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第3章
24話
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「魔界――それは四面世界におけるひとつの世界なんです」
ルルムは言葉を絞り出すように静かに口にする。
その口調は、これまでにないくらい大人びたものだった。
「ルルムはそこで家族と一緒に平和に暮らしてました。ですがある時、エスデスがやって来て・・・」
「エスデス?」
「魔界第7防衛師団長――エスデス。それがこの世界で魔王と呼ばれてる者の名なんです」
ルルムによれば、エスデスは冷酷な女帝のような見た目をしているのだという。
年齢は2万3000歳。
もともとエスデスは、魔界に侵攻してくる神族に対抗するべく、師団長として最前線で防衛する役を担っていたようだ。
ただいつまで経っても敵が攻め込んでくる様子はない。
また、魔族が積極的に神界へ攻め込む様子がないことも不満に思っていたようだ。
「エスデスは魔界では有名な野心家でした」
やがて。
エスデスは魔界の掟を破り、1人で異世界へと向かう。
魔界に現存する七つの魔剣のうちの1本を盗み出し、同時にルルムも攫った。
「そこでルルムは、エスデスのスキルによって葬冥の魔剣と一体化させられてしまったんです」
そのあと。
フィフネルに降り立ったエスデスは、魔剣を『黄金の王国ニンフィア』周辺の地脈に突き刺し、大地を腐らせて魔境を発生させる。
どうやら有識者たちの予測は当たっていたようだ。
「でも、どうしてルルムを攫ったんだろう? 魔界ではほかにも大勢が暮らしてるんだよね?」
「それはきっと、ルルムが【巫剣】のスキルを所有してたからだと思います」
「【巫剣】?」
このスキルの所有者は、魔界に現存する魔剣の性能を限界を越えて引き出すことが可能なのだという。
記憶のないルルムが葬冥の魔剣の使い方を熟知していたのも、【巫剣】のスキルが発動していたためだったようだ。
魔界では穢れを知らない美しい少女にだけこのスキルが覚醒するようだ。
これをエスデスは悪用した。
本来組み合わせてはならない【巫剣】所有者であるルルムと葬冥の魔剣を一体化させたことにより、マイナスの大きな反動が生じ、魔剣には邪悪な力が宿ることに。
ルルムによれば、もともと魔剣には悪しき力は宿っていないのだという。
種族繁栄の祈願に用いる厳かな魔具という話だ。
それを聞いてもいまいちピンとこないゲントだったが、魔剣が本来は戦闘で使うような代物ではないということだけは理解できた。
「ですが、マスターに魔剣を引き抜いてもらったおかげで、ルルムは一時的にもとの姿を取り戻すことができました。だから、ずっとマスターには感謝してるんです。あの時、見つけてくださったことに」
「いや、あれはたまたまなんだ」
特別感謝されるようなことをしたつもりはないとゲントは考えていた。
ただ偶然にも。
ゲントの取った行動によって黒の一帯の浸食は止まった。
また、それにより魔剣からも邪悪な力が消え去ったようだ。
「あのさ。話の途中で申し訳ないんだけど、ちょっと気になる点があって。聞いてもいいかな?」
「なんでしょう?」
「さっきからスキルがどうこうってふつうに話してるけど・・・。もしかしてスキルって、魔族だけが使えるものだったりする?」
「そうですね。スキルは魔族専用の異能になります」
「やっぱり・・・」
(どうりでおかしいと思ったんだ)
この異世界の住人がスキルを使っていないことをゲントはずっと不思議に思っていた。
振り返ってみれば、フェルンのステータス画面にもスキルの項目は存在しなかったことをゲントは思い出す。
「逆に魔法は神族専用の異能なんです」
「え? そうなの?」
これも初耳だった。
クロノとしてこの異世界へ降り立った時も、プロセルピナの口からそんな話を聞いた覚えはない。
「魔法は神族しか使えない・・・。ということは、魔族は魔法が使えないということになります」
「まあ、そうなるよね」
自分でそう口にしながらゲントは納得していた。
〝魔族は魔素の呪縛から解放されてる〟という予測が当たっていたからだ。
(魔法が使えない。つまり、魔族の体内にはそもそも魔素が存在しないんだ)
魔力総量がゼロだった理由もここでようやく判然とする。
「ここまでお聞きになってなにか矛盾に気付きませんか?」
「矛盾?」
「エスデスに関することです。なにをこの異世界に持ち込んだのでしょう?」
「あぁ・・・魔導書か」
魔族は魔法が使えない。
にもかかわらず、エスデスは魔導書をフィフネルに持ち込んでいる。
