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本編

25話

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「……あれ?デート?」
「どうだろうね。良い思い出にはなるんじゃないの」
「そりゃイリス様とお出かけとか俺だったら一生の思い出だけど。……ヴァイス様はどうだろ。いつも一緒にいるしそうでもない?」
「二人で町歩くのはないよ。精々学園内とかだけだし」
「そう言えばそうだな……。いっつもイリス様とヴァイス様は一緒ってイメージだけど、こう……本当、護衛とか、お目付けとかそんなイメージ強いわ」
「そういう風に見えないと困るだろ?殿下の婚約者だったんだし」
「そりゃそうか」

 マルクスのイメージとしてはいつも一緒にいるが、例えばルフトとエーファの様な男女間の親密さは不思議と感じられない。ヴァイスがいつもそばに控えている、そんな感じに見えるのだ。
 ノイ姉弟が揃えば仲がいい、そんな空気を出すしヴァイスの表情も緩むのだがそれは寧ろロートスとヴァイスの仲がいい様に見える。

「……めっちゃヴァイス様ってイリス様といる時は気ィ使ってた?」
「気を使っているっていうか、姉さんの不利益にならないようにしてた感じなんじゃないかな」

 ノイ家は命の恩人だから贔屓にしている。それは常々ヴァイスが公言している。だからノイ姉弟だけは彼にとって特別扱いであっても誰も疑問は抱かない。そして第二王子の婚約者であるイリスに対しては共に第二王子を支える立場としてそばにいる。そんなスタンスを取り続けていたのかとマルクスは納得した。
 そしてそれはイリスも同じだったのだろう。お互いの立場をきちんと弁えて公的な場所では接していた。
 それでも例えばノイ家の屋敷であるとか、他人がいない場所であればイリスは素の部分を見せる。お姉ちゃんと自己主張する時等がそうであるし、最近は第二王子の婚約者という立場を降りた事もあってそんな部分が普段からも見れるようになった。
 完璧な令嬢。そんな風に周りからは言われていたが、マルクスから見ればやさしいお姉ちゃんという印象が最近は強い。

「婚約解消して良かったのかもな」
「やり方が問題」
「まぁ、そうだけどさー。何で急に言い出したんだろ」
「……卒業まで待ってたら後釜ガッチリ上から据えられるからじゃないの?」

 ロートスの言葉にマルクスは驚いた様に彼の顔を眺める。意味がわからない、そんな表情に気が付いたロートスは追加で買った飲み物を一口飲んだ後に口を開いた。

「元々卒業したら解消予定だったし」
「まじで!?」
「……あ、これ言ったら駄目なやつか」
「え?俺消される?大丈夫?いや、ヴァイス様から円満解消自体はできるって聞いてたけど!!」

 秘密をうっかり知ってしまったマルクスが心配そうに言葉を放つとロートスは浅く笑った。

「王太子殿下も結婚したし後継者争いはもう起きないだろうって。本当は入学前に解消でもうちは良かったんだけど向こうが引き伸ばして来てさ」
「……イリス様も殿下も納得してた?」
「殿下は知らないけど姉さんはしてたよ。どうするって言われて、速攻で解消でって言ってたし。そもそも姉さんは殿下の事を婚約者として立ててはいたけど、異性として特別好きではなかったんじゃないの。王族教育も一応は受けてたけど第二王子は公爵家に降りるの決まってたからあくまで第二王子の補佐の為の教育だったし」
「政略結婚だしまぁ……っていうか、そうか、だからイリス様は婚約破棄になっても清々しい顔してたのか」

 仲睦まじい婚約者同士ではあったが決して恋人同士ではなかった。そう言われればマルクスもイリスの態度に納得できた。
 そして王族教育も例えば外交等の第二王子が公爵になっても必要であろう礼儀作法であるとか、国交のある国の語学や歴史、習慣などを主に習得していたようである。国の機密に関する事に関しては婚約解消の可能性があったイリスは習得していないとロートスは言う。
 その話を聞けば漸くマルクスはロートスの言う後釜の話が理解できる。卒業後に婚約解消をするのがほぼ決まっていたのなら、恐らく水面下で次の候補を見繕っている所だろう。公爵・辺境伯の令嬢辺りか、そんな事を考えながらマルクスは口を開く。

