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2章-1

第12話

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「歩いて見てまわって分かりました。ここは本当に美しい街ですね」

「そうか?」

「はい、ロザリオテンとそっくりです。なんだか懐かしい気分になりました」

「そりゃ皇都の跡地を利用してるわけだからな」

「それでも……。エアリアル帝国はいちど滅びました。ここまで美しい街を再興することができたのはきっと盟主であるティムさまの手腕です」

「宿屋でも話したけど俺はほんとなにもしてないよ。仲間ががんばってくれてるだけでさ」

「なにもしてないだなんてそんなはずないです。ここで暮らす皆さんの顔を見たらすぐに分かりました。ティムさまがいるから皆さんこんなにも活き活きと暮らしているんだって」

 宿屋にいたときとは違い今のマキマは饒舌だった。
 
(最初見たときはヨルと瓜ふたつだって思ったけど)

 こうして並んで話してるとぜんぜん違うことが分かる。
 俺はもうマキマにヨルの影を重ねて見ていなかった。

「そういうすごい部分は昔からお変わりありません」

「そんなすごかったのか。ルーデウスだったころの俺は」

「はい。気高くて強くてかっこよくて……。わたしのすべての憧れでした」

 ほかの三人の口ぶりからしてもそれは間違いないんだろう。
 
 やれやれ。
 そんなやつが本当に俺だったなんて。

 今とは正反対だ。

「わたしなんかには本当にもったいない殿方だって……ずっとそう思っておりました」

「ん? なんて?」

「あ、いえ……」

 しまったというような表情を浮かべるマキマ。

 もったいないとな。
 俺の聞き間違いか?

「……ですがべつに隠すことじゃないですよね」

 自分に言い聞かせるようにそう呟くと。

 月明りに照らされたマキマはどこかほんのりと頬を赤くさせたまま衝撃的な言葉を口にする。
 少なくとも俺にとっては十分衝撃的な言葉だった。


「実はわたしたちは許嫁同士だったんです」

「は……?」

 許嫁だって?
 それって……あの、結婚を約束された関係だよな?

 こんな美人の女の子と許嫁って……勝ち確かよ。

「といってもまだ婚約前でしたが。ルーデウスさまが成人を迎えたときわたしは13歳だったんです。あれから5年経ちましたから今ではわたしの方がお姉さんですね。なんかすごく不思議です」

 同じ一日をずっと繰り返していた俺は15歳のままだ。
 
 そっか。
 年上だったからマキマは大人びて見えたんだ。

「エアリアル帝国では代々仕来りがあったんです。第一皇子さまは神聖騎士隊隊長の長女と婚約するって」

「なるほど……」

「神聖騎士隊は皇族の方々に仕えるのが使命ですから。わたしは幼いころからよくお城に出入りさせていただいておりました。ルーデウスさまと出逢ったのはそんな物心つくかどうかって時期です。当時のわたしは皇族の方々と神聖騎士隊の関係がどういうものかよく分かってなくて、ルーデウスさまのことを兄のように感じておりました」

 まあ小さいころなんてそんなもんだよな。
 大人になるにつれて変なしがらみが出てくるけど子供の世界は単純だ。

 当時のマキマにとって俺は本当に兄貴のような存在だったんだろう。
 
「ルーデウスさまにはほんとよく遊んでいただきました。といっても、ほとんどが男の子が好むような遊びでしたけど。まだ小さいウェルミィさまと一緒になって竹刀で追い回されたり、よくけちょんけちょんにされたものです。うふふ」

「容赦ないなぁ……」

「だからわたしの剣の腕前はもともとルーデウスさまに磨いていただいたものなんです」

「つっても遊びだったんだろ?」

「たしかに子供のお遊びでしたけど、小さいウェルミィさまをお守りしながら遊んでるうちに自然と太刀筋が上達していったんです。父の稽古についていくことができたのはルーデウスさまのおかげなんですよ」

 〈剣聖〉のジョブを授かることができたのもぜんぶ俺のおかげらしい。

 めちゃくちゃ過大評価されてる感は否めないけど。
 子供のころの思い出なんてだいだいそんなものかもしれない。
 
「最初はそんな感じで仲のいい兄妹みたいな関係だったんです。でも年齢を重ねるにつれていろいろなことが見えてきて……。あるときようやく分かったんです。わたしはルーデウスさまやウェルミィさまとこんな風に親しく接していい身分じゃないんだって」

