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4章

第8話

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 モニカたちが遠くへ行ってしまうのを確認すると、ゼノはルーファウスに向き直る。

「……あり得んっ……。このような魔法が存在するなどと……。決して許されることでは……」

 ルーファウスは、依然として驚きが隠せない様子だ。
 魔法至上主義を真っ向から否定する立場にあるからこそ、現実を上手く受け入れられないのかもしれない。

 逆にそのことは、相手のさらなる動揺を誘うチャンスだと、ゼノは考えた。

 だからこそ。
 あえて包み隠さずに、今しがたの攻撃魔法についてゼノは口にする。

「……お察しの通り、今しがたのは魔法です」

「!」

「それも、現代では発見されていない未発見の魔法になります。俺は、人魔大戦以前の魔法が自由に使えるんですよ」

「み……未発見、魔法だとッ……!?」

 ルーファウスは、目を大きく見開いて驚愕の声を上げる。

 が。

 すぐに表情を変えた。

「……フッ、なるほどな……。未発見魔法……どおりで見たことがなかったわけだ。だがしかし……。これはこれで面白いのかもしれないぞ?」

「面白い……ですか?」

「ああ。君は、未発見魔法を扱うことができる特別な魔導師というわけだろ? ならばちょうどいい。諸悪の根源である大きな呪いを、この世から1つ葬り去ることができる……」

「違いますよ。あなたは勘違いしてます。魔法は……呪いなんかじゃありません」

 ゼノが真剣にそう言い切ると、ルーファウスはおかしそうに高笑いした。

「呪いじゃない? フッハハッ!! これだから、魔導師という連中は! 優生思想を盾にして、自分たちが一番優れた遺伝子を持っていると勘違いをしている! 魔法が呪いでないのなら、一体何なのだ? 君たちは、その呪いの力を使って、人々を強制的に支配してきたのではないか! 魔法は、人族に課せられた史上最悪の呪いなのだよ!!」

「……」

「だが、もう許されん……。我々がこの腐った世の中を粛清する……。後世の術使いの者たちは、我々の考えに共感して従い、いずれ魔法至上主義を掲げる連中は没落していくことになるだろう」

「……つまり、そのためには、反逆行為も許されるって……そう考えているわけですか?」

「先程も言っただろう? 犠牲は必要なのだよ。さぁ、おしゃべりの時間はこれで終わりだ。君を早いところ葬ることにしよう。あのエルフには、まだ利用価値があるのでね。ここで逃がすわけにはいかないのだよ」

 そう口にしながら、ルーファウスは再び二本の刀を高く掲げる。
 そして――。

「ハああぁ……ッ! 〈暴双刃〉!」

 両刀をクロスさせながら高速で振り下ろすと、改めて同じ術式を繰り出してくる。

 ドゥゴゴゴゴゴゴゴーーーーーンッ!! 

(っ……またか!?)

 魔石の数は限られている。
 今ある中で、どうにか対処するしかなかった。

(これで、どうにか……!)

 とっさに判断したゼノは、魔導袋の中から《竜巻》の魔石を取り出すと、聖剣のガード部分にそれをはめる。

「《竜巻》」

 光をまとった剣身ブレイドを突き立てながらそう詠唱すると、目の前に大きな竜巻が突如発生し、衝撃波の軌道を直前のところで逸らすことに成功する。

「フッ……なかなかやる! やはり、普通の魔導師ではないようだな……!」

 感心するルーファウスを注視しながら、ゼノは魔導袋の中を覗き込み、残された攻撃魔法の魔石が《禁域帝の神罰モノリスクエイク》だけであることを確認する。

(……マズい。もう相手の攻撃を防げそうな魔石が残ってないぞ……)
 
 《禁域帝の神罰モノリスクエイク》は、最後の切り札として取っておきたいという思いがあった。
 相手の攻撃を相殺するために使いたくない。

(ならっ! ルーファウスが次の攻撃を繰り出してくる前に、こっちが先制攻撃を仕掛けるしかない……!)

 ゼノは、魔導袋の中から素早く《ミスト》の魔石を取り出すと、それを聖剣クレイモアにセットして詠唱する。

 シューーン!

