2 / 90
序章
第2話
しおりを挟む
暗い夜道を馬車が走る。
ハワード家を出発してからどれくらい経っただろうか。
狭いワゴンに揺られて、すでにルイスの中では時間の感覚が麻痺してしまっていた。
去来するのは、父ウガンに言われた言葉だ。
〝この出来損ないの欠陥品が!〟
(ひっ!)
その言葉を思い出すたびに、ルイスの体はまるで金縛りに遭ったように動けなくなってしまう。
「……着きました。坊ちゃん、降りてください」
使用人にそう言われて、ルイスは馬車からゆっくりと降りる。
彼は普段から寡黙な男で、ルイスはこの使用人とほとんど話をしたことがなかった。
ただ一つ分かっていることは、この使用人がウガンに絶対的な忠誠を誓っているということだった。
ウガンの言うことには絶対に従う。
たとえ、それが倫理に反した行為であったとしても。
「ひっく……うっく……。ちちうえぇ……ごめんなさいぃ……」
ルイスは、使用人の男と森の中を歩きながら、ウガンに対してずっと謝っていた。
もちろん、その言葉がウガンに届くはずもない。
馬車を降りてしばらく歩くと、目的の場所へ到着する。
真っ暗でほとんど何も見えなかったが、周りが異様な雰囲気に包まれていることだけは、ルイスにも分かった。
使用人の男が静かに口にする。
「ここは、死神の大迷宮の入口となります」
「死神の……大迷宮……」
その名前をルイスは聞いたことがあった。
財宝がたくさん眠るダンジョンだが、その生還率は恐ろしく低いと噂されている。
また、生還できたとしても、そのほとんどの者は記憶を失った状態で発見されるらしい。
ダンジョンの中には、魂を奪うおぞましい死神が徘徊していると言われており、ベテランの冒険者でも滅多なことがない限り、絶対に足を踏み入れない場所なのだ。
「坊ちゃん、悪く思わないでくださいね。これも、お館様のご命令ですから」
「ぅっ……」
男に簡単に持ち上げられると、ルイスはそのまま迷宮の入口に突き落とされてしまう。
ドスン!
「……いたぁっ」
お尻を擦りながら辺りを見渡す。
目の前には、ルイスの背丈ではどう足掻いても登ることのできない壁が高々とそびえ立っていた。
本当に廃棄されたのだ。
その事実が分かると、途端にルイスの中に恐怖心が芽生えてくる。
「うわぁぁんっ……! ごめんなさぁぁいぃ……ちちうえぇぇっ……!」
こんな出来損ないの息子に育ってしまったこと。
魔法適性ゼロとなり、ハワード家の名を汚してしまったこと。
ルイスは、自分がとても情けない存在に思え、声を枯らしてウガンに対して謝り続けた。
――それから。
どれくらいそうしていただろうか。
目元は真っ赤に腫れて、声はカラカラとなっていた。
今、ルイスの手には、ハワード家の紋章が刻まれたメダルが握られている。
それは、ルイスとハワード家とを結ぶ唯一の繋がりだった。
こうして大事にメダルを握り締めていれば、いつかウガンが迎えに来てくれるのではないか、と。
そう思いながら、メダルをずっと握り続けるルイスだったが、いつまで経ってもウガンがやって来るようなことはなかった。
次第に頭上の空は明るくなり始め、自分はこのままここで死んでしまうんだ、とルイスは覚悟を決める。
(……こんな僕を、父上が迎えに来るわけがないよね……。僕は廃棄されたんだから)
あとは、父上の望み通りにしよう……。
けれど、そう思うも体は正直なもので、ルイスは空腹感に抗うことができず、思わず迷宮の中へと足を踏み入れてしまう。
内部には、強力な魔獣が潜んでいるとも知らずに。
◆
「……父上、ごめん、なさい……父上、ごめん……なさい……」
