジン
「これが土俵ですね。相手をこの円の外に出せば勝ち……ですよね、太郎さん。」
太郎
「ですね。……あっ、曲がっちゃった!!ごめんなさい!」
ガミジン
「細かいところ気にしますね……。」
土俵を描き終わり、中心に立つ。
太郎
「それじゃあ実演……。説明なんで手加減してくださいねガミジンさん!」
ガミジン
「わかってますよ。」
魔王と本気で相撲を取ったらどうなるかわからんからね……。
ガミジン
「合図が出たら正面から組み付いて……」
太郎
「……痛ぇ!」
ガミジン
「あぁ、鎧のトゲが刺さってしまいました……。」
説明でなく実戦だったら致命傷だっただろう。恐ろしい。
ゆっくりと組みなおしながらお互いの腰を掴む。
太郎
「こうやって掴んで押して行く感じで……。」
ヘリケー
「私はどこを掴んでもらえば良いのでしょうか?」
太郎
「あっ……。」
パンダだからなぁ。体毛を掴む?
金さん
「ワシは吸盤があるからどこでも掴めるぞ?」
太郎
「……。」
ガミジン
「即興で廻しを作りましょうね。」
太郎
「そうしましょう。」
相撲のルールに吸盤の使用は言及されていないが……なるべくフェアに行こう。
太郎
「投げたり転ばせたりは危ないので今回は押し出しだけでやりましょう。」
ガミジン
「そうですね。本来は人間同士でやる競技ですし……。」
太郎
「というわけでツームストーンパイルドライバーは使用禁止です。いいですね?ヘリケーさん。」
その他諸々、危険な技は全部使用禁止だ。なにせ獣人対魔物、どんな事故が起こるか予想もできない。
ガミジン
「こんな感じで押していきます。」
実演再開、ガミジンさんが俺をゆっくり押して行く。手加減込みでもなかなかの力だ。
ヘリケー
「円の外に出ましたね。」
ガミジン
「はい。これで試合終了、外に出た方が負けとなります。」
ヘリケー
「ルールはわかりました。非常にシンプルな力比べですね。」
太郎
「まあ危ない技は軒並み禁止したからね。」
説明が済んだので次はヘリケーさんの廻しだな……。
ガミジン
「私、廻しは作ったこと無いんですよね。」
太郎
「無いのが普通かと。布で適当に褌みたいなの作って誤魔化しましょう。」
クマノミ
「布なら持参した包帯がありますよ。」
太郎
「贅沢な使い道ぃ……。」
即興の廻しをヘリケーさんに装着してもらう。
ヘリケー
「これでよろしいでしょうか。」
クマノミ
「褌パンダだぁ……。」
太郎
「何やっても面白いのはずるいよね。」
ガミジン
「準備はこんなところでしょうかね。」
ゴンザレスがこちらに走り寄ってくる……?
太郎
「どうした?」
ゴンザレス
「……。」
無言で何か差し出してきた。これは……スケッチブックから切り抜いた軍配である。
太郎
「俺が行司やんの!?しかも紙製の軍配って……。」
助けを求めガミジンさんを見るが……腹に手を当ててプルプルしている。表情は変わっていないが十中八九笑っているに違いない。
太郎
「もうどうにでもなれ!力士のお二方は土俵入りをお願いします。」
ヘリケー
「おや?太郎さんも土俵に上がるのですね。」
太郎
「あっ、俺は審判みたいなもんです。」
ペラペラの軍配が風に靡く中、パンダと金の蛸が土俵入りした。何だこの光景……。
土俵の外でガミジンさんがカメラを構えている。どんな写真を撮るつもりだ……?