たしかにおかしい。
「実はエスデスが持ち込んだ26冊の魔導書はコピーされたものなんです」
「え?」
「オリジナルは神界で保管されてます。あれら26冊の魔導書は、魔族が神族から盗んだものなんですよ」
(なるほど。だから、魔法が使えないはずのエスデスは魔導書を所有してたのか)
だが、そうなると新たな疑問が浮かんできた。
「でもさ。どうしてそんなものをわざわざ持ち込んだんだろう?」
魔素を植え付けたことで人々の寿命を奪い、旧約をもとに争わせることが目的だったというのはなんとなく理解できるが、戦術としては少しまわりくどいようにゲントには思えた。
「その答えは簡単です。神族に対抗するためです」
「神族に? どうして異世界に魔導書を持ち込むことが神族に対抗することになるの?」
「その前に一度確認させてください、マスター。魔族には魔法が効かないということはご存じでしょうか?」
「うん。それなら女神さまから聞いてる」
「逆に神族にはスキルが効きません。ですが、魔法なら効き目があるんです」
「そうなの?」
「ここまで説明すれば、なんとなく理解できるんじゃないでしょうか? ヒト族が魔法を使えるようになり、たとえば体を乗っ取ることができるのだとすれば・・・」
そこまで聞いて、ゲントはルルムの言いたいことを理解する。
「つまり・・・魔法が使えるようになった人々に乗り移って、魔法を使って神族に対抗しようと考えたってこと?」
「さすがマスター、そのとおりです。実はこれはエスデスだけじゃなくて、魔王として異世界に降り立つ者の伝統的な戦術でもあるんですよ」
「そうなんだ」
(異世界の人々に魔素を植え付けたり、魔導書を持ち込んだりしたのは、すべて神族に対抗するためだったのか)
魔族の伝統的な戦術を理解していたからこそ、グラディウスは大聖文書の中で人々に警告を与えることができたのだろう。
「ごめん。ついでにあとひとつ質問なんだけど・・・」
「どうぞ」
「魔族はさ。神族とどれくらいの期間争ってるの?」
さらっと聞き流してしまっているがこれはけっこう重要な内容だった。
神族が魔族と争いを繰り広げているなんてこともまた、ゲントはプロセルピナから聞いたことがなかった。
「それは・・・ルルムも詳しくはわからないんです。ですが、気の遠くなるほどの長い時間、両種族は争い続けてるとだけは聞いてますね」
どうやらそれは四面世界とやらとに関係があるようだ。
ルルムは言葉を絞り出すように静かに口にする。
その口調は、これまでにないくらい大人びたものだった。
「ルルムはそこで家族と一緒に平和に暮らしてました。ですがある時、エスデスがやって来て・・・」
「エスデス?」
「魔界第7防衛師団長――エスデス。それがこの世界で魔王と呼ばれてる者の名なんです」
ルルムによれば、エスデスは冷酷な女帝のような見た目をしているのだという。
年齢は2万3000歳。
もともとエスデスは、魔界に侵攻してくる神族に対抗するべく、師団長として最前線で防衛する役を担っていたようだ。
ただいつまで経っても敵が攻め込んでくる様子はない。
また、魔族が積極的に神界へ攻め込む様子がないことも不満に思っていたようだ。
「エスデスは魔界では有名な野心家でした」
やがて。
エスデスは魔界の掟を破り、1人で異世界へと向かう。
魔界に現存する七つの魔剣のうちの1本を盗み出し、同時にルルムも攫った。
「そこでルルムは、エスデスのスキルによって葬冥の魔剣と一体化させられてしまったんです」
そのあと。
フィフネルに降り立ったエスデスは、魔剣を『黄金の王国ニンフィア』周辺の地脈に突き刺し、大地を腐らせて魔境を発生させる。
どうやら有識者たちの予測は当たっていたようだ。
「でも、どうしてルルムを攫ったんだろう? 魔界ではほかにも大勢が暮らしてるんだよね?」
「それはきっと、ルルムが【巫剣】のスキルを所有してたからだと思います」
「【巫剣】?」
このスキルの所有者は、魔界に現存する魔剣の性能を限界を越えて引き出すことが可能なのだという。
記憶のないルルムが葬冥の魔剣の使い方を熟知していたのも、【巫剣】のスキルが発動していたためだったようだ。
魔界では穢れを知らない美しい少女にだけこのスキルが覚醒するようだ。
これをエスデスは悪用した。
本来組み合わせてはならない【巫剣】所有者であるルルムと葬冥の魔剣を一体化させたことにより、マイナスの大きな反動が生じ、魔剣には邪悪な力が宿ることに。
ルルムによれば、もともと魔剣には悪しき力は宿っていないのだという。
種族繁栄の祈願に用いる厳かな魔具という話だ。
