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1回戦 Sランク冒険者ゲーム28 米崎陽人視点4
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【お知らせ】
昨日は忙しくて、更新が間に合いませんでした。すみません。
昨日の分を含めて、本日(7月10日)は2回更新します。
―――――――――――――――――――――――――
羊飼いになりたかった人がいるというのは、羊飼いになりたくなかった陽人にとってカルチャーショックだったが、女の子が嘘をついているようには見えなかった。
「きみの職業は?」
「私は村人です」
女の子は普通の表情でそう答えた。村人であることを恥じている様子はなかった。
「村人って、どれくらいいるんだったっけ?」
「村人単体は分かりませんけど、この世界の2人に1人は村人か市民らしいですよ。村人も市民もスキルツリーが1つもなくて、魔法やスキルを全く覚えられませんけど、別に魔法やスキルがなくたって生きていけますから、普段は困りません。でも、羊の世話をしていると、あー、私も羊飼いだったらよかったのになあ、って思っちゃうんですよね」
女の子はそう言った後、脱走した羊の方を見て、「あっ。いけない。戻らないと」と言った。
「送っていこうか?」
陽人は、自分の口からそんな言葉が飛び出したことにびっくりした。
「いいんですか? ありがとうございます!」
女の子は笑顔でそう言い、羊の首輪を掴みながら歩き出した。
2人と1匹で並んで、夜の城壁の上を歩く。日本に比べるとささやかな光ではあったが、城壁の中の夜景が綺麗だった。外側は相変わらず角ウサギのスタンピードが発生中で、足音がうるさかったが。
「こっちで合ってるの?」
女の子がスロープとは反対方向に歩いているのが気になり、陽人はそう訊いた。
「はい。今、避難しているので」
「避難? どこから?」
「近くの村からです。近くって言っても、歩いて1時間以上かかりますけど。普段はこの子達も村の近くにいるんですけど、スタンピードが発生するって知らせが届いて、いつものようにスプリングワッシャーに避難させてもらったんです。家畜がいない人は、宿に泊まったり、路上にテントを設営して寝てるんですけど、家畜はそんなわけにはいきませんからね。城壁の中には家畜を寝かせられるスペースがないから、こうやって城壁の上に置かせてもらっているんです」
なるほど。それで、北門は階段だったのに、南門はスロープになっていたのか。家畜は階段を上れないから、わざわざスロープにしたのだろう。それにしてもよく喋る子だな、と陽人は思った。
そうなんだ、と陽人が相槌を打つと、女の子は急に悲しげな声になった。
「でも、私ったらドジだから、スタンピードって聞いて慌てちゃって、転んで怪我をしちゃったんですよね……」
「その目?」
女の子の右目の包帯を見ながら、陽人はそう訊いた。
「はい。転んだ場所に運悪く尖った石があって」
「大丈夫なのか?」
「今は痛み止めの薬草を飲んでますから。怪我が治ったわけじゃありませんけど、痛くありません。薬草の副作用で眠れなくなるんですけど、今夜は夜通し羊の番をする予定だったから、特に問題はないです。陽人さんの怪我は大丈夫ですか?」
そう訊かれて、陽人は一瞬、何を訊かれたのか分からなくて戸惑った。
しかしすぐに、陽人の右目の眼帯と、左手首の包帯について言っているのだと理解した。
そして――急に恥ずかしくなった。怪我をしているわけでもないのに、こんなものを身につけて、本当に怪我をした女の子に心配させるなんて。
「えっと、これは……大丈夫だ」
「それならよかったです。私、レイエットって言います。あなたは?」
「僕は陽人だ」
「ハルトさんですね。私は15歳なんですけど、ハルトさんは?」
「僕も15歳だよ」
「なあんだ。同い年だったんだ。じゃあ、ハルトくんは羊飼いになったばっかりなの?」
「え? どういう意味?」
「15歳になったから、職業付与の儀式で神様に羊飼いの職業を与えられたんじゃないの?」
