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1章-1
第1話
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(なにかおかしい。なんとなくそんな気がした)
はじめて過ごす一日のはずなのになんとなく見覚えがあるような気がする。
今日は何度もそんな光景を見てきた。
(ま、デジャブってやつか。最近ずっと働きづめだし疲れてるのかもな)
俺の名前はティム・ベルリ。
ルーデウス村で暮らす15歳の村人だ。
俺の仕事はいたって単純。
村のはずれにある小さな森で手ごろな薪を集めて運ぶこと。
今日も朝からせっせと薪集めに精を出していた。
「お兄ちゃん~! そっちの方集め終わったー?」
「おう。これで全部だ」
「よっし! 今日はだいぶ早いね。んじゃすぐに運んじゃおー?」
「そうだな」
こいつの名前はヨル。
ふたつ離れた俺の妹だ。
ふつう仕事は15歳になって成人を迎えてからするものなんだけど、ヨルはどうしても俺が放っておけないらしくて、よくこうして薪集めの手伝いをしてくれている。
正直言ってヨルには頭が上がらない。
(ほんと我ながらよくできた妹だよな)
それでいて美少女ときたもんだ。
透き通る黒髪のポニーテールとアメジストの大きな瞳がチャームポイントだって、俺は勝手に思ってる。
将来、ヨルが誰かのお嫁さんになるなんて考えただけでも落ち込む。
もう一生、俺のそばにいればいいのになぁ。
からん。
「あー! またお兄ちゃん薪落としたよ~」
「すまん」
「もぅ~。エッチなこと考えながら運んじゃダメだよ? こういうのは集中して運ばないと」
「いや、べつにエッチなことは考えてないぞ?」
「うそだー。お兄ちゃんってそういうとき、鼻の下がぜったい伸びるんだもん。分かるよー」
知らなかった。
今度からは気をつけよう。
まあ、こういうやり取りも毎度おなじみだったりする。
基本的に俺はダメなアニキで、しっかり者のヨルに尻に敷かれている感じだ。
こんな風に日々過ごしながら、俺たちはこの村で勇者さま一行が訪れるのを待っている。
これはルーデウス村の使命だ。
勇者さま一行は魔王を倒すために世界中を旅していて、俺たち村人はいつ勇者さまたちがやって来てもいいようにと万全の準備をして過ごしている。
武器屋に防具屋、道具屋に宿屋、酒場とこの村にはひと通りの店が揃っているのが自慢だ。
どうして勇者さま一行がやって来るって分かるのかって?
そんなのは簡単だ。
うちの村には魔王を倒すために必要な種族のオーブがまつられているから。
だからかならず勇者さまたちはこの村を訪れる。
それは村人全員に共通した認識だった。
だけど、ときどき思うことはある。
こうしていつ来てもいいように準備してるけど、本当に勇者さま一行はやって来るんだろうかって。
(ま、そんなこと考えてるのは俺くらいなもんなんだろうけど)
当然ヨルの口からこんな言葉がこぼれたことは一度もない。
ヨルだけじゃない。
村のみんながこんなことを口にするのを俺は今まで聞いたことがなかった。
「そういえばさ。お前、さっきなにやってたんだ?」
「んー?」
「森の奥でしばらくこもってただろ? まさかおしっこか?」
「ばかっ! そんなわけないじゃん~!?」
もちろん、そんなことをするためにこもっていたわけじゃないって俺には分かっていた。
ヨルは時間を見つけてはよく四つ葉のクローバーを森の中で探していたりする。
そいつを見つけると幸せになれるんだそうだ。
女の子の趣味っていうのはときどき男には理解できないことがある。
これもその典型だな。
(ヨルの態度を見るに、今回も見つけられなかったみたいだな)
見つけてたら一目散に俺に自慢してくると思うし。
そういうかわいい一面があるのだ、我が妹には。
(――!)
