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1回戦 Sランク冒険者ゲーム44

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 佐古くんはポカンと小さく口を開けて固まっていた。

 千野は目を大きく見開き、改めて国吉文絵を正面から見た。

「あまり見ないで。恥ずかしいから」

 国吉文絵はそう言うと、眼鏡をかけた。

「ああっ! 本当だ! 国吉さんだ!」

 千野も大声を上げた。

「あれ? 千野っちは気付いてたから文絵の方をチラチラ見てたんじゃなかったの?」

 有希は不思議そうな顔でそう訊いた。

「いや。俺はただ、近くに凄い美人が座ってるなと思って気になっただけで――あっ! いや! 今のは失言だった! 忘れてくれ!」

 千野は顔を赤くしてそう言った。

 前からそんな気がしてたけど、千野は面食いの上に惚れっぽい性格らしい。難儀な奴だな……。

 国吉文絵までもが顔を赤くして黙り込んでしまい、微妙な空気が漂った。

「夏目さんの髪は、染めたのか?」

 鈴本が、その空気をぶち壊すようにそう訊いた。

「うん。1日で自然に元の色に戻る、染髪用の魔法薬が売ってるのを見つけたから、それを使ってみたの」

 有希はそう言うと、小さなシャンプーのボトルのような容器を取り出し、鈴本に見せた。

「やっぱり似合わないよね」

 夏目理乃は眼鏡をかけると、自嘲気味にそう言った。

「そんなことはないけど、昨日までの方がよかったと思っただけだ。戻るならいい」

 鈴本はそう言うと、椅子に座り直した。

 夏目理乃は鈴本の発言を聞いても平静を装っている様子だったが、その口元だけ、かすかに笑みを浮かべていた。

 朝食が提供される時間が近づき、食堂の中に宿泊客が増えてきた。夏目理乃と国吉文絵は、俺や有希達が座っていたテーブルの隣に移動した。俺はその間も折り紙と、アイテム複製魔法の練習を続けていた。大量に作った鶴は、邪魔にならないように袋に仕舞う。特に使い道はないのだが、何となく捨ててしまうのももったいない気がしたのだ。

 待ち合わせの時間になり、安来鮎見と立花光瑠がやってきたが、青山と夜桜は現れなかった。

「青山が寝坊なんて珍しいな」

 予選のときは大抵俺より遅く寝て俺より早く起きてたのに、と思いながら、俺はそう言った。

「青山は昨日の夜遅くまで、ギルドの酒場の厨房で働いてたんだよ。そのせいで寝坊したんだろう」

 千野が天井の方に視線を向けながらそう言った。

 俺は青山を、夏目理乃は夜桜を起こしに行った。俺が青山を連れて戻ったときにはもう、人数分の朝食がテーブルの上に並べられていた。

 青山は着席しながら、夏目理乃と国吉文絵の方を見た。みんなと同じテーブルに着いていたし、2人とも眼鏡をかけた状態だったので、青山は2人の正体にはすぐに気付いた様子だった。だが、コメントに困っている様子だったので、2人は有希の職業レベル上げの犠牲になったということを、俺は説明してあげた。

 有希と、目をこすりながら登場した夜桜も着席するのを待って、食事を開始する。

 メニューはパンと角ウサギのソテーと、角ウサギの肉団子入りのスープだった。

「やっぱり角ウサギが多いな」

 俺は苦笑してそう言った。

「俺も昨日はギルドの酒場で大量の角ウサギ料理を作らされたよ」

 青山はそう言うと、疲れた表情で大きな欠伸をした。

「大変だったな」

 俺はそう相槌を打った。

「ああ。滅茶苦茶ブラック企業で大変だったよ。本来シフトに入るはずだった人がバックレちゃったらしくてさ。その穴埋めで、夜明けまで俺に働いてくれって言われたんだけど、俺も逃げてきた。今後はもう絶対にあの酒場では働きたくない。――飲食がブラックなのはどこの世界でも同じなのかな。いや、俺が将来開く店は従業員を大事にしてみせるぞ」