この世界では、15歳になったらそんな儀式があるのか、と陽人は理解した。
魔法文明の世界ではそれが普通だとすると、デスゲームの最初の説明のときに、ザイリックが「全員がその世界の年齢で15歳で、32人のグループというのが条件でしたー」と言っていたのは、職業付与の儀式のためだったのかもしれない。
「ああ、うん。そうなんだよ」
「羊は何匹飼っているの?」
「いや……。僕はまだ、1匹も飼ってないんだ」
そんなことを話しているうちに、城壁の上に並んで大人しく寝ている羊の群れが見えてきた。パッと見て50匹くらいはいそうだった。こんなにたくさんの羊を1人で見るのは大変だろうな、と思ったが、よく見ると群れの反対側にテントがあった。レイエットの家族が寝ているのだろうか、と思った。城壁のさらに奥には、牛や豚や鶏もいるようだった。
「他の子はみんな寝てくれたのに、この子だけ起きて脱走しちゃって、大変だったんだよね。ハルトくんが止めてくれて、本当に助かったよ。ありがとう」
「別に大したことはしてないよ」
「ねえ。もし時間があるなら、お礼にお茶でも飲んでいかない?」
女の子にお茶に誘われるなんて、生まれて初めてだな、と陽人は思った。
「うん。時間はいくらでもあるよ」
「よかった」
レイエットに先導され、毛布が敷いてある一角に移動した。毛布の傍にはお茶のセットがあった。レイエットは慣れた様子で水筒からティーポットに水を注いだ。調理用と思われるコンロのような魔道具に火を点け、ティーポットを載せてお湯を沸かし始めた。
暗がりの中で、レイエットの白くて長い耳が揺れている。今日は角ウサギに散々な目に遭わされ、ウサギを嫌いになってしまいそうだったが、ウサギ獣人のレイエットのことは好きだなと思った。
「座ってよ」
レイエットにそう促され、陽人は毛布の上に座った。
「あったかくてフワフワな毛布だね」
「でしょ? 私が羊の毛で作った毛布なんだ」
「凄いね」
陽人は本心からそう言った。
「そんなことないよ」
お湯が沸くと、レイエットはその中に葉を入れた。どうやらハーブティーのようで、馴染みはなかったが、いい匂いだった。
レイエットはカップを2つ取り出し、お茶を注ぎ始めた。ところが、狙いを外したのか、お茶はカップよりも奥の地面の上にこぼれてしまった。
「あっ……」
「僕がやるよ」
目を怪我したばかりで遠近感が掴めないのだろうと気付き、陽人はそう申し出た。レイエットからティーポットを受け取るときに、レイエットの手に指が触れてしまい、ドキッとした。しかし、レイエットの方は全く気にしていない様子だった。
陽人は猫舌なので、お茶が冷めるまで少し待つことにした。
「その目の怪我は、治療しないのか?」
どうしても気になり、陽人はそう訊いた。
「うん……。最近、3番目の弟が生まれたばっかりで、お金がないから」
「3番目の弟? 何人兄弟なんだ?」
「今は8人兄弟で、私が1番上」
「8人兄弟? 凄いな」
「え? これくらい、普通だよ?」
レイエットはきょとんとした顔でそう言った。
「ああ、そうか。そうだったな。僕は1人っ子だから、ちょっと驚いただけだ」
「そうなんだ。私から見たら1人っ子の方が凄く感じるけど。――スプリングワッシャーに着いてから、回復魔術師に怪我を見てもらったんだけど、目みたいに重要な場所の治療にはヒールLv.6が必要で、1000コールトかかるそうなの。だから、お父さんとお母さんは羊を売ってお金を作ることにしたんだけど、今は時期が最悪なんだよね」
「最悪って?」
「ほら、スタンピードが発生中だから。もう少ししたら、街中に大量の角ウサギ肉が出回るってみんな分かってるから、いま羊の肉を売ろうとしても買い叩かれちゃうんだよね。だから、あと2週間くらい待って、角ウサギ肉がなくなった頃に羊を売ろう、って私の方から言ったんだ」
「2週間って……。それまでずっと、怪我をそのままにしておくつもりなのか?」
陽人は信じられない思いでそう訊いた。
「うん。大丈夫だから」
レイエットはそう言い、お茶を飲んだ。
痛み止めの薬草を飲めば、痛くはないのかもしれない。だが、副作用で眠れないとなると、どう考えても2週間も待つのは辛いだろう。
