復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ

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第48話

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 勇者フェイトの生まれ変わり。

 その言葉を聞いて、一瞬世界が止まってしまったかのような錯覚を抱く。

 これまでデュカとケルヴィンに〝かもしれない〟と言われたことはあったけど、こうやって断言されるのは初めてのことだった。
 しかも、メリアドール先生にそんなことを言われるなんて……。

 頭の中は混乱してはち切れそうだったけど、それよりもさらに気になる言葉があった。

「聖ロストルム帝国第99代皇帝の第1皇子って……ちょ、ちょっと待ってください! そもそも僕、生まれてこの方、シルワから出たこともないですし。そんなわけ……」

「覚えておられないのも無理はありません。ナード様が帝国におられたのは1歳の時までですから」

「……っ、1歳……?」

 僕の一番古い記憶は、ヴィスコンティ孤児院でノエルと共に過ごしていた記憶だ。
 それよりも以前に、僕は聖ロストルム帝国にいた? しかも、第1皇子だなんて……。
 
 急にそんな話をされて、頭の中はパニック状態だ。

 でも。

 そんな僕の心境を察してくれたのか、先生は優しい口調でこう続ける。

「ご理解いただけますように、これから順を追って説明いたします」

 それが驚愕の真実を開く扉となった。





「――私は、代々皇帝陛下に仕える家系で生まれ育ちました。聖ロストルム帝国では、宮廷騎士団に所属し、皇族の皆様をお守りする役目を担っていたのです。ナード様がお生まれになられてからの1年間は、国は特に何事もなく平和でした。ですが、皇子生誕1周年を祝って行われる初誕生の儀において、ディスティニーオーブが発光してから、異変が起こるようになりました」

「ディスティニーオーブ?」

「はい。ディスティニーオーブとは、聖ロストルム帝国に代々伝わる球状の光る玉のことです。かつて、勇者フェイトがこの地を去る際に置いていった物と言われていて、初誕生の儀でこれが発光すれば、その者が勇者フェイトの生まれ変わりである、という伝承が残っているのです」

「……僕の時に、それが光ったってことですか?」

「さようでございます」

 にわかに信じられない話だけど、メリアドール先生が嘘をついているようには見えなかった。
 
 そして、この後に続く話はさらに驚きの内容だった。

「実は現在、聖ロストルム帝国は、魔王軍の手によって陥落しております」

「……は? え……魔王軍っ?」

「はい」

「魔王って、あの……勇者伝承に出てくる魔王アビスのことですか!?」

「その通りです」

「!!?」

「それだけでなく、聖ロストルム帝国があるプチャマチャ大陸全域が、支配されてしまっている可能性が高いのです」

「な……」

 いやいやいや……ちょっと待ってよ……。理解が全然追いつかない!

 魔王がこの世界にまた現れた!? そんなことって……。

 でもその時。

 僕の脳裏に、いつかのケルヴィンの言葉が甦る。

 〝ひょっとすると、魔王アビスはすでに復活していて、再び世界を征服しようとたくらんでいるのかもしれません〟

 あの時は、まるでリアリティーがないなんて思ったけど……。
 メリアドール先生の表情は真剣そのもので、やっぱり冗談を言っているような雰囲気はない。

「で、ですけど……。そんな話、これまで誰からも聞いたことないですし……」

「それは当然なのです、ナード様。シルワで暮らす方たちは、誰1人この事実を知りません。おそらく国王ですらも」

「こ、国王も……!?」

「ナード様が【エクスハラティオ炎洞殿】をクリアするまでシルワでは、この20年近くA級ダンジョンを踏破する者は現れませんでした。それはつまり、国外の情報を持ち帰って来る者がいなかったということです。それでいて四大陸がそれぞれ親交を断っているのは、ナード様もご存じですよね?」

 四大陸にある国々が、同じ大陸の国としか交流を持たない理由は、それぞれの盟主国に保管されている大魔導器ロストテクノロジーを奪われないためだって言われている。

 大魔導器は、邪神レヴィアタンの封印にも使われている一方、その大陸を繁栄させる強大なエネルギーが封じ込められているみたいで、それを失えば、たちまち大地は枯渇するって話だ。
 
 だから、四大陸がそれぞれ干渉し合うことはなくて、大陸間を行き来するのは一流冒険者の証シーカーライセンスの所有者くらいだったりする。

 他の大陸の情報は、その人たちが持ち帰って来るから、実は魔王が復活していることをこの国の人たちが知らなくても、それは当然なのかもしれないけど……。

「……っでも、他の大陸の一流冒険者の証シーカーライセンス所有者が、シルワにやって来たことだって、これまでにありましたよね? なんでその人たちから情報が流れて来なかったんですか?」

「それは多分、誰もプチャマチャ大陸へ渡っていなかったからでしょう。言い換えると、プチャマチャ大陸へ足を踏み入れた冒険者シーカーは、誰も帰還することができなかったということです。たとえ、魔王が復活しているということが分かっても、情報が持ち帰れないのでしたらそれは意味がありません」

