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5章

第7話

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(……よしっ……。あとはディランさんが、倒れた方たちの救援要請を出してくれるはずだ)

 ゼノは、彼らが退却する光景を目に収めながら、聖剣クレイモアの剣身ブレイドに手を当てて考える。
 宮廷近衛師団による連続攻撃で、バハムートの体力は大幅に削ることができたはずだ、と。

(でも……まだ、今のままじゃ勝てない。《彗星の終止符パーフェクトエンド》を必ず直撃させるためにも、敵をあと少し弱らせる必要があるんだ)

 そのように決断したゼノは、重力の歪みによる影響でまだ本調子ではないバハムートに向けて、新たな攻撃魔法を放つことにする。

(次は、☆4の闇魔法を使う……)

 魔導袋から魔石を1つ取り出すと、それを聖剣クレイモアの丸い穴に素早くセットする。
 そして、光を帯びた剣を振り払いながら詠唱する。

「《絶世の鎮魂歌メギドレクイエム》」

 バザザザザザザァァアァアァァーーーーンッ!!

 唱えた瞬間、地面から無数に飛び出した暗黒の触手が、バハムートの翼を毟り取るようにして伸びていく。

 が。

「ギュオオオオォォォッ~~~!!」 

 バハムートは上空へとさらに高く飛び上がり、下方へ火炎をまき散らしながら、闇魔法による追撃を上手く回避していく。
 
(……ッ、避けられた!?) 

 もちろん、攻撃魔法は必ず直撃させられるものではないということは、ゼノも分かっていた。
 
 しかし。
 こうもあっさりと、☆4の強力な攻撃魔法を回避されてしまうと、さすがにショックを隠せない。

 これまで戦ってきた相手の中で間違いなく最強だ、とゼノは改めて認識する。

(だからこそ……すべてをぶつける! Ωカウンターなんて構うものかッ……!)

 それくらいの覚悟がなければ、敵に簡単に飲み込まれてしまうということを、ゼノは十分に理解していた。

 空へと舞い上がったバハムートは、赤色の眼を大きく開いたまま猛降下を仕掛けてくる。
 照準を完全にゼノへと合わせていた。

 そして。
 すぐさま、火炎を吐き出すモーションへと入る。

(っ!)

 それが分かると、ゼノは魔導袋へと手を伸ばし、新たな魔石を取り出していた。

 ちょうど炎が吐き出されるタイミングで、ゼノは聖剣を振りかざして魔法名を唱える。

「《キャンディーハウス》」 

 その瞬間、巨大なお菓子の家が出現し、中にいるゼノは炎の渦による攻撃を免れた。

 だが、これで攻撃の手を緩めるほどバハムートは甘くない。

「ギュオオォォッ! ギュオオォォッ!」

 すぐさま溶けかけのお菓子の家を尻尾でぶち壊すと、両爪による攻撃を仕掛けてくる。

「《分身》」 

 後ろへ退きながら、ゼノは聖剣クレイモアに《分身》の魔石をはめて詠唱した。
 
 すると。

 ブブォォーーーン!

 ゼノの体は複数に分かれ、身代りの残像が全部で10体その場に出現する。

 バハムートの鋭利な爪がそのうちの1体を抉るも、本体は無傷だ。
 その隙を狙って、ゼノは次の攻撃魔法を撃ち込む。

「《超次元の渦矛ブラックバースデイ》!」

 ビリッビリッビギギギギィィィィーーーーーンッ!!

 大狂乱する紫電の糸が幾多に絡み合いながら、翼竜に向かって伸びていくも……。

「ギュオオオォォォッーーー!!」 

 バハムートは大きな翼でそれを振り払い、まるで何事もなかったかのように、再び上空へと舞い上がっていく。

(……く! ダメかっ……)

 再度、猛降下しながら、両爪による素早い攻撃を仕掛けてきた。

 ザシュッザシュッ!! ザシュッザシュッ!!