ルイスは朦朧とする意識の中、そんなうわ言のような言葉を呟きながら、迷路のようなダンジョンをゆっくりと歩いていた。
自分は死んで当然だと思っているのに、何か食べる物を探し求めているという矛盾した行動に、ルイスの感情は追いつかない。
ぐちゃぐちゃな精神状態のまま、ルイスはただ闇雲に歩き続けた。
「グオォォッ……」
そんな中、ルイスの姿を前方から捉える魔獣がいた。
ウェアドレイクだ。
ウェアドレイクは、鋭い爪と硬い尻尾で攻撃を仕掛けてくる有翼系の魔獣である。
いわゆる下級魔獣であるが、魔法も術式も使えないルイスでは、間違いなく敵わない相手だった。
「……え?」
通路の真ん中に浮遊するウェアドレイクの姿を見て、ルイスは一瞬、目の前の出来事が現実なのか判断できない。
なぜなら、それはルイスが実際に目にした初めての魔獣だったからだ。
「グオォォォッ~~!」
威嚇するような唸り声を上げると、ウェアドレイクはルイス目がけて突撃をしてくる。
何かを選択しているような余裕はなかった。
「うわぁっ!?」
ルイスは、転げるようにして逃げるも、頭上からウェアドレイクの尻尾が巻きついてきて、身動きが取れなくなってしまう。
「うぐっ……」
強靭な鱗に巻き取られ、ルイスの小さな体は押し潰されようとしていた。
殺される……と。
突然、魔獣に襲われて何がなんだか分からないルイスであったが、それだけは確かな感覚として理解できた。
目をぎゅっと閉じて死を覚悟した、その時。
「我の敵を無慈悲に喰らいつくせ――《深淵の捕食》」
どこからかそんな声が聞えたかと思えば、
ドギュギュギュルルルルルルッーーーーー!!
次の刹那。
ダンジョンの床から無数の触手が伸びてきて、一気にウェアドレイクの体に絡み付く。
「グオォォォッ!?」
ウェアドレイクはそのまま触手に握り潰される形で、ぺしゃんこになってしまう。
この間、わずか一瞬の出来事だった。
「……っ」
まばたきするのも忘れて、ルイスはその光景を唖然と眺めていた。
なぜなら、目の前で展開された魔法は、ルイスがこれまでまったく見たことのないものであったからだ。
ルイスの前には、手元に魔法陣を浮かべた黒いローブを羽織った少女が立っていた。
とんがり帽子をかぶった少女は、艶やかな緑色のストレートヘアを翻し、綺麗な青瞳を一瞬ルイスへと向ける。
(!)
その瞬間、ハッと息が止まるような感覚をルイスは抱く。
透き通ったその顔立ちは、見る者の心を吸い込むような不思議な魅力があった。
豊満な胸とすらっとのびた長い脚は、まさに美を象徴している。
まるで、絵画からそのまま飛び出してきたかのような、美しい少女がそこに立っていた。
「まだいたか」
少女が口にする方へ目を向けると、通路の奥から数体のウェアドレイクがこちらへ向かって飛んで来ていることにルイスは気付く。
とんがり帽子のつばに触れると、少女は一度距離を取って、手元に新たな魔法陣を作り出した。
「塞ぐものをすべて押し流せ――《超圧の水檻》」
バシャバシャバババババババーーーーンッ!!
詠唱すると、少女の両手から大量の水が溢れ出し、飛行するウェアドレイクの群れに見事命中する。
「「「グオォォォォッ~~!?」」」
ウェアドレイクたちは、狂乱する洪水に飲み込まれる形で、そのまま奥へと押し流されて行った。
「残念だったね。私に出会ったのが不運だったよ」
黒いローブを羽織った少女は、そこでパンパンと手を叩く。
そして、青色の大きな瞳を改めてルイスへ向けた。
「っ」
少女に見つめられて、思わず一歩後ずさってしまうルイス。
得体の知れない魔法を二度も目撃したため、魔獣同様に彼女に対しても恐怖を感じてしまったのだ。
(まさか……この人が、死神……?)
