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本編

9話

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「姉さん!!」

 その声と共に胴の辺りから真っ二つになる魔物。ずるりとずれる輪郭に、逃げていた面々も唖然とした後に悲鳴を上げた。
 一気に湧き上がる異臭と地面を汚す鮮血の赤。
 ロートスやマルクスにとっては慣れたものであるが、耐性がない者にとってはショックだったのだろう。

「大丈夫か!?」

 そして森の中からかけられた声にロートスは顔を上げた。ルフトとオリヴァーが真っ先にやってきて、その後ろにイリスとヴァイスがついてきている。

「え、何でこんなにいるの?どうして逃げなかったの?」

 不思議そうにイリスがそう声を出したのも仕方がないだろう。腰を抜かしてしまった仲間がいたとしても担いででも逃げるのが正解である。
 そろそろと引き返してきたのメンバーもバツが悪そうに俯いている。

「マルクスは真っ先に逃げろって言ってた。けどそこの女が……」

 流石にリーダーとしてやるべきことはやっていたと言っておいた方が良いだろうとロートスがイリスに向かって言うと、彼女はそうかと言うように小さく頷いた。

「解っているならいいわ。そうよね、逃げろって言われても上手く身体が動かないこともあるわよね。怖かったでしょう?他の子も何事もなくて良かったわ」

 ふわりと笑ったイリスを見て、ホッとしたのか泣き出す生徒もいた。そんな中、ルフトはマルクスに転ばされて尻もちをついたままの女生徒に手を差し出す。

「立てる?」
「あ、はい。助けて頂いてありがとうございました」

 そう言って手を取り立ち上がった女生徒にロートスはムッとしたように言葉を放った。

「礼を言うなら姉さんにじゃないの。あとマルクス」
「いいのよ」

 イリスは淡く笑うと女生徒を睨むロートスを嗜める。そんなやり取りをしている間に、バラバラと騎士団がやってきて魔物を片付ける作業をはじめた。そして一緒にやってきた教官。生徒たちが無事なのを確認してホッとしたように息を吐き出した。

「イリス。北北西。距離二○五。巣穴の方に向かってんじゃねぇの」
「えぇ?巣穴に籠もっちゃう前に狩らないと。教官、後をお願いします」
「はい。こちらこそ不手際が重なりました」
「ルフト様はどうされます?」
「一緒に行こうイリス」
「はい」

 そう言うとオリヴァーを含めた四人はまた森の中へ姿を消した。
 それを見送った教官は、一人ずつ生徒の様子を確認すると小さく頷いた後に頭を下げる。
 昨日の上級生の実地訓練中にこの魔物が目撃されたので夕方に騎士団が狩りに入ったが見つからなかった事。また巣穴に戻ったのだと判断し本日の訓練は実施されたが、念の為にルフト達や教官・騎士団が巡回していた所、発見し狩るために追っていた事等を話しだした。もう一匹この魔物よりは小柄だが同じ種類の魔物もいて、先に発見されたそちらの駆除に教官達が手を取られてしまっていた事を侘びた。
 訓練中止の発煙筒を上げる判断が遅れ申し訳なかった、そう教官は頭を下げる。

「ロートスはイリス様が近くにいるの解ったんだ」
「右目にヴァイスの印ついてたから追ってるんだとは思った。魔物の動き止めたら距離があっても魔法打ち込んでくるって思ったし」

 ひょこひょことそばに寄ってきたマルクスの言葉にロートスはそう答えると、真っ二つに割かれた魔物の目を指差した。
 それをマルクスは覗き込んだが、他の生徒は流石におっかなびっくりと言うように少し離れたところから眺めている。気分が良いものでもないので、青ざめて俯いている者もいた。

「ヴァイス様凄いな。さっきももう一体の方知覚してたし」
「印つければ国内なら追えるんじゃない」
「まじかよ。そんな広範囲なの!?……あ、あれ?待って。これイリス様が狩ったんだったら俺らの課題終わってないじゃん。いや、まだ一体しか狩ってないからこれ入れても終わってないけど!!」

 頭を抱えて慌てるマルクスを眺め、ロートスは小さく首をかしげた。今からでも急げば時間内に二体ぐらいならいけるだろう。そう思い引き返してきた残り二人を連れて魔物を探しに行こうとしたが教官に引き止められる。

