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2章
第23話
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(そうか。冒険者試験に落ちたってことはもうこのギルドに来ることはないってことだよな)
それはつまり今後ディーネやチノとも会う機会はないってことを意味している。
すっかり普通に別れてしまうところだった。
「マスター」
そのことに気付いたのか、ナズナが小声で話しかけてきた。
「お別れの挨拶をした方がよろしいのではないでしょうか?」
「そうだな」
試験に不合格となった件はべつに話さなくていいって思っていたが、どうやらそういうわけにもいかないようだ。
一度深く息を吸い込むと、俺はこう切り出した。
「ディーネ。悪いが明日はギルドに顔を出せないと思う」
「でもギルドカードは貰わないとでしょ? あれが無いとクエストは受注できないよ?」
「いや。俺は冒険者試験に落ちたんだ」
「えっ……落ちた……?」
自分が耳にした言葉が信じられなかったんだろう。
ディーネは口をぽかんと開けたまま停止してしまう。
だが、すぐに首を横に振ると俺に迫ってきた。
「ま、待って……! ラギアクルガは30体狩ったんだよね!?」
「その内容自体は達成したぞ」
「じゃあ、なんで……」
本当のことを伝えるかどうか一瞬迷うも俺は覚悟を決めて口にする。
「実は冒険者試験にはタイムリミットが設けられていたんだ」
「タイムリミット……?」
「日没までにこのギルドへ戻って来ることも含めての試験内容だったんだよ」
「!?」
すべてを理解したのか。
ディーネは口に手を当てたまま瞳を大きく見開いた。
「それって……ウチが原因で、エルハルト君は……」
「ディーネのせいじゃない。それに冒険者試験は他領のギルドでも受けることができるからな。今回は実力不足で不合格だったって、ただそれだけの話だ」
「実力不足なんて……そんなわけないじゃんっ! 試験に一度落ちちゃうと他のギルドでも受かりづらくなっちゃうんだよ!? ウチのせいで……」
「問題ない。次は上手くやる。だから心配するな」
「っ……」
俺がそう言ってもディーネは神妙な顔つきのまま俯いてしまう。
完全に自分のせいだって思い込んでいるな。
(参ったな。こうなってほしくなかったから言わないつもりだったんだが)
そんな風に考えていると周りがざわざわとし始めた。
「おい。あの男、冒険者試験に落ちたみたいだぞ? 前代未聞じゃね?」
「うわぁ……。落ちるヤツとか初めて見たわ。このギルドの恥だろ……」
「つかさ。アイツ、なんでさっきからあの2人と話してるんだ? 釣り合わねぇ~」
「自分の女をイキって連れてきたくせに不合格とかバカすぎィ! ざまぁ!」
これまで一部の連中しか知らなかった不合格の噂がギルド全体に広まっていく。
くすくすとバカにするような声もあちこちで聞こえ始めた。
それに気付いたのか、ディーネが声を上げる。
「違うって! エルハルト君はウチのせいで……」
だがディーネがそう口にしたところで大勢の嘲笑にかき消されてしまう。
冒険者ギルドは仲間意識が強い分、部外者には不寛容なことが多い。
こいつは仲間じゃないってレッテルを俺に張ったんだろう。
(ここは大人しく出て行くしかなさそうだな)
それに俺がこのまま残っているとディーネにあらぬことを言わせかねない。
「ナズナ。そろそろ行くぞ」
そう声をかけてこの場から立ち去ろうとすると。
ズドゥビビィーーン!!
突如、館の内部に巨大な結界が張り巡らされる。
そして、パチンと指を弾く音が聞えたかと思うと騒ぎ声は一斉に静まった。
「他人の悪口を言ういけない子たちには一時的に声が出ないようにしました。エルハルトをバカにするのはギルドマスターであるこのチノが許しません。分かったらこれ以上は悪口を言わないでくださいなのです」
チノがそう宣告すると、俺を取り囲っていた連中は焦った表情で散っていき、もう誰も何か噂するようなことはなかった。
「あんたすごいな。そんなことができるのか」
「あまりにうるさかったのでちょっとお仕置きをしたのです」
なるほど。
どうりで冒険者たちからチノが恐れられていたわけだ。
前世で賢者のクラスを経験した俺には分かる。
今しがたの魔法は口封じの魔法だ。
それも単体を対象じゃなくて広域に結界を張っていたから発動の難易度は高い。
(しかも無詠唱で発動させてたな)
チノが〝王国最強の女魔術師〟って呼ばれている理由もこれで納得がいった。
一方でディーネはというと、騒ぎが収まると再び俯いて黙り込んでしまう。
チノはそんな彼女の前に立つとこんなことを訊ねた。
「ディーネ。一つ教えてほしいことがあります。エルハルトが冒険者試験に落ちたのはディーネのせいなのですか? チノにはそんな風に言っているように聞えました」
「……」
「どうしてディーネのせいでエルハルトが試験に不合格になったのです?」
マズい流れだな。
俺は2人のやり取りを見て危機感を抱いた。
