上 下
109 / 126

1回戦 Sランク冒険者ゲーム41

しおりを挟む
 地上を含めてたったの7階層しかないダンジョンとはいえ、ケイヴタートスの死体を運ぶのは困難だった。

 体長が2メートルくらいで、甲羅があって人間よりも遙かに肉厚であることを考えると、ケイヴタートスの体重は150キロくらいありそうだった。

 さっき、俺と夏目理乃は2人いれば1体運べそうとかいう話をしていたけど、2人じゃ無理だった。4人でも無理だったし、6人でも無理だった。11人全員で協力して、ケイヴタートスの死体を引っくり返して甲羅を地面に付けることで摩擦係数を減らしてみたが、地上まで運搬するのは現実的ではなかった。

「全部持って帰るのは諦めよう。手足の肉の部分だけ切り取ればいいだろ」

 俺がそう言うと、鈴本が真っ先に賛成し、誰も反対しなかった。

「ケイヴタートスの肉はどうする? 食べるか?」

 解体作業をしていた青山は、みんなの顔を見回しながらそう訊いた。

「無理! こんなグロいもの、絶対に食べたくない!」

 有希が、断固拒否という調子でそう言った。俺もカメの魔物はちょっと食べる気がしなかった。

「僕は、カメの肉よりはウサギの肉の方が好きだよ!」

 キツネのコンちゃんはそう言った。

 いや、お前は人形なんだからケイヴタートスも角ウサギも食べられないだろ!

 と突っ込みたかったが、我慢した。

 そう言えば、『ウサギとカメ』と言えばイソップ童話のタイトルだな。ウサギとカメでたとえると、生産職しか生き残っていない地球チームはカメで、戦闘職がたくさん生き残っているであろう敵チームはウサギだろう。あの寓話は、カメは油断しないウサギには勝てないということを教えてくれる。カメがウサギに勝つには、ウサギと正攻法で真正面から戦ってはいけないのだ。

 階層を降りるときとは逆に、鈴本を最後尾にして地上に向かう。案の定、鈴本は途中で足を滑らせて、下まで転がり落ちてしまった。

「鈴本の今の器用さの数値は?」

 鈴本が復活するのを待って、俺はそう訊いてみた。

「1に上がった」
「そうか……」

 先は長そうだな。

 向かってくるGランクの魔物を倒しながら、地上を目指す。途中、青山がパッシブスキルの〈食欲旺盛〉を試してみたいと言い出し、包丁で角ウサギやゴブリン達と戦ってみた。

「何か、あまり角ウサギと戦っても攻撃力が上がった気がしないな。ゴブリンや青スライムと戦ったときに攻撃力が下がったのは感じるんだけど」

 青山は包丁を見下ろし、感想を述べた。

「もともと角ウサギは一撃で倒せるからな。スキルの恩恵を感じにくいのかもしれない。普通に考えて、包丁より剣の方が戦いやすい、っていう事情もあるだろうし。もっと大振りの肉包丁とか中華包丁を武器にすると、恩恵を感じやすいかもしれないな」

 俺は少し考えてそう言った。

「そうだな。道具の問題はあるかもしれないな」

 青山はそう言い、包丁の手入れをして鞘に仕舞った。

 斜面の通路を進むときに鈴本が滑り落ちると時間のロスになるので、俺が最後尾の1つ前のポジションにつき、俺と鈴本のベルトを命綱で繋いで、「ファイトーっ! イッパーツっ!」的な感じで鈴本を助けてやった。