そのとき。
デジャブは突然やって来た。
(またか)
この光景を俺は前にも一度見たことがあるような気がする。
「家に着いたらサプライズでお兄ちゃんに見せようと思ってたのにぃ~。でもまいっか」
そう言ってヨルはポケットからなにかを取り出そうとする。
(そうだ。ここでヨルはポケットから金のメダルを取り出して……)
俺の予想どおり、ヨルはポケットから金のメダルを取り出してそれを俺に見せつけてくる。
「じゃじゃ~ん! すごいんだよ! 四つ葉のクローバー探してたら、こんな綺麗なものが落ちてるの見つけたのっ!」
「メダルだな」
「えへへ~♪ 綺麗でしょ?」
ヨルがうれしそうに見せるメダルには薔薇の模様が描かれていた。
なにかの紋章のようにも見える。
とにかく見たことのないメダルだった。
「でも不思議だよね~。なんでこんなものが落ちてたのかなぁー」
「さあな。誰かの忘れものじゃない?」
「あっ、そーゆうこと。だったらお兄ちゃんがこれ預かっておいてよ」
「またそうやって俺に面倒ごと押しつけるのか」
「んへへ♪ お兄ちゃん、村で顔が広いんだから~。あとで落とした人探して返してあげて」
「それな。俺、便利屋じゃないんだが」
「でも困っている人を放っておけないのがお兄ちゃんだよね? はいっ、これ!」
と、強引にヨルから金のメダルを渡される。
かわいい妹にここまで言われたら仕方ない。
(けど、なんでこんなものを取り出すって分かったんだろう)
これで今日何度目だ?
疲れがたまってるからって、一日にこんな何回もデジャブって見るものだっけ?
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「ん?」
「なんか今日ずっとぼーっとしてる気がするよ?」
「そうか?」
「うん。なんかあやしー。ぜったいエッチなこと考えてるでしょー!」
「どうしても俺をヘンタイ扱いしたいのかお前は。ほら、んなこと言ってないで早く運んじまおうぜ」
「ひゃ!? ま、待ってよー!」
◇◇◇
薪を村の集会所に運び終えるころには、あたりは徐々に夕陽で染まりはじめていた。
「今日も一日お疲れさま、お兄ちゃん♪」
「ヨルが手伝ってくれて助かったよ」
「だったらさ。いつものアレ、お願いしてもいい?」
「もちろんだ。ほれ、こっちこい」
俺は妹の柔らかな髪をわしゃわしゃと撫でてやる。
「えへへ~♪」
するとヨルは眩しい笑顔をこぼした。
毎回思うが天使なのか、お前。
妹にときめく兄ってのがきもいのは重々承知してるが、かわいいものはかわいいのだ。
そんな風にちょっとした幸せを感じていると。
「おぅ! ティムにヨルちゃん! 今日も兄妹揃って精が出るなぁー!」
エールの入ったグラスをかかげながら、酒場のテラス席から豪快に笑うおっちゃんが声をかけてくる。
「バージルのおっちゃんたちは、またこんな時間から酒飲みかよ。もう少し真面目に働けよー」
「ちょ、ちょっと! 口が悪いよお兄ちゃんっ!」
慌ててヨルが間に入るもおっちゃん連中は楽しそうに笑う。
「がはは! いいんだよヨルちゃん! こいつの言ってることは正しいんだから!」
「毎日飲んだくれてるのは事実だしな~! ハハハッ!」
「違いね~! ひっく!」
この体格のいいおっちゃんたちは武器屋と防具屋で働く鍛冶職人だ。
口ではこんなこと言ったが、俺はおっちゃんたちが働き者だってことをよく知ってる。
まあ、これはいつもの冗談ってやつだ。
「こんな酒ばっか飲んでて、勇者さまたちがやって来たとき、本当に歓迎できるのか心配だぜ」
「これはあれだ~。勇者さまと酒を飲み交わしたときのための練習も兼ねているのさ! どっちが酒に強いかってな! がはは!」
「またすごい言い訳考えたな。バージルのおっちゃん」
ほかのおっちゃんふたりも酔っぱらいながら声をかけてくる。
「そんなことより、どうだぁ~。ティムも一緒に飲めよ! もう成人になってから数ヶ月も経つじゃねーかぁー」
「ひっく……。少しは俺たちに付き合ってぇ~」
俺は手を振って答える。
「すまんが俺はこんな風に悪酔いしたくないんでね。じゃあなー」
「がはは! だなぁ! お前はこんな大人にはなるんじゃね~ぞぉ!」
お互いに肩を組んで陽気に笑うおっちゃん連中。
ほんと仲がいいなぁ。
手を振るヨルと一緒にその場を後にしようとしていると。
(――!)