 学習をしたのだろう、今度の攻撃は二回連続攻撃だ。
 分身したゼノの体は、次々と八つ裂きにされ、10体はあっという間に切り刻まれてしまう。

「っ……《透明》!」 

 すぐに《透明》の魔石を聖剣にはめ込んで一度姿を消失させるも、運悪くバハムートによる一撃が姿を消したゼノの体に当たってしまう。

「ぐはぁ!?」 

 辛辣な一振りを腹部に受けたゼノは、悶えながらそのまま地面に倒れた。

「ギュオオオオォォォッ~~~!!」 

 これをチャンスとばかりに、バハムートは赤眼をギラつかせながら、巨大な体躯を駆使して突撃を仕掛けてくる。

(ぅ、ぐ……)

 猛突進して来るバハムートに対して、ゼノは崩れかけの体勢のまま、魔導袋から新たな魔石を取り出す。

「《バリア》」 

 ギリギリのタイミングで、ゼノの前に強固な壁が出現するも、バハムートはそれも簡単にぶち破って突撃してくる。

「……っ、ぐぼぉぉ!?」

 装甲のようなバハムートの巨体に押し出される形で、ゼノは激しく吹き飛ばされた。

「ギュオオオォォォッ!!」 

 翼竜はさらに体を反転させると、続けざまに凶悪な尻尾による攻撃をゼノにクリーンヒットさせる。

「ぶっ、ごぉッ……!?」 

 抉られた地面とともに、ゼノの体は弄ばれるように宙へと舞うのだった。



「……ァぅ、ぐっ……」 

 地面へと落下したゼノは、剣を突き立てながら、なんとか体を起き上がらせる。
 頭はぐるぐると回り、視界は大きくボヤけてしまっていた。

 モニカも傍にいないこの状況では、〈回復術〉による治療も受けることができず、ゼノはまさに絶体絶命の状況へと追い込まれてしまう。

「ギュオオォォッ……」 

 勝利を確信したように、バハムートは赤い眼をギラつかせながら、地表に強堅な足をつけると、そのままのっさりと歩いてゼノのもとへ向かっていく。

「……《絶天の無穹キングブリザード》……!」

 光る剣身(ブレイド)に手を当てて、苦し紛れに攻撃魔法を撃ち込むも、バハムートは大きな翼でそれを振り払って容易く相殺してしまう。

(……っ、ダメだ……。ほかに攻撃魔法の魔石は残ってない……) 

 残る攻撃手段は、☆5の《彗星の終止符パーフェクトエンド》だけ。
 一瞬、その魔石に手を伸ばそうとするゼノだったが、直前で思い留まる。

 これまでバハムートに向けて放った攻撃は、不意打ちとして撃ち込んだ《残響の戯曲キリングギフト》以外は、まともに当たっていない。
 やはり、攻撃魔法を放つ前に、相手をある程度弱らせる必要があるのだ。

 翼竜の巨大な影を目の前にして、ゼノは諦めそうになる。

(……なんで……。俺は、こんなところで1人戦ってるんだ……?) 

 王国の最強部隊をもってしても敵わなかった相手に、どうして戦いを挑んでいるのか。

 自分が一体何のために戦っているのか、ゼノはその理由を見失いそうになる。

 だが、その時――。
 いつも身につけている黒いローブが目に入った。

(……お師匠様……)

 5年前のあの日、エメラルドに救われた時。
 自分も彼女のような偉大な魔導師になりたいと、ゼノは心の底からそう思った。

 それからは、必死で魔法理論について学んだ。
 エメラルドの修行にも、弱音を吐くことなく耐え続けた。

 そうして努力を重ねているうちに、ゼノはいつしか聖剣クレイモアと〔魔導ガチャ〕の力を使って、自在に魔法が操れるようになっていた。

 今、自分があるのは、すべてエメラルドのおかげなのだということにゼノは気付く。

(……そうだ。俺は、お師匠様を助けるために、これまで必死になってきたんだ)

 バハムートと戦っていることも、その過程であるとも言える。
 
 そして、何よりも重要なことは、その目的はまだ達成されていないということであった。

(だったら……それを叶えるまでは、俺は絶対に死ねない! ここでやられるわけには、いかないんだ……!)

 それが分かると、沈みかけていた活力がゼノの中に戻ってくる。

「ギュオオオオォォォッ!!」 

 決着をつけようと、最後の突撃を仕掛けてきたバハムートに向けて、ゼノは聖剣を振りかざして素早く詠唱した。

「《威圧》!」

 すると、バハムートは金縛りに遭ったように、一瞬だけぴたりと動きを止める。

(☆5の攻撃魔法は、必ず直撃させなくちゃいけないんだ!) 