 道中の魔物を倒しながら最短距離で地上に出ると、空は完全に夜の帳が落ちていた。

 ダンジョンに潜る前に角ウサギの死体を吊るしていた木の様子を見に行くと、肉食の動物か魔物によって食い散らかされていた。

「あー、そうか。屋外に放置したら、そうなるよな」

 俺は落胆し、そう言った。

「まあ、角ウサギくらいなら、街に戻る途中でまた出くわすだろ。今のうちに薪を集めておいてくれたら、俺が夕食にまたウサギ鍋を作ってやるよ」

 青山は気軽な口調でそう言った。その言葉通り、スプリングワッシャーに戻るまでに十数匹の角ウサギを倒し、青山が血抜きをしてくれた。

 そしてその戦闘で、青山と千野の基礎レベルが3に上がった。

「メンテナンス魔法Lv.1を覚えたぞ」

 千野がそう報告した。その名の通り、武器や防具のメンテナンスや修復をする魔法だった。千野は下半身の防具を脱ぎ、ケイヴタートスとの戦闘で破損してしまったパーツを元の位置に戻した。千野が手をかざして「メンテナンス魔法Lv.1!」と言うと、一瞬だけ防具全体が光った。光が消えると、傷跡は残っているものの、破損した部分がくっついていた。

「おお、直った。これは便利な魔法だな」

 使い勝手の悪いスキルを覚えた青山は、羨ましげにそう言った。

 千野はみんなの防具を見て、へこんでいる箇所を見つけると、メンテナンス魔法をかけていった。ただし、千野の分も含めてたったの3回でMPが切れてしまい、打ち止めとなった。

 夏目理乃は対物鑑定魔法を使い、メンテナンス魔法をかける前とかけた後のパラメーターを確認し、防具の耐久値が回復したことを報告してくれた。

 街に着くと、俺達は冒険者ギルドに行った。サーシャは勤務時間が終わったのか不在だったので、別の受付の男にケイヴタートスの肉を納品した。後でもう1回ギルドに行くと受付の人に伝え、野菜を買った後、宿に預けていた鍋やまな板や調味料を持って門の外に戻った。石で即席の竈を作り、青山は約束通りウサギ鍋を作ってくれた。

「MPが切れるまでヒールLv.1の練習をしたいんだけど、誰か怪我してない?」

 暇だったのか、鍋が煮えるのを待つ間に有希がそう訊いた。
 すかさず、鈴本が名乗り出た。そりゃあ、あれだけ頻繁に転んでいたら怪我もするだろう。鈴本の怪我はどれもかすり傷だったが、ヒールLv.1はかすり傷しか治せないのでちょうどよかった。

 俺もアイテム複製魔法Lv.1の練習をしてみることにした。

 新品の初級ポーションを右手に持ち、目の前に水の入ったガラス瓶と薬草の束を用意して、「アイテム複製魔法Lv.1!」と唱えてみた。

 すると、水の入ったガラス瓶と薬草と、俺の左手のあたりが光った。光が収まると、水の入ったガラス瓶と薬草の一部が消え、俺の左手の中に初級ポーションが出現していた。

「おお! めっちゃ簡単だな! 成功したぞ!」

 俺は興奮してそう言った。アイテム複製魔法はMPの消費量が大きく、最大で8しかないMPを全て消費してしまった。

 早速、夏目理乃に鑑定してもらう。

「まず、新品の初級ポーションの品質は90ね。ちなみに、品質は100が最高みたい。HPの回復量は30。――で、烏丸くんが複製した初級ポーションの品質は10で、HPの回復量は2よ」
「えっ……。回復量がたったの2?」

 俺は信じられない思いでそう訊いた。

「ええ。これなら、薬草をそのまま食べるのと変わらないと思うわ。まあ、薬草は不味い上に日持ちしないらしいし、摂取しやすくなるという利点はあるけど」

 夏目理乃は言いにくそうな表情で言った。

「そうか……。きっと魔法のレベルと俺の魔力が低すぎるんだろうな。まあいいさ。どうせ本命は〈スキルツリー複製〉だからな。アイテム複製魔法は職業レベルを上げるための手段に過ぎないし」

 俺はそう強がりながら、何とかしてアイテム複製魔法を実用化する方法はないかと考え始めた。

 角ウサギ鍋が完成し、夕食が終わると、俺達は再びギルドに戻った。

 ケイヴタートスの肉は手足の4本セットで、10コールトで売れた。それが10体分で、合計100コールト(約1万円)の収入だった。

 納品の評価は残念ながらCだった。A評価をもらうには、ケイヴタートスのパーツが全て揃っている必要があるらしい。そのため、結局今日は誰もFランクに昇格できず、千野はがっかりしていた。
しおりを挟む

処理中です...