まただ。
ふたたびデジャブが突然やって来た。
(この光景も俺は知ってるぞ)
この後、猫のムギがものすごい勢いで走ってきて、それでおっちゃんたちのテーブルを揺らしてエールが大量にこぼれるんだ。
その後すぐ。
またも俺の予想したとおりの光景が繰り広げられる。
広場の方からムギがものすごいスピードで酒場のテラス席へ向かってきたのだ。
「わわっ!?」
「な、なんだぁ~!?」
「おっ、ムギじゃねーかぁ」
がしゃん!
ムギはテラス席で縦横無尽に走り回ると、おっちゃんたちのテーブルを大きく揺らしながら、素知らぬ顔でどこかへ行ってしまう。
当然、テーブルの上に置かれていたエールは、その場で大量にぶち撒かれることになった。
「ハハハッ! こりゃ盛大にやられちまったな!」
バージルのおっちゃんたちは豪快に笑いながら楽しそうに手を叩いている。
「もぅ、ムギったら。ものすごく元気なんだから」
律儀にもヨルはおっちゃんたちと一緒にグラスの片づけをすると、しばらくして俺のところへ戻ってくる。
「でも珍しくない? ムギが酒場までやって来るなんて。ふだんは騒がしいところに顔出さない子なのにね」
「だな」
俺はヨルの言葉にしずかに頷く。
(そうだ。ムギは滅多にこんなところまでやって来ない。めちゃくちゃ珍しいんだ)
こんなこと、ふつう予想できるか?
デジャブだとしても回数が異常に多すぎる。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「……いや、なんでもない」
気にするのはやめよう。
たまにはこんな日だってある。
(ぜったいに疲れが溜まってるんだな)
今日は早く帰って寝てしまおう。
陽気に笑うおっちゃんたちの声を背中で聞きつつ、俺はどこか得体の知れない不気味さを感じながら帰路についた。
はじめて過ごす一日のはずなのになんとなく見覚えがあるような気がする。
今日は何度もそんな光景を見てきた。
(ま、デジャブってやつか。最近ずっと働きづめだし疲れてるのかもな)
俺の名前はティム・ベルリ。
ルーデウス村で暮らす15歳の村人だ。
俺の仕事はいたって単純。
村のはずれにある小さな森で手ごろな薪を集めて運ぶこと。
今日も朝からせっせと薪集めに精を出していた。
「お兄ちゃん~! そっちの方集め終わったー?」
「おう。これで全部だ」
「よっし! 今日はだいぶ早いね。んじゃすぐに運んじゃおー?」
「そうだな」
こいつの名前はヨル。
ふたつ離れた俺の妹だ。
ふつう仕事は15歳になって成人を迎えてからするものなんだけど、ヨルはどうしても俺が放っておけないらしくて、よくこうして薪集めの手伝いをしてくれている。
正直言ってヨルには頭が上がらない。
(ほんと我ながらよくできた妹だよな)
それでいて美少女ときたもんだ。
透き通る黒髪のポニーテールとアメジストの大きな瞳がチャームポイントだって、俺は勝手に思ってる。
将来、ヨルが誰かのお嫁さんになるなんて考えただけでも落ち込む。
もう一生、俺のそばにいればいいのになぁ。
からん。
「あー! またお兄ちゃん薪落としたよ~」
「すまん」
「もぅ~。エッチなこと考えながら運んじゃダメだよ? こういうのは集中して運ばないと」
「いや、べつにエッチなことは考えてないぞ?」
「うそだー。お兄ちゃんってそういうとき、鼻の下がぜったい伸びるんだもん。分かるよー」
知らなかった。
今度からは気をつけよう。
まあ、こういうやり取りも毎度おなじみだったりする。
基本的に俺はダメなアニキで、しっかり者のヨルに尻に敷かれている感じだ。
こんな風に日々過ごしながら、俺たちはこの村で勇者さま一行が訪れるのを待っている。
これはルーデウス村の使命だ。
勇者さま一行は魔王を倒すために世界中を旅していて、俺たち村人はいつ勇者さまたちがやって来てもいいようにと万全の準備をして過ごしている。
武器屋に防具屋、道具屋に宿屋、酒場とこの村にはひと通りの店が揃っているのが自慢だ。
どうして勇者さま一行がやって来るって分かるのかって?