それを聞いてもいまいちピンとこないゲントだったが、魔剣が本来は戦闘で使うような代物ではないということだけは理解できた。
「ですが、マスターに魔剣を引き抜いてもらったおかげで、ルルムは一時的にもとの姿を取り戻すことができました。だから、ずっとマスターには感謝してるんです。あの時、見つけてくださったことに」
「いや、あれはたまたまなんだ」
特別感謝されるようなことをしたつもりはないとゲントは考えていた。
ただ偶然にも。
ゲントの取った行動によって黒の一帯の浸食は止まった。
また、それにより魔剣からも邪悪な力が消え去ったようだ。
「あのさ。話の途中で申し訳ないんだけど、ちょっと気になる点があって。聞いてもいいかな?」
「なんでしょう?」
「さっきからスキルがどうこうってふつうに話してるけど・・・。もしかしてスキルって、魔族だけが使えるものだったりする?」
「そうですね。スキルは魔族専用の異能になります」
「やっぱり・・・」
(どうりでおかしいと思ったんだ)
この異世界の住人がスキルを使っていないことをゲントはずっと不思議に思っていた。
振り返ってみれば、フェルンのステータス画面にもスキルの項目は存在しなかったことをゲントは思い出す。
「逆に魔法は神族専用の異能なんです」
「え? そうなの?」
これも初耳だった。
クロノとしてこの異世界へ降り立った時も、プロセルピナの口からそんな話を聞いた覚えはない。
「魔法は神族しか使えない・・・。ということは、魔族は魔法が使えないということになります」
「まあ、そうなるよね」
自分でそう口にしながらゲントは納得していた。
〝魔族は魔素の呪縛から解放されてる〟という予測が当たっていたからだ。
(魔法が使えない。つまり、魔族の体内にはそもそも魔素が存在しないんだ)
魔力総量がゼロだった理由もここでようやく判然とする。
「ここまでお聞きになってなにか矛盾に気付きませんか?」
「矛盾?」
「エスデスに関することです。なにをこの異世界に持ち込んだのでしょう?」
「あぁ・・・魔導書か」
魔族は魔法が使えない。
にもかかわらず、エスデスは魔導書をフィフネルに持ち込んでいる。
たしかにおかしい。
「実はエスデスが持ち込んだ26冊の魔導書はコピーされたものなんです」
「え?」
「オリジナルは神界で保管されてます。あれら26冊の魔導書は、魔族が神族から盗んだものなんですよ」
(なるほど。だから、魔法が使えないはずのエスデスは魔導書を所有してたのか)
だが、そうなると新たな疑問が浮かんできた。
「でもさ。どうしてそんなものをわざわざ持ち込んだんだろう?」
魔素を植え付けたことで人々の寿命を奪い、旧約をもとに争わせることが目的だったというのはなんとなく理解できるが、戦術としては少しまわりくどいようにゲントには思えた。
「その答えは簡単です。神族に対抗するためです」
「神族に? どうして異世界に魔導書を持ち込むことが神族に対抗することになるの?」
「その前に一度確認させてください、マスター。魔族には魔法が効かないということはご存じでしょうか?」
「うん。それなら女神さまから聞いてる」
「逆に神族にはスキルが効きません。ですが、魔法なら効き目があるんです」
「そうなの?」
「ここまで説明すれば、なんとなく理解できるんじゃないでしょうか? ヒト族が魔法を使えるようになり、たとえば体を乗っ取ることができるのだとすれば・・・」
そこまで聞いて、ゲントはルルムの言いたいことを理解する。
「つまり・・・魔法が使えるようになった人々に乗り移って、魔法を使って神族に対抗しようと考えたってこと?」
「さすがマスター、そのとおりです。実はこれはエスデスだけじゃなくて、魔王として異世界に降り立つ者の伝統的な戦術でもあるんですよ」
「そうなんだ」
(異世界の人々に魔素を植え付けたり、魔導書を持ち込んだりしたのは、すべて神族に対抗するためだったのか)
魔族の伝統的な戦術を理解していたからこそ、グラディウスは大聖文書の中で人々に警告を与えることができたのだろう。
「ごめん。ついでにあとひとつ質問なんだけど・・・」
「どうぞ」
「魔族はさ。神族とどれくらいの期間争ってるの?」
さらっと聞き流してしまっているがこれはけっこう重要な内容だった。
神族が魔族と争いを繰り広げているなんてこともまた、ゲントはプロセルピナから聞いたことがなかった。
「それは・・・ルルムも詳しくはわからないんです。ですが、気の遠くなるほどの長い時間、両種族は争い続けてるとだけは聞いてますね」
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