 青山は真剣な表情でそう語りながら、ソテーをナイフと箸で切り分けた。この世界には、箸とナイフとスプーンはあるが、フォークは存在しないようなのだ。

「今日の予定はどうする?」

 千野は音を立ててスープを飲んだ後、そう訊いた。

「まず、絶対に外せない用事は、国吉さんが錬金術士にレシピを訊きに行くやつだよな。後は、有希と夏目さんと鈴本の武器選びか。その後はまたダンジョンに潜ってレベル上げって感じでいいかな? もしも国吉さんの用事に時間がかかりそうだったら、一旦国吉さん以外のメンバーでダンジョンに出発してもいいし」

 俺はみんなの顔を見回しながらそう訊いた。異論は出なかったので、その予定で決まりになった。
 まだ首都に向かうには基礎レベルが低い気がするので、今夜もこの宿の同じ部屋に泊まることになった。おかげで、余計な荷物は部屋に置いておくことができるし、汚れた服のクリーニングを宿に頼むこともできる。

 俺は食事を終えると、食器をカウンターに返却し、他の奴らが食べ終わるまでの間に鶴を折り続けた。

「――その小さな物は、いったい何なんだ?」

 隣のテーブルに座っていた商人風の中年男性が、俺がテーブルに積み上げた折り鶴を見てそう話しかけてきた。

「よかったら、手に取って見てください」

 夏目理乃はそう言うと、1羽を摘まんで商人風の男に手渡した。

「ほほう……。全く見たことがない、面白い形のものだな。これは……鳥か?」
「はい。いくらなら買ってくれますか?」

 夏目理乃は、数往復の会話のキャッチボールを飛ばして、単刀直入にそう切り込んだ。夏目理乃と商人風の男が熱心に話し合う。いつの間にか、製作者である俺の意思を無視して、鶴を売ることが決まっていた。まあ、使い道はないし、別にいいんだけどな。
 商人風の男は、この国に複数の店舗を構える商会の、この街の支店長なのだという。宿には泊まっていなくて、朝食だけを目的にこの宿にやってきていたらしい。この宿は食堂にも力を入れていて、宿泊客以外も食事オーケーなのだ。

 結局、10羽セットで5コールトという価格で卸すことになった。その話し合いが終わる頃には、200枚のメモ用紙も全て折り鶴に変わっていたので、俺は昨夜のうちに折った分も部屋に取りに戻り、200羽の鶴を商人の男に手渡した。

「またご入り用でしたら、冒険者ギルドに伝言をお願いします」

 夏目理乃は代金の100コールトと名刺を受け取ると、笑顔でそう言った。商人の男は満足げに宿を出て行った。

「……儲かったな。昨日は何時間もかけて薬草を採取しに行って、角ウサギやケイヴタートスの肉とかも納品して、1人につき50コールトくらいの収入だったのに、片手間で折った鶴が100コールトで売れたなんて……。何かショックだ」

 俺は嬉しい思いと悲しい思いが半々の状態で、夏目理乃が受け取った100コールト分の硬貨を見てそう言った。

「烏丸だけじゃなくて、みんなで鶴を大量生産して大儲けしないか?」

 千野は興奮した様子でそう訊いた。

「それは無理だと思うよ。どうせそのうち、誰かがあの鶴を分解して折り方を調べて再現するようになるでしょうし。そしたら価格競争が起こって、今日みたいな金額では売れなくなるでしょうし……。でも、今ならまだ間に合うかもね。私達の武器選びには付き合わなくていいから、烏丸くんはダンジョンに出発するまでの時間に、急いで鶴を大量生産して」

 夏目理乃は俺にそう頼んだ。

「烏丸以外はやらなくていいのか?」

 千野がそう確認した。

「ええ。買い取ってもらえない可能性もあるし、烏丸くん以外の人は鶴を折っても職業レベルは上がらないしね」

 夏目理乃はそう答えた。

 というわけで、俺は昨日と同じ文具店でメモ用紙を購入し、1人で宿の部屋にこもり、黙々と鶴を折り続けることになった。

 それにしても、俺の職業レベル上げの方法は他の奴らよりも地味な気がするな……。
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