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10. 恩返し
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イヲンの裏側、西の玄関口から外にでると、すぐ左手には身障者や お年寄りなどが利用するスロープが設けられている。
シロを待つ間、俺はスロープ越しに目の前にある横断歩道をぼーっと眺めていた。
横断歩道の先にある電信柱には小さな缶が結び付けられており、刺さっていた花はしおれている。
交通事故の現場近くにはよく目にする光景でもあった。
するとそこに杖を突いたシニア女性があらわれた。手に持った袋からは菊の花がのぞいている。
「…………!」
女性は電信柱の側で腰を屈めると、缶に刺さっていた枯れ花を入れ替えているではないか。
「…………?」
んっ、ええっ!?
あれって慶子か? 慶子だよな。
――なんという偶然。
彼女の名前は竹坂慶子。
生前の俺が散々世話になった大事な人だ。
身体が不自由になってからも、ずっと傍に居てくれたよな。
文句のひとつも言わずに……。
「ここ何年も、あのようにして花を供えておられるのですよ」
「何年も……」
「そう、何年もです」
話しかけてきたのは、作業服を着て手を後ろに組んでいるおじいちゃん。
このおじいちゃん、なに? 誰よ?
「…………」
あぁ~、イヲンの自転車置き場で整理している人だぁ。
ニコニコ笑って、これまた話し好きそうな……。
って、外国人にも話かけるんかい!
まぁ話は聞いちゃいますけどー。
「それで それで!」
俺は先を促した。
「もう5年程経ちますかの~、そこで交通事故がありましてな。車椅子に乗った方が目の前にある橋の方から曲がってきた車とぶつかってしもーてな。その方はすぐに救急車で運ばれましたがの、あの状態ではおそらく即死だったじゃろう。事故の原因は運転していた女性の ”わき見運転” と新聞には書かれとったがのぅ……、実際は ”ながらスマホ” だったということじゃ」
「へ~、そうだったんだぁ。おじいちゃんよく知ってるね、すご~い! 他には何かあるの?」
俺は相槌を打ちながらも、おじいちゃんをもちあげてみた。
すると調子に乗ったおじいちゃんは、それはもう饒舌に喋りはじめた。
「いつじゃったか、あの方がこちらに来られての。そのときに色々と話を聞いたんじゃが、実は…………かくかくしかじかこれこれ…………だそうじゃ」
ふんふん、なるほど。
缶が撤去されてたんだね。それで、替わりのものを探してあげた際に話を聞いたみたいだね。
………………
俺が死んだあと、葬式は確りやってくれたようだ。
死亡事故の賠償金は20,000,000円か。
意外と少ないもんだな。
いや、そんなものかな。働けなくて保護も受けていたしな。
受け取ったのは親父だったか……。
いろいろと迷惑もかけたことだし、最後に良い親孝行ができたと思っておこう。
それで慶子は初盆参りに行った際、親父から封筒を受け取っていた。
中身は感謝を綴った手紙と現金10万円が入っていたそうな。……セコ!
もう少し出してやれよなぁ~。
親父も90歳だろ。あの世にお金は持っていけないぞ。
でもまあ、よくぞ出してくれたと思うよ。籍も入れてなかったのだし。
俺は死んだ人間だし、会いには行かないけど。
親父も長生きしろよー!
って言うか、慶子も親父もベラベラ喋りすぎだ!
これだから年寄りは…………。
いつのまにかシロが俺の傍にきていた。
認識阻害は発動したままである。
(ほんと賢いヤツめ~)
シロの頭をぐりぐりと撫でまわす。
――おっ!
目の前の信号が変わって、慶子が杖を突きながらこちらに渡ってきた。
イヲンで買い物をして家に帰るのだろう。
しかし大丈夫なのか~。
腰を痛めているのか、おぼつかない足でスロープを上がってくる。
無理しないでタクシー使えよなぁ。
まあ、そんな余裕がないのかもな……。
「…………」
――よし!
