29 / 81
1章
第29話
しおりを挟む
「火賀美様。今日はきちんとお休みするとお約束したはずです。どうして寝所から起きて来られたのですか?」
「えー? だって何か騒ぎ声が聞えたからさ。どしたの? 何かすごく怒ってたみたいだけど」
「いえその者たちが……」
そこで女の子は俺たちに目を向ける。
「あー! キミっ!」
彼女は大きな瞳をぱちくりとさせて俺の名前を叫んだ。
「エルハルト! なんでここにいるの!?」
「? 火賀美様、この者たちとお知り合いなのですか?」
「うんっ! 彼がボクの運命の人だよ!」
「この者が……」
「ねっ? 昨日話した通りでしょ? かっこいいよね?」
「……はぁ、火賀美様。私は昨日の件をまだ許したわけではないのですよ? また勝手に1人で下町まで遊びに行って、途中で具合が悪くなったらどうするつもりだったんですか」
「あはは……ごめん。今回はちゃんと反省してるんだよ。でも今はそんなことよりさ!」
火賀美と呼ばれた女の子は本殿を下りると近くまで駆け寄ってくる。
そして、俺の手を握って笑顔を弾けさせた。
「エルハルト! また会えたね♪」
「ああ。まさかあんたがこの里の大巫女だったなんてな」
「えっ? ボクのこと知ってたの!?」
「いや、今初めて知った。でも実際にそうなんだろ?」
「えへへ……。昨日は無断で下町に下りていたから本当のことが言えなくてさ。ごめんね?」
だから、フードをかぶって姿を隠していたのか。
大巫女が1人で下町に遊びに来ているなんてことがバレたら、里民も大騒ぎするだろうしな。
「火賀美さん……でよろしいのでしょうか?」
「あ、うん。そっか。昨日はボクの自己紹介がまだだったよね」
「はい。お名前を知ることができて嬉しいです」
「ボクもまたエルハルトとナズナに会えて嬉しいよ♪」
屈託のない笑みを見てしまうとこっちまで元気が出てくる。
本当に不思議なヤツだ。
宮司の女はもう一度短くため息をつくと、緑色の魔法陣を構えていた黒づくめの少女たちに手で合図を送る。
「お前たちもう下がっていい」
少女たちを建物の奥へと引き下がらせると、女は本殿を下りて俺たちの前までやって来た。
「私は琴音と申します。あなたたちは火賀美様のお知り合いだったんですね。でしたら最初からそれをおっしゃっていただければよかったのですが」
「こいつがこの里の大巫女だっていうのは今初めて知ったんだ」
「? だったらどうして……」
不思議がる琴音に対して、ナズナが盾を亜空間に収納しながら説明する。
「今朝、水明山の特効薬について耳にしたのでそれを作って渡そうとされたんです。マスターは心の優しい御方です。たとえ面識がなくてもそれを普通にやられてしまうのがマスターなんです」
「ナズナ。そういうのは他人に言わなくていい」
「はい、申し訳ありません。マスター」
ナズナの話を聞いて琴音は何かを考えるように黙り込む。
対して火賀美はというと、その話に引っかかりを覚えたようだ。
「どーゆうこと? なんでエルハルトが水明山の特効薬について知ってるの?」
「宿屋の女将から聞いたんだ。あんた、小さい頃から病を患っているんだってな」
「え? あっ……うん……」
「悪かった。昨日はそのことに気付けなくて」
多分あの発作はその病が原因だったんだろう。
こんな風に明るく振舞っているが、またいつあんな感じになるか分からないに違いない。
「そっか……聞いちゃったんだ。でもエルハルトが気にすることじゃないよ? 昨日のあれもたまたまだし、今はすごく元気で――」
火賀美がそう口にしたところで琴音が間に割って入ってくる。
「火賀美様、それは嘘ですよね?」
「……っ、琴音?」
「もう何年お付き合いさせていただいていると思っているんですか。火賀美様、もう無理はなさらないでください」
「ボクは……無理なんかしてないよ」
火賀美はそこで片腕をぎゅっと抱きしめる。
どうやら琴音の言っていることは間違いじゃないらしい。
本当は今も立っているだけで辛いのかもしれない。
「エルハルトさんと言いましたね?」
「ああ」
「病の話は本当です。火賀美様は他の同世代の少女たちと同じように健康的に見えると思いますが、実際は体の節々が痛くて仕方ないのです」
「琴音、やめてよ……。ボクはそんなことないから」
火賀美が間に入ってくるも琴音は話を止めなかった。
「火賀美様はとてもお強いのです。こうして私どもに心配をかけないように昔から我慢する癖がついてしまっているんです」
「っ」
それを聞くと、火賀美は片腕を抱きしめながら少し俯いてしまう。
「エルハルトさん。先程のご無礼をどうかお許しください。火賀美様のために作られたというその特効薬をいただくことはできますか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます」
俺は【エリクサー】を琴音に渡した。
だが当の大巫女はというと、それをどこか心細そうに見つめている。
今しがたまで天真爛漫に笑顔を振り撒いていた女の子の姿はそこにはない。
そして。
くるりと踵を返すと唐突に本殿へと引き返してしまった。
「ボクはそんなものなくても平気だからっ……!」
突然の出来事に俺もナズナも驚きながら火賀美の後ろ姿を見送った。
「えー? だって何か騒ぎ声が聞えたからさ。どしたの? 何かすごく怒ってたみたいだけど」
「いえその者たちが……」
そこで女の子は俺たちに目を向ける。
「あー! キミっ!」