……今度は蛸が塩を撒き始めたぞ。
太郎
「塩まで持参したのか……本格的だな。」
ヘリケー
「何故塩を撒いているのですか?」
太郎
「場を清めるおまじないみたいなものですね。」
金さん
「お主も撒くか?」
差し出された塩を受け取るヘリケーさん。
……そしておもむろに塩を舐める。絵的にはパンダそのもので愛らしいのだが……。
ヘリケー
「……。」
太郎
「撒いてくださいよ。味見してどうするんですか。」
何故か俺のほうに塩を差し出してきたぞ。
一つまみいただき口に入れる……が。
太郎
「砂糖だこれ!」
代用品としてはいかがなものか……。
ヘリケー
「一応撒いたほうが良いですかね?」
太郎
「砂糖なら無理に撒かなくてもいいんじゃないですかね……。」
ガミジン
「むしろ舐めていてください。写真撮りますので。」
魔王様も悪ノリし始めたぞ……。
そしてカメラを向けるガミジンさんの後方でゴンザレスが座布団を配っているじゃないか。
ご丁寧に『終わったら投げる』ことまでレクチャーしている。なんでこいつら相撲にノリノリなんだよ……。
太郎
「面倒だからさっさと始めちゃいましょう。」
俺がヘリケーさんに開始の合図を教えているとその後ろでは金色の蛸が四股を踏みそれを魔王が写真に収めている。
ヘリケー
「あの動き(四股)は何ですか?」
太郎
「準備運動みたいなもんです。任意で行ってください。」
ヘリケー
「そうですか。てっきり威嚇行為か何かだと……。」
太郎
「予備知識無しだとそう見えるのかぁ。」
蛸の四股踏みだもんなぁ。でも威嚇としてはアザラシ連打のほうが怖いと思うよ。
太郎
「じゃあ始めますよ。お二人とも準備は?」
ヘリケー
「いつでもどうぞ。」
金さん
「おう!」
両者が仕切り線の手前に来て構える。
太郎
「はっけよーい、のこった(棒読み)」
ヘリケー
「!」
金さん
「!!!」
勢いよくぶつかる二人。やはりガタイの差ではヘリケーさんのほうが有利か?
じわじわと押し出していくヘリケーさん。一方の金さんは顔が少し膨らんでいる。
金さん
「オラァ!!」
ヘリケー
「!?」
太郎
「漏斗から墨噴くな!!」
後ろに向けて墨を吐き、推進力にしているようだ。……当然土俵は真っ黒に……誰が片付けるんだよこれ。
しかし、それでもヘリケーさんが優勢である。彼女の歩みは止まらない。
太郎
「ルール的に墨の使用ってアウトですかね……?」
ガミジン
「ちょっと卑怯っぽいですよね。でも面白いから最後まで見ましょうか。」
太郎
「魔王様楽しんでおられるな……。」
ここで金さんが更なる秘策を繰り出す。
顔の触手を地面まで伸ばし、吸盤で固定した!
ヘリケー
「!」
金さん
「どうじゃ!!」
多少の効果はあったようで押す速度が遅くなった……が。
太郎
「触手って……分類上『手』だよね?」
金さん
「……!?」
太郎
「手をついたので金さんの負けです。」
決着、まさかの反則負けである。
ヘリケー
「よくわからないうちに勝ってしまいました。」
金さん
「チクショーーーー!!!!」
悔しそうに墨をぶちまける金さん。
太郎
「いちいち墨吐くなお前は!!」
こうして金の蛸野郎は金太郎になれずに終わったのだった……。
ゴンザレス
「……!」
ゴンザレスの合図でギャラリー(主にクマノミと村人)が座布団を投げる。
太郎
「うわぁ座布団が墨塗れに……。」
……土俵の上に積み重なる黒い座布団。後片付け……あまり考えたくないな。
コバンザメ
「相撲は終わったようですね。」
降り注ぐ座布団を華麗に回避しながら指揮官さんとコバンザメが歩いてきた。
太郎
「あっ、コバンザメさん……今までどちらに?」
コバンザメ
「皆さんが相撲に興じている間に帰り支度と引継ぎの準備をしてました。」
そうだった。彼らとはもうお別れになるのか……。
クマノミ
「現時刻より太郎さんの護衛は我々クマノミ部隊が担当します。」
太郎
「よろしくお願いします。」
クマノミの半分が俺たちの護衛、半分が村に駐留して害獣対策をするそうだ。
指揮官おじさん
「いつでも出発できますぞ。」
ヘリケー
「わかりました。」
ヘリケーさんがアザラシを担いでこちらに歩いてくる。しかし……何だこの嫌な予感……。
ヘリケー
「太郎さん、私は帰りの護衛まで仕事に入っておりますのでここでお別れですね。」
太郎
「そうですか。名残惜しいですね。」
……いや、待て。なんなんだこの悪臭は……アザラシから匂ってくるぞ……?
