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< Vierte Satz:せつな >

N˚.7 < drei Akte.:せつな【第三幕】 >

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このクソ素晴らしき世界。
Serenade No.13 / Eine kline Nachtmusik. N˚.7

 < drei Akte.:せつな【第三幕】 >



…………………………

師走。忙しなくわたしたちの周りも動いていく。
 きょうこちゃんと電車に乗り五十分かけて県境をまたいだ街に出た。わたしたちと同い歳くらいのひとたちのなかで、きょうこちゃんと自然に手をつないで歩いている。わたしたちのことを知らない誰かが目で追いかけてきていた。だから、こころのなかで「いいでしょう、わたしの恋人なんだよ」と自慢してやる。なのに、それなのに、きょうこちゃんは………。

「ゔーっ、きょうこちゃんのうそつきっ!」
「あはははっ!いまのせつなの顔!モバイルで撮ればよかった!」

 きょうこちゃんが「ちゃんとしたコーヒーは苦味だけじゃなく、香りとコクがあってね、すごく美味しいんだよ」と言うから、連れられた専門店で飲んだコーヒーが、いままで通りに苦くて美味しくなくて、顔が、くしゃっ、となってしまう。本で見る、テレビで言っている『ほろ苦く、コクのある、豊かな味わい』は、どこにいるのか。それらを探す余裕もないくらいに苦い。これは、ただの『すごく苦く、苦味のある、豊かに苦い』じゃないか。頬をふくらませて、抗議をする。
 ふふっ、と、余裕たっぷりに微笑んでコーヒーカップを口に運ぶ、きょうこちゃんの指や手の運びが美しいから見惚れてしまう。きょうこちゃんのような、きれいな長い髪と高い身長、姿勢のいい細い身体に目を奪われないひとなんているのだろうか。わたしの両手で包み込んだカップに入る黒い液体をきょうこちゃんは嗜んでいる。この液体を、わたしも飲み干せたなら、あなたみたいに、すこしは大人っぽく………あなたに近付けるのだろうか。

「ゔーっ」
「くっくっく!その顔!もうっ、せつな!紅茶もあるってば!」

 なんだか、負けた…………きぶん。

 手をつなぎながら街を歩き、わたしは色んなショップのウィンドウを見ていた。そのなかに好きなセレクトショップがあることに気がつく。

「ここに入ろ!?」

 乗り気ではないあなたは、きっとショップのガラス越しに見える服を見て「あ。苦手だな」と思ったからでしょう。でも知っているんだよ。ほんとうはこういう服を着てみたいと思っているって。だけど、自分にはふさわしくない、自分には似合わないと思いこんでいるから選ばないってことも知っているんだ。だから、すこしだけね?意地悪をしたくなった。

 あなたが嫌々ながらも、お店のなかに入ればわたしのものだ。自分の服を選んでいるふりをして、あなたに似合いそうな服を探す。わたしのうしろで一定の距離以上は離れないようにしながら、きょろきょろと周りを見る、あなたの瞳はときめきに満ちたものじゃないか。

「うん。これかなー」

 あなたのことを目一杯想いながら手にした服は、わたしにしては自信があるからね。この服は、きょうこちゃん、あなたに着られるために生まれてきた服だよ。そわそわ、きょろきょろしているあなたに、

「きょうこちゃん、この服似合いそう!スタイルがいいから!」

 うっ、と、すこし顔を引いて目をまんまるに。

「いや、せつな…………。あたしには、ちょっと似合わない……かな」
「こんなにかわいいのに?」

 似合わない、とか、そういうことじゃなくてさ。

「きょうこちゃんに似合うよ。大丈夫だよ」

 着てみたりもしないなんて悲しい判断はやめて、

「着てみるだけ!ね?おねがいっ!」

 この服は、あなたのことを目一杯に想いながら選んだんだ。あなたが着るために生まれてきた服を手にしたから『女の子っぽい服だから』だなんて考えはやめて。わたしを信じて、このすてきな服に、すてきなあなたを。