「そんなことないと思うけど」

「いえ。おふたりはエアリアル帝国の未来を支える皇子さまと皇女さまで、わたしは騎士隊長のいち娘にすぎませんでした。そもそもの出逢いはじめからわたしは接し方を間違えてしまっていたんです」

 うーん。
 でもたしかにそうなのかもな。

 今の俺に記憶がないだけで皇族ってのはそういう世界で生きる人たちなんだ。
 
「それに……兄のように感じてたルーデウスさまは実は許嫁で、ゆくゆくは婚約する関係にあるってことが理解できると、わたしはどう接すればいいのか分からなくなってしまいました」

 そのころから俺もマキマのことを意識するようになったみたいだ。
 これまでの距離感で接することもなくなり、一緒に遊ばなくなってしまったらしい。

「わたしがルーデウスさまの許嫁だということが分かると、それまで妹のように感じていたウェルミィさまとの仲もぎこちなくなってしまいました。ウェルミィさまはルーデウスさまのことが本当にだいすきですから」

「それは見てたらなんとなく伝わってくる」

「当然のようにウェルミィさまとも遊ぶ機会がなくなりました。ですがそれが本来の距離感なんです。次第にわたしは自分の使命の重要性について理解するようになりました。皇族の方々をお守りするのがわたしに課せられた使命なのだと。以降、わたしは父から本格的に指導を受けることになったんです」

 その口ぶりからは決意のようなものがうかがえた。
 
(本来の距離感か)

 皇族と神聖騎士隊。
 それが俺とマキマを繋いでいた関係だったのかもしれない。

 許嫁なんていうのは名ばかりでマキマの中には恋愛感情はなかったんだろうし。
 
(そりゃ同世代の男女がそんな近くにいたら少しは意識したかもしれないけど)

 けどそれは思春期特有の甘酸っぱい勘違いってやつだ。
 親たちから許嫁だって言われて自分の気持ちを誤って認識してただけ。
 
 実際は主従関係に近い結婚となったはずだ。

 そんなものは本物の愛じゃない。

 だから。
 その点に関しては、俺はマキマの前からいなくなってよかったんだろう。


「……なんとか追いつきたいという気持ちでいっぱいでした。けれどルーデウスさまはわたしなんかでは追いつけないくらいの早さでどんどんお強くなられていったんです」

 当時の俺はまだ成人前だってのにダンジョンの奥地に潜むボス級のモンスターを倒したり、大人達に混じって武闘大会で優勝したり、帝政に意見を言って実際に解決したりしてたようだ。

「最終的には〈勇者〉として祝福を受けて果敢にも大魔帝ニズゼルファに戦いを挑まれました。本当に憧れの存在だったんです」

「でもさ。マキマは今、神聖騎士隊の隊長として仲間を引っぱってるんだろ? こうして俺にも会いに来てくれたわけだし」

 少なくとも。
 今の俺はマキマに憧れられるような存在じゃないって思った。

 【命中率0%】のデメリットスキル持ちでスライムすらろくに倒せないわけだし。

「ここへ来るまでの道中も大変だったんじゃないか?」

「いえ、ヤッザンとブライさまもおりましたから。ウェルミィさまをお守りするだけだったので特に大変ということはありませんでした。ウェルミィさまさえ生きていればルーデウスさまの中に眠る勇者の力を呼び起こすことができますし。……って、ごめんなさい。このことは……」

「べつにいいよ」

 また気まずい雰囲気に逆戻りしてしまう。
 
 すぐに俺は話題を変えた。


「話は変わるんだけどさ。すごいなその剣」

「え?」

「会ったときからずっと気になってたんだ」

 背中に装着した剣を指さしながら俺は言う。
 マキマは腰のホルダーにも白銀の刀を収めているけど背中の剣の方が目立ってる。
 
 その剣のヒルトは黄金色に輝き、ガードには赤く光る宝玉が埋め込まれていてとても美しいデザインをしていた。

 なんか懐かしい感じがするんだよなぁ。
 はじめて見る気がしないっていうのかな。

 そんなことを考えているとマキマがなにか思い出したように顔をハッとさせた。 
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