 辺りは一瞬のうちにして、濃い霧によって包まれた。

「っ? なにをした!?」
 
 視界不良の中でルーファウスが戸惑いを見せている隙に、ゼノは相手の命中率を下げる魔法を唱える。

「《ヒットハック》」

 その瞬間、ルーファウスの全身は黒く発光した。
 どうやら、命中率を下げることに成功したようだ。

「……ッ、さっきから小賢しい真似を……! 〈暴双刃〉!」

 再び〈暴双刃〉を繰り出すが、二つの白刃の衝撃波は、見当違いの方向へと飛んで行ってしまう。

(よし! この間に《禁域帝の神罰モノリスクエイク》を撃ち込めば……)

 そうゼノが考えたのも、束の間。

「ならばッ! 当たるまで撃ち込むまでよ!!」 
 
 ルーファウスの低い叫び声が、濃い霧の中に響き渡る。

「我が両刀の威力、とくと味わうがいい――〈双陣烈斬〉!」

「っ!?」

 二本の刀を振り回して濃霧を切り裂きながら、ルーファウスが白刃の衝撃波を乱れ撃ちしてくる。

「ハあああああぁぁぁァァーーーッ!!」

 矢継ぎ早に繰り出される攻撃が、ラウプホルツ古戦場跡の遺跡をぶち壊しながら、徐々にゼノへと迫っていく。

 ドゥゴーーーン!

「っぐぅッ!?」

 そして、ついにそのうちの1つの攻撃がゼノに当たってしまう。

「そこかぁッ!! 〈双陣烈斬〉!」

 ゼノの居場所を見抜いたのか。
 斬れ味の鋭い両刀を高速でぶん回しながら、ルーファウスは〈双陣烈斬〉を連続で撃ち込んでくる。

(マズいッ!?)

 なんとか寸前のところでそれらの攻撃を回避するも、これ以上、避け続けることは不可能だとゼノはとっさに判断する。

(《ミスト》が効いてる今しか、攻撃のチャンスはないっ!)

 そう悟ったゼノは、《禁域帝の神罰モノリスクエイク》の魔石を取り出して、聖剣の丸いくぼみへとそれを急いではめる。

 光を帯びた剣を地面にザクッと突き刺すと、グリップに力を込めてゼノは叫んだ。

「かの者に無慈悲な審判を下せ――《禁域帝の神罰モノリスクエイク》!!」

 ――その刹那。

 ゴルッゴルッゴルッギギギギギギィィィィーーーーッッ!!!

 轟音の地響きとともに、炸裂した無数の大地の牙がルーファウスへ向かって放たれる。
 タイミングとしては完璧であった。

 が。

 ズピィーーン!!

(えっ!?)

 ルーファウスが身につける紫の鎧から放たれた眩い光によって、大地の牙は本人に当たる直前で消滅してしまう。

「……ッ。少しヒヤッとしたぞ、青年……」

 霧が晴れた中。
 ルーファウスが両刀を振り払いながら、なんでもなさそうに立ち上がる。
 
「たしかに。君が、未発見魔法とやらを扱えるのは事実のようだ。どうやって、そんなものを習得したかは知らんが、こちらとしては好都合……。君を葬り去れば、私の名はメルカディアン大陸全域に広く轟くことになるだろう」

「……なんで……」

 驚きの声を上げるゼノの顔を見て、ルーファウスがニヤッと口元を釣り上げる。

「いい目だ。なぜ魔法が効かなかったのか、分からないといった表情だな? いいだろう。今回は特別に教えることにしよう。この鎧はマジックメイルといって、上級魔法を防ぐことができるのだよ!」

「そ、そんな防具が……」

「……あるわけがないと、そう言いたいのか? しかし、よく考えれば当然のことだろう? 我々は、魔法至上主義に真っ向から反発しているのだ。抑止力として、このような防具を身に着けていたとして不思議ではあるまい」

「っ……」

 上級魔法とは、《転送》、《時間停止》、《支配》の3つの魔法のことだ。

 以前入手した中級魔法の《幻覚》、《リフレクション》の魔石のレアリティが☆3だったことから推測するに、上級魔法のレアリティは☆4相当であると考えられる。

 ☆4《禁域帝の神罰モノリスクエイク》が効かなかったのはおそらくそのためだろう、とゼノは思った。

「この紫の鎧は、あるドワーフに作らせてね。その男は、〔創成超具〕という珍しいスキルを所有していたのだよ。何度も試行品を作らせているうちに、このような鎧が完成した。まさか、未発見の上級魔法まで防ぐことができるとは思わなかったがね」

 ドワーフは、武器や防具の製作に長けたスキルを所有していることが知られている。
 だが、人族のためにそれを作ることはあり得ない。

(……無理矢理作らせていたんだ) 

 レヴェナント旅団が行ってきた数々の悪行から見れば、そう考えるのが妥当だった。

「というわけなのでね。君が未発見の上級魔法が使えるからといって、私にはそれは一切効かない。それと……見たところその剣はオモチャだろう? 〈剣術〉を極めた私の目は誤魔化せないぞ。つまり、武器を使っての先制も仕掛けられない。どうやら君は、私に攻撃を当てられる手段をかなり失ってしまったようだな」

「くっ……」

「悪いが、そろそろ死んでもらうぞ」

 鋭く光る二本の刀をギュッと握り締めながら、ルーファウスがゆっくり近付いて来る。

 この時。
 ゼノは、初めて劣勢に立たされるのであった。
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