昨日は忙しくて、更新が間に合いませんでした。すみません。
昨日の分を含めて、本日(7月10日)は2回更新します。
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羊飼いになりたかった人がいるというのは、羊飼いになりたくなかった陽人にとってカルチャーショックだったが、女の子が嘘をついているようには見えなかった。
「きみの職業は?」
「私は村人です」
女の子は普通の表情でそう答えた。村人であることを恥じている様子はなかった。
「村人って、どれくらいいるんだったっけ?」
「村人単体は分かりませんけど、この世界の2人に1人は村人か市民らしいですよ。村人も市民もスキルツリーが1つもなくて、魔法やスキルを全く覚えられませんけど、別に魔法やスキルがなくたって生きていけますから、普段は困りません。でも、羊の世話をしていると、あー、私も羊飼いだったらよかったのになあ、って思っちゃうんですよね」
女の子はそう言った後、脱走した羊の方を見て、「あっ。いけない。戻らないと」と言った。
「送っていこうか?」
陽人は、自分の口からそんな言葉が飛び出したことにびっくりした。
「いいんですか? ありがとうございます!」
女の子は笑顔でそう言い、羊の首輪を掴みながら歩き出した。
2人と1匹で並んで、夜の城壁の上を歩く。日本に比べるとささやかな光ではあったが、城壁の中の夜景が綺麗だった。外側は相変わらず角ウサギのスタンピードが発生中で、足音がうるさかったが。
「こっちで合ってるの?」
女の子がスロープとは反対方向に歩いているのが気になり、陽人はそう訊いた。
「はい。今、避難しているので」
「避難? どこから?」
「近くの村からです。近くって言っても、歩いて1時間以上かかりますけど。普段はこの子達も村の近くにいるんですけど、スタンピードが発生するって知らせが届いて、いつものようにスプリングワッシャーに避難させてもらったんです。家畜がいない人は、宿に泊まったり、路上にテントを設営して寝てるんですけど、家畜はそんなわけにはいきませんからね。城壁の中には家畜を寝かせられるスペースがないから、こうやって城壁の上に置かせてもらっているんです」
なるほど。それで、北門は階段だったのに、南門はスロープになっていたのか。家畜は階段を上れないから、わざわざスロープにしたのだろう。それにしてもよく喋る子だな、と陽人は思った。
そうなんだ、と陽人が相槌を打つと、女の子は急に悲しげな声になった。
「でも、私ったらドジだから、スタンピードって聞いて慌てちゃって、転んで怪我をしちゃったんですよね……」
「その目?」
女の子の右目の包帯を見ながら、陽人はそう訊いた。
「はい。転んだ場所に運悪く尖った石があって」
「大丈夫なのか?」
「今は痛み止めの薬草を飲んでますから。怪我が治ったわけじゃありませんけど、痛くありません。薬草の副作用で眠れなくなるんですけど、今夜は夜通し羊の番をする予定だったから、特に問題はないです。陽人さんの怪我は大丈夫ですか?」
そう訊かれて、陽人は一瞬、何を訊かれたのか分からなくて戸惑った。
しかしすぐに、陽人の右目の眼帯と、左手首の包帯について言っているのだと理解した。
そして――急に恥ずかしくなった。怪我をしているわけでもないのに、こんなものを身につけて、本当に怪我をした女の子に心配させるなんて。
「えっと、これは……大丈夫だ」
「それならよかったです。私、レイエットって言います。あなたは?」
「僕は陽人だ」
「ハルトさんですね。私は15歳なんですけど、ハルトさんは?」
「僕も15歳だよ」
「なあんだ。同い年だったんだ。じゃあ、ハルトくんは羊飼いになったばっかりなの?」
「え? どういう意味?」
「15歳になったから、職業付与の儀式で神様に羊飼いの職業を与えられたんじゃないの?」
この世界では、15歳になったらそんな儀式があるのか、と陽人は理解した。