「そんな……」

「つまり、シルワで暮らす方々は――いえ、おそらくこのアンゲルス大陸で暮らす者全員、この事実を知らないのです」

 あまりの衝撃的な内容に唖然としてしまう。
 先生は、そんな僕の反応を確認すると、慎重な様子でさらに話を続けた。

「先程、 『異変が起こるようになった』と言ったのは、このことが関係しています。ナード様が勇者フェイトの生まれ変わりであるということが初誕生の儀で明らかになると、その日を境に、帝国は魔獣の侵攻を受けるようになったんです」

「まさか……ディスティニーオーブが発光したのがバレたんですか?」

「そうだと思います。おそらく、この時にはすでに魔王アビスは復活を遂げていて、手下に人の姿に化けさせて偵察を行っていたんだと思います」

 何かの話で聞いたことがある。
 魔王アビスは人の言葉を自在に話せて、魔獣に知能を与えることができるって。

 普段は本能のままに行動する魔獣だけど、魔王の手にかかった時点で、それは知能を持って行動するようになる。

 そんな魔獣が、この国に攻め込んで来る光景を想像すると、正直ゾッとしてしまう。

「それまで結界の強化を推し進めていなかった帝国は、魔王軍の侵攻を受け、一気に壊滅の危機に陥りました。やがて、その波は宮廷まで押し寄せてきて……。そんな状況で、陛下は宮廷騎士団に命令されました。ナード様と皇女であられるノエル様を連れてここから逃げるように、と」

「っ」

「私たち宮廷騎士団が、幼いナード様とノエル様をこの国までお連れして来たのです。ですから、ナード様が聖ロストルム帝国で過ごした日の記憶を持っていなくても、仕方のないことかと思います」

 疑問は次から次へと溢れ出てくるっていうのに、思うように言葉にすることができない。
 ただ1つ確かなことは、僕はもうメリアドール先生の話を完全に信じてしまっていたということだった。





 先生はそこでひと息つくと、メガネのフレームに手を触れる。
 持ってきてもらった鍋料理はすっかり冷めてしまっていたけど、今さらそれをおいしく食べられる自信はなかった。

(とにかく、今はもっと話を詳しく聞かなくちゃ……)

 向かいのテーブルに座る先生の目をまっすぐに見ながら訊ねる。

「けど、なんで亡命先がシルワだったんですか? プチャマチャ大陸とシルワがあるこのアンゲルス大陸って、相当距離がありますよね?」

「はい。もちろん理由はあります。陛下にそう命令された時には、帝国はすでに国の機能を失っておりました。状況を見ても、このままだとプチャマチャ大陸にある他の国々も陥落は時間の問題と言えました。だから、なるべく遠くへ逃げる必要があったんです。幸い、騎士団の1人に冒険者上がりの者がいて、一流冒険者の証を所持していたので、他の大陸に入ることは可能でした。その者から聞いたのです。アンゲルス大陸には、冒険者の国シーカーカントリーと呼ばれる国があって、そこの結界は非常に強固だと。だから、シルワ王国を選んだんです」

「……な、なるほど……」

 たしかに、シルワなら結界も強固だし、理由はもっともだと思う。

 でも、プチャマチャ大陸と僕らが暮らすアンゲルス大陸は、今言ったように相当距離が離れている。
 馬を使って移動しても、200日はかかるって言われているくらいだから。

 それと、一番気になっていたのが、宮廷騎士団っていう言葉だった。
 騎士団っていうからには、それなりの仲間がいたはず。その人たちは今どこにいるんだろう……。

 そんなことを考えていると、メリアドール先生は、何か辛い記憶を思い出したように、一度眉をひそめる。

「……ですが、ここへ至るまでの旅路は大変過酷なものでした。陛下と皇后様はご自分の命よりも優先して、ナード様とノエル様の身を案じておられました。お2人のもとに数名の護衛を残して、私たち騎士団はやむなく宮廷を出ることにしました。その後なんです。最悪の事態に直面してしまったのは」

「最悪の事態……ですか?」

「はい。私たちは必死でナード様とノエル様をお守りしながら、魔王軍によって制圧された城下町を駆け抜けておりました。あと少しで国の外へ出られるというところで……。我々は、ついに魔王アビスと対峙してしまったのです」

「!?」

「その時、その場にいた多くの者は、魔王アビスの呪いを受けてしまいました。突然のことに防ぎようがなかったんです」

「……の、呪い!?」

「人によって重度、軽度など状態は様々でしたが、その呪いが原因で仲間のほとんどは死んでしまいました」

 まるで、最悪の予感が的中してしまったみたいに、言葉が出てこない。
 1歳だから当然だけど、もちろんその時のことを僕は何も覚えていなかった。

 その後、騎士団長の決死の特攻によって、先生たちはなんとかその場から逃げ出すことに成功したみたいだ。
 
 まるで、他人事のように話を聞いてしまっているけど、そうじゃない。
 これは僕とノエルの身にも起こったことなんだ。そう思うと、手のひらがべったりと汗ばんでくる。

「……それから度重なる魔王軍の追撃を振り切り、生き残った者たちで、どうにかシルワ王国に到着することができたのですが、問題はここからでした。ナード様が実は勇者フェイトの生まれ変わりで、復活した魔王アビスに狙われているなんて、本当のことをシルワの人々に話せば、追い出されてしまう危険性がありました。なので、我々はお2人をヴィスコンティ孤児院に預けて、近くでその成長を見守ることにしたのです。途中、残りの仲間が魔王の呪いがたたって死んでしまうという不幸もありましたが……。私はこれまで教師として、ナード様とノエル様のご成長をお傍で見守らせていただいてきたのです」