「そっか。子爵令嬢じゃ家の格が足りない。そんでも結婚したければ高位貴族の養子に入れるしかないか」
「みたいだね。うちは平民でも別に気にしないけど、王族はその辺面倒だってヴァイス言ってた。のんびりしてたら高位貴族の娘が姉さんの後釜に確定するだろうから、その前に婚約破棄して聖女候補を娘のいない高位貴族の養子に出したいんじゃないかって」
「まぁ、実の娘いたらそっちを輿入れさせたいだろうし、後釜確定してたらひっくり返すの難しいだろうしなぁ。聖女候補は確実に殿下の寵愛はあるから、後釜決まってないならそのまま問題の家の格をクリアして滑り込める可能性あるか」
「……まぁ、僕の知ったことじゃないけど」
「急に突き放したな」
「殿下や聖女候補がどうなっても興味ない」

 一気に投げ捨てるようにロートスが話をぶった切ったのでマルクスは思わず苦笑したのだが、一つ気になった事もあった。
 それはいまだにエーファと高位貴族との養子縁組が整っていないという事。彼女が第二王子の寵愛を得ているのは今となっては広く知られているので引く手あまたではないかと思うのだが、それらしい話も聞かなかったのだ。
 王太子に子ができれば公爵へ降りる事が決まっているが、それでも王位継承権は高いし王族の一員として扱われる。年頃の娘を持たずイリスの後釜へ身内を据えることができない高位貴族等がこぞって養子にしたがりそうなものなのだが。

「養子縁組って面倒臭いの?」
「さぁ。ヴァイスんとこみたいに子供がいない、身内、爵位が下がるの三拍子揃ってれば割りと簡単みたいだけど」

 跡取り問題もあるので確かに子供のいない貴族に対しては比較的敷居は低い。そしてミュラー家の場合は言ってしまえば本家から分家への降下でありどこからも苦情はなかったので書類さえ整えてしまえば、実際あっという間に手続きが成立したのはマルクスも実際に見たので知っている。
 ただ、養子を取った後に子供ができた場合等の条件面の調整が本来は難しい。実子ができたので放逐という訳には行かないのもあり、そのせいで跡取り問題を解決するために養子を取ったのに、逆に問題が起きてしまうパターンもあるのだ。
 その様な問題回避のために書面でもきちんと条件を残さなければならないし、親戚一同への調整などもある。嫁入りのために一時的に爵位の高い家へ養子にという話も聞かないでもないが、その場合は総じて親戚筋であるのが暗黙の了解である。
 詳しい貴族家系図等マルクスは頭に入っていないのだが、エーファの実家である子爵家が高位貴族に親戚を持っていると話を聞いたことがないので、そちらの方も難しいのかもしれないとぼんやりと考えた。
 ならば教会経由で斡旋してもらうか、金を積むか。
 けれど平民ならば何が起こっても自己責任という事になるが貴族社会では個人よりも所属する家の責任になる事が多い。養子に取った者が何か問題を起こした場合それをかぶるリスクがある。無論、メリットも当然あるのだが連座で没落する可能性もあるので高位貴族ほど養子縁組は慎重になるのもマルクスは理解している。尤も、貧乏な上に子沢山な貴族であるクラウスナー子爵家には縁のない話ではあるのだが。

「さっさと片付いて欲しいよなぁ。ヴァイス様も神経質になってるみたいだし」
「うちは巻き込まれなきゃどうでもいいけど、ヴァイスは商売の件もあるし大変そうだよね」

 中央のパワーバランスが変われば商売も変わるだろうし、実際今ノイ伯爵家が中央から撤退したことでバタバタもしている。とは言えノイ伯爵家自体は全く興味もなさそうであるし、完全に勝手にやってくれと言うスタンスではあるのだが。

「ほんと、ヴァイス様の息抜きになればいいなぁ」
「お前いいヤツだな」

 気の毒そうにマルクスが言葉を零すと、笑いながらロートスはそう返事をした。

***

 露天が並ぶ通りをゆっくりとイリスは歩く。花に囲まれる町は賑やかで自然に微笑みが溢れる。そんな中、一つの露天に興味を惹かれたのかイリスはそばに寄って並んでいる品を眺めた。
 黄色い花をモチーフにした小物が多くコサージュや髪留め等も並んでいる。値段はピンキリであるのだが、彼女の財布の中身でも十分に購入は可能であった。