「本日はここで一旦終了です。課題に対しては後日また一斉に行いますので心配しないでください。こちらの不手際も重なりましたので減点対象とはなりません」
「良かったぁ。俺とロートスで手分けして一体ずつとか考えてた」
「それでは班の課題になりませんよマルクス・クラウスナー。今日はロートス・ノイと共に良くサポートしてくれました。重ね重ね不手際申し訳ありませんでした」

 再度頭を下げる教官を眺め、ロートスは居心地が悪い気分になったが、マルクスは減点対象にならなかった事に安心したのかニコニコと笑顔を向ける。そんな彼の背中に同じ班のモーリッツが抱きついた。

「おおおおお!!マルクスゥゥゥゥゥ!!お前のお陰で助かったぁぁぁぁ!!」
「大げさだなぁ。お前だって頑張って一体倒したじゃん。次の時もよろしく。あとロートスの方が超頑張ったから」
「ロートスゥゥゥゥゥ」

 ばっとマルクスから離れたモーリッツが自分の方へ抱きついて来ようとしたので、さっとロートスは避ける。
 
「家族とヴァイス以外に身体触られるの無理」
「まじかよ!!家族大好きかよ!!っていうかヴァイス様は特別なのかよ」
「半分兄さんみたいなもんだし。これ言ったら本当の兄さん拗ねるけど」
「割と大人げないなお前の本当の兄ちゃん!!」
「僕と姉さんがノイ領離れるの寂しいって泣いてた」
「泣いちゃったの!?兄ちゃん泣いちゃったの!?」

 そんなのんきなマルクスとロートスのやり取りを見ていた面々は思わず笑う。緊張が漸く解けたのだろう。
 それでは解散だと言う教官の言葉を聞いて、ロートスは森の奥に視線を送った。

「……解散だったらあっちついていけば良かった」
「お前勤勉だなぁ。今日の講習終了!イリス様達待つなら防壁外で待ってたほうが良いんじゃねぇの?」
「そうする」

 他の面々より遅れてマルクスとロートスは防壁外へ出る。すると一人の女生徒がマルクスにペコリと頭を下げた。

「さっきはありがとうございました」

 腰を抜かしていた生徒だとロートスが気が付きマルクスに視線を送る。すると彼は愛想の良さそうな表情を作って彼女に言葉を放つ。

「歩ける?大丈夫?」
「はい。オスカー様とモーリッツ様にはお礼を言ったのでマルクス様達にもと」
「いいよいいよ。初めて魔物見て腰抜かすって結構あるし。次は頑張ろうね」

 愛想よく労るように言葉をかけるマルクスに対し、女生徒は恥ずかしそうに俯きながらも小さく頷いた。それを満足そうにマルクスは眺めていたが思い出したように言葉を続ける。

「あの子」
「あの子?」
「逃げなかった子。ちゃんと言っといて。あれ危ない。教官とか、リーダーの言うこと聞かないのは良くないし。軍属になったら真っ先に死ぬ」

 そのストレートな言葉に女生徒の顔色がさっと変わる。あの魔物と対峙した時の恐怖が蘇ったのだろう。

「はい……その……エーファは元々責任感が強くて……」
「責任感が強いなら真っ先に君を担いで逃げるべきだよ。まぁ、君に言っても仕方ないけど。お友達なら気をつけてあげて。正直言えば、ロートスいなかったら俺も逃げてたレベルだよあの魔物。春先は特に凶暴だし」
「冬は大人しいのになアレ」
「そうそう。春先にめっちゃ元気になるんだよなぁ。毛皮とか割と人気素材だけど、春先は絶対対峙したくない。冬にこっそり狩るのが安全」
「うちもよく冬場に巣穴掘り返しに行ってたな」

