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2章-2

第15話

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 道中のモンスターをマキマが〈剣技〉で瞬殺しながら駆け抜けていく。

 やがて。
 宿屋の前に着くもそこはひどい有様だった。

 建物の大部分は壊され、火の手も大きく上がってる。

「ティムさま……」

「まだ決めつけるのは早い。中も確認しよう」

「は、はい……」

 ヤッザンのおっさんとブライのじいさんがそばにいる以上、ウェルミィになにかあったとは思えなかった。
 
 けど。
 このひどい状況を見てるとだんだん不安になってくる。


 それからしばらくの間、マキマと一緒に壊れた宿屋の中を探すも。
 三人の姿を見つけることはできなかった。

(まさか本当に……)

 そんな最悪の予感が膨れ上がったところで。

「ティムさまっ! あそこに!」

 マキマが指さす方へ目を向ける。

 すると、宿屋から少し離れた広場になにかうごめくものを確認することができた。

 モンスターじゃない……人だ。

 そのうちのひとりがこっちに向かって大きく手を振っているのが分かる。
 俺はマキマと頷き合うと、真っ先にその場へと向かった。



 ◇◇◇



 案の定そこにいたのはウェルミィたちだった。

 ホッと安堵したのも束の間。

「ウェルミィさま!」

 マキマが声を上げながら駆け寄る。
 ウェルミィは広場のモニュメントに寄りかかるようにしてぐったりと横たわっていた。

「あぁ……よかったです! おふたりともご無事でしたか!」

「おっさん。なにがあった?」

「ええ、それなんですが……」

 煌びやかなドレスは傷だらけでウェルミィ自身も傷を負ってる。
 そばではブライのじいさんが両手を当てて〈回復魔法〉を唱えていた。

「就寝してると突然爆音のようなものが鳴り響きましてな。それで瞬く間に建物は火の海と化して……。我々もなにが起こったのか分からんのです……」

「そんな一瞬のうちに」

 驚くマキマに向けてヤッザンは続ける。

「お嬢は夜風に当たると言って外出してたのが分かってましたので、ひとまずブライ殿と一緒にウェルミィさまをお守りするために部屋へ向かったのですが」

 が、ウェルミィの姿は宿屋の中にはなかったようだ。
 
 その後。
 ふたりは傷だらけの状態で倒れてるウェルミィの姿を外で発見する。
 
「いったいなにが起きたのか。本当にさっぱりで……」

「そうだったのか」

 今のウェルミィに意識はなく、じいさんが〈回復魔法〉を唱えても治らないって話だった。

「ダメじゃ……。やはりまったく効かん……」

「代わってもらっていいか?」

「う、うむ……」

 じいさんの代わりに俺は、瀕死状態の味方一人を大回復させる《聖天樹の契約クローザーフォレスト》を唱えた。
 
 けど。
 状況は変わらなかった。
 
(どうして)

 俺の魔法力は∞だ。
 〈回復魔法〉を唱えて治せない傷なんてないはずなのに。

 そんなことを考えていると、マキマがなにか思いついたように口にする。

「ティムさま。ひょっとするとウェルミィさまは魔王から直接攻撃を受けたのではないでしょうか?」

「魔王から?」

「なるほど。マキマ嬢の言うとおり魔王から直接攻撃を受けたのだとすれば、姫さまの傷が治らないのも納得じゃ」

「どういうことだ?」

 そこで俺はマキマから『魔王から受けた傷はその魔王を倒さない限り治らない。放置したままだと、数時間以内に死に至る』という話を耳にする。

「んなバカな……」

「わたしもその話をコスタ国王から聞いたときは信じられませんでした。ですが、それによって多くの同胞が命を落としたことは事実なようです」

「人族だけじゃないですぞ。ほかの種族もたった九人の魔王によって次々とやられていったのです……!」

 ヤッザンのおっさんが悔しそうに拳を震わせる。
 
 ウェルミィだけじゃない。
 ほかの仲間たちも魔王の攻撃によって同じように負傷してる可能性があった。

 じいさんの話だと勇者だけはそのルールから外れるって話だけど、そんなもの今はなんの慰めにもならない。

(とにかくウェルミィを安全な場所に避難させないと)