少女は目を細めて、じーっとルイスの顔を覗き込む。
「なんで、こんな小さな子供が……。まさか捨て子?」
「ッ……」
「恐怖でしゃべれないのか。たまたま、私が上がって来たからよかったものの」
それから彼女は、何やらぶつぶつとひとり言を口にし始める。
一方のルイスはというと、どうにかして目の前の少女から逃げなければと考えていた。
すぐに意を決すると、ルイスはその場から駆け出した。
「っ!」
こんな相手に捕まったら最後だ。
ルイスは、懸命になって通路を走った。
が。
「我の代わりとなり、かの者を捕らえよ――《時空手》」
シュン!
「どぁっ!?」
見えざる手によって後ろ首を掴まれ、逃亡を阻止されてしまう。
(こ……これも、魔法なのっ!?)
ルイスは激しく混乱した。
少女が操る魔法は、これまでルイスが学んできたものの中に無かったからだ。
――魔法。
それは、人族の中でも選ばれた者にしか扱えない異能である。
現在、発見されている魔法の数は全部で13種類だ。
----------
〇下級魔法
《発火》《達筆》《疾走》
《アナライズ》《ライト》《クレアボヤンス》
〇中級魔法
《バリア》《幻覚》
《リフレクション》《テレポート》
〇上級魔法
《転送》《時間停止》《支配》
----------
しかし、少女が操った魔法は、この13種類の中に含まれていなかった。
そこでルイスはあることに気付いて、体を硬直させてしまう。
(……まさか……未発見魔法!?)
少女は、見えざる手を使って、ルイスを自分の近くまで呼び寄せた。
「せっかく助けたんだ。お礼の一つも言ってほしいものだね」
面倒くさそうにそう声を上げる。
「っ! は……離してくださいっ……嫌だぁ……誰か助けてえぇぇ……」
「見た目は利口そうでかわいいのに。なかなか生意気だね、君は」
「……ぅっ」
くいっと少女が手を挙げると、ルイスの体は宙に持ち上げられてしまう。
「さて。言うことを聞かない悪い子にはお仕置きが必要だね。《肥満化》の魔法で、ぶくぶくに太らされたいかな? それとも、《悪夢》でうなされたい? 《反転》の魔法なんてのもいいぞ? これで逆さ吊りにできちゃうから」
「……ど、どれも嫌ですぅ……助けてくださいっ……ぅぅっ……」
「はぁ……。そういう反応をされると、私が本当に悪者みたいじゃないか」
とんがり帽子を被った少女は諦めたように、ルイスの体をゆっくりと下ろす。
「冗談だよ。逃げられたから、ちょっと悲しくなってしまってね」
「……ぐすん……うぅぅぅ……怖いですぅ……」
「うーむ。ぜんぜん泣き止んでくれないな。君、名前は?」
「……(ふるふる)」
「なんでこんな所にいる? 親はどうしたんだ?」
「……(ふるふる)」
「ダメか……。相当強い恐怖を感じてしまったようだね。ちょっとだけ失礼するよ」
再び手元に魔法陣を作り出すと、少女は次もルイスが見たことのない魔法を発動させる。
「かの者の過去を我の前に提示せよ――《ヒストリー》」
ピカーン!
そう唱えた瞬間、ルイスの体は眩い光によって包まれる。
そして。
その光の波がおさまると、少女はハッと目を大きく見開いた。
「――!」
しばらくの間、信じられないものでも見るように、ルイスの顔をまじまじと覗き込む。
もちろん、ルイスは自分が一体何をされたのか分からなかった。
やがて……。
黒いローブを翻すと、少女はぽつりとこんな言葉をこぼす。
「……生まれ持った魔力値が9999……。君は一体何者なんだ……?」
ハワード家を出発してからどれくらい経っただろうか。
狭いワゴンに揺られて、すでにルイスの中では時間の感覚が麻痺してしまっていた。
去来するのは、父ウガンに言われた言葉だ。
〝この出来損ないの欠陥品が!〟
(ひっ!)