「そういうこと、だったんですか……」

 だから、先生は僕たち兄妹のことをいつも気にかけてくれていたんだ。

 ――けど。

 天地がひっくり返るような話を一気に聞いたせいか、しばらくの間、上手く言葉が出てこなかった。

 しーんと静寂が続く中、ようやく絞り出せたのはこんな一言。

「……でも、どうしてこれまで本当のことを教えてくれなかったんですか?」

「申し訳ございません、ナード様。それにも理由はあるんです。私たちは、勇者伝承の古文書に記載された内容を信じて、これまで真実をお伝えするのを控えておりました」

「古文書?」

「はい。聖ロストルム帝国にあるエデン教総本山教会の古文書には、勇者フェイトは悪魔の子フォーチュンデビルを言い渡され、国外追放されたという記述が残っているんです」

「え、悪魔の子ですか!?」

 ということは、成人の儀式で僕と同じように最低なステータスを授与されたってことになる。
 国外追放なんてのも初めて耳にするし、これまで聞いてきた勇者伝承とまったく違う……。

「国外追放を言い渡された勇者フェイトは、その後、己の力だけで内に秘めたユニークスキルを覚醒させて、やがて魔王を倒すに至ったというのが勇者伝承の真実なのです。つまり、逆境が勇者フェイトの秘めた力を解放する役割を担っていたのです」

 僕と同じだ……。
 それが率直な感想だった。

 僕も悪魔の子って罵られて、パーティーを追放された。

 でも、そこからどうにかしなくちゃって必死でもがいて、気付いたら<アブソープション>が覚醒していた。

「もし、私が最初から真実をお伝えして手を貸してしまっていたら、ナード様はここまで強くなられていなかったことと思います」

 それは、そうかもしれない。
 これまでノエルのために必死で頑張ってきたからこそ、ソロでA級ダンジョンをクリアできるまでに強くなれたわけで。

 先生はあえて僕を過酷な環境に置いて、勇者として目覚めるのを待ってくれていたんだ。

「私は、ナード様が一流冒険者の証を手に入れた日に、すべてを打ち明けようと決めておりました。ですが……タイミングとしては遅くなってしまったようです。もう少し早く、私が伺えればよかったのですが……」

 そう言うと、メリアドール先生は、心配そうにノエルの部屋へ目を向ける。

「それで、本日の本題はここからとなります」

「本題?」

 緊張感がリビングに一気に駆け抜けていく。僕は背筋を正して、続く言葉に耳を傾けた。

「実は、ノエル様が幼い頃から病弱であられるのは、魔王アビスの呪いが原因なのです」

「っ!?」

「我々はこれまでずっと後悔をしてきました。どうしてあの時、ノエル様の身代わりとなれなかったのかと。幸い、ナード様は騎士団長が身を挺して守りました。それで皆、油断してしまったのです。ノエル様のことも騎士団長がお守りになられた、と。ですが、実際には……ノエル様もまた、ほかの騎士団の者と同様に呪いをかけられてしまいました。これは、すべて我々宮廷騎士団の落ち度によるものです。ナード様とノエル様のことを命を懸けて託されたというのに……。陛下と皇后様には、合わせる顔がありません。本当に大変申し訳ないことをしてしまいました。我々のせいで、ノエル様は今も……」

 頭を深々と下げるメリアドール先生の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

「……」

 それを見て、僕は何も言えなかった。

 いや、何かを言えるような立場じゃない。
 先生たちは必死で僕たち兄妹のことを守ってくれたんだから。多分、ノエルも僕と同じ気持ちだと思う。

「……先生、顔を上げてください。あと、そんなに謝らないでください」

「!」

「むしろ、僕らの方が感謝をお伝えしないといけないです。これまで僕とノエルを、命を懸けて守ってくださり、本当にありがとうございます」

「……ナード様……」

「騎士団の皆さんがいなかったら、僕たちは今こうして生きていられなかったはずです。感謝以外に言葉はありません。それと、そんなに責任を感じないでほしいんです。魔王が襲いかかってきたのは、突然のことだったんですよね? そんな中で、僕たちを必死で守ってくれてありがとうございます。ノエルもきっと、同じように言ったと思います」

「……っ、本当にごめんなさい……。ナード様のお心遣い感謝いたします。ノエル様には、改めて私の方から謝罪をさせていただきます……」

 今言った言葉は嘘じゃない。
 先生には昔から僕もノエルもずっとお世話になってきたから。

 そんな風に責任を感じてほしくないっていうのが、僕の本心だった。

 しばらくすると、ようやく先生は顔を上げてくれた。
 そして、一度息を深く吸い込むと、ノエルが受けた呪いについて話し始めた。
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