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1回戦 Sランク冒険者ゲーム32

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 ようやく門の外に出ると、昨日は腰の高さまで草が生えた草原だった場所は、ただの荒れ地に変貌していた。角ウサギの大群が草を踏み荒らし、地面を固めてしまったせいだろう。そのせいか、昨日よりも随分と見通しがよくなっていた。

 門の前には角ウサギの死体が大量に散らばっていて、それを大勢の冒険者達が回収していた。

 俺達はその回収作業はスルーして、昨日角ウサギの大群に襲われた地点に向かって歩く。

「早速、角ウサギのお出ましだぞ!」

 先頭を歩いていた俺はそう言い、剣を構えた。3匹の角ウサギが俺達に気付き、突進してきていた。

「俺が真ん中のを狙う。青山は左のを、立花さんは右のを頼む。他の人は討ち漏らしに対応してくれ」
「分かった」

 俺の指示に青山が即座に反応した。立花光瑠も無言で右の角ウサギに剣を向けた。

 俺の1メートルくらい手前で、角ウサギが勢いよくジャンプした。急所である顔を、角で狙っている。

 だけど――ワンパターンなんだよ!

 俺は心の中でそう叫び、剣を上下に振り下ろした。角ウサギのその動きは、スタンピードに巻き込まれたときに何度も見たので、簡単に対応できた。

 狙い通りに剣が角ウサギの頭部に当たった。

 なるほど。サーシャさんが素振りをしろと言ったのはこういうことか、と思った。
 何回も素振りをしたおかげで、どの角度、どのくらいの速度、どのくらいの力で剣を振ったら、どのタイミングでどの位置に剣が移動するのかを、無意識に把握できるようになった。後は、そのタイミング、その位置に敵が来るように調節すれば、刃を的中させることができた。
 これからも毎日素振りを続けよう、と決意した。

 もともと角ウサギは、石で思いきり殴るだけでも倒すことができるくらい弱い魔物だ。俺のたった1回の攻撃で、角ウサギは絶命して地面に転がった。

 青山と立花光瑠も問題なく対処して角ウサギを倒していた。

「何か、意外と弱かったな……」

 青山が感想を述べた。立花光瑠も無言で頷いた。
 立花さん、無口キャラなのは別にいいんだけど、戦闘中くらいは普通に話してくれないかな……。考えてみると、立花さんの声を聞いたのって、昨日の自己紹介の「立花光瑠。農家」という台詞だけだぞ。そろそろ心を開いてくれよ。

「同感だ。スタンピードのときは角ウサギの数が異常だったし、俺達も何の武器も防具も持ってなかったからな。これくらいが本来の角ウサギの強さなんだろう。何と言っても、最弱の魔物の1つだし。それより、これどうする?」

 俺は角ウサギの死体を見ながらそう言った。

「どうするって……ギルドに持っていけば、買い取ってもらえるんだよな?」

 青山は鈴本の方を見ながらそう訊いた。

「ああ。角ウサギの買い取り部位は毛皮と肉で、2つ合わせて3コールトだな。首から下をそのまま納品できるらしいけど、血抜きが必須だ」

 鈴本はサーシャにもらった紙を見ずにそう答えた。もう暗記してしまったようだ。

「3コールトって、日本円だと300円くらいか? いくら何でも安すぎないか?」

 俺は呆れてそう言った。

「普段の相場は6コールトくらいらしいんだけど、今は大量の角ウサギ肉が出回るせいで、最低買い取り金額になると予想した。まあ、この予想は外れてないだろう」

 鈴本は淡々とそう答えた。

「6コールトでも異様に安く感じるぞ。あまり美味しくないのかな?」

 青山は剣についた血を拭い、鞘に仕舞いながらそう言った。

「味は知らないけど、それはあくまでも買い取り金額だからね。ここにギルドの利益とか、解体手数料とか、肉屋の利益とかが色々と加算されて、市場価格は20コールトから30コールトくらいになるんじゃないかな。商売っていうのはそんなものだよ」