その言葉を思い出すたびに、ルイスの体はまるで金縛りに遭ったように動けなくなってしまう。
「……着きました。坊ちゃん、降りてください」
使用人にそう言われて、ルイスは馬車からゆっくりと降りる。
彼は普段から寡黙な男で、ルイスはこの使用人とほとんど話をしたことがなかった。
ただ一つ分かっていることは、この使用人がウガンに絶対的な忠誠を誓っているということだった。
ウガンの言うことには絶対に従う。
たとえ、それが倫理に反した行為であったとしても。
「ひっく……うっく……。ちちうえぇ……ごめんなさいぃ……」
ルイスは、使用人の男と森の中を歩きながら、ウガンに対してずっと謝っていた。
もちろん、その言葉がウガンに届くはずもない。
馬車を降りてしばらく歩くと、目的の場所へ到着する。
真っ暗でほとんど何も見えなかったが、周りが異様な雰囲気に包まれていることだけは、ルイスにも分かった。
使用人の男が静かに口にする。
「ここは、死神の大迷宮の入口となります」
「死神の……大迷宮……」
その名前をルイスは聞いたことがあった。
財宝がたくさん眠るダンジョンだが、その生還率は恐ろしく低いと噂されている。
また、生還できたとしても、そのほとんどの者は記憶を失った状態で発見されるらしい。
ダンジョンの中には、魂を奪うおぞましい死神が徘徊していると言われており、ベテランの冒険者でも滅多なことがない限り、絶対に足を踏み入れない場所なのだ。
「坊ちゃん、悪く思わないでくださいね。これも、お館様のご命令ですから」
「ぅっ……」
男に簡単に持ち上げられると、ルイスはそのまま迷宮の入口に突き落とされてしまう。
ドスン!
「……いたぁっ」
お尻を擦りながら辺りを見渡す。
目の前には、ルイスの背丈ではどう足掻いても登ることのできない壁が高々とそびえ立っていた。
本当に廃棄されたのだ。
その事実が分かると、途端にルイスの中に恐怖心が芽生えてくる。
「うわぁぁんっ……! ごめんなさぁぁいぃ……ちちうえぇぇっ……!」
こんな出来損ないの息子に育ってしまったこと。
魔法適性ゼロとなり、ハワード家の名を汚してしまったこと。
ルイスは、自分がとても情けない存在に思え、声を枯らしてウガンに対して謝り続けた。
――それから。
どれくらいそうしていただろうか。
目元は真っ赤に腫れて、声はカラカラとなっていた。
今、ルイスの手には、ハワード家の紋章が刻まれたメダルが握られている。
それは、ルイスとハワード家とを結ぶ唯一の繋がりだった。
こうして大事にメダルを握り締めていれば、いつかウガンが迎えに来てくれるのではないか、と。
そう思いながら、メダルをずっと握り続けるルイスだったが、いつまで経ってもウガンがやって来るようなことはなかった。
次第に頭上の空は明るくなり始め、自分はこのままここで死んでしまうんだ、とルイスは覚悟を決める。
(……こんな僕を、父上が迎えに来るわけがないよね……。僕は廃棄されたんだから)
あとは、父上の望み通りにしよう……。
けれど、そう思うも体は正直なもので、ルイスは空腹感に抗うことができず、思わず迷宮の中へと足を踏み入れてしまう。
内部には、強力な魔獣が潜んでいるとも知らずに。
◆
「……父上、ごめん、なさい……父上、ごめん……なさい……」
ルイスは朦朧とする意識の中、そんなうわ言のような言葉を呟きながら、迷路のようなダンジョンをゆっくりと歩いていた。
自分は死んで当然だと思っているのに、何か食べる物を探し求めているという矛盾した行動に、ルイスの感情は追いつかない。