 マルクスとロートスのやり取りを聞けば、初心者の自分とは全くレベルが違うのだと痛感して、女生徒は大きく頷いた。

「はい!しっかり言っておきます!」
「うん。やっぱ怪我したら嫌だしね」

 にこやかにマルクスはそう締めくくると頭を下げる女生徒を見送った。そんな彼の表情をぼんやりとロートスは眺めていたが、僅かに眉を寄せたのに気が付く。

「……エーファねぇ」
「知ってんの?」
「有名じゃん。聖女サマって」
「国は認定してないって姉さんから聞いてるけど」

 彼女だったのか、そう思いロートスは僅かに眉を寄せる。

「生徒会の件とか、まぁ、色々有名。まじで知らねぇの?」
「うちは神殿側から嫌われてる。ノイ領に教会ないし」
「ノイ家はそう言えばそうか。エーファ・アプフェル。神殿が推しまくってる聖女候補ってやつ?子爵令嬢だし、治癒能力は高いけど生徒会に入るほど家柄も学力も高いわけじゃないから色々言われてるみたい」
「へぇ。生徒会ってそんな入りたいものなんだ」
「生徒代表だし。生徒会入れば中央で出世間違いなし的な?……そう言えばイリス様は断ったって聞いたけど」
「ヴァイスも姉さんも断ったから僕も断った」
「……まじかよ。勿体ない」
「姉さんが軍属魔術師になるだろうからそれについていきたいだけだし、別に出世はどうでもいい」
「猫の額程度の土地しかない貧乏子爵五男坊の俺と違って余裕だな!!くっそ!」
「流石に軍属まではヴァイス付き合えないだろうし」
「そういえばヴァイス様って第二王子に乳兄弟の割にどっちかと言えばイリス様派だよな」
「姉さん派って何?オリヴァー様が殿下についてるから自動的に姉さんのそばいるんじゃないの。まぁ、基本ノイ家贔屓だけど」

 ロートスの言葉にマルクスは思い出したように口を開いた。

「あぁ、毒殺されそうになって助けられたってやつな」
「お前何でも知ってるんだな」
「ロートスが周りに興味ないだけだろー。有名だし。ヴァイス様が口に入れるものに神経質なのも学食で見てる。コイン毎回投げて交換してんのもそのせいだろ?」

 学食で食事を取る時にヴァイスはコインを投げて表ならそのまま、裏なら誰かと交換をする。流石に貴族子女が通う学園で毒物混入があるとは思えないが、言ってしまえば精神的なモノなのだろう。なのでヴァイスはいつも一緒に食べる誰かと同じメニューを注文するのだ。不思議な光景なので割と有名と言われれば、そうか、とロートスは納得する。
 
「まぁ、ヴァイスの叔父さんのミュラー商会とうちの取引も多いし、ヴァイスがそばにいたら他のやつ姉さんにちょっかいかけないし」
「うん。ヴァイス様おっかない。少なくとも野郎は気軽に声かけないわ」
「女の人はかけるの?」
「放課後にお茶会っての?追加講習ない時はしてるって聞いたけど。学年問わず幅広く受けるって。まぁ、第二王子の婚約者が下手に派閥作れないし」
「何かそんな事言ってたな。まだ僕が学園入ってからは聞いてないけど」
「ぼちぼちじゃないの?生徒会メンバーも決まったら学園内の派閥も動くし」
「派閥ねぇ。お前どっか入ってんの?」
「貧乏子爵家はお呼びじゃない!!もう、俺、将来の身の振り方考えるだけでいっぱいいっぱいだからな!婿入できる令嬢捕まえられなきゃ、軍属で出世ぐらいしか道がないし!……まぁ、ある意味気軽かな。お前んトコみたいにどこぞについたからって周りが警戒するような家じゃないし」
「貴族って大変だな」
「お前も貴族だろ!」
「うちは一芸で貴族になっただけの流れ者の一族だし。あんま貴族っぽくないって言われる」
「うん、それは俺も思った。けど割と話しやすくて安心した」
「そう?」
「こう、オスカーみたいにお高くとまってるって感じじゃなくて、純粋に人嫌いっぽく見える」
「家族以外にあんま興味ない。お前の事は嫌いじゃないけど」
「まじか!え?じゃぁ友達ってことで!」
「……別にいいけど。何で急に」
「友達は沢山いたほうが人生楽しいだろ?まぁ、俺と友達になってくれるのって爵位低いとか、三男坊的なやつばっかだけど。嫡男みたいな奴は多分俺みたいなのと付き合わないと思う」

 そんなものなのか、と思わずロートスは眉を寄せる。
 貴族社会というのは実に面倒臭い、そう父親が言うのも彼を見ていればよく解った。ただ、マルクス自体は爵位がどうと言うよりは純粋に性格が好ましいと思ったのだ。朗らかで人当たりがいいのは自分と正反対なのだが、ヴァイスのように周りをよく見ている点は凄いと思う。多分同じ班になり、リーダーとして周りをフォローする姿を見なければこんな感想は抱かなかっただろうとぼんやりとロートスは考えた。