彼女は大きな瞳をぱちくりとさせて俺の名前を叫んだ。
「エルハルト! なんでここにいるの!?」
「? 火賀美様、この者たちとお知り合いなのですか?」
「うんっ! 彼がボクの運命の人だよ!」
「この者が……」
「ねっ? 昨日話した通りでしょ? かっこいいよね?」
「……はぁ、火賀美様。私は昨日の件をまだ許したわけではないのですよ? また勝手に1人で下町まで遊びに行って、途中で具合が悪くなったらどうするつもりだったんですか」
「あはは……ごめん。今回はちゃんと反省してるんだよ。でも今はそんなことよりさ!」
火賀美と呼ばれた女の子は本殿を下りると近くまで駆け寄ってくる。
そして、俺の手を握って笑顔を弾けさせた。
「エルハルト! また会えたね♪」
「ああ。まさかあんたがこの里の大巫女だったなんてな」
「えっ? ボクのこと知ってたの!?」
「いや、今初めて知った。でも実際にそうなんだろ?」
「えへへ……。昨日は無断で下町に下りていたから本当のことが言えなくてさ。ごめんね?」
だから、フードをかぶって姿を隠していたのか。
大巫女が1人で下町に遊びに来ているなんてことがバレたら、里民も大騒ぎするだろうしな。
「火賀美さん……でよろしいのでしょうか?」
「あ、うん。そっか。昨日はボクの自己紹介がまだだったよね」
「はい。お名前を知ることができて嬉しいです」
「ボクもまたエルハルトとナズナに会えて嬉しいよ♪」
屈託のない笑みを見てしまうとこっちまで元気が出てくる。
本当に不思議なヤツだ。
宮司の女はもう一度短くため息をつくと、緑色の魔法陣を構えていた黒づくめの少女たちに手で合図を送る。
「お前たちもう下がっていい」
少女たちを建物の奥へと引き下がらせると、女は本殿を下りて俺たちの前までやって来た。
「私は琴音と申します。あなたたちは火賀美様のお知り合いだったんですね。でしたら最初からそれをおっしゃっていただければよかったのですが」
「こいつがこの里の大巫女だっていうのは今初めて知ったんだ」
「? だったらどうして……」
不思議がる琴音に対して、ナズナが盾を亜空間に収納しながら説明する。
「今朝、水明山の特効薬について耳にしたのでそれを作って渡そうとされたんです。マスターは心の優しい御方です。たとえ面識がなくてもそれを普通にやられてしまうのがマスターなんです」
「ナズナ。そういうのは他人に言わなくていい」
「はい、申し訳ありません。マスター」
ナズナの話を聞いて琴音は何かを考えるように黙り込む。
対して火賀美はというと、その話に引っかかりを覚えたようだ。
「どーゆうこと? なんでエルハルトが水明山の特効薬について知ってるの?」
「宿屋の女将から聞いたんだ。あんた、小さい頃から病を患っているんだってな」
「え? あっ……うん……」
「悪かった。昨日はそのことに気付けなくて」
多分あの発作はその病が原因だったんだろう。
こんな風に明るく振舞っているが、またいつあんな感じになるか分からないに違いない。
「そっか……聞いちゃったんだ。でもエルハルトが気にすることじゃないよ? 昨日のあれもたまたまだし、今はすごく元気で――」
火賀美がそう口にしたところで琴音が間に割って入ってくる。
「火賀美様、それは嘘ですよね?」
「……っ、琴音?」
「もう何年お付き合いさせていただいていると思っているんですか。火賀美様、もう無理はなさらないでください」
「ボクは……無理なんかしてないよ」
火賀美はそこで片腕をぎゅっと抱きしめる。
どうやら琴音の言っていることは間違いじゃないらしい。
本当は今も立っているだけで辛いのかもしれない。
「エルハルトさんと言いましたね?」
「ああ」
「病の話は本当です。火賀美様は他の同世代の少女たちと同じように健康的に見えると思いますが、実際は体の節々が痛くて仕方ないのです」
「琴音、やめてよ……。ボクはそんなことないから」
火賀美が間に入ってくるも琴音は話を止めなかった。
「火賀美様はとてもお強いのです。こうして私どもに心配をかけないように昔から我慢する癖がついてしまっているんです」
「っ」
それを聞くと、火賀美は片腕を抱きしめながら少し俯いてしまう。
「エルハルトさん。先程のご無礼をどうかお許しください。火賀美様のために作られたというその特効薬をいただくことはできますか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます」
俺は【エリクサー】を琴音に渡した。
だが当の大巫女はというと、それをどこか心細そうに見つめている。
今しがたまで天真爛漫に笑顔を振り撒いていた女の子の姿はそこにはない。
そして。
くるりと踵を返すと唐突に本殿へと引き返してしまった。
「ボクはそんなものなくても平気だからっ……!」
突然の出来事に俺もナズナも驚きながら火賀美の後ろ姿を見送った。
5
お気に入りに追加
1,539
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。
しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた!
今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。
そうしていると……?
※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる