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本編

36話

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 神殿での手続自体は難しいものではない。本人と保証人である家族の署名を立会人である司祭の元で確認すれば良いのだ。
 ミュラー伯爵が本当に事前連絡をしていたのだろう、直ぐに案内されて手続きをつつがなく行なう。本来であればこの後に婚約披露のパーティー等をするのが一般的であるのだが、それに関しては無理に行わず婚姻式の方を盛大にという事になっていた。
 横槍が入る前にさっさと婚約手続きを済ましてしまいたいミュラー伯爵の意向が強かったのもあるが、イリス自体が余り婚約のお披露目に積極的でなかった。彼女は二度目になるので気恥ずかしかったのだろう。ミュラー伯爵家の方がしなくても良いという判断ならありがたくそちらに……彼女はそう言った。
 ミュラー伯爵夫人は、本当に良いのかと何度もイリスに確認していたが、無理なスケジュールで詰め込むより、婚姻式の準備をゆったりしたいと言えば納得してくれる。風切姫の代わりに是非ドレスなどを一緒に選んで欲しいとイリスが頼んだのが効いたのだろう。
 フレムデ・ノイ伯爵とアクセ・ミュラー伯爵は神殿に残るが、内輪だけの食事会をしようと言う話になったので他の面々はミュラー伯爵家へ先に向かった。
 そして神殿に残った二人は、司祭に案内されて奥の部屋へ招き入れられる。

「プレゼント持ってきたよ」
「……は?」
「フレムデ。いきなり本題に入るな。困ってるだろ」

 満面の笑みで大司教に言葉を放ったフレムデにミュラー伯爵は呆れたように言うと大司教に視線を送る。
 何の用事で来たのかは勿論了承していたのだろうが、流石にフレムデの言葉に面食らったのか視線を彷徨わせている。

「この度は神殿が後ろ盾をしているエーファ・アプフェルが誠に申し訳ありませんでした」

 まずは謝罪から入る大司教を眺めフレムデはつまらなさそうな顔をしたが、ミュラー伯爵は冷ややかな視線を送った。

「とんだ聖女候補ですな。危うくうちの大事な嫡男を失うところでしたよ」

 確かに未遂ではあったが、一歩間違えればそうなっただろう事は大司教も理解していた。話を聞いた時は危うく気を失いそうになった程驚いたのだ。

「その上周りを煽ってイリス嬢を監禁など……まぁこちらに関してはそんなつもりは無かったと言い張っているようですが」
「……勘違いをさせるような発言をしたこと自体が問題だとこちらも思っています」

 大司教の言葉にミュラー伯爵は僅かに意外そうな顔をする。謝罪しながらも聖女候補を庇うかと思ったのだが、予想以上に神殿側も手を焼いているのかもしれないと思いミュラー伯爵は口を開いた。

「処分の方は学園や神殿……まぁ、もしかしたら彼女の立ち位置なら王家の方も口を出してくるかもしれませんが、こちらとしてもノイ伯爵家が巻き込まれた事に関して流石に無視できない。賠償金放棄の条件もありますしね」

 そっとしておいて欲しい。その条件で賠償金を放棄した。それは無論第二王子の婚約者決めに関して巻き込むなという意味も入っている。第二王子の寵愛を得ている聖女候補も無論関わるなと釘を刺されていた筈なのにどういう事だと暗にミュラー伯爵は言っているのだ。

「こちらも言い聞かせていたのですが……ヴァイス殿ならノイ家ではないと判断したのか……」
「そうですか。まぁ、ヴァイスとイリス嬢の婚約は本日成立したので言い訳としてはギリギリ成立しますかね。だからといって刺されそうになるいわれもありませんが」
「それは当然あってはならない事です」
「いきなり刃物出す聖女候補って凄いよね。あの子大丈夫?」

 空気を読めないのか読まないのかフレムデがそう言い放てば大司教も渋い顔をした。仮にも聖女候補が未遂とは言え刃傷沙汰などあってはならない。神殿内で一応の箝口令は敷いたが、それでも学園の処分が決まれば公になってしまう。神殿側としても処分に対して意見が割れていた。

「……精神的に不安定であったのは否めません」
「では療養ですかね」
「検討中です」

 ずっとどこぞに監禁でもしておけ、ミュラー伯爵がそのような意味で言葉を放ったのも仕方ないだろう。

「検討するのは勝手だけど、あんまりぼくたちのそばウロウロされても困る」
「無論それは言い聞かせます」
「言い聞かせてコレなんじゃないの?言うこと聞くのあの子」

 そう言いながらフレムデは箱を一つ大司教の前に差し出した。促されて開けてみると、それは俗に言うチョーカーと呼ばれる装飾品である。これが一番最初に言っていたプレゼントとやらなのかと困惑した大司教はフレムデの表情を伺ったが、ずっと笑顔のままなので逆に考えが読めず、仕方なくミュラー伯爵に確認をした。

「これは?」
「拘束魔具です」

 罪人がつける魔具であることを知っている大司教はぎょっとしたようにミュラー伯爵の顔を見る。外部のスイッチで苦痛を与える事ができるこの魔具は罪人が反抗しないようにつけることが義務付けられている。尤も、罪人に与えられるのはいかにも首輪と言った無骨なものなのだが。

「ミュラー商会の装飾品を真似て可愛く作ってみたんだけどどう?あと、機能も二つ追加してある」
「二つ?」

 一つは他害をした場合にそれを己に跳ね返す機能。傷つければ同じ痛みを味わう羽目になるし、命を奪えば当然本人も命を落とす。そんな説明をフレムデが始めたので、慌てたように大司教は声を上げた。

「そんな非人道的な魔具を彼女につけろと!?」
「普通に暮らしてたら他害なんかしないんじゃないの?命の対価は命って別におかしくないと思うけど」
「それは……」

 心底不思議そうな顔をフレムデがしたので大司教は言葉に詰まる。けれど例えば聖女候補が他人から傷つけられそうになっても自衛ができない、そう弱々しく反論をすれば、フレムデは瞳を細めて笑った。

「大事な聖女候補なんでしょ?神殿が守ってあげれば?」

 どこぞに軟禁でもして大事に守ればいい、そう遠回しにフレムデが言ったように聞こえて大司教は結局反論を諦めた。

「それで二つ目は魅了魔法封じ」
「魅了魔法?」
「あの子無意識に使ってるみたいだから封じておいたほうがいいかなって。こっちはサービスでつけておいたよ。神殿が彼女を管理するにしても、管理者が魅了されたらまた同じことの繰り返しだし」
「彼女が魅了魔法を使っていたと?」
「イリスを監禁した生徒と聖女候補本人に会ってきてね。残滓が見つかったよ。まぁ、そうじゃないかってヴァイス君が言ってたから機能は元々追加してたんだけど」

 まさかそんなと言うような表情を大司教はしていたので、彼は彼女の魔法に関しては治癒魔法だけだと思っていたのだろう。
 そもそも魅了魔法というのは弱ければ弱いほど判断が難しいのだ。話術や仕草で相手からの好印象を得る技術と判断がつきにくい。ただ、彼女の場合は治癒魔法以外は使えないと言う前提だったので、彼女の魔力の残滓が治癒魔法以外で見つかれば別の魔法を使えると判断される。それもあって軍属の高位魔術師に協力を得て残滓を確認したのだ。
 持っていなければ持っていないで構わないのだが、持っていた場合に面倒だとフレムデは魅了封じ機能をつけた。

「複数の魔法を顕現する人間もたまにいるしそういう意味では彼女優秀だったんだね。まぁ、魅了魔法に関しては異性限定のおまじない程度みたいだけど」

 けれどおまじないも重なればそれなりに威力を発揮する。狼狽えたように大司教が表情を無くしたので、ミュラー伯爵はため息をつきながら言葉を放った。

「この拘束魔具を彼女につける。それが我々の妥協点です。受けて頂けないならば、賠償金の件を王家の方へ再度突きつけ、聖女候補を骨も残らず消し炭にしたいと希望するノイ伯爵の意見も再検討するつもりです」
「イリスが流石に消し炭は可哀想だって言うから、拘束魔具改造したけどぼくはどっちでもいいかなぁ」
「いくら何でも死を求めるのは重すぎるのでは?」
「心配しなくても文字通り骨も残さないよ?」

 呻くように大司教が言葉を放つと満面の笑みでフレムデは返事をした。そんな心配などしてない、けれどゾッとするようなノイ家の天才の笑顔に大司教は呑むしか無いと腹を決める。

「わかりました。これを彼女につけることはお約束します」
「ではお願いします。機能に関しては必要ならノイ伯爵に説明させに行かせますが」
「……こちらで彼女に説明をします」
「では、神殿側とはその様に落とし所をつけたと学園と王家に関してはこちらから報告させていただきます」

 話は終わったという様にミュラー伯爵が立ち上がったので、フレムデもそれにならって立ち上がる。そして思い出したように大司教に言葉を放った。

「優しいぼくの妻とイリスの二回分。ぼくが温情をかけるのはそれが一杯だからね。次はないよ」

 三度目はない。そう念を押すフレムデの満面の笑顔を眺め、大司教は顔色を失った。
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