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予選53
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「何で急に上位陣の所持金が増えたんだろう?」
心愛が疑問を投げかけた。
「たぶんだけど、現地人を雇って、そいつを矢面に立たせて『現代知識チート』で金儲けを始めたんじゃないかな。それなら、敵国のスパイ疑惑をかけられたときも蜥蜴の尻尾切りができるし」
俺はそう答えた。
「昨日までは堅実に所持金を増やしていた9位のコロイレム星代表チームの所持金がマイナスに転落してるのは何でかな?」
心愛が再び質問した。最初の頃は心の中で「質問子ちゃん」と呼んでいただけあって、質問の多い奴だ。
「うーん。俺の勝手な予想だと、このままじゃ4位以内に入れないと思って、焦って詐欺でお金儲けをしようとしたんじゃないかな。詐欺は窃盗扱いになって、騙し取った金額の2倍を所持金から引かれることを知らずに」
「え? 詐欺は窃盗扱いになるの?」
心愛は驚いたようにそう訊いた。有希も初耳だと言いたそうな顔をしている。
「あ、そうか。あのとき心愛と有希は首都班のところにいたから知らなかったんだっけ。はらぐ……げふんげふん、ある女子が詐欺でお金を稼ぐって言い出したら、詐欺は窃盗と見做されるって意味のことをザイリックに言われたんだよ」
うっかり腹黒地味子ちゃんと言いそうになり、俺は慌てて誤魔化した。
今さらだけど、そのことを知らない首都班が詐欺で金儲けしようとしてたらヤバかったな。まあ、詐欺で1億1000万ゼンも借金を作るのは難しいだろうし、しばらくしたらウィンドウ画面を見て気付くだろうから、人を殺したり奴隷として売られたりするよりは、そっちの方がマシだったって気もするけど。
「とにかく、上位陣以上のペースでお金を稼げばいいだけの話なんだから、何とかなる。うちの班は野外フェスで荒稼ぎをする予定だしな」
俺は続けてそう言った。
その後、銭湯に行き、予選5日目は終わった。
予選6日目は、木片の穴に紐を通して輪を作る作業や、Tシャツやスカーフに『1の3』のロゴマークの判子を押して乾かす作業を子ども達にお願いした。
俺達がこの街を去った後、『1の9』の伴奏にヘンリーを使って欲しいと店長に頼むと、店長は快諾してくれた。
午前中と昼過ぎのワンマンライブには、領主の息子3人が現れた。布で顔の一部を隠して変装しているが、俺にはバレバレだった。
おそらく3人の息子達は、『1の3』を領主の館に招いても1回しか公演を観ることができないけど、『エンジェルズ』に来れば複数回観ることができると気付いたのだろう。まあ、昨日のお茶会と違って特に問題は起こさなかったので、俺は知らない振りをしておいた。サイン会&グッズ販売のときも家名は名乗らないようにしていたし。
『1の9』はデビュー曲の1曲だけを集中特訓し、何とか人前で発表できるレベルに達した。『1の3』のライブも毎回観させてイメージトレーニングも積ませておいた。
早くも野外ステージの設営が完了したという知らせを受け、俺は関係者を連れて確認しに行った。地面には固定していなくて、この世界では耐震というものも考える必要がないため、早く完成したようだった。ステージ奥の壁には白い壁紙を、床には灰色のカーペットを貼ってもらっていた。
『1の3』と『1の9』にステージ上に立ってもらい、リハーサルを行なう。休憩所のテントや仮設トイレを設置していた人達も集まってきてしまったが、そのくらいなら許容範囲だと思うことにした。本当の一般人が来たら追い払うつもりだったが。
リハーサルと言っても、本当に通してやるわけではない。舞台慣れしている『1の3』は、演目の順番の確認さえしておけば大丈夫だ。『1の9』の紹介と、『1の3』と『1の9』が一緒に歌う場面だけを集中的に練習してもらった。
「ねえ、烏丸P。後ろの壁が真っ白なのはちょっと寂しいよ」
七海がそんなことを言い出したが、俺も同感だった。
「分かった。ペンキを買ってきて、適当に塗っておくよ。衣装にペンキが付くといけないから、七海達はもう『エンジェルズ』に戻っててくれ」
俺はそう言い、他のメンバーと別れて塗料屋に行った。赤、青、黄、緑の原色のペンキと刷毛を買って戻った。思いきりペンキをぶちまけたいところだが、それでカーペットが汚れてしまうと困る。順番を間違えてしまった気がするが、手遅れだ。
俺は業者の人に梯子を借りて、上の方から適当にペンキを塗っていった。無理して全面を塗ろうとせず、余白を多めにして、余裕のある感じを演出してみたのだが、我ながら上出来だと思った。
