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2章-2

第21話

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「ティムはんがエアリアル帝国の第一皇子だったやなんて……」

 ひととおり話を聞き終えてドワタンが驚いたように口にする。

「アニキ。自分らほんとすごい人によくしてもらったんですねぇ」

「まったくや」

「でも盟主さまなら皇子さまってのも納得ッスよ!」

「そうだな。あれほどのすごい御方なのだから。なにか隠れた身分を有しているものと我は思っておったのだが……まさか帝国の皇子だったとは」

「つまり皆さんが探していた勇者とはティムさまのことだったわけですね?」

 霧丸に訊ねられてブライが頷く。

 実はブライはかなり端折ってティムのことを皆に話していた。
 
 理由は単純だ。
 ここで変な混乱を与えたくなかったためだ。

 だから、5年間ティムが幻の村に囚われていたことや本名がルーデウス・エアリアルであることは伏せて話した。

 5年前、魔王に敗れたティムは記憶を失いつつもランドマン大陸でひそかに生きていた。
 そんなティムの中に眠る勇者の才覚を目覚めさせるために自分たちはここまでやって来たのだと、ブライはそう皆に伝えた。

「そのあとを追うようにジャイオーンなる魔王が襲撃してきた……と。どうやら主さまは最初から狙われていたらしいな」
 
 ガンフーがそう呟くもドワタンは張りきって口にする。

「せやけどティムはんはさっき勇者として覚醒したんやろ? だったらだいじょうぶや! 魔王なんて簡単に蹴散らしてくれるはずやで!」

「そうッスよ! 人族の英雄なんッスから!」

「盟主さまならぜったいになんとかしてくれるはずですしねぇ~」

 そんな風に盛り上がる刀鎧始祖族エルダードワーフの三人だったが。

「……」

 ブライの表情は重苦しい。
 それに気づいたマキマが静かに訊ねた。

「ブライさま。わたしの目には今、建物が一瞬のうちにして破壊されるように見えました。これはすべてあのジャイオーンという魔王の仕業と考えてよろしいのでしょうか?」

「うむ……そのはずじゃ」

 それを隣りで聞いていた霧丸が話に加わってくる。

「どういう芸当なんですかあれは」

「……超速の魔王……。その魔王の手にかかればひとつの国も瞬く間に灼熱の海と化す……」

「え?」

「おそらくジャイオーンはものすごいスピードで旋回しながら、街を一瞬のうちに破壊してるのじゃろう。ワシらの目には捉えられんほどの速さでのう」

 話が聞えてきたのかドワタンはすぐに表情を変える。

「な……なんやて? どんな力を使えばそんなことができんねん!?」

 しかし、それには答えずブライはどこか放心したように呟く。

「あのようなことに姫さまがなられて……まさかとは思っておったが……」

「ウェルミィさんというはさっきブライさんが話されていたエアリアル帝国の皇女さまのことですね? なにかあったんですか?」

「そういえば……。たしかに同行者はあとふたりいたはずだな。姿が見えないようだが……まさか」

 霧丸とガンフーの疑問にマキマが答える。

「ウェルミィさまは今酒場の地下室に避難していただいております。そばにヤッザンという神聖騎士隊の者がついておりますから。魔王に襲撃される可能性は低いと思います」

「じゃが、姫さまは魔王に傷を負わされて大変危険な状況にあるのもたしかじゃ」

「ブライさま。宿屋が壊されたのもやはり魔王の……」

「そうじゃろうな。極意エゴイズムを使ったのじゃろう」

「極意……」

 その異能について聞いたことのあるマキマだったが、実際にそれを目にするのははじめてのことだった。

「ちょっと待ちーや! 今ティムはんは魔王と戦ってるんやろ? 目にも捉えられない速さの魔王とどうやって戦ってるいうんや!?」

「うむ……。これはあまり考えたくないのじゃが……。ティムさまのお姿はジャイオーンのスピードに弄ばれて我々の目には見えなかったのかもしれん」

「「「!!」」」

 それを聞いてこの場にいる誰もが驚きの表情を浮かべる。
 皆、勇者として覚醒したティムがジャイオーンを簡単に倒してくれるはずと考えていたのだから当然の反応だ。

 それを聞いて真っ先に動き出したのはマキマだった。
 が、それをブライが手で制する。

「待つのじゃマキマ嬢!」

「止めないでください。ブライさま! それが本当ならすぐ助けに向かわないと……」

「ならん! 今そなたが助けに向かったとしてもみすみす殺されるようなものじゃ!」

「ですが……このままだとティムさまが……」

 さっきまではティムの勝利を確信していたマキマだったが。
 敵の異能がどれほど暴力的か知ってしまうとその考えはすぐに覆された。

(このままじゃルーデウスさまが死んじゃう……!)

