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第3章

14話

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 広間の中央に敷かれた真っ赤なカーペットの先には、壇上の長椅子に腰をかける王女の姿があった。
 
 マルシル姫だ。

 その容姿は想像していたよりもだいぶ若い。
 ルルムやレモンとそこまで変わらないに違いないとゲントは思った。

 王女の髪型は、ピンク色のストレートのロングヘアで、頭には煌びやかなプラチナのティアラをのせていた。
 
 真紅を基調とした舞踏会風のドレス姿で、首筋から肩まわりは肌が露出しており、ビスチェからは純白の胸元が覗けている。

 腕にはオペラグローブをつけ、脚には黄金のレッグアーマーを装着していた。

 容姿端麗でいて、どこか包容力のある王女。
 まさにビーナスと呼ぶに相応しい美の象徴がゲントの目の前に座っている。

「王女殿下。王選候補者のゲントさまをお連れしました」

 案内役の騎士が胸に拳を当てて敬礼すると、すぐさまレモンはその場にひざまづく。
 ゲントもルルムも彼女に倣って、同じように敬礼のポーズをとった。

「おふたりとも、お顔をあげてください」

 どこかふんわりとした声で、長椅子に座る王女――マルシルが声をかける。

「それともっと姿勢を楽にしてください。本日は謁見ではございません。わたくしは皆さんと楽しくお話がしたくお呼びしました」

「マスター! だそうですよぉ~?」

 ルルムはすぐに姿勢を崩し、いつものように自由に宙で飛び回る。
 誰にも視えていないサキュバス少女の特権だ。

 ゲントはそういうわけにもいかず、ついサラリーマンとしての癖が抜けない。
 マルシルにそう言われても姿勢を崩さなかった。

「ゲント。もう大丈夫だよ」

「ですが・・・」

「逆にそれは失礼に当たるから。ほら、早く顔をあげて」
 
 レモンにそう言われてようやくゲントは立ち上がる。

「うふふ。どうやら真面目な方みたいですね」

 マルシルは楽しそうに微笑む。
 王女さまと対面するなんてはじめてのことなので、ゲントはどう反応すればいいか困っていた。

 それにザンブレク城での召喚時の出来事も甦ってきて体はガチガチだ。

「マスターっ! お姫さまとてもお綺麗ですね~っ♪ あのドレスぅ! ルルムも一度着てみたいですぅ~!!」

 あいかわずルルムだけは能天気に浮かれている。
 もうすでに王女のことが好きになったようだ。

「キレイ・・・」

 隣りではレモンが同じような感想を小さく呟いていた。

 たしかに本当に綺麗だ、とゲントは思った。

(こんな美しい王女さまがこの世界にはいるんだな)

 あまりの美貌に見惚れていると、マルシルは笑みを覗かせながらこう口にする。

「貴方が特S級モンスターを倒したという王選候補者のゲントですね?」

「はい」

 凛と透き通った声が玉座の間に響く。

「それと黒の一帯を消し去ったという貴方の話ですが・・・あれは本当でしょうか?」

 ここまで来て隠す理由もないのでゲントは静かに頷いた。

「そうですか。裏も取れたので貴方の言葉をわたくしは信じたいと思います」

 直近でロザリアの威力偵察隊がとある発見をしたのだという。
 数十年ぶりに外壁の調査へ出かけたところ、なんと壁を越えて五ノ国の外へ出られたというのだ。

 彼らはそのまま氷土の大地へと降り立ち、その先に緑の土地が大きく広がっているのを確認したらしい。

「つまり、魔境が無くなっているのを確認したのです」

「うそっ・・・。五ノ国の外へはぜったい出られなかったはずなのに・・・」

 王女のその言葉を聞いてレモンは大きく驚く。

(外壁を越えて外に出られた?)

 当然、マルシルもこのことは不思議に思っているようだ。

「たしかにそうなんです。これまでは、賢者クロノが発動した『物質の書』の特殊な魔力の影響で、壁を乗り越えて外へ出ることは叶いませんでした」

 その話を聞いてゲントはふとデジャブを抱く。
 似たような出来事が最近あったような気がしたのだ。

(・・・あれだ。『時空の書』・・・)

 クロノが発動した『誓約の書』の魔法によって、旧約魔導書はすべて禁書となっているはずなのだが、グレン王はなぜかそれを使うことができてしまった。
 
 どちらにも共通しているのがクロノが魔法を使って封じていたという点。

 その効力が消えてしまった。
 1000年後の今に。

「・・・」

 なにかがゲントの中で引っかかる。
 とんでもないことがこれから起ころうとしているのではないか。

 そんな胸騒ぎがゲントをかき立てた。



 すると、その時。

 長椅子から突然立ち上がると、マルシルは指を組んでこんなことを口にする。

「というわけで。ひとまず、貴方の偉業は確認できましたので。王選候補者のゲント――いえ、ゲントさま。ぜひ、わたくしとご婚約していただけないでしょうか?」

「はい・・・?」

 話の流れをぶった切るとんでもない言葉が飛び込んできて、ゲントは思わず目を丸くする。
 まさか面会早々にそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

 ただ相手としてはそうではなかったようだ。

 はじめからそのつもりで呼んだのだと言わんばかりに、感情をヒートアップさせながらゲントに迫ってくる。

「もう貴方さまが王選で1位となるのは確実です。すでに実行委員会にも蓋然性の高さを確認しております。本日はゲントさまのお気持ちを聞かせていただきたいのです。それで・・・いかがでしょうか?」

「えっと・・・」

 ぶっちゃけ、40男がこんなに若い王女と結婚することにゲントは抵抗があった。

(冴えない平社員のおっさんがこんなに美しい王女さまと婚約だなんて・・・できないよな)

 なかなかゲントは頷けない。
 それを見て不安そうにマルシルが声を漏らす。

「わたくしでは・・・ご満足いただけませんか?」

「そんなとんでもないです。王女さまと結婚だなんて・・・アラフォー男の自分には勿体ないお話です」

「でしたら・・・なにかほかに理由があるのでしょうか?」

 一瞬本当のことを口にするかどうか迷う。
 ただこの場で真実を伝えない限り、納得してもらうのは難しいとゲントは思った。

(このまま期待させておくわけにもいかないよな)

 そう思うと、ゲントが決意するまでにそう時間はかからなかった。
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