ヘリケー
「いろいろなことを教えてもらい、とても勉強になりました。感謝しています。」
太郎
「それは……よかったです。しかしこの匂い……。」
ヘリケー
「これ、お礼と言ってはなんですが私の作ったキビヤックです。どうぞ。」
ヘリケーさんに激臭アザラシを手渡された。
太郎
「ありがとう……ございます。(失神寸前)」
マジで何なのこの匂い……意識が遠のくんだけど……。
ヘリケー
「では、ご縁があればまた会いましょう。」
パンダはウインクして去って行った。
一方俺は激臭アザラシで満身創痍だ。
太郎
「なんなのこれぇ……」
ガミジン
「太郎さんはキビヤックをご存じないのですね。」
太郎
「知っているんですか?ガミジンさん。」
ガミジン
「ええ、キビヤックとは海鳥をアザラシのお腹に詰めて発酵させた料理だそうです。私も現物を見るのは初めてですが。」
つまりこのアザラシの中に発酵した海鳥が入っているのか……。
太郎
「料理なのか……。いくら感謝の証でもこれは食べられん……。」
クマノミ
「匂いがきつ過ぎますね。これに入れましょう。」
クマノミが取り出したのは黒いポリ袋だった。アザラシを袋詰めして匂いの遮断を図る。
クマノミ
「武器になりませんかねこれ。」
太郎
「そう使うのぉ!?」
催涙弾の類かよ……。
ガミジン
「発酵食品も加入で戦力増強ですね。」
太郎
「おっ、そうだな。……しかしそうなると彼はどうしましょうかね?」
ガミジン
「……?」
太郎
「今現在戦力のインフレについていけてない忍者雇ってるじゃないですか。」
ガミジン
「……そうでした。」
ジャクソンが今まで倒した相手はデカい蟋蟀だけである。
……と言うより他の相手はパンダが全部始末してしまったので見せ場が無かったとも言えるが。
太郎
「発酵食品はともかくアサルトライフルが出てくると手裏剣は……。」
ガミジン
「……まぁ現実問題見劣りしますよね……。」
太郎
「手裏剣は河童に効かなかった。そしてこの辺りには河童以上の大型生物も生息している……。」
ガミジン
「確かに分が悪いですよね。」
クマノミが訝しみ質問する。
クマノミ
「大型生物の対処は忍者の領分ではないと思いますが……なぜ忍者を雇ったのですか?」
太郎
「他の売れ残りがゴブリンと裸のおっさんだけだったんです……。」
絶句するクマノミ。取り合わせを考えると当然の反応ではある。
太郎
「ヘリケーさんみたいな実力者は先に雇われちゃってました。」
クマノミ
「最近の治安の悪化で人員が不足しているのですかね?」
ガミジン
「かもしれませんね。」
ギルドの売れ残り事情はさておき話を忍者に戻す。
太郎
「クマノミさんから見てどうです?忍者の同行は……。」
クマノミ
「護衛任務なら我々のほうが適任でしょう。暗殺等であれば忍者が良いでしょうが……。」
太郎
「言うまでもないけど今俺たちに暗殺すべき相手は居ないです。」
クマノミ
「となれば戦力外ですね(無慈悲)」
太郎
「やっぱりかぁ。」
ガミジン
「雇い続ければジャクソンさんには危険を伴いながら不得手なことをやらせてしまうことになりますよね。」
太郎
「彼にとっても割の良くない仕事になっちゃいますね。」
話し合いの結果、装甲車に乗せて王都に送り返そうという方針で固まる。
あとは当人にどう伝えるかだが……。
太郎
「言うの心苦しいなぁ。」
ガミジン
「慣れてないとそうですよね。……しかし当のジャクソンさんはどこに居るのでしょうか?」
太郎
「居ない!……相撲が始まったあたりから見てないですね。」
護衛が迷子になってどうすんだ……。
ガミジン
「どなたか忍者を見た方は居ませんか?」
中年
「忍者ってコスプレしたデカいカメレオンか?」
太郎
「ほぼ間違いなくそいつです……。」
中年
「それなら向こうの茂みに走っていたぞ。」
中年の指さす方向を見ると背の高い草が生い茂っていた。
太郎