 残る手札は限られていた。
 それらをすべてつぎ込むつもりで、ゼノは次の魔石をガード部分にセットする。

 《威圧》による効果が解ける前に、ゼノは《幻覚》の魔法を唱えた。

 ドゥワワァァーーン!

 その瞬間。
 翼竜を包み込むようにして、赤色の靄が立ち込める。

「ギュオオオォォッ~~!?」 

 自身を惑わす幻に、バハムートは困惑したような鋭い雄叫びを上げた。

 やがて、《威圧》の効果が解けると、痺れを切らしたように縦横無尽に暴れ回り始める。

(……よし! これは効果ありだ!) 

 バハムートが混乱しているうちに、ゼノは聖剣クレイモアに《魔法防御ダウン》の魔石をはめ込んで、相手にデバフの魔法をかける。

 続けて《コンセントレーション》を唱えて、自身のクリティカル率を上げた。

 が。

 ズバァァシューーーッ!! 

 翼竜は、腕を思いっきり振り払って、円状の衝撃波を投げつけてくる。

「んぐっ!?」 

 辛うじてゼノはそれを回避するも、すでにバハムートを包む赤色の靄は消えてしまっていた。

(……もう切れたのか!)

「ギュオオォォッ! ギュオオォォッ!」

 これがトドメだと言わんばかりに、バハムートは巨大な体躯を反らして、改めて炎を吐き出すモーションに入る。

 その直前。
 ゼノは新たに魔石をセットして、聖剣クレイモアを勢いよく地面へと突き刺した。

「《大地割り》……!」 

 デュゴゴゴゴゴゴゴゴゴッーーーーー!!

 灼熱の業火がゼノに向けて放たれるも、敵は崩れた大地に足元を取られ、それはあらぬ方向へと飛んでいく。

 なんとか寸前のところで、ゼノはバハムートの攻撃を回避することに成功した。

 ――しかし。

 ドドドドドドドドドドッ!!

「っ!」

 同時にこちらの足元も崩れ落ち、広い範囲で地割れを起こした亀裂の中へと、ゼノは吸い込まれてしまう。

「……っ、《フライ》!」 

 その最中にあっても、ゼノは冷静さを失わなかった。

 落ち着いて《フライ》の魔石をガードにはめると、奈落へ向けて輝く剣を振り払い、ゼノは自身の体を浮上させる。

「ギュオオオオォォォーーーーッ!!」 

 バハムートも同じく、黒い翼を広げて大きく飛び上がった。

 地面は広範囲に渡って大きく崩れ落ち、巨大クレーターのような深遠な穴がそこには出来上がっていた。

 けれど。
 この状況こそが、ゼノが望んだものであった。

(これですべてを終わらせる……!) 

 ゼノは上空へと舞い上がりながら、魔導袋の中から《彗星の終止符パーフェクトエンド》の魔石を取り出す。

 対して、バハムートもまだ諦めていなかった。
 鋭い赤色の眼を大きく見開き、翼を上手く駆使しながら、ゼノに向けてさらに突撃を仕掛けてくる。

「ギュオオオォォォッ!!」 

 鋭利な両爪による攻撃が、ゼノの体を切り裂こうとする。

 だが。
 ゼノが聖剣クレイモアに魔石をセットして、詠唱する方が寸秒早かった。

「我の敵となるものをすべて撃ち墜とせ――《彗星の終止符パーフェクトエンド》!!」

 煌めく聖剣を両手で高く掲げながらそう唱えると、晴れ渡った青空から大量の流星が、ものすごい勢いで降り注いでくる。

 ボゴッボゴッボゴッボゴッボゴゴゴゴゴゴゴーーーーーンッ!!!

 上にも下にも逃げ場を失ったバハムートに、それらの攻撃が見事に直撃した。

「ギュオオオオォォォ~~~ッ!!?」

 上空から激しく降り続ける流星に撃ち落とされる形で、翼竜はついに奈落の底へと墜落するのだった。
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