「かわいい」
「どうだいお嬢ちゃん。恋人にねだってみるか?」

 恋人と言われ驚いたようにイリスが顔を上げると、直ぐ横から可笑しそうな声が聞こえる。

「まけてくれんのか?」
「そこは男の甲斐性見せるところだろ、兄ちゃん」
「それもそーだな。どれがいい?」

 瞳を瞬かせたイリスはヴァイスの顔を暫く眺めていたが、少しだけ照れたように視線を彷徨わせる。それに気が付いたヴァイスは、遠慮すんな、と彼女の耳元で囁いた。

「えっと……自分用じゃなくて……」
「末姫にか?」
「それもだし……こう……色々」
「そうか。ゆっくり選べよ」

 急かすことなくヴァイスがそう言ったので、ホッとしたようにイリスは表情を緩めると露天の商品をじっと眺める。そしていくつか買う商品を決めたイリスが店主に声をかけると、ヴァイスが僅かに瞳を細めたあとに追加で一つ商品を選んだ。造花を硝子に閉じ込めた小さなペーパーウェイト。イリスが選んだ商品の中にも同じものがあり、彼女は驚いたようにヴァイスの方を眺める。

「え!?ヴァイスそれ欲しいの?」
「いや、これはお前に」
「は?」
「気に入ったんだろ?」

 赤い瞳を細めて笑うと、店主に金を払い小袋に入れられたそれをイリスの手に乗せる。

「今日の記念」
「良かったな嬢ちゃん」

 イリスの選んだ商品を個別に袋に詰めながら店主が言うと、彼女は恥ずかしそうに俯いて礼を言う。そして店主から商品を受け取ったイリスは、その中の一つをヴァイスに差し出した。

「……えっと……ヴァイスにって思って……選んでたの……」

 小声でイリスがそう言うと、ヴァイスは驚いたように彼女を眺めたあとに受け取った小袋を覗き込む。

「書類仕事多いし……邪魔にはならないかなぁって……」

 それはヴァイスが選んだペーパーウェイトと同じもの。ずいぶん長く眺めていたので気に入ったのだろうと思いそれをヴァイスは選んだのだが、まさか自分用だとは思っておらず思わず苦笑する。

「そうか」
「おそろい嫌だったら、別のに……」

 まごまごとイリスがそう言葉を零すと、ヴァイスは赤い瞳を僅かに細める。そして彼女の顔を覗き込んで笑った。

「嫌な訳ねぇだろ。大事にする」

 ぱぁっと表情が綻んだのでヴァイスが片手でイリスの頭を撫でると、彼女は安心したように瞳を細める。その表情を見ればヴァイスも自然と口元が緩んだ。
 婚約破棄からバタバタとしていた中、イリスもヴァイスも漸く少し落ちついてきた。気晴らしに良いだろうと思ってはいたが、彼女がこんなに喜ぶのならマルクスの誘いに乗って良かったと考えてヴァイスはイリスを眺めた。
 本来なら瑕疵なく解放されるはずであったのだがそれが叶わなかった。それに対してのフォローに手間も時間もかかった。けれどこれから彼女が困ることのないようにと思えば多少無理を重ねてもヴァイスにとってやる意味はある。
 手の甲でヴァイスがイリスの頬を撫でれば、彼女は少しだけ驚いたように彼の顔を見上げた。

「ヴァイス?」
「……ホント、元気そうで何よりだ」
「なにそれ。元気よ?堅苦しい事から解き放たれて、開放感に満ち溢れてます!……まぁ、役目があったとは言えやっぱ窮屈ではあったし」
「綺麗に作った笑いより、今の顔の方がイイ」

 第二王子の婚約者として綺麗に作った微笑み。それよりもこうやって屈託なく笑うイリスの顔の方がヴァイスは好きで、ずっとそうあって欲しいと心の中でひっそりと思う。

「次はどこ行きたい?」
「屋台回りましょう!美味しいもの食べる!ヴァイスもはんぶんこしましょ」

 当たり前のように半分にして一緒に食べようとイリスが言うと、ヴァイスは彼女の手を取ってゆるく握る。

「人が多いから逸れんなよ」

 一瞬驚いたようにイリスは顔を上げたが、直ぐに淡く笑うとギュッとヴァイスの手を握りしめた。
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