俺は慶子に声をかけることにした。関わる事に決めたのだ。
こんな状況を見て無視なんかできないだろ。今の俺にはそれだけの力がある。
「あの~、すいません。ちょっといいですか?」
スロープの折り返しのところで声をかけた。
慶子は足を止め、様子を伺っている。
――たしかに怪しい。
謎の外国人が老人に話しかけているのだ。
キャッチと間違えられて通報されないよね。慶子もスマホをじっと見るのはやめて~。
勇気をだせ、俺は彼女を救うのだ。
「こんな態では分からないだろうから自己紹介するね。俺はゲン、そして隣が愛犬のシロです」
シロは認識阻害を解き、隣で盛大に尻尾を振っている。
「えっ、ゲン……さんですか?」
「そうです。高月玄です。そして、ここに居るシロは俺が実家で飼っていた犬だよ。ほら、昔写真で見せたことあったよね。シロはあなたのことも分かるはずだよ。何せこいつは俺の守護霊だったらしいから」
「じゃあ、あなたが玄だっていうの? 外国の方ですよね」
慶子はかなり困惑気味だ。
「俺は玄。高月 玄。たしかに5年前、俺はこの場所で死んだ。だけどシロのおかげで、異世界に転生することができたんだ。そして2日前に何故だかわからないけど、こちらに転移してきたんだ」
「…………」
「…………」
「異世界だか転生だか知りませんけど、私忙しいので、これで……」
「ちょっ、ちょっとまって慶子!」
「何なんですかアナタ? 人の名前まで知らべて……。これ以上関わるなら警察を呼びますよ!」
俺は困ってしまったが、もう後へは引けない。
いや引かない!
「すぐに信用なんてできないと思う。じゃあ奇跡を起こしたら少しは信用してもらえるのかな。慶子は頑張り過ぎだよ。いつも言っていただろう、”何事もほどほどに” だよ」
俺はそう言いながら慶子に【ヒール】と【リカバリー】を順に掛けていく。
慶子は更年期にはいってからこっち、肌が弱くなっていたからなぁ。
――鑑定!
……よし。
おっ、肌艶がずいぶんと良くなったな。
10歳以上は若く見えると思うぞ。 鏡を見て腰を抜かすなよ~。
「さぁ、これで良し。 もう杖は要らないとおもうよ。それにこれからは日に当たっても大丈夫だから。昼でもどんどん外に出られるよ」
おお、驚いてる驚いてる。
リカバリーで皮膚を再構築したから、20代の人にも負けないんじゃないかな。
「これは慶子へのプレゼント。奇跡は終わりじゃないよ!」
手に持っていたスクラッチが入った袋を慶子に渡した。
「これは……?」
「うん、イヲンの下で買ったスクラッチ。……そうそう、昔1等を当てたことがあったよね! 懐かしいなぁ~」
「まだ、しばらくはこちらに居ると思うから遊びにきてよ。カラオケにでも行こう。『愛の水中花』 また歌ってくれよな。それと今日のことは秘密だからな!」
最後に、いま身を寄せている神社のことを話し、その場は別れた。
……まあ、信じるか信じないかは分からないけれど、
慶子はああ見えてオカルト好きなところがあるからなぁ。
どのみち、良い恩返しはできたんじゃないかとおもう。
シロのリードを引き、神社に向かってゆっくり歩きだす。
昨日買い物に訪れたスーパーの前を通りすぎ、道路沿いにある八百屋さんをのぞいていると……
――ひしっ!
紗月である。
学校帰りのようで制服を着ていた。
白シャツにタータンチェック・グリーンのスカート(短)、それに黒ハイソという出で立ちだ。
朝、付けていたリボンタイはどこにいったのだろう?
それに、よく見たらスケブラしてるよねぇ。
「ゲンさんこんなところで何してるんですかぁ? 買い物に行きますよー」
スーパーがある方を指差している。
強引な奴だな~。
まぁ付きあいますけどね。
シロを表で待たせて二人でスーパーに入っていく。
「ゲンさん、今日は何がいいですか?」
「今日か? う~ん、ズバリ焼肉かな! 肉は俺が提供するから、あとは野菜・つけダレ・練りニンニクなんかを買っていこう」
「本当ですかー。やったー! あっ、でもでも、家にホットプレートなんかありませんよ~。フライパンで焼くんですか?」
「フフフ、そこは抜かりないよ。ホットプレートは今日買ってきたから」
俺はサムズアップしてみせる。
「焼肉なんて久しぶり、すっごく楽しみです!」
スーパーを出ると、荷物係の俺はレジ袋と通学用サブバッグを預かる。
「じゃあ私はシロちゃんと一緒に帰りまーす!」
シロのリードだけを持った紗月は、ルンルンしながら神社へ帰っていくのだった。
シロを待つ間、俺はスロープ越しに目の前にある横断歩道をぼーっと眺めていた。
横断歩道の先にある電信柱には小さな缶が結び付けられており、刺さっていた花はしおれている。
交通事故の現場近くにはよく目にする光景でもあった。
するとそこに杖を突いたシニア女性があらわれた。手に持った袋からは菊の花がのぞいている。
「…………!」
女性は電信柱の側で腰を屈めると、缶に刺さっていた枯れ花を入れ替えているではないか。
「…………?」
んっ、ええっ!?