そんなのは簡単だ。
うちの村には魔王を倒すために必要な種族のオーブがまつられているから。
だからかならず勇者さまたちはこの村を訪れる。
それは村人全員に共通した認識だった。
だけど、ときどき思うことはある。
こうしていつ来てもいいように準備してるけど、本当に勇者さま一行はやって来るんだろうかって。
(ま、そんなこと考えてるのは俺くらいなもんなんだろうけど)
当然ヨルの口からこんな言葉がこぼれたことは一度もない。
ヨルだけじゃない。
村のみんながこんなことを口にするのを俺は今まで聞いたことがなかった。
「そういえばさ。お前、さっきなにやってたんだ?」
「んー?」
「森の奥でしばらくこもってただろ? まさかおしっこか?」
「ばかっ! そんなわけないじゃん~!?」
もちろん、そんなことをするためにこもっていたわけじゃないって俺には分かっていた。
ヨルは時間を見つけてはよく四つ葉のクローバーを森の中で探していたりする。
そいつを見つけると幸せになれるんだそうだ。
女の子の趣味っていうのはときどき男には理解できないことがある。
これもその典型だな。
(ヨルの態度を見るに、今回も見つけられなかったみたいだな)
見つけてたら一目散に俺に自慢してくると思うし。
そういうかわいい一面があるのだ、我が妹には。
(――!)
そのとき。
デジャブは突然やって来た。
(またか)
この光景を俺は前にも一度見たことがあるような気がする。
「家に着いたらサプライズでお兄ちゃんに見せようと思ってたのにぃ~。でもまいっか」
そう言ってヨルはポケットからなにかを取り出そうとする。
(そうだ。ここでヨルはポケットから金のメダルを取り出して……)
俺の予想どおり、ヨルはポケットから金のメダルを取り出してそれを俺に見せつけてくる。
「じゃじゃ~ん! すごいんだよ! 四つ葉のクローバー探してたら、こんな綺麗なものが落ちてるの見つけたのっ!」
「メダルだな」
「えへへ~♪ 綺麗でしょ?」
ヨルがうれしそうに見せるメダルには薔薇の模様が描かれていた。
なにかの紋章のようにも見える。
とにかく見たことのないメダルだった。
「でも不思議だよね~。なんでこんなものが落ちてたのかなぁー」
「さあな。誰かの忘れものじゃない?」
「あっ、そーゆうこと。だったらお兄ちゃんがこれ預かっておいてよ」
「またそうやって俺に面倒ごと押しつけるのか」
「んへへ♪ お兄ちゃん、村で顔が広いんだから~。あとで落とした人探して返してあげて」
「それな。俺、便利屋じゃないんだが」
「でも困っている人を放っておけないのがお兄ちゃんだよね? はいっ、これ!」
と、強引にヨルから金のメダルを渡される。
かわいい妹にここまで言われたら仕方ない。
(けど、なんでこんなものを取り出すって分かったんだろう)
これで今日何度目だ?
疲れがたまってるからって、一日にこんな何回もデジャブって見るものだっけ?