(このままじゃディーネが本当のことを口にしかねないぞ)
そう思った俺はすぐに間に割って入った。
それはつまり今後ディーネやチノとも会う機会はないってことを意味している。
すっかり普通に別れてしまうところだった。
「マスター」
そのことに気付いたのか、ナズナが小声で話しかけてきた。
「お別れの挨拶をした方がよろしいのではないでしょうか?」
「そうだな」
試験に不合格となった件はべつに話さなくていいって思っていたが、どうやらそういうわけにもいかないようだ。
一度深く息を吸い込むと、俺はこう切り出した。
「ディーネ。悪いが明日はギルドに顔を出せないと思う」
「でもギルドカードは貰わないとでしょ? あれが無いとクエストは受注できないよ?」
「いや。俺は冒険者試験に落ちたんだ」
「えっ……落ちた……?」
自分が耳にした言葉が信じられなかったんだろう。
ディーネは口をぽかんと開けたまま停止してしまう。
だが、すぐに首を横に振ると俺に迫ってきた。
「ま、待って……! ラギアクルガは30体狩ったんだよね!?」
「その内容自体は達成したぞ」
「じゃあ、なんで……」
本当のことを伝えるかどうか一瞬迷うも俺は覚悟を決めて口にする。
「実は冒険者試験にはタイムリミットが設けられていたんだ」
「タイムリミット……?」
「日没までにこのギルドへ戻って来ることも含めての試験内容だったんだよ」
「!?」
すべてを理解したのか。
ディーネは口に手を当てたまま瞳を大きく見開いた。
「それって……ウチが原因で、エルハルト君は……」
「ディーネのせいじゃない。それに冒険者試験は他領のギルドでも受けることができるからな。今回は実力不足で不合格だったって、ただそれだけの話だ」
「実力不足なんて……そんなわけないじゃんっ! 試験に一度落ちちゃうと他のギルドでも受かりづらくなっちゃうんだよ!? ウチのせいで……」
「問題ない。次は上手くやる。だから心配するな」
「っ……」
俺がそう言ってもディーネは神妙な顔つきのまま俯いてしまう。
完全に自分のせいだって思い込んでいるな。
(参ったな。こうなってほしくなかったから言わないつもりだったんだが)
そんな風に考えていると周りがざわざわとし始めた。
「おい。あの男、冒険者試験に落ちたみたいだぞ? 前代未聞じゃね?」
「うわぁ……。落ちるヤツとか初めて見たわ。このギルドの恥だろ……」
「つかさ。アイツ、なんでさっきからあの2人と話してるんだ? 釣り合わねぇ~」
「自分の女をイキって連れてきたくせに不合格とかバカすぎィ! ざまぁ!」
これまで一部の連中しか知らなかった不合格の噂がギルド全体に広まっていく。
くすくすとバカにするような声もあちこちで聞こえ始めた。
それに気付いたのか、ディーネが声を上げる。
「違うって! エルハルト君はウチのせいで……」
だがディーネがそう口にしたところで大勢の嘲笑にかき消されてしまう。
冒険者ギルドは仲間意識が強い分、部外者には不寛容なことが多い。
こいつは仲間じゃないってレッテルを俺に張ったんだろう。
(ここは大人しく出て行くしかなさそうだな)
それに俺がこのまま残っているとディーネにあらぬことを言わせかねない。
「ナズナ。そろそろ行くぞ」
そう声をかけてこの場から立ち去ろうとすると。
ズドゥビビィーーン!!
突如、館の内部に巨大な結界が張り巡らされる。
そして、パチンと指を弾く音が聞えたかと思うと騒ぎ声は一斉に静まった。
「他人の悪口を言ういけない子たちには一時的に声が出ないようにしました。エルハルトをバカにするのはギルドマスターであるこのチノが許しません。分かったらこれ以上は悪口を言わないでくださいなのです」
チノがそう宣告すると、俺を取り囲っていた連中は焦った表情で散っていき、もう誰も何か噂するようなことはなかった。
「あんたすごいな。そんなことができるのか」
「あまりにうるさかったのでちょっとお仕置きをしたのです」
なるほど。
どうりで冒険者たちからチノが恐れられていたわけだ。
前世で賢者のクラスを経験した俺には分かる。
今しがたの魔法は口封じの魔法だ。
それも単体を対象じゃなくて広域に結界を張っていたから発動の難易度は高い。
(しかも無詠唱で発動させてたな)
チノが〝王国最強の女魔術師〟って呼ばれている理由もこれで納得がいった。
一方でディーネはというと、騒ぎが収まると再び俯いて黙り込んでしまう。
チノはそんな彼女の前に立つとこんなことを訊ねた。
「ディーネ。一つ教えてほしいことがあります。エルハルトが冒険者試験に落ちたのはディーネのせいなのですか? チノにはそんな風に言っているように聞えました」
「……」
「どうしてディーネのせいでエルハルトが試験に不合格になったのです?」
マズい流れだな。
俺は2人のやり取りを見て危機感を抱いた。
(このままじゃディーネが本当のことを口にしかねないぞ)
そう思った俺はすぐに間に割って入った。
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