「どう………かな?」

 試着室のカーテンが開けられ現れた知らない女の子。はじめまして、いままでに見たことのないきょうこちゃん。その美しさに息が止まる、体中が熱くなって固まる。かろうじて、大きく息を吸い込んでいたから死んじゃわなかった。






 まさか、一目惚れを二回するとは思わなかった。

 やがて、足の先から頭乗ってっぺんまで、ざわざわと、こみ上げてくる感覚。

「きょうこちゃん!すごいっ破壊力っ!」
「えっ!破壊力っ!?」

 わたしがあなたに選んだ服が丁寧にたたまれて紙袋のなかに入れられていた。嬉しいような、悪いことをしたような不思議な気分でいっぱいになる。あなたは「気に入ったから買うんだよ」と言うのだけれど、ちらっと見えたタグに印字されたお値段は、わたしたちにとってはすこし………。

「ごめんね!?きょうこちゃん!そんなつもりじゃなかったんだよ!?」
「いや、せつなはなにも悪くないよ。あたしが気に入っただけだから」

 そんな、うれしそうな顔を………するから、よけいに………、



 ……よけいに困るじゃないか、ばか。

 そう思いつつも精算をするあなたの背中に先ほどの姿を重ねて、また二回目の一目惚れをしたきょうこちゃんに会えると思い、ときめいていた。

 かみさま、わたしは………やっぱり、



 汚いなあ。

クリスマス、八日前。
 十二月になると、おとなたちは年末に向けて暗く、忙しく、無表情になり、そして、すこし苛立っていく。そのなかでクリスマスというイベントは、みんながひと息つける瞬間なのかもしれない。だけど、わたしは十二月が近づくと憂鬱な気分になるのだ。理由は子どものころから、この時期になると父が家に帰ることがなくなり、母が夜に泣いていたから。だから、せめて、わたしは母のとなりにいてやらなければいけない。

「二週間経てば、お蕎麦に、お寺の鐘に、初詣に行くのに、どうなっているんだろー…?」
「うん?きょうこちゃん、なんの話?」

 わたしが気に入っているカフェテリアのランチを食べていたときのこと。きょうこちゃんが妙なことを言い始めた。

「あー…気にしないで?ヒトリゴトに近い、現代社会と宗教観に対する問題提起だから」
「う、うん?うん」

 えっと……?たぶん、クリスマスのこと、かな。きょうこちゃんなりの解釈………かなあ。






「せつな、クリスマスはどうする?」

 その言葉に全身が、ぞわっ、として、動揺したフォークは力加減がわからずにレタスが貫き音を立て、プレートにあたって止まった。この話は絶対にするとわかっていたのだけれど、触れないようにしてきた。わたしから話さなければ、このままやり過ごせる………なんて、汚い考えでいた。わたしもあなたと過ごしたい。けれど、お母さんが………お母さんはどうしよう。毎年のことだから、今年も七面鳥を焼くだろうし、大家族みたいに食べ切れない量の料理も作ると思う。もし、わたしがいなければ、母は食べ切られない料理の前で、料理を食べられないまま泣いている。

「一緒に過ごしたいのは、すっごく、うん、あるんだけれど、ね?」

 家にきょうこちゃんを招待………なんてできない。お母さんに、きょうこちゃんのことをどう説明し…………いや、それよりも父が許さない。『何故、私の知らない人間を家に入れた』と言うはずだ。それに反論するわたしと父の間に入って、また母が悲しむ。ほんとうに、あの家はなんのために大きく作った箱なんだろう。外観と装飾ばかりが立派で中身が、ない。

 時間が…………、一秒が重い。わたしは足が震えてなにもできない、弱いからなにも決められない。覚悟をする強さがないから嘘ばかりをついて、結局、最後は誰かを傷付け……………、