ぐちゃぐちゃな精神状態のまま、ルイスはただ闇雲に歩き続けた。
「グオォォッ……」
そんな中、ルイスの姿を前方から捉える魔獣がいた。
ウェアドレイクだ。
ウェアドレイクは、鋭い爪と硬い尻尾で攻撃を仕掛けてくる有翼系の魔獣である。
いわゆる下級魔獣であるが、魔法も術式も使えないルイスでは、間違いなく敵わない相手だった。
「……え?」
通路の真ん中に浮遊するウェアドレイクの姿を見て、ルイスは一瞬、目の前の出来事が現実なのか判断できない。
なぜなら、それはルイスが実際に目にした初めての魔獣だったからだ。
「グオォォォッ~~!」
威嚇するような唸り声を上げると、ウェアドレイクはルイス目がけて突撃をしてくる。
何かを選択しているような余裕はなかった。
「うわぁっ!?」
ルイスは、転げるようにして逃げるも、頭上からウェアドレイクの尻尾が巻きついてきて、身動きが取れなくなってしまう。
「うぐっ……」
強靭な鱗に巻き取られ、ルイスの小さな体は押し潰されようとしていた。
殺される……と。
突然、魔獣に襲われて何がなんだか分からないルイスであったが、それだけは確かな感覚として理解できた。
目をぎゅっと閉じて死を覚悟した、その時。
「我の敵を無慈悲に喰らいつくせ――《深淵の捕食》」
どこからかそんな声が聞えたかと思えば、
ドギュギュギュルルルルルルッーーーーー!!
次の刹那。
ダンジョンの床から無数の触手が伸びてきて、一気にウェアドレイクの体に絡み付く。
「グオォォォッ!?」
ウェアドレイクはそのまま触手に握り潰される形で、ぺしゃんこになってしまう。
この間、わずか一瞬の出来事だった。
「……っ」
まばたきするのも忘れて、ルイスはその光景を唖然と眺めていた。
なぜなら、目の前で展開された魔法は、ルイスがこれまでまったく見たことのないものであったからだ。
ルイスの前には、手元に魔法陣を浮かべた黒いローブを羽織った少女が立っていた。
とんがり帽子をかぶった少女は、艶やかな緑色のストレートヘアを翻し、綺麗な青瞳を一瞬ルイスへと向ける。
(!)
その瞬間、ハッと息が止まるような感覚をルイスは抱く。
透き通ったその顔立ちは、見る者の心を吸い込むような不思議な魅力があった。
豊満な胸とすらっとのびた長い脚は、まさに美を象徴している。
まるで、絵画からそのまま飛び出してきたかのような、美しい少女がそこに立っていた。
「まだいたか」
少女が口にする方へ目を向けると、通路の奥から数体のウェアドレイクがこちらへ向かって飛んで来ていることにルイスは気付く。
とんがり帽子のつばに触れると、少女は一度距離を取って、手元に新たな魔法陣を作り出した。
「塞ぐものをすべて押し流せ――《超圧の水檻》」
バシャバシャバババババババーーーーンッ!!
詠唱すると、少女の両手から大量の水が溢れ出し、飛行するウェアドレイクの群れに見事命中する。
「「「グオォォォォッ~~!?」」」
ウェアドレイクたちは、狂乱する洪水に飲み込まれる形で、そのまま奥へと押し流されて行った。
「残念だったね。私に出会ったのが不運だったよ」
黒いローブを羽織った少女は、そこでパンパンと手を叩く。
そして、青色の大きな瞳を改めてルイスへ向けた。
「っ」
少女に見つめられて、思わず一歩後ずさってしまうルイス。
得体の知れない魔法を二度も目撃したため、魔獣同様に彼女に対しても恐怖を感じてしまったのだ。
(まさか……この人が、死神……?)