魔法文明の世界ではそれが普通だとすると、デスゲームの最初の説明のときに、ザイリックが「全員がその世界の年齢で15歳で、32人のグループというのが条件でしたー」と言っていたのは、職業付与の儀式のためだったのかもしれない。
「ああ、うん。そうなんだよ」
「羊は何匹飼っているの?」
「いや……。僕はまだ、1匹も飼ってないんだ」
そんなことを話しているうちに、城壁の上に並んで大人しく寝ている羊の群れが見えてきた。パッと見て50匹くらいはいそうだった。こんなにたくさんの羊を1人で見るのは大変だろうな、と思ったが、よく見ると群れの反対側にテントがあった。レイエットの家族が寝ているのだろうか、と思った。城壁のさらに奥には、牛や豚や鶏もいるようだった。
「他の子はみんな寝てくれたのに、この子だけ起きて脱走しちゃって、大変だったんだよね。ハルトくんが止めてくれて、本当に助かったよ。ありがとう」
「別に大したことはしてないよ」
「ねえ。もし時間があるなら、お礼にお茶でも飲んでいかない?」
女の子にお茶に誘われるなんて、生まれて初めてだな、と陽人は思った。
「うん。時間はいくらでもあるよ」
「よかった」
レイエットに先導され、毛布が敷いてある一角に移動した。毛布の傍にはお茶のセットがあった。レイエットは慣れた様子で水筒からティーポットに水を注いだ。調理用と思われるコンロのような魔道具に火を点け、ティーポットを載せてお湯を沸かし始めた。
暗がりの中で、レイエットの白くて長い耳が揺れている。今日は角ウサギに散々な目に遭わされ、ウサギを嫌いになってしまいそうだったが、ウサギ獣人のレイエットのことは好きだなと思った。
「座ってよ」
レイエットにそう促され、陽人は毛布の上に座った。
「あったかくてフワフワな毛布だね」
「でしょ? 私が羊の毛で作った毛布なんだ」
「凄いね」
陽人は本心からそう言った。
「そんなことないよ」
お湯が沸くと、レイエットはその中に葉を入れた。どうやらハーブティーのようで、馴染みはなかったが、いい匂いだった。
レイエットはカップを2つ取り出し、お茶を注ぎ始めた。ところが、狙いを外したのか、お茶はカップよりも奥の地面の上にこぼれてしまった。
「あっ……」
「僕がやるよ」
目を怪我したばかりで遠近感が掴めないのだろうと気付き、陽人はそう申し出た。レイエットからティーポットを受け取るときに、レイエットの手に指が触れてしまい、ドキッとした。しかし、レイエットの方は全く気にしていない様子だった。
陽人は猫舌なので、お茶が冷めるまで少し待つことにした。
「その目の怪我は、治療しないのか?」
どうしても気になり、陽人はそう訊いた。
「うん……。最近、3番目の弟が生まれたばっかりで、お金がないから」
「3番目の弟? 何人兄弟なんだ?」
「今は8人兄弟で、私が1番上」
「8人兄弟? 凄いな」
「え? これくらい、普通だよ?」
レイエットはきょとんとした顔でそう言った。
「ああ、そうか。そうだったな。僕は1人っ子だから、ちょっと驚いただけだ」
「そうなんだ。私から見たら1人っ子の方が凄く感じるけど。――スプリングワッシャーに着いてから、回復魔術師に怪我を見てもらったんだけど、目みたいに重要な場所の治療にはヒールLv.6が必要で、1000コールトかかるそうなの。だから、お父さんとお母さんは羊を売ってお金を作ることにしたんだけど、今は時期が最悪なんだよね」
「最悪って?」
「ほら、スタンピードが発生中だから。もう少ししたら、街中に大量の角ウサギ肉が出回るってみんな分かってるから、いま羊の肉を売ろうとしても買い叩かれちゃうんだよね。だから、あと2週間くらい待って、角ウサギ肉がなくなった頃に羊を売ろう、って私の方から言ったんだ」
「2週間って……。それまでずっと、怪我をそのままにしておくつもりなのか?」
陽人は信じられない思いでそう訊いた。
「うん。大丈夫だから」
レイエットはそう言い、お茶を飲んだ。
痛み止めの薬草を飲めば、痛くはないのかもしれない。だが、副作用で眠れないとなると、どう考えても2週間も待つのは辛いだろう。
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