女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ

文字の大きさ
上 下
55 / 77
第3章

5話 バヌーSIDE

しおりを挟む

なぜ、あれほど難しかったことが、これほど簡単にできたのか。


秀に起こった変化と言えば、一つだけだ。秀はただ、願った。
会いたい、と。


雪虎と呼ばれたあの子に、また。

それは幼子ゆえに純粋で、一途な願いだった。たとえ、根っこにあったのが、興味本位や好奇心であったとしても。
またもう一度、雪虎と会ってみたかったからこそ、秀は自由を求めた。
それが、功を奏したのか。

あれほど難しかった力の制御を、気付けばいとも容易く秀は行っていた。ただ。

そのための原動力となった、雪虎に会いたいと願う、渇望は。


幼い心にとって、すぐ。





…酷い―――――重荷となった。





なにせ、外に出てからも、ずっと。
秀の心の向きは、雪虎にだけ、真っ直ぐに進んでいて。

せっかく、自由になったのに。

なんでもできるのに。


すべて許されているのに。


秀は何一つ、自由ではなかった。
雪虎が憎くなるのは、すぐだった。

どうして。







―――――あの子は、私を縛るのか。







父が、雪虎を特別扱いするのも、納得できなくて。

許せなくて。



なのに、自分の心からあの子を決して外せないのだ。すぐにわかった。父も、そうなのだと。



気付けば、雪虎のすべてが疎ましくなっていた。

それでも、視線は必ず、雪虎の姿を追っていて。



雪虎が、だいじにしているという小汚い少女に向ける、表情を見た刹那。



たちまち、すべてがひっくり返った。

引きずり戻された。



あの時、はじめて雪虎を見た日へと、心が。



雪虎には、どうあってもかなわない。
完膚なきまでに、秀は敗北した。

否、勝ち負けなどどうでもいい。秀はもう、骨の髄まで理解している。



雪虎が雪虎として、生きて、そこにいる。もうそれが、それだけが、秀にとってのすべてなのだ。













「…旦那さま、よろしいですか」

助手席に乗っていた男が声をかけてくるのに、秀は目を開いた。
「なんだね」

「穂高の若君は、もう本州方面に出て―――――無事、故郷へ向かっていると連絡がありました」
秀は、ゆっくりと俯けていた顔を上げる。

助手席の男は、事務的に言葉を続けた。


「穂高家に、戻った暁には」




「手筈通りに」




ぞっとするような秀の声にも、臆することなく、月杜家に代々仕える男は頷く。

「了解しました。穂高家が始末に動く前に、月杜の者の手で片付けます」



月杜の手で始末したいなら、なぜ、わざわざ穂高家へ返すのか。

そのように思われそうだが―――――まずは穂高家へ戻すことに、意味がある。



秀は明かりが流れていく窓の外へ目を向けた。




雪虎は、こちらへ向かう前に、かかりつけの医師のところへ預けている。

付き添いを一緒にいた者数名に頼み、秀が踵を返したところ。



―――――どこ行くんだ…いや、ですか。



雪虎は、秀の前に、立ち塞がった。怒った顔で。だが。

いつも強い印象の目に浮かんでいたのは、心配だ。
幼い頃から、ああいった表情は変わらない。おそらく、雪虎は察したのだろう。




秀にとって、これからが今日最大の仕事の仕上げの時間だと。




―――――用事はもう終わったんじゃないんですか?

訊きながらも、どう言えばいいのか分からない、と言った態度で、雪虎は言葉を不器用に紡いだ。




終わった、と言えば、じゃあこのまま秀と一緒に行く、と返され。

診察があるだろう、と言えば、終わるまで待っていろ、と来た。




危険な場所へ、雪虎を連れて行きたくはない。

内心、ほとほと困っていると、雪虎は真っ直ぐな目で、核心をついてきた。





―――――危ないこと、しに行くんじゃ、ないだろうな。





その表情を思い出し、温かな心地になった半面。

車の中で、秀は独り言ちた。






「…トラを蹴った、だと」


呟きと共に、車内の空気が、凍えるほどに、冷えた。







秀の身を案じる雪虎の顔に、自身を傷つけた相手に対する恨みなど、もう微塵も残っていなかった。
殴り返して、彼の中では本当に、それで終わったのだ。

雪虎は一度やり返せば、もう、尾を引かない。ただし。



秀は、そうではない。



…秀が答えるまでは引かない、先ほどの雪虎は、そんながんとした態度で立ち塞がった。

彼が、真正面から、じっと秀の目から視線をそらさないのは、珍しい。


秀がすぐに答えなかったのは、そんな雪虎の表情を、もう少し堪能しようと思ったからだ。


だが、なぜそんな表情を雪虎が浮かべるのかは分からなかった。

だいたい、普段の雪虎の反応と言えば。
基本的に、秀を疎んじている。
なのに、その時の雪虎からは、秀から距離を取ろうとする意思を感じなかった。そのせい、だろう。





気付けば、手が伸びていた。





右手で、そぉっと頬に触れれば、ぴくりと雪虎の肩が揺れる。
戸惑った態度で、彼の視線が振れた秀の手がある方へ動いた。

秀は触れた指先で、頬の輪郭を撫で下ろすように、して。



雪虎の顎を掴んだ。そのまま、当惑した顔を上向かせ―――――…。







触れた、感触を思い出した秀は、車の中で、ふ、と指の甲で唇の輪郭をなぞった。

正直なところ、雪虎に害をなした相手は、すべて消し去りたい。なにせ、彼らは。

秀から雪虎という存在を、奪う可能性があったからだ。




その根にあるのは―――――恐怖だ。




笑うしかない。
鬼だなんだと恐怖と畏怖の対象でありながら、月杜秀は、たったひとりを失うことが耐えられないのだ。

だが、中学の頃、無茶なことをやらかしていた雪虎には、相当敵も多い。
もし、秀が。

気持ちのままに行動し、そのいっさいを片付けていれば、今頃、雪虎と同年代あたりの人間は、地元では不自然なくらいに数を減らしていただろう。

ゆえに、秀は耐えた。
子供の頃から、ずっと。

消し去りたい衝動を、堪え続けた。

だいたいそんなことは、雪虎は望んでいない。それを思えば黙っていることもできたのだ。だが、今回は。


穏やかだが、凍った刃のような声で、秀は続けた。





「いくら殺しても殺したりないが…仕方ないね」




たった一度、殺されるだけで済むならば、優しい方だろう。











しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。 果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

処理中です...