少女は目を細めて、じーっとルイスの顔を覗き込む。
「なんで、こんな小さな子供が……。まさか捨て子?」
「ッ……」
「恐怖でしゃべれないのか。たまたま、私が上がって来たからよかったものの」
それから彼女は、何やらぶつぶつとひとり言を口にし始める。
一方のルイスはというと、どうにかして目の前の少女から逃げなければと考えていた。
すぐに意を決すると、ルイスはその場から駆け出した。
「っ!」
こんな相手に捕まったら最後だ。
ルイスは、懸命になって通路を走った。
が。
「我の代わりとなり、かの者を捕らえよ――《時空手》」
シュン!
「どぁっ!?」
見えざる手によって後ろ首を掴まれ、逃亡を阻止されてしまう。
(こ……これも、魔法なのっ!?)
ルイスは激しく混乱した。
少女が操る魔法は、これまでルイスが学んできたものの中に無かったからだ。
――魔法。
それは、人族の中でも選ばれた者にしか扱えない異能である。
現在、発見されている魔法の数は全部で13種類だ。
----------
〇下級魔法
《発火》《達筆》《疾走》
《アナライズ》《ライト》《クレアボヤンス》
〇中級魔法
《バリア》《幻覚》
《リフレクション》《テレポート》
〇上級魔法
《転送》《時間停止》《支配》
----------
しかし、少女が操った魔法は、この13種類の中に含まれていなかった。
そこでルイスはあることに気付いて、体を硬直させてしまう。
(……まさか……未発見魔法!?)
少女は、見えざる手を使って、ルイスを自分の近くまで呼び寄せた。
「せっかく助けたんだ。お礼の一つも言ってほしいものだね」
面倒くさそうにそう声を上げる。
「っ! は……離してくださいっ……嫌だぁ……誰か助けてえぇぇ……」
「見た目は利口そうでかわいいのに。なかなか生意気だね、君は」
「……ぅっ」
くいっと少女が手を挙げると、ルイスの体は宙に持ち上げられてしまう。
「さて。言うことを聞かない悪い子にはお仕置きが必要だね。《肥満化》の魔法で、ぶくぶくに太らされたいかな? それとも、《悪夢》でうなされたい? 《反転》の魔法なんてのもいいぞ? これで逆さ吊りにできちゃうから」
「……ど、どれも嫌ですぅ……助けてくださいっ……ぅぅっ……」
「はぁ……。そういう反応をされると、私が本当に悪者みたいじゃないか」
とんがり帽子を被った少女は諦めたように、ルイスの体をゆっくりと下ろす。
「冗談だよ。逃げられたから、ちょっと悲しくなってしまってね」
「……ぐすん……うぅぅぅ……怖いですぅ……」
「うーむ。ぜんぜん泣き止んでくれないな。君、名前は?」
「……(ふるふる)」
「なんでこんな所にいる? 親はどうしたんだ?」
「……(ふるふる)」
「ダメか……。相当強い恐怖を感じてしまったようだね。ちょっとだけ失礼するよ」
再び手元に魔法陣を作り出すと、少女は次もルイスが見たことのない魔法を発動させる。
「かの者の過去を我の前に提示せよ――《ヒストリー》」
ピカーン!
そう唱えた瞬間、ルイスの体は眩い光によって包まれる。
そして。
その光の波がおさまると、少女はハッと目を大きく見開いた。
「――!」
しばらくの間、信じられないものでも見るように、ルイスの顔をまじまじと覗き込む。
もちろん、ルイスは自分が一体何をされたのか分からなかった。
やがて……。
黒いローブを翻すと、少女はぽつりとこんな言葉をこぼす。
「……生まれ持った魔力値が9999……。君は一体何者なんだ……?」
12
お気に入りに追加
995
あなたにおすすめの小説
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる