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第3章

13話

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 コンロイからロザリア城までは、馬車を使って数時間の距離らしい。
 レモンがわざわざロゲスからやって来たのは、その方が距離的に近いからだったようだ。

「今じゃどこへ行ってもゲントの話題で持ち切りだからね。王都でもすごい噂らしいよ?」

「おぉぉ~! さすがはマスターですぅ♪ 皆さんマスターの素晴らしさにようやく気づいたんですね~! やっぱ遅すぎって感じですっ!」

 ルルムは嬉しそうにワゴンの中で銀色のツインテールを揺らしていたが、ゲントとしてはまったくの寝耳に水だった。

 なぜなら・・・。
 自分が王選候補者としてすでに選出されているという話だからだ。

「それ本当なんですか?」

「出口調査だとぶっちぎりで1位らしいよ」

 例の生配信によってバヌーの醜態が国中に知れ渡り、代わりに特S級ドラゴン相手に無双した無名のおっさんが王選候補者として選ばれる。

 そんな経緯があったようだ。

 バヌーの評判は地に落ち、それと相反するようにゲントの評判は爆上がりする。
 黒の一帯を消し去ったということもあり、王都では英雄神クロノの再来だと騒がれているのだとか。

「でも、自分は立候補してないはずなんですけど」

「他方から多くの推薦が集まれば、自然と王選候補者に選出されるんだよ。それだけゲントを推薦した国民が多かったってことだね」

「えぇ・・・」

「よかったですねっ! マスター! これで国王さまになれるかもしれませんよぉ~♪」

 ルルムは嬉しそうにしているが・・・。
 あまりに早い話の展開にゲントの理解はまだ追いつかない。

(俺が王選候補者の1位だなんて・・・ちょっと急展開すぎるって・・・)

 仮にもしこのまま当選して、ロザリア国王に選ばれたとしても。
 自分みたいなアラフォー男が王女さまと釣り合うとはどうしても思えない、とゲントは思った。

 それになによりも。
 国民をまとめ上げ、一国を良い方向へと導く自信など正直皆無だった。

 会社では、マネージメントもろくに経験したことのない平社員なのだ。
 人の上に立てるような人間ではないということをゲントは自分が一番よく理解していた。



 ほどなくして。

 馬車は王都へと入り、やがてロザリア城の城門前へと到着する。
 
 それは石造りの古城だった。
 その堂々たる姿は、歴史や風格を感じずにはいられない。

「うわぁぁ・・・。すごいですぅ~。こんな立派なんですねぇ~~♡」

「うん・・・すごい」

 中世ヨーロッパの世界遺産などで見かけるような古城が目の前に大きく鎮座していた。
 遠目から見えた城も、間近で見上げるとその迫力に思わず圧倒されそうになってしまう。

 このような場所に自分が今立っているということがゲントにとっては感動的だった。

「ここから先は王家の関係者以外立ち入り禁止です」

 城門に近づくと、城の騎士たちがサッと現れて立ち塞がる。
 レモンはすぐに事情を説明した。

「本日はマルシル王女さまから直々に招待されてやって参りました。こちらが王選候補者のトウマ・ゲントさんです」

「こ、これは失礼いたしました・・・。王室から話はうかがっております。どうぞ城内へ」

 慌てたように敬礼する騎士に案内される形で、ゲントたちは城の内部へと足を踏み入れた。



 ***



 ロザリア城は、中も中で雰囲気がもの凄かった。

 高い天井と壮観な内装がとても印象的な廊下は、至るところまで美しく装飾されている。

 城内に流れる静かで厳かな空気感は、この中だけ時間がゆっくりと進んでいるのではないかと錯覚するほどだ。

「うふふ~♪ なんか嬉しいですね、マスター! こんな豪華なところを歩けるなんてっ~!」

「なんかちょっと申し訳ない気もするけどね。こんな自分が歓迎されていいのかなって」

「そんなこと仰らないでくださいよぉっ~!? マスターの凄さが皆さんに行き届いたってことなんですから~☆ 自信持ってくださいっ~!!」

 能天気に羽をぱたぱたとさせながら、ルルムは宙で嬉しそうに踊っていた。
 ただ当事者としては、居心地が悪いというのが正直な本音だ。

 騎士のあとに続いて煌びやかな廊下を歩いていると、レモンが訊ねてくる。

「お城の中に入るのははじめて?」

「生まれてはじめての経験です。レモンさんは違うんですか?」

「年に数回だけ王家は一般の人にもお城の一部を公開してるんだ。ウチはその時に一度、中に入ったことがあるんだよ」

「そうなんですね」

「それでも、こんな奥まで入るのははじめてだけどね? なんかどんどんゴージャスになってきてるし」

「そういえば、王女さまはどうしてレモンさんに声をかけたんでしょう?」

「それは[ヘルファングの煉旗]の配信チャンネルにロザリア王家から交信が入ったからなんだ。ウチもその時はびっくりしちゃったよ」

 そこで特S級ドラゴン相手に無双した男を連れて来るようにと頼まれたのがここまでの経緯だったようだ。

「お姫さまはひどくゲントのことを気に入ってるって話だよ」

「そうなんですか?」

「なんかちょっと悔しいけどね」

「え?」

「ううんっ! ゲントはウチの恩人だから。それにゲントがロザリアの国王になってくれたら、この国はさらに良くなるはずだし。ロゲスにいる弟も妹もきっと喜ぶはずだよ」

「国王ですか。さすがに気が早いんじゃ・・・」

「そうでもないでしょ? もうゲントの1位で決まりだと思うよ? だから、マルシル王女さまもこうして直々に招待してくれたんだと思うし」

 自分はダンジョンのモンスターを退治しながら、報酬を受け取って、平和にこの異世界で暮らせればそれでいいとゲントは考えていた。

 が、どうやらまわりが放っておいてくれないらしい。

 これもすべて実力が世間にバレてしまったことが原因だった。

「あっ! マスター! 見えてきましたよぉ~♪」

 嬉しそうに声を上げるルルムはある方角を指さす。
 視線を向ければ、そこには黄金の扉があった。

 目的地に到着したらしい。

 騎士たちが2人がかりでその扉を開けると。

(うわぁ、すごい・・・)

 神聖な雰囲気に包まれた広間が姿を現した。
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