 マキマの中ではそんな焦りの感情でいっぱいだった。


 


 重苦しい空気があたりを包み込む。
 いくら時間が止まっている空間とはいえ、このままなにもしないでいるのは拷問に等しかった。
 
 そんな中にあってブライは努めて冷静に口にする。

「皆の者、だいじょうぶじゃ。ティムさまはぜったいに死んだりせんからのう」

「我もそう信じたいが……」

「けど……そうとは言い切れんやろ! たしかにティムはんはすごい御方やけど……」

「アニキっ! さっきと言ってることぜんぜん違うじゃないッスかぁ~」

「そうですよぉー。盟主さまを信じましょうよ!」

「仕方ないやろ! まさか魔王があんな力持ってる思ってなかったねん!」

「ブライさん。ぜったいに死なないとどうしてそう言い切れるのですか?」

 霧丸にそう訊ねられ、ブライはゆっくりと答える。
 
「魔族の極意にはいくつかの弱点があるのじゃ」

「弱点……ですか?」

「そうじゃ。まずひとつに極意は長時間続けて使用することができんのじゃ」

「なんや。そうやったんか?」

「ワシの固有スキル【写天三眼ザ・ヴィジョン】で調べたからまず間違いないのじゃ」

「長時間続けて使用できないのか。初耳だな」
 
 腕を組みながらガンフーが頷く。

「先ほどからジャイオーンは続けざまに極意を使っておる。そろそろ使えなくなってもおかしくない頃合のはずじゃ」

「ですがブライさま。だからといってティムさまがご無事だとは限りません」

「そうッスよ! 連続で使えないのかもしれないッスけど……」

「あんな異次元の攻撃を受けたらひとたまりもないですよね!? アニキッ!」

「せやな。ワイらやったらとっくに死んでるやろな」

「ふつうならそうじゃのぅ。じゃが、今魔王と戦っておるのは勇者ティムさまじゃ」

 いったいブライがなにを言おうとしているのかマキマには分からない。

「どういうことでしょうか?」

「マキマ嬢なら分かるはずじゃろう? どうしたらあれほどの攻撃に耐えられるのか。過去ティムさまがなにをしたのか思い出すのじゃ」

「えっまさか……」

「フォッフォッ。気づいたようじゃな」

 ここでブライは皆に向き直ると衝撃的な言葉を告げる。

「実はのう。今のティムさまはすべてのステータスを∞にされておるのじゃ」

「無限って……えぇっ!?」

「ど、どういうことッスかぁ……!?」

 驚いたのはドワ太とドワ助だけじゃない。
 ほかの皆も同じように動揺していた。

「ブライさま。どうしてそれが分かったのでしょうか?」

「うむ。先ほど別れる際にひそかに《零獄接続シデンギャラクシー》を唱えてティムさまのステータスを確認させてもらっておったのじゃ。もし魔王と戦えるようなコンディションでなければワシが命に代えても前に出ようと思っておったのじゃ」

 そこでなにか思いついたようにガンフーが声を上げる。

「ということはつまり……主さまのHPも∞ということか?」

「察しがよいのぅ~。ぜったいに死んだりせんと言ったのはそういうことじゃ」

「たしかに。HPが∞ならあのような攻撃をいくら受けても死なないことになりますね」

 霧丸が納得したように頷くもドワタンは反論する。
 
「せやけど。魔王はティムはんの存在そのものを消し飛ばそうとするかもしれへんやろ。いくらHPが∞でも肉体を失ったら意味ないで……」

「もちろんその可能性はあるのう。じゃが見たところあの魔王は戦闘狂じゃ。戦いそのものに酔いしれている節があった。あやつにとって戦いこそが己の血肉のすべてなんじゃろう。だから、すぐにはティムさまを殺したりしないはずじゃ」

 それを聞いてマキマは薄く唇を噛み締める。

 ブライの言いたいことは分かった。
 けれど、だからといって助けに行かない理由にはならないと思った。

 予断を許さない状況なのだ。


(やっぱり助けに向かわないと……)

 マキマはブライの手を強引に振り切ってでもティムのところへ駆けつけようとする。

「ブライさま、わたしだけでもティムさまのところへ行きます」

「まだ待つのじゃ。話は終わっておらん」

「いえもう待てません……! ジャイオーンの気を引いて一瞬油断させることくらいわたしにもできるはずです!」

 〈剣聖〉の固有スキルは【闘覚解放ファイトプライド】というもの。
 これは自身の防御力をかなぐり捨てて、攻撃力を極限にまで上昇させるという捨て身のスキルだった。

 たとえ相手にならなくても。
 このスキルを使えば魔王の気を引くことくらいはできるはずとマキマは考えた。

 しかし。

 それでもブライはマキマの手を離さない。

「ダメじゃ! マキマ嬢にはそんなことで命を落としてもらっては困るのじゃ!」

「え……?」

「そなたにはティムさまを助ける重要な役目があるのだからのう」

 その言葉を聞いてマキマの中にいちど冷静さが戻ってくる。

 彼女が落ち着くのを待ってからブライは話を切り出した。
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