 こんなひらけた場所にいたらまたいつ魔王に襲われるか分からない。
 これ以上深い傷を負うことは命の危険があった。

「この近くの酒場に地下室があるからそこにウェルミィを運ぼう」

「そうじゃな。いつまでも姫さまをここに置いておいては危険じゃ」

「では自分がウェルミィさまを背負いましょう!」

 ヤッザンのおっさんがそう言いかけたそのとき。

「――! 待ってください」

 マキマがそれを手で制する。

 俺もすぐに気づいた。
 ウェルミィの目が開かれるのを。

「……っ、おにぃ……さま……」

「ウェルミィ! だいじょうぶか!?」

「……うぅ……っ……」

 どこか苦しそうに呻く。
 意識はまだ朦朧としているのかもしれない。

「今安全な場所に運んでやるから! 少しの間辛抱してくれ! おっさん、頼む!」

「わ、分かりましたぞ!」

 だが。
 ウェルミィは弱々しく俺の手を掴む。

「うちのことは……いいんだよ……」

「え?」

「それよりも……こほっ、こほっ……お兄さまに……【聖祈祷の歌】を使わないと……」

「今言うことじゃないだろ」

「……ううん……。今言わないと、いけないの……こほっ……。勇者さまとして、世界を……ごほっ、ごほ……」

 全身から汗がべったりと吹き出してる。
 
 命が危ないかもしれないってのに。
 ウェルミィは自分のことよりも俺のことを気にしていた。

「……っ、この状況を救えるのは……お兄さましか、こほっ……いないから……。ほんとはこんな強引に、こほっ、ごほっ……お願いしたくないんだけど……でも言わないと……」

「分かったから。安全な場所に移ってから話はきちんと聞くよ。だから今は――」

「ダメなのっ! ここで【聖祈祷の歌】を、使わないと……ごほっ、手遅れになっちゃう……」

 俺の手をしっかりと掴んで離さない。
 真剣な表情でウェルミィは俺の目を覗き込んでくる。

 並々ならぬ決意がうかがえた。

「姫さま。こんな状態で【聖祈祷の歌】を使えば本当にどうなるのか分からんのじゃ」

「そうですぞ、ブライ殿の言うとおりです! ここはいったん安全な場所に退避して……」

「ふたりとも……止めないでっ……。このままだと……ごほっ、ごほっ……みんな死んじゃう……。もうそんなのは……イヤなの! 故郷が二度も焼野原になるのを……もう見たくないんだよ……!」

 その訴えを聞いてじいさんもおっさんもなにも言えなくなってしまう。
 ウェルミィの訴えが正しいって分かってるんだろう。

「お父さまも、お母さまも……お兄さまがふたたびニズゼルファに立ち向かえるようにって……わたしを生かしてくれた……。お兄さまのために、力を使うのが……ごほっ……わたしの使命なんだよ……ごほっ、ごほっ」

 使命。
 たしかにそうなのかもしれない。

 マキマにも、ヤッザンのおっさんにも、じいさんにも。
 それぞれの使命が存在する。

 それは俺も同じだ。

 それを果たすことが自分の存在意義でもあるんだ。

(でも。今の俺にとっては使命なんかよりウェルミィを安全な場所へ送り届けることの方が優先事項だ)

 ここで死なせるわけにはいかない。


「ウェルミィ。自分の命を粗末にしないでくれ」

「でもうちは……」

 ゆっくりと手を引き離すと俺はウェルミィを抱きかかえる。
 
「ひゃっ!?」

 こうなったら強引にでも酒場まで運ぶしかない。
 そう思って立ち上がろうとするも。

「待ってください」

 黙ってなりゆきを見守ってたマキマがふたたび声を上げた。
 
「ウェルミィさまのお言葉……そのとおりかと思います」

「じいさんの話聞いただろ? こんな状態でスキルを使えば命に危険があるかもしれないんだ」

「もちろんそれは承知しております。ですが、このままなにもしないでいてもウェルミィさまが危険なことには変わりありません」

「それは……」

 たしかにそうだ。
 魔王から受けた傷はその魔王を倒さない限り治らない。

 だからこのまま安全な場所へ退避させたとしても状況はなにひとつ変わらないと言えた。

 それどころか悪い方向へ進む危険性だってある。
 このまま魔王を野放しにしておけば新たな犠牲が出るかもしれないんだ。

 俺はいちどウェルミィをもとの場所に戻す。


「……えへへ、マキマのこと……少し見直したかも……」

「ウェルミィさま。本当によろしいのですね?」

「うん……うちはお兄さまに力を使うために……今日まで生きてきたんだから……」

「はい。ウェルミィさまがどんなお気持ちでこれまで過ごしてきたか。わたしは理解しているつもりです」

「ありがとぉ……ごほっ、ごほっ……。今日のマキマは……まんてんだ……んへへ……♪」

 無理に笑顔を作るウェルミィの手をマキマは静かに握る。

 そして。
 俺に顔を向けた。

「ティムさま。ここまで話を聞いてもお気持ちに変化はございませんか?」

 どう返答するか迷う。
 ヤッザンのおっさんもブライのじいさんも俺の言葉を待ってるようだ。

 迷った末、こう答えることにした。

「……いや。ふたりの想いはたしかに伝わってきた」

「ということは」

「そうだな。妹の言葉に応えたいって思う」

「え、お兄さま……妹って……」

「こう呼ぶのはヘンか? ウェルミィは、その……大切な俺の家族だからさ」

「!」

 ウェルミィは急に顔を赤くさせる。
 そして、瞳に涙を浮かべながら抱きついてきた。

「そう言ってくれて……うれしいよぉ……ありがとっ……お兄さまぁ……!」
 
 妹とはじめて口に出して言った。

 本物の兄妹になれたって感覚が不思議と湧き起こってきてこっちまでうれしくなった。
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