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「ん?」
「なんか今日ずっとぼーっとしてる気がするよ?」
「そうか?」
「うん。なんかあやしー。ぜったいエッチなこと考えてるでしょー!」
「どうしても俺をヘンタイ扱いしたいのかお前は。ほら、んなこと言ってないで早く運んじまおうぜ」
「ひゃ!? ま、待ってよー!」
◇◇◇
薪を村の集会所に運び終えるころには、あたりは徐々に夕陽で染まりはじめていた。
「今日も一日お疲れさま、お兄ちゃん♪」
「ヨルが手伝ってくれて助かったよ」
「だったらさ。いつものアレ、お願いしてもいい?」
「もちろんだ。ほれ、こっちこい」
俺は妹の柔らかな髪をわしゃわしゃと撫でてやる。
「えへへ~♪」
するとヨルは眩しい笑顔をこぼした。
毎回思うが天使なのか、お前。
妹にときめく兄ってのがきもいのは重々承知してるが、かわいいものはかわいいのだ。
そんな風にちょっとした幸せを感じていると。
「おぅ! ティムにヨルちゃん! 今日も兄妹揃って精が出るなぁー!」
エールの入ったグラスをかかげながら、酒場のテラス席から豪快に笑うおっちゃんが声をかけてくる。
「バージルのおっちゃんたちは、またこんな時間から酒飲みかよ。もう少し真面目に働けよー」
「ちょ、ちょっと! 口が悪いよお兄ちゃんっ!」
慌ててヨルが間に入るもおっちゃん連中は楽しそうに笑う。
「がはは! いいんだよヨルちゃん! こいつの言ってることは正しいんだから!」
「毎日飲んだくれてるのは事実だしな~! ハハハッ!」
「違いね~! ひっく!」
この体格のいいおっちゃんたちは武器屋と防具屋で働く鍛冶職人だ。
口ではこんなこと言ったが、俺はおっちゃんたちが働き者だってことをよく知ってる。
まあ、これはいつもの冗談ってやつだ。
「こんな酒ばっか飲んでて、勇者さまたちがやって来たとき、本当に歓迎できるのか心配だぜ」
「これはあれだ~。勇者さまと酒を飲み交わしたときのための練習も兼ねているのさ! どっちが酒に強いかってな! がはは!」
「またすごい言い訳考えたな。バージルのおっちゃん」
ほかのおっちゃんふたりも酔っぱらいながら声をかけてくる。
「そんなことより、どうだぁ~。ティムも一緒に飲めよ! もう成人になってから数ヶ月も経つじゃねーかぁー」
「ひっく……。少しは俺たちに付き合ってぇ~」
俺は手を振って答える。
「すまんが俺はこんな風に悪酔いしたくないんでね。じゃあなー」
「がはは! だなぁ! お前はこんな大人にはなるんじゃね~ぞぉ!」
お互いに肩を組んで陽気に笑うおっちゃん連中。
ほんと仲がいいなぁ。
手を振るヨルと一緒にその場を後にしようとしていると。
(――!)
まただ。
ふたたびデジャブが突然やって来た。
(この光景も俺は知ってるぞ)
この後、猫のムギがものすごい勢いで走ってきて、それでおっちゃんたちのテーブルを揺らしてエールが大量にこぼれるんだ。
その後すぐ。
またも俺の予想したとおりの光景が繰り広げられる。
広場の方からムギがものすごいスピードで酒場のテラス席へ向かってきたのだ。
「わわっ!?」
「な、なんだぁ~!?」
「おっ、ムギじゃねーかぁ」
がしゃん!
ムギはテラス席で縦横無尽に走り回ると、おっちゃんたちのテーブルを大きく揺らしながら、素知らぬ顔でどこかへ行ってしまう。
当然、テーブルの上に置かれていたエールは、その場で大量にぶち撒かれることになった。
「ハハハッ! こりゃ盛大にやられちまったな!」
バージルのおっちゃんたちは豪快に笑いながら楽しそうに手を叩いている。
「もぅ、ムギったら。ものすごく元気なんだから」
律儀にもヨルはおっちゃんたちと一緒にグラスの片づけをすると、しばらくして俺のところへ戻ってくる。
「でも珍しくない? ムギが酒場までやって来るなんて。ふだんは騒がしいところに顔出さない子なのにね」
「だな」
俺はヨルの言葉にしずかに頷く。
(そうだ。ムギは滅多にこんなところまでやって来ない。めちゃくちゃ珍しいんだ)
こんなこと、ふつう予想できるか?
デジャブだとしても回数が異常に多すぎる。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「……いや、なんでもない」
気にするのはやめよう。
たまにはこんな日だってある。
(ぜったいに疲れが溜まってるんだな)
今日は早く帰って寝てしまおう。
陽気に笑うおっちゃんたちの声を背中で聞きつつ、俺はどこか得体の知れない不気味さを感じながら帰路についた。
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