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2章-1

第13話

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「そうでした。この剣についてもお話しておかなければなりません」

 シュッと背中のホルダーから剣を引き抜く。

「!」

 それを見て俺は驚いた。
 剣身ブレイドの部分は大きく傷を負っていてボロボロの状態だったからだ。

「これは紋章剣と言って以前にルーデウスさまが使われてた剣なんです」

「紋章剣?」

「はい。大魔帝ニズゼルファとの戦いでもこの剣が使用されました」

 なるほど。
 だからこんなにボロボロなのか。

「でもどうしてこれをマキマが持ってるんだ?」

「実はランドマン大陸の本土に足を踏み入れる前に最前線の小島に立ち寄ったんです」

「最前線の小島……」

 たしかそこで大魔帝を迎え撃ったんだっけ?

「ひょっとしたら島にルーデウスさまが囚われてるんじゃないかって思ったんです。ですがそこでは激しい戦いの痕跡が残っているだけでした」

 あいかわらずなにも思い出せなかったけど、きっとそこで壮絶な戦いが繰り広げられたんだろうな。
 んで、その島にこの紋章剣が突き刺さっていたと。
 
「それをわざわざ持ってきたのか?」

「ルーデウスさまにはこの剣がぜったいに必要だってそう思いましたので。四人とも同じ考えでした」

 5年もの間、紋章剣がその場に残ってたことよりも。
 マキマたちがそれを持ち帰ろうとしたってことの方に驚いた。

(みんな本当に信じてるんだ。俺がふたたびニズゼルファに戦いを挑んで今度こそ勝つって)

 その想いに内心気づいてたけど。
 これまではあえて気づかないフリをしてた。

 けど。

 真摯なマキマの話を聞いてると自分の中で少し気持ちの変化が起こる。
 
「この紋章剣には勇者専用の奥義がいくつか隠されてるようなんです。ブライさまがそれを確認されました。これは5年前は分からなかった事実です」

「勇者専用の奥義?」

「詳しい内容まではブライさまでもお分かりにならなかったようですね。実際に使用してティムさまご自身で確認していただければと思います。これ、渡しておきますね」

 ホルダーと一緒に紋章剣を受け取る。
 一応背中に身につけてみると思いのほか軽いのが分かった。

「今はそんなボロボロの状態ですけどティムさまが勇者として再覚醒すれば、きっと剣の輝きも戻るはずです」

「でも俺は……」

「もちろんお気持ちは十分に承知しております。ぐるっと見てまわってティムさまがどれほど街の発展に尽力されているのか認識することができました。宿屋ではご自身の使命を思い出してくださいなんて偉そうなことを言いましたが、記憶がお戻りになられていない以上、あとはティムさまがお決めになることです。わたしたちがどうこう言える問題じゃないってそれが分かったんです」

 また説得されるものだと思ってたからマキマのその言葉は意外だった。

「……ですが。この先世界がどこまで持つか。それは分かりません」

「?」

「実はこの話をするかどうか皆で悩みました。これを話したあとで勇者の話を持ちかけることはティムさまのお気持ちを無視することで卑怯だと思ったからです」

 なんとなく分かった。
 これからマキマが不吉なことを口にしようとしてるって。

「でもこの事実を隠したままでいることもまた卑怯なことです。なので、わたしは正直にお話したいと思います。今この世界がどういう状況に置かれているのか」

 待ったをかける暇もなかった。

 続くマキマの言葉は、俺がこの一ヶ月近くのうちに培ってきた価値観をぶっ壊すほどの衝撃的なものだった。


「現在各地の大陸へ向けて魔族がふたたび侵攻を開始しています」

「え」

「ランドマン大陸へ向かう航海中にブライさまが【写天三眼ザ・ヴィジョン】でこれを確認したんです。正直言ってかなりの衝撃でした。これまでの5年近く魔族は具体的な行動に移ることはなかったんです。ティムさまと再会を果たすことができたのはそういう意味でも奇跡でした」

 言われた言葉を理解するのに時間がかかる。
 
 てことはなにか?
 俺がこれまでこの街で見てきた平和は偽りだったと?

 魔族がすでに侵攻をはじめているなんて。

 街の発展うんぬん言ってるような状況じゃない。

「時間はあまり残されていない可能性が高いです。今はまだ平和を保っていますが、またいつランドマン大陸に魔族が攻め込んでくるか分からない予断を許さない状況にあります」

 そこまで聞いて気づく。
 
(待てよ。ということはコスタ王国も危ないってことじゃないのか?)

