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予選56

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 すでに一般客の入場は始まっていて、ステージ前で開会式が始まるのを待っていた。まだチケットの販売はしていないので、関係者席以外の座席には自由に座ってもらっていた。

『エンジェルズ』の関係者達と『1の9』のメンバーもやってきた。昨夜も遅い時間まで営業していたのに、早い時間に起きるのは大変だっただろうな、と少し申し訳なく思いながら挨拶をした。
『1の9』のお披露目はまだなので、彼女達には控え室のテントで待っていてもらうことにした。

 その後、俺はVIP専用の入場口前で、領主一家が馬車でやってくるのをエドワードと会長と副会長と出迎えた。

 エドワードが手揉みをしながら挨拶をし、俺もその横で、例の平民の男性が貴族に最大限の敬意を払う挨拶をして、追従を言っておいた。

 領主一家をメインステージに案内し、「関係者席」として確保しておいた最前列の席に案内した。使用人達はその後ろの席に座ってもらった。だが、使用人の中に2人、領主の護衛だという人物が混じっていたので、そのうちの1人は領主の隣に、もう1人は領主の真後ろの席に座ってもらうことにした。護衛はあえて他の使用人達と同じ格好をしているのだそうだ。俺達が領主の館に招かれたときも、こっそり警戒して護衛していたらしい。

 七海と有希と心愛と、アイス商会の会長と副会長とエドワードも最前席に座ってもらう。七海達には接待役を任せることになってしまうが、お茶会のときと同じようにしておけばいいと伝えておいたので大丈夫だろう。念のため、七海は領主の長男から1番遠い席に座らせておいたが。
 俺は座らずに、エドワードと今後の打ち合わせをした。

 もともとリバーシとトランプの大会は販売促進のためのものだ。しかし、腕相撲の大会を開いてもリバーシとトランプの売上は伸びないので、参加費を貰うことにした。俺はすでにロイヤリティを受け取っているので、集めた参加費は丸々アイス商会のものとすることで、話がまとまった。

 孤児院の子ども達には腕にお揃いの布を巻いてもらい、一般客の子どもと区別がつくようにする。

 そんなことを話し合っているうちに、開会式の時間になった。

 まず、野外フェス運営委員会の会長兼司会者の俺がステージに上がる。

 満席の座席と、その周囲を取り巻く人々や、堤防の上から遠巻きに見ている人達の視線が俺に集まる。1週間前の俺だったら完全に尻込みしてしまっていただろうが、何回も『エンジェルズ』の舞台に立ったおかげで度胸がつき、平静だった。

 浅生律子とヘンリーと『エンジェルズ』お抱えの演奏家達が開会の音楽を鳴らすと、客達は静かになった。

「本日は、急な告知にもかかわらず大勢のご来場者の方々にお集まりいただき、まことにありがとうございます。無事に野外フェスを開催できましたのは、領主様が100万ゼンも寄付して許可を出してくれたおかげです。それではこれより、領主様からご挨拶があります」

 俺は礼をし、大きな声でそう前置きをして、領主に壇上に上がってもらった。
 俺が真っ先に拍手をすると、みんなも拍手をした。

 そして――2日前のお茶会のときに領主が「挨拶は得意だから私に任せておけ」と言っているのを聞いた時点で危惧していたことではあるが、やっぱりあの台詞はフラグだった。領主の挨拶は長かったのだ。

 とんでもなく長かった。

 ウォーターフォールの歴史とか、領主一族の輝かしい系譜とか、数十年前に首都で貴族専用の学校に通っていた時代のエピソードとか、いま話す必要があるのか?

 どうやって領主の機嫌を損ねることなく、挨拶を打ち切らせればいいのか。

 俺が頭を悩ませていると、領主の妻が自然な美しい所作で立ち上がり、階段を上って俺と領主の間にやってきた。

 来年の輸出目標について語っていた領主は、妻の登場に、途中で口を噤んだ。

「領主様の奥様からも、皆様へご挨拶があります」

 そんな予定はなかったが、領主の妻に目配せされ、俺は急いでそう言った。

 領主の妻は夫の話を引き継ぎ、来年の輸出目標についての話を手早く終わらせると、野外フェスの開催を宣言する。

「――これをもちまして、開会の挨拶とさせていただきます」

 領主の妻がそう締め括ると、俺はすかさず拍手をした。観客達も拍手をして、領主が話を再開できる雰囲気ではなくなった。領主は不満げだったが、妻と腕を組んで席に戻っていった。

 そして屋台村での販売が始まり、青山と一部の孤児院の子ども達はそちらに移動していった。

 俺はステージに残り、1回目の『1の3』公演の座席チケットのオークションを開始した。

 オークションと言っても、口頭で金額を吊り上げていくような普通のやり方だと時間がかかりすぎるので、工夫した。

 まずは、希望者達に整理券を配る。その券にペンでチケット購入金額を記入してもらう。ペンは来場者自らが持参するようにと告知してあるが、一応こちらでも充分に用意してあるので、貸し出すこともできる。
 締め切り時刻までに購入金額を記入した券を提出してもらい、それを運営スタッフで手分けして金額の多い順に並び替える。その作業はステージの横で行なわれ、観客は自由に見ることができる。
 他の観客の金額を見て、自分のが低すぎると思ったら、1人につき2回まで申し出て、書き換えることができるようにする。ただし、前に書いた金額よりも低く書き換えることは禁止する。
 整理券には名前だけではなく通し番号もついているので、同姓同名の人がいても区別できるようになっている。

 最大のスポンサーとなった領主一家は、好きな時間のライブで最前席に座ることができる契約になっているので、オークションには参加しない。貴族が参加すると、平民の中には遠慮してしまう者もいるだろうから、運営としてもその方が都合が良かった。

 そうしてオークションを行なった結果、1番高い金額である3万2000ゼンという値段をつけたのは、やはりというか何というか、オリヴァーだった。社長だけあって金遣いが荒いなあ、この人、と俺は思った。

 領主一家とその護衛以外の人達には、一旦座席スペースから退場してもらった。高い購入金額をつけた順に、アイス商会のスタッフにチケット代を払った後、好きな席に座ってもらう。

 オリヴァーの推しである七海のポジションはセンターなので、オリヴァーは最前席には拘らず、2列目のど真ん中の席を選んだ。ど真ん中と言っても、本当のど真ん中は通路になっているから、中央の通路に1番近い席という意味だが。

 4500ゼンというボーダーラインギリギリで1番低い金額をつけた人も入場し、座席が全て埋まると、次は立ち見の抽選を行なった。
 立ち見はオークションではなく、一律2000ゼンだ。希望者に通し番号の入った抽選券を渡し、俺が適当に選んだ数字を読み上げる。間違って2回同じ数字を読み上げないように、紙にメモしておいた。客達は呼ばれた順番にスタッフに入場料を払い、立ち見スペースに入った。スペースがいっぱいになったところで、俺は抽選を打ち切った。

「屋外だと音が通りにくいので、『1の3』が歌を歌っているときや、物語の暗唱をしているときは、できる限り静かにしてください。応援をしたいときは他の人に当たらないように『ペン』を振ってください」

 俺は観客の間を縫うように動き、何回もそう注意して回った。

 そしてステージに戻り、野外フェスの1回目のライブ開始を宣言した。
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