「ロートス」
「姉さん。ヴァイス」

 声をかけてきたのはヴァイスで、それに気がついたマルクスは僅かに緊張した表情を浮かべる。

「もう帰れる?」
「ええ。待っててくれたのね。ありがとうロートス君。えっと、そちらはさっき一緒にいたわよね」
「友達」
「……え?」
「友達のマルクス……あ、なんだっけ?悪い」
「マルクス・クラウスナーですイリス様!」

 ロートスの口から友達という単語を聞いて、イリスが珍しく動揺したように表情を変えた。それに気が付きヴァイスは口元を歪める。

「扇で顔隠しとけ。驚きすぎだろ」
「ごめんなさいね。ロートス君からお友達紹介されたの初めてで……」
「お前友達いないの!?」
「ヴァイスがいるけど」
「お前ヴァイス様は半分兄ちゃんって言ってたろ!!」
「そう言えばそうだな。そんじゃお前以外いない」

 しれっと言い放ったのを眺めマルクスは心底驚いたような顔をする。家族大好きなのは発言の端々から感じられたが、まさかこの歳で友達の一人もいないとは思わなかったのだ。しかしながらよくよく考えてみれば社交にすら禄にノイ家は出ないので、友達どころか知り合いさえも貴族の中には余りいないのだろうと言う考えに至り、マルクスは優しい眼差しをロートスに向ける。

「……一緒に友達沢山つくろうな……」
「何で急に哀れみの表情になるんだよ。お前は好きに作ればいいけど」
「クラウスナー子爵んトコか」
「知ってるんだヴァイス」
「たまに蛇型魔物の皮買ってる。もっと取れねぇのアレ」
「蛇型?紫の斑の奴ですか?たまに黄色い斑もいますけど」
「そう。アレ需要上がってんだよ。在庫足りなくて国外からの買付も検討してる」

 そう言われれば、マルクスはうーんと唸って、恐る恐ると言うようにヴァイスに確認をする。

「アレの皮って売れるんですか?」
「たまにお前んトコの領民が支店に売りに来てる。数は多くねぇけど」

 毒を持っているので食用に向かない。一応しっかり火を通せば無毒化はできるのだが小骨が多く食べにくい。そのくせに春から夏にかけて出没しては家畜を襲う迷惑な魔物という印象しかマルクスになかったのだ。例えば先程遭遇した熊型ならば毛皮が衣類などに使われたりするので素材を剥ぎ取って売ったりもするのだが。

「えぇ?池から引っ張り上げて皮なめして売ってるのかなぁ」
「池から?」
「アイツ火魔法効かないし、どっちかと言えば水苦手だろ?だから追い込んで池で溺れさせて退治してる。そんで食べるには手間かかるから、こう……血抜きして刻んで畑の肥やし的な?」

 ロートスの不思議そうな言葉にマルクスはそう返事をすると、ちらりとヴァイスに視線を送る。
 するとヴァイスは呆れたような顔をして、胸ポケットからメモ帳を出すと何かを書き付けてマルクスに渡した。

「溺死させてるんだったら綺麗な状態だろうからこの値段で買い取る」
「……一籠ですか?」
「大きさにもよるけど平均的な奴一匹分。黄色の斑なら二倍」
「はぁ!?はぁぁぁぁぁ!?こんなに高いんですか!?」
「今の買取値だな。秋口ぐらいまでは変わらねぇと思う。なめし方解らねぇならミュラー商会の支店から人出すけど」
「早馬走らせます!ヤバい!もう今年の討伐出てるかもしれない!」
「そうか。まぁ無理はしなくていいけど、できるだけミュラー商会に回してくれ」
「はい!そんじゃ!ロートス!また明日!!」

 しゅたっと手を上げると、ヴァイスのメモを片手にマルクスは猛ダッシュで帰ってゆく。慌ただしい友人の退場にロートスは唖然としたが、イリスは小さく笑い瞳を細めた。

「賑やかなお友達ね」
「まぁ、悪いやつじゃないと思う。貧乏子爵の五男坊で苦労してる感じ?自前で魔物討伐してるって言ってたし」
「あぁ、そりゃ軍属だったら即戦力って喜ばれんだろ」
「あんま中央の事を僕は知らないから、色々知ってるの凄い」
「……まぁ、仲良くしとけ」
「うん」

 嬉しそうなイリスの表情と、少しだけ口元を緩めたヴァイスの表情を眺めて、学園生活も楽しくなりそうだとロートスは淡く笑った。
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