あれって慶子か? 慶子だよな。
――なんという偶然。
彼女の名前は竹坂慶子。
生前の俺が散々世話になった大事な人だ。
身体が不自由になってからも、ずっと傍に居てくれたよな。
文句のひとつも言わずに……。
「ここ何年も、あのようにして花を供えておられるのですよ」
「何年も……」
「そう、何年もです」
話しかけてきたのは、作業服を着て手を後ろに組んでいるおじいちゃん。
このおじいちゃん、なに? 誰よ?
「…………」
あぁ~、イヲンの自転車置き場で整理している人だぁ。
ニコニコ笑って、これまた話し好きそうな……。
って、外国人にも話かけるんかい!
まぁ話は聞いちゃいますけどー。
「それで それで!」
俺は先を促した。
「もう5年程経ちますかの~、そこで交通事故がありましてな。車椅子に乗った方が目の前にある橋の方から曲がってきた車とぶつかってしもーてな。その方はすぐに救急車で運ばれましたがの、あの状態ではおそらく即死だったじゃろう。事故の原因は運転していた女性の ”わき見運転” と新聞には書かれとったがのぅ……、実際は ”ながらスマホ” だったということじゃ」
「へ~、そうだったんだぁ。おじいちゃんよく知ってるね、すご~い! 他には何かあるの?」
俺は相槌を打ちながらも、おじいちゃんをもちあげてみた。
すると調子に乗ったおじいちゃんは、それはもう饒舌に喋りはじめた。
「いつじゃったか、あの方がこちらに来られての。そのときに色々と話を聞いたんじゃが、実は…………かくかくしかじかこれこれ…………だそうじゃ」
ふんふん、なるほど。
缶が撤去されてたんだね。それで、替わりのものを探してあげた際に話を聞いたみたいだね。
………………
俺が死んだあと、葬式は確りやってくれたようだ。
死亡事故の賠償金は20,000,000円か。
意外と少ないもんだな。
いや、そんなものかな。働けなくて保護も受けていたしな。
受け取ったのは親父だったか……。
いろいろと迷惑もかけたことだし、最後に良い親孝行ができたと思っておこう。
それで慶子は初盆参りに行った際、親父から封筒を受け取っていた。
中身は感謝を綴った手紙と現金10万円が入っていたそうな。……セコ!
もう少し出してやれよなぁ~。
親父も90歳だろ。あの世にお金は持っていけないぞ。
でもまあ、よくぞ出してくれたと思うよ。籍も入れてなかったのだし。
俺は死んだ人間だし、会いには行かないけど。
親父も長生きしろよー!
って言うか、慶子も親父もベラベラ喋りすぎだ!
これだから年寄りは…………。
いつのまにかシロが俺の傍にきていた。
認識阻害は発動したままである。
(ほんと賢いヤツめ~)
シロの頭をぐりぐりと撫でまわす。
――おっ!
目の前の信号が変わって、慶子が杖を突きながらこちらに渡ってきた。
イヲンで買い物をして家に帰るのだろう。
しかし大丈夫なのか~。
腰を痛めているのか、おぼつかない足でスロープを上がってくる。
無理しないでタクシー使えよなぁ。
まあ、そんな余裕がないのかもな……。
「…………」
――よし!
俺は慶子に声をかけることにした。関わる事に決めたのだ。
こんな状況を見て無視なんかできないだろ。今の俺にはそれだけの力がある。
「あの~、すいません。ちょっといいですか?」
スロープの折り返しのところで声をかけた。
慶子は足を止め、様子を伺っている。
――たしかに怪しい。
謎の外国人が老人に話しかけているのだ。
キャッチと間違えられて通報されないよね。慶子もスマホをじっと見るのはやめて~。
勇気をだせ、俺は彼女を救うのだ。
「こんな態では分からないだろうから自己紹介するね。俺はゲン、そして隣が愛犬のシロです」
シロは認識阻害を解き、隣で盛大に尻尾を振っている。
「えっ、ゲン……さんですか?」
「そうです。高月玄です。そして、ここに居るシロは俺が実家で飼っていた犬だよ。ほら、昔写真で見せたことあったよね。シロはあなたのことも分かるはずだよ。何せこいつは俺の守護霊だったらしいから」
「じゃあ、あなたが玄だっていうの? 外国の方ですよね」
慶子はかなり困惑気味だ。
「俺は玄。高月 玄。たしかに5年前、俺はこの場所で死んだ。だけどシロのおかげで、異世界に転生することができたんだ。そして2日前に何故だかわからないけど、こちらに転移してきたんだ」
「…………」
「…………」
「異世界だか転生だか知りませんけど、私忙しいので、これで……」
「ちょっ、ちょっとまって慶子!」
「何なんですかアナタ? 人の名前まで知らべて……。これ以上関わるなら警察を呼びますよ!」
俺は困ってしまったが、もう後へは引けない。
いや引かない!
「すぐに信用なんてできないと思う。じゃあ奇跡を起こしたら少しは信用してもらえるのかな。慶子は頑張り過ぎだよ。いつも言っていただろう、”何事もほどほどに” だよ」
俺はそう言いながら慶子に【ヒール】と【リカバリー】を順に掛けていく。
慶子は更年期にはいってからこっち、肌が弱くなっていたからなぁ。
――鑑定!
……よし。
おっ、肌艶がずいぶんと良くなったな。
10歳以上は若く見えると思うぞ。 鏡を見て腰を抜かすなよ~。
「さぁ、これで良し。 もう杖は要らないとおもうよ。それにこれからは日に当たっても大丈夫だから。昼でもどんどん外に出られるよ」
おお、驚いてる驚いてる。
リカバリーで皮膚を再構築したから、20代の人にも負けないんじゃないかな。
「これは慶子へのプレゼント。奇跡は終わりじゃないよ!」
手に持っていたスクラッチが入った袋を慶子に渡した。
「これは……?」
「うん、イヲンの下で買ったスクラッチ。……そうそう、昔1等を当てたことがあったよね! 懐かしいなぁ~」
「まだ、しばらくはこちらに居ると思うから遊びにきてよ。カラオケにでも行こう。『愛の水中花』 また歌ってくれよな。それと今日のことは秘密だからな!」
最後に、いま身を寄せている神社のことを話し、その場は別れた。
……まあ、信じるか信じないかは分からないけれど、
慶子はああ見えてオカルト好きなところがあるからなぁ。
どのみち、良い恩返しはできたんじゃないかとおもう。
シロのリードを引き、神社に向かってゆっくり歩きだす。
昨日買い物に訪れたスーパーの前を通りすぎ、道路沿いにある八百屋さんをのぞいていると……
――ひしっ!
紗月である。
学校帰りのようで制服を着ていた。
白シャツにタータンチェック・グリーンのスカート(短)、それに黒ハイソという出で立ちだ。
朝、付けていたリボンタイはどこにいったのだろう?
それに、よく見たらスケブラしてるよねぇ。
「ゲンさんこんなところで何してるんですかぁ? 買い物に行きますよー」
スーパーがある方を指差している。
強引な奴だな~。
まぁ付きあいますけどね。
シロを表で待たせて二人でスーパーに入っていく。
「ゲンさん、今日は何がいいですか?」
「今日か? う~ん、ズバリ焼肉かな! 肉は俺が提供するから、あとは野菜・つけダレ・練りニンニクなんかを買っていこう」
「本当ですかー。やったー! あっ、でもでも、家にホットプレートなんかありませんよ~。フライパンで焼くんですか?」
「フフフ、そこは抜かりないよ。ホットプレートは今日買ってきたから」
俺はサムズアップしてみせる。
「焼肉なんて久しぶり、すっごく楽しみです!」
スーパーを出ると、荷物係の俺はレジ袋と通学用サブバッグを預かる。
「じゃあ私はシロちゃんと一緒に帰りまーす!」
シロのリードだけを持った紗月は、ルンルンしながら神社へ帰っていくのだった。
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