 商人の夏目理乃はそう答えた。

「で、僕達には3つの選択肢があるな。角ウサギを納品するか、それとも自分達で食べるか、あるいは放置するか」

 鈴本は指で数字の3を示しながらそう言った。

「放置するなんて選択肢があるの?」

 有希は首を傾げてそう訊いた。

「だって、たったの3コールトだし。血抜きをしてギルドまで持っていくのって、結構面倒くさいというか、割に合わない気がするんだよな」

 鈴本は眼鏡のズレを直しながらそう答えた。

「駄目! 放置するなんてもったいないよ! 3コールトを笑う者は3コールトに泣くって言うでしょ? 納品しないなら、せめて自分達で食べようよ!」

 強硬にそう主張したのは、当然ながら夏目理乃だった。

「青山の職業レベル上げも兼ねて、調理して自分達で食べるっていうのはいい考えかもな。青山が良ければだけど」

 俺は青山の方を見ながらそう言った。

「今は調理器具を何も持ってないからできないけど、いいよ。俺が後で料理する」

 青山はそう言うと、ポケットからナイフを取り出した。左手で角ウサギの胴体を持ち、近くにあった丸い石の上に置くと、右手に握ったナイフで首を切り落とした。

 有希と佐古くんが小さな悲鳴のような声を上げた。正直に言うと俺もキツかったけど、この程度でいちいち反応していたら、これからこの世界で生きていけないと思い、我慢した。

 青山が角ウサギの後ろ脚を持って、逆さに吊るすような状態にすると、そこから地面に血が滴り落ちた。

「血抜きって、やらないといけないの?」

 有希は口元を手で押さえてそう訊いた。

「ああ。これをしないと、血生臭くて食べれたもんじゃないんだ。俺達が地球で食べていた豚や牛や鶏だって、誰かが血抜きをしてくれていたんだぞ」

 青山はそう答えた。

「私も、魚を釣って食べるときは、時々血抜きをしてたよ」

 安来鮎見はそう報告した。

 青山は、手に持った血抜き途中の角ウサギを鈴本に渡そうとした。だが、鈴本は焦ったようにこう言った。

「な、何で僕に渡そうとするんだ?」
「だって、鈴本は武器を持っていなくて手ぶらだし」
「うっ。わ、分かったよ……」

 鈴本は泣きそうな顔で角ウサギを受け取った。さらにもう1匹の角ウサギも鈴本が持ち、最後の角ウサギは夏目理乃が持つことになった。

「うーん。今後のことを考えると、アイテムボックスを覚えるまで、佐古くんのレベルを優先的に上げた方がいいかもね」

 夏目理乃は自分の手に持った角ウサギを見下ろしながらそう言った。

「そうだな。アイテムボックスは必須スキルって感じがする」

 鈴本はそう頷いた。

 俺も同感だった。ただ、問題は佐古くんがどれくらい戦闘できるかなんだよな。佐古くんはどう見てもバトル向きのキャラじゃない気がする。やってみないと分からないけど。

 そう考えながら歩いていると、新たに5匹の角ウサギの群れがこちらに突進してくるのが見えた。

「佐古くん、先頭の角ウサギを倒してくれ。残りは、それぞれ自分に向かってきた角ウサギを倒そう。武器を持ってない人は後ろの方にいてくれ」

 俺は素早くそう指示を出した。

「うん」

 佐古くんは震える声でそう言い、1歩前に出た。そして、1メートルほど手前でジャンプした角ウサギに向かって槍を突き出したのだが――外してしまった。タイミングが全く合っていなくて、角ウサギが通り過ぎた空間を槍が空振りしてしまった。

 当然、角が佐古くんの顔に向かって跳んでいく。しかし、佐古くんは空振りしたせいで姿勢を崩してしまっていて、避けることができそうになかった。

「危ない!」

 千野圭吾がそう言い、佐古くんを肩と肘で横から突き飛ばした。千野圭吾はそのまま剣を斜めに振り下ろし、佐古くんに向かっていた角ウサギを倒した。

 残りの4匹は、俺と青山と立花光瑠と安来鮎見が倒した。

「ご、ごめん……」

 地面に転倒した佐古くんは、立ち上がりながらそう言った。

 鈴本よりはマシだけど、やっぱりバトルは苦手そうだな。薄々そんな気はしていたけど、やっぱり生産職になる奴っていうのは運動神経が平均を下回っているような気がする……。この中で高校1年生の男女別平均並みの運動神経がありそうなのって、青山と千野圭吾と有希と立花光瑠の4人くらいなんじゃないだろうか?


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