「七面鳥……かあ」

 あ。

 きょうこちゃんが、わたしのことを飲み込んで………いや、ちがう。遠ざけたんだ。そうでしょう、ねえ、ほんとうに、ほんとうに、きょうこちゃん、

「ごめん……ね?」

 ほんとうに、ごめんなさい。

 でも………ほんとうに、わたしと一緒にいたいと思っているなら、



 いっそ、わたしを、






「せつな、家族との時間を大切にして?」

かみさま。
 わたしはいやらしくて卑怯な人間です。
 きょうこちゃんを、わたしの欲望のために悪者になってほしいなんてことを、

 一所懸命願ってしまいました。

 そんなことを一瞬でも強く願ってしまったわたしを、あなたは………

「せつなは期待を裏切らないねえ」

 いつも、きょうこちゃんは……わたしの何を想像して、そんなこと言うの。わたしに、どんな幻想を抱いているんだろう。あなたはわたしを見ていなくて想像だけで、想像のわたしを話す。涙が出そうになるけど、泣いちゃだめだ………。きょうこちゃんがびっくりする。あなたを悪者にしようとした、汚れたわたしに気づかれてしまう。

「うん…………きょうこちゃん、ごめんね?」

 わたしの口癖の「ごめんね」は、何が「ごめんね」なんだろう。わたしは嘘をついて無意味に謝って、その場をやり過ごしてきただけだ。急に力無く、あなたがテーブルに突っ伏するからびっくりした。

「ええ…っ、ええと?」



「せつなは、あたしを傷つけました。慰めてください」

 きゅっ、こころが鳴る。
 こんなときに、そんなこと……………、






「……うん」

 わたしはこんなときにも自分の思いを言うことができない。お願い、お願いします、かみさま。もっと、きょうこちゃんがわたしに甘えるようにしてください。「刹那のためなら悪者になってもかまわない」って、そんなことを言わせてください。

 ………なんて、こどもの読む本に出てくる『王子さま』じゃないんだから。



「ヤバイよなあ……っ、せつなは合法ロ……ごにょごにょ……の上に、母性の塊とか。ほんとヤバいぃぃ」

 きょうこちゃんがふざけて息を切らしながら鼻を手で隠した。
 大丈夫、大丈夫だ。まだ、あなたに汚ないわたしは見つかっていない。

「なんだか……きょうこちゃん、怖いよ?」

 嘘をつけ。
 きっと、きょうこちゃんが笑うから、笑え。
 ふたりで、笑え。

 わたしの顔は、あの時みたいに笑っていない笑顔になっていませんか?ちゃんと笑っていますか?

 まだ、見つかってはダメなんだ。まだ、あなたに知ってほしい、わたしが伝わっていないから汚れないように離れられては、だめ。わたしのこと………いやになるなら、ほんとうのわたしを知ってから…………………。



「せつなは、いままで男の子も好きになったことはないのかい?」


 おとこのこ、



 おとこのこも?
 ………『も』ってなに?

「うーん?」

 思い返すふりをして考える時間をつくった。どうして、このせかいにはひとを好きになることに垣根や条件、障害があるんだろう。わたしは男の子だから、とか、女の子だからとかで、ひとを好きにならないし、恐らく年齢も関係ない。恋と呼ばれる感情はあなたがはじめてだったけれど、あなたを好きになったのは女の子だからとかであるまえに、あなただったからだ………きょうこちゃんだから好きになったんだよ。

 あなたは五月の桜と同じ、あなたならわかってくれると思っていたのに。

「あのね…あの…。



 ひとを好きになるうえで、






 性別って、



 重要なことなの?」



 あ。だめ、だめだ。
 きょうこちゃんの目が、驚いて……。



「……なんて、ごめんね?」

 わたしは、たぶん“ふつう”なんかじゃなくて、
 きっと、きっと、どこか、






 壊れている。

…………………………

このクソ素晴らしき世界。
Serenade No.13 / Eine kline Nachtmusik. N˚.7
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Ende.
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