 各地の大陸へ向けて魔族が侵攻をはじめてるんなら、当然アドステラー大陸にも危機が迫ってるわけで。

 コスタ王国には今人族の生き残りが集まってる。
 もしそこを襲われたら、種族絶滅の危機すらあり得る状況だ。

 そうか。
 この国を守るってことはほかのなにかを犠牲にしなくちゃいけないってことなんだ。
 
 このジレンマはニズゼルファを倒さない限り永遠と続く。

(大魔帝を倒さない限り終わらないんだ。この悪夢のような世界は)

 そして。

 それを成し遂げられるのは勇者の資格を持つ自分だけだと、俺は薄々気づいていた。

 『ふつう魔族相手にダメージを与えることはできないのですが、このスキルを所有している勇者さまなら魔族に攻撃を与えることができるんです』
 
 宿屋でマキマはたしかにそう言った。

 〈勇者〉へジョブチェンジすれば〈村人〉の固有スキル【命中率0%】も書き換わるんだろうし。
 これで攻撃が当たらないってことで悩まなくて済む。

(ニズゼルファを倒すことができるのは……俺しかいないんだ)


 なんとなく。
 これまで凝り固まっていた思いが溶解されていくような感覚を抱く。

 そこで俺はようやく真実と向き合う覚悟ができた。

(村での日々はニズゼルファが見せていた幻だった)

 父さんも母さんも。
 バージルのおっちゃんや村のみんなも。

 妹のヨルも……。

 ぜんぶ幻だったんだ。

 許嫁の話を聞いた今ならどうしてマキマがヨルと瓜ふたつだったのか分かるような気がした。

(マキマがヨルに似てるんじゃない。ヨルがマキマの面影をもとに作り出された存在だったから似てたんだ)

 性格の部分じゃウェルミィとヨルはそっくりだ。

 たぶんヨルはマキマとウェルミィを足した存在だったんだろうな。
 
 それはつまり。
 ふたりが過去の自分にとってとても大切な存在だったってことの証なんじゃないか?
 
 俺がティムであることはたしかだ。
 
 でも。
 俺がルーデウスだったってこともまた揺るぎのない真実なんだ。


「……ありがとう。目が覚めた気分だよ」

「えっ」

「そんな状況で放っておくことはできない」

「ティムさま……?」

「なによりも分かったんだ。大魔帝ニズゼルファを倒すことがこの国のみんなを守ることにも繋がるんだって」

 ここに留まり続けていてもなにも解決しない。
 おおもとを叩かないとダメなんだ。

「今も記憶は戻ってないし勇者として世界を救えるのかも分からないけど。それでも信じてくれるマキマの気持ちに俺は応えたい」

「!」

「宿屋のときと言ってることが真逆でめちゃくちゃかっこ悪いけどさ。でもこれが今の率直な気持ちなんだ」

 予想外の言葉だったのかもしれない。
 マキマは口元に手を当てながらうれしそうに目を細める。

「かっこ悪いなんて……そんなことありません。ティムさまのご決断でどれほどの者が救われることか……」

 ぱっと立ち上がると、マキマはその場で深々とお辞儀する。

「本当に……本当に……ありがとうございます。ティムさま……」

「おいおい、やめてくれって。そこまで感謝されることじゃないぞ?」

「いえ。このご決断をされるのにティムさまの中で大きな葛藤があったはずです。それが分かるからこそこうせずにはいられないんです。心から感謝を申し上げたいと思います」

 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 ウェルミィに続き、また女の子を泣かせてしまった。
 だけど今度のそれは悲しい涙じゃない。
 
 それが分かっただけでも俺にとっては救いだった。



 ◇◇◇



 それからしばらくして。

 ようやくマキマは顔を上げてくれた。

 もう瞳に涙は浮かんでいない。
 代わりに決意を滲ませた表情がそこにあった。

「では明日にでもウェルミィさまにお願いして、ティムさまの中に眠る〈勇者〉の才覚を呼び起こしてもらおうと思います」

「うん頼むよ。それといろいろとありがとな」

「わたしはただ真実をお話しただけですのでそんな風に言われるのはちょっと……」

「照れるか?」

「うっ……。ち、違いますっ……」

「ははは。でもマキマにはほんと感謝してるんだ。おかげで目が覚めたんだからさ。こっちも礼のひとつくらい言わせてくれ」

「……はい。ティムさまにそうおっしゃっていただけて、わたしもとてもうれしいです……♡」

 どこか頬を赤らめつつマキマがゆっくりと頷く。
 意外とチョロいのかもしれない。

 なんかドキドキする。


 脅威が間近に迫っているかもしれないってのに心は穏やかだから不思議だ。
 
 それはきっと。
 こんな素晴らしい仲間がそばにいてくれるからなんだろう。
 
 根拠はなかったけど今度こそニズゼルファを倒せるんじゃないかって。

 そんな予感が俺の中にあった。
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