「虫でも探しに入ったのか……?」
ガミジン
「太郎さん……あの茂み、河童が身を隠すには丁度良い場所だと思いません?」
太郎
「……ジャクソンが危ない!!早く助けないと!」
ガミジンさんの不穏な発言に焦る俺。
太郎
「丸腰で助けに行くのは良くないな……何か武器は……。」
ガミジン
「これをどうぞ。」
太郎
「木彫りのマリア像じゃねーか!!武器じゃないでしょそれ!」
突入できずに騒いでいると茂みからジャクソンが飛び出してきた。
太郎
「ジャクソン!!無事だったか!!!」
ジャクソン
「太郎殿!!これを見てくださいでござる!!!」
ジャクソンが見せてきたのは子猫ほどもある巨大なカミキリムシだ。
太郎
「すごく…大きいです…」
ジャクソン
「蟋蟀よりも美味しいはずですでござる!!匂いでわかりますでござる!!」
太郎
「食べる気なのぉ!?」
ガミジン
「カミキリムシの幼虫が食用になるという話は聞いたことがありますけど成虫は聞いたこと無いですね。」
盛り上がっているところ悪いが本題に入らねば……。
太郎
「まずそのカミキリムシをなんとかしよう。」
ガミジン
「虫篭はありませんよ。」
金さん
「蛸壺ならあるぞ。」
太郎
「出たな反則蛸野郎。その蛸壺ちょっとだけお借りしますね。」
なぜか居合わせた金さんから蛸壺を借りてカミキリムシを詰める。偶然にも丁度良い大きさだ。
カミキリムシを捕獲し、手柄を褒めてほしそうなジャクソン……。しかしここは心を鬼にして叱るのだ。
太郎
「ジャクソン……なんで茂みに入ったんだ?」
ジャクソン
「大きなカミキリムシを見たらいてもたってもいられずに」
太郎
「馬鹿野郎!!河童が出てきたらどうするんだ!!!」
ジャクソン
「!!」
太郎
「お前河童に歯が立たなかっただろ!それなのにカミキリムシなんかに釣られやがって……」
ジャクソン
「……。(涙目)」
太郎
「そんな軽率な奴を魔王様の傍に置いておくわけにはいかんなぁ。」
ジャクソン
「!」
ガミジン
「……あ、私は全然」
手でガミジンさんを制す。
太郎
「ジャクソン、お前にはまだまだ伸びしろがある。修行を積んで落ち着いた振る舞いを身に着けろ。」
ジャクソン
「修行……しますでござる!」
太郎
「そうするがよい。君はこれから王都に戻ってじっくり修行するのだ。そして成長した君をもう一度雇える時を待っているぞ。」
ジャクソン
「拙者……修行して成長しますでござる!!」
よし、なんとか丸め込んだぞ。
太郎
「ではクマノミさん、彼を装甲車までお連れして話を通していただけますか?」
クマノミ
「お任せください。しかしキレのあるやりとりでしたね。ちょっと見入ってしまいました。」
太郎
「恥ずかしいので忘れてください……。」
ここまでの報酬とジャクソンのために買った備品、そして蛸壺から出したカミキリムシを渡して見送る。
ガミジン
「勢いで押し切りましたね。」
太郎
「形式ばったセリフで解雇通告するよりは気が楽だった。」
ガミジン
「意外とそういうものですか。」
太郎
「……はい。俺の性分かなぁ。」
手元に残った蛸壺を蛸に返す。
太郎
「金さんはこれからどうするんですか?」
金さん
「熊に勝てなかったからな。鍛えなおしだよ。」
太郎
「具体的には?」
金さん
「山籠もりだな。」
太郎
「本格的やん……。」
しかし、この近辺に山は無い気がするが……。
太郎
「どこの山に籠るんですか?」
金さん
「隣村の裏山。」
ガミジン
「じゃあ今日の移動はこの方も同伴ですかね。」
太郎
「忍者の次は金太郎の腹掛けした奴と歩くのか……。」
目立つよなぁこれ。
太郎
「相撲は終わったけど今日はずっとその恰好なんです?」
金さん
「そうだよ。着替えは持ってきていないからな。」
太郎
「……。」
ガミジン
「相当気に入っていらっしゃいますね。」
同伴者のファッションセンスに口出しするのはもう諦めるべきなのだろうか……?
