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1回戦 Sランク冒険者ゲーム5

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 これはもう、滅亡寸前の異世界だと言っていいだろう。
 滅亡しかけているかは主観によるとザイリックは言っていたが。魔族視点や魔物視点から見ると、滅亡しかけているどころか、むしろ隆盛を極める状態なのかもしれない。

 しかし、俺達は人間だし、Sランク冒険者を目指さないといけないのだから、俺達から見ると滅亡寸前の世界に他ならない。

「そう言えば、まだ大事なことを訊いていなかったな。先にSランク冒険者が現れたチームが勝利するって言ってたけど、その後、すぐに2回戦になるのか?」

 俺はザイリックにそう訊いた。

「いいえー。勝利した後も、1回戦が開始してから64日間が経過するまで、アジャイル星で過ごしてもらいますー。他のチームとの兼ね合いもあるのでー」

 やっぱりそうか。異世界デスゲームにはまだ256チームも残っているから、そのうちのどこかの1回戦では勝敗がつくまで64日間かかることもあるだろう。他のチームの1回戦の勝敗が決まらないのに、先に決まったチームだけ2回戦を始めるというわけにはいかないか。だったら、最初から64日間が経過するまでアジャイル星で過ごすと決めておいた方が、運営としては楽なのだろう。

「例えば、俺達の誰かが10日目にSランク冒険者になったとしたら、相手チームはどうなるんだ?」
「死にますー。具体的には、我々が相手チームを太陽に転移させて殺しますー」
「その後、54日間をアジャイル星で過ごさないといけないのか。その期間中に俺達の誰かが死んでいた場合はどうなる?」
「死んだままですー。蘇生させるのは、この魔空間に転移させてからなのでー」
「じゃあ、その54日の間に世界の滅亡に巻き込まれて、俺達全員が死んでしまったらどうなるんだ?」
「この魔空間に32人全員の死体と魂を転移させて、1回戦開始から64日間が経過した時点で蘇生させますー」

 ということは、俺達の誰かがSランク冒険者になった後なら、世界の滅亡に巻き込まれても構わないのか。2回戦以降のことも考えると、できるだけレベルは上げておきたいところだが。

 と、俺が呑気なことを考えていると――。

「ちょっと待って。さっきから簡単に『蘇生』って言ってるけど、蘇生された人はオリジナルなの?」

 三つ編みの髪型で眼鏡をかけている、文学少女っぽい女子、文学少女ちゃんがそう訊いた。

「質問の意図が分かりませんー」
「例えば、SF小説には次のような蘇生方法が登場することがあるわ。死んだ人のクローンを作って、死んだ人の記憶をクローンに植え付けるの。すると、死んだ人と同じ姿で、同じ記憶を持った人が誕生することになる。それだって『蘇生』と言えば蘇生だけど、『生き返った』人は、死んだオリジナルのコピーに過ぎないんじゃないかしら」

 文学少女ちゃんの言葉を聞いて、首都班の6人がギョッとしたような顔になった。

 もしも、ザイリックの言う「蘇生魔法」が、死者の肉体からクローンを作り、死者の記憶をコピーして貼り付けるというものなのだとしたら。

 生き返ったコピーは、自分がコピーであることに気付かない。肉体にも違和感はないし、記憶も連続している。一見、何の問題もないように思える。

 しかし、死んだオリジナルにとっては。「生き返った」コピーは、あくまでも自分のコピーに過ぎない。やっぱり自分は死んだままだし、生き返ってなどいない。

 巨漢くんは、蒼白な顔で自分自身の身体を見下ろしていた。自分がオリジナルなのか自信が持てないのだろう。

 恐ろしいことを訊きやがって、と文学少女ちゃんを恨みたい気分になった。しかし、まだ俺が死ぬ前にその質問をしてくれて助かった、とも思った。

「先ほどの質問の意図を理解しましたー。蘇生魔法で生き返った人は、オリジナルですー」
「本当にそう言い切れるの?」

 文学少女ちゃんは疑り深い眼差しでザイリックを見てそう訊いた。

「はいー。先ほど国吉くによし文絵ふみえさんが言った方法で出来上がるのは、コピーされた肉体と記憶を持った死人だけですー。その死人に蘇生魔法をかけても、生き返ることはありませんー。魂を複製することは不可能だからですー。蘇生するには最低限、肉体と魂の2つが必要ですが、魔法で魂を複製することはできないから、コピーした肉体には魂が入っていなくて蘇生できないということですー」

 色々とごちゃごちゃ言ってるけど、要するに、蘇生された人はオリジナルだということらしい。今はそれを信じておこう、と思った。

 タイムリミットの表示を見ると、残り10分を切ってしまっていた。石原のせいで時間を浪費してしまったのが痛いな。

「ザイリック、アジャイル星の交通手段にはどんなものがある?」

 俺はそう訊いた。

「主な交通手段は、徒歩、人力車、馬車、乗馬、船、ワイバーン、転移門ですー」

 ワイバーンはおそらく翼竜のことだろう。

「転移門っていうのは?」
「魔法でワープできる転移装置のことですー。転移魔法でのワープと違い、転移門での転移は、別の転移門にしかワープすることができませんがー」
「その転移門とやらは、俺達でも使えるのか?」
「はいー。使用料または魔石を支払えば、転移門を使うことが可能ですー」
「魔石っていうのは?」
「魔物の魔力の源ですー。魔物を倒すと、魔物の体内から傷つけずに魔石を取り出すことが可能ですー」
「転移門がある場所を、アジャイル星儀に表示してくれ」

 俺がそう指示すると、十数個の青白く光る水晶のようなものが表示された。転移門がある場所は、国の中に限られていた。逆に言うと、この転移門があるおかげで、人類は滅亡寸前にまで追い込まれながらも、かろうじて国家を存続させることができているのかもしれない。

「転移門での転移は、一瞬なのか?」
「いいえー。一瞬ではありませんが、10秒ほどで転移することが可能ですー」
「アジャイル星の裏側にある転移門への転移も、たったの10秒でできるのか?」
「はいー」

 これはいい情報だった。初期位置を選ぶのに失敗しても、お金か魔石さえあれば取り返しがつくということだ。

「魔物を倒すと経験値が手に入って、レベルが上がるというシステムなんだよな?」
「はいー。必要な経験値が溜まると、基礎レベルが上がりますー」
「それなら、最初は弱い魔物しか出ない場所に転移してレベル上げをするのがいいと思う。レベルが上がったら、転移門でもっと強い魔物が出る場所に移動する、っていう方針でどうかな?」

 俺はクラスメート達を見回しながらそう訊いた。ただし、石原と取り巻きABの方は見ないように気をつけた。

「私もそれでいいと思う。今回は、クラス全員で同じ場所に転移するってことでいいんだよね?」

 七海がそう確認した。

「ああ。予選のときと違って、複数の班に分けるメリットは少ないし。危険な世界であることを考えると、できるだけ固まって行動した方がいいだろう」

 俺は慎重に考えてそう答えた。

「ザイリック、弱い魔物しか出ない場所をアジャイル星儀に追加してちょうだい」

 腹黒地味子ちゃんがそう指示した。

「指示が抽象的すぎますー。もっと具体的に指示してくださいー」

 ザイリックがそう答えると、腹黒地味子ちゃんはイラッとした表情になった。分かる分かる。それ、滅茶苦茶イラッとするよな。

「じゃあ、まずはアジャイル星で1番弱い魔物を教えてくれ」

 俺はそう取り成した。
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