金に輝く蛸から目をそらし深呼吸しているとゴンザレスが走り寄ってきた。
太郎
「なんだまたスケッチブックを切り抜いて……。」
彼が渡してきたのは……紙製の金太郎腹掛け!
太郎
「え……?これで蛸とペアルックしろって……?」
ゴンザレス
「……。(腕組みして頷く)」
残念ながら腹掛けとして使える程大きくはない。
太郎
「無理でしょこの大きさじゃ……。良くて股間しか隠せないよ……。」
再度頷きながらゴンザレスがおもむろに腹掛けの真ん中、金の文字の少し下を指差す。
太郎
「これは……!」
金の下に小さく『玉』って書いてある……。
太郎
「そういう使い方を想定するな!!」
ツッコミを入れて腹掛けをゴンザレスに突き返した。
金さん
「ところで河童はまだ居るのか?」
太郎
「相撲の前に話した通りパンダが一匹駆除したんですけど……別個体がまだ居るかはわかんないっすね。」
ガミジン
「金さん、河童に興味があるのですか?」
金さん
「河童も相撲が得意だという言い伝えがあるからな。」
太郎
「いや、ここの河童は相撲って感じじゃないですよ。」
金さん
「……?」
太郎
「アライグマを槍状の舌で刺し殺してましたし……。」
金さん
「……それ、本当に河童なのか?」
ごもっともな指摘である。舌が伸びる河童などどこの伝承にも無いだろう。
太郎
「舌はあれだけど外見上河童以外に当てはまるヤツが居ないんですよね。」
金さん
「……。」
遺体は既にコンテナに入れられたため現物を見せられない。どう説明したものか。
おもむろにゴンザレスがスケッチブックを出す。そうか、絵で見せればいいんだな。
河童の絵を確認する俺たち。
太郎
「流石ゴンザレス、安定の画力だ。」
ゴンザレス
「……。」
太郎
「でもさ……なんで遺影風の枠まで描き込んでるんだい?」
金さん
「死神だからじゃないのか?」
太郎
「……そう来たか。」
確かにゴンザレスの風貌は死神に見えるが……。
こいつは市松人形にビビってたような奴だから死神的な能力は無いと思うんだよね。
河童の絵を見てガミジンさんが挙手した。
ガミジン
「絵があるのなら村の方々に見せておきましょう。危険生物として周知が必要でしょうから。」
太郎
「そうしましょう。二匹目が居ても居なくても周知してるに越したことは無い。」
遺影の枠は今更どうしようもないのでこのまま渡すしかないかなぁ。
……無駄に写実的に描かれた河童の絵に見入っているとクマノミが戻ってきた。
クマノミ
「ジャクソンさんを送り届けてきました。」
太郎
「お疲れ様です。」
クマノミ
「他に用事が無いのなら我々も出発しましょうかね。」
ガミジン
「この河童の絵を村に置いていきたいのですが……掲示板か何かありませんか?」
クマノミ
「それなら広場に……それ遺影ですか?」
残念ながら河童の絵はこの一枚だけである。
こうして広場の掲示板に河童の遺影が張り出されることとなった。実にシュールな光景だ。
金さん
「遺影はそこの死神が描いたんだってよ。」
太郎
「ゴンザレスは別に死神じゃないと思うんですが……。」
クマノミ
「アレですね!名前を書いて殺すやつ!最近のは絵でも殺せるんですね。」
太郎
「そんな物騒な物じゃないから!ただのスケッチブックだから!」
遺影を張り出したところで河童のことがどこまで伝わるかはわからないが……細かい説明は現物を見ている猟師さんに頼んでおくか。
池の封鎖から戻っていた猟師さんに早速事情を話す。
太郎
「そういうわけで河童の危険性について村の方々に口頭で説明しといてください。」
猟師のおじさん
「事情はわかった。……掲示板のあれだけだと河童の葬式をやるみたいに見えるもんな。」
猟師青年
「妖怪の遺影が張られた掲示板……観光スポットにしましょうよ。」
太郎
「それでいいのかお前の地元やぞ。」
河童に関してやれることはほぼやったので出発の準備に取り掛かる。
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