そして夜の公演の時間がやってくる。
これまで『1の3』は毎日様々なサプライズを観客に提供してきた。1日目は鮮烈なデビューとサイン会、2日目は翌日から昼間のワンマンライブをやるという発表、3日目は物語の朗読と『ペン』の販売開始と『1の9』のオーディションの発表、4日目は団扇の販売開始と野外フェスの詳細の発表、5日目は新しい衣装のお披露目をしてきた。
そして、6日目となる今日のサプライズは――。
「今日は、皆さんに重大な発表があります!」
夜の1回目の公演が終わったタイミングで、七海がそう切り出した。今まで重大な発表があるときは俺の口から説明していたのだが、今日は七海達自身に説明してもらった方がいいと判断していた。
観客達が固唾を呑んで見守る中、七海が「せーの」と小さく言い、七海、有希、心愛の3人は息を揃えてこう言った。
「私達は、週末の野外フェスを最後に、次の街に行きます!」
――大騒ぎになった。
超満員の観客達が一斉に声を上げたせいで、建物全体が揺れたような気がした。
『エンジェルズ』の店長や、女性スタッフ達や、用心棒のマッチョな怖いお兄さんや、ミリア達『1の9』の6人のメンバーや、オリヴァーや、領主の3人の息子達も、大声で悲鳴を上げていた――いや、ちょっと待て。3人のバカ息子達、お前らはすでに一昨日のお茶会のときに聞いてただろ。
動揺する客達に向かって、このタイミングしかなかったんだ、許してくれ、と俺は心の中で謝った。
この店でいつでも会えると思われたら、野外フェスの来場客が減って、チケットの売り上げが下がってしまうかもしれない。今発表すれば、今じゃないと『1の3』を観られないまま終わってしまうと考えた新規の客が、野外フェスにやってきてくれるかもしれない。だから、野外フェスの前日に、街を去ることを発表するのがベストタイミングだったのだ。
「お願い、行かないで!」
誰かが叫んだ声が、店内に響いた。
「ずっとこの街にいて! ずっと応援するから!」
他の誰かもそう叫んだ。同意する声が周囲から聞こえ、店内にいた客達が必死に『1の3』を引き留めようとした。
その声を聞いた七海は――泣き始めた。七海は右手で口元を覆い、左手で涙を拭っていた。嗚咽を堪えようとしているようだが、成功していなかった。
有希と心愛が左右から七海に抱きつく。有希と心愛も泣いていた。普段はクールな印象の有希が感情を露わにしているのを見るのは、これが初めてだった。
その姿を見て、客達がシンと静まり返り――客達ももらい泣きを始めてしまった。
心愛が疑問を投げかけた。
「たぶんだけど、現地人を雇って、そいつを矢面に立たせて『現代知識チート』で金儲けを始めたんじゃないかな。それなら、敵国のスパイ疑惑をかけられたときも蜥蜴の尻尾切りができるし」
俺はそう答えた。
「昨日までは堅実に所持金を増やしていた9位のコロイレム星代表チームの所持金がマイナスに転落してるのは何でかな?」
心愛が再び質問した。最初の頃は心の中で「質問子ちゃん」と呼んでいただけあって、質問の多い奴だ。
「うーん。俺の勝手な予想だと、このままじゃ4位以内に入れないと思って、焦って詐欺でお金儲けをしようとしたんじゃないかな。詐欺は窃盗扱いになって、騙し取った金額の2倍を所持金から引かれることを知らずに」
「え? 詐欺は窃盗扱いになるの?」
心愛は驚いたようにそう訊いた。有希も初耳だと言いたそうな顔をしている。
「あ、そうか。あのとき心愛と有希は首都班のところにいたから知らなかったんだっけ。はらぐ……げふんげふん、ある女子が詐欺でお金を稼ぐって言い出したら、詐欺は窃盗と見做されるって意味のことをザイリックに言われたんだよ」
うっかり腹黒地味子ちゃんと言いそうになり、俺は慌てて誤魔化した。
今さらだけど、そのことを知らない首都班が詐欺で金儲けしようとしてたらヤバかったな。まあ、詐欺で1億1000万ゼンも借金を作るのは難しいだろうし、しばらくしたらウィンドウ画面を見て気付くだろうから、人を殺したり奴隷として売られたりするよりは、そっちの方がマシだったって気もするけど。
「とにかく、上位陣以上のペースでお金を稼げばいいだけの話なんだから、何とかなる。うちの班は野外フェスで荒稼ぎをする予定だしな」
俺は続けてそう言った。
その後、銭湯に行き、予選5日目は終わった。
予選6日目は、木片の穴に紐を通して輪を作る作業や、Tシャツやスカーフに『1の3』のロゴマークの判子を押して乾かす作業を子ども達にお願いした。
俺達がこの街を去った後、『1の9』の伴奏にヘンリーを使って欲しいと店長に頼むと、店長は快諾してくれた。
午前中と昼過ぎのワンマンライブには、領主の息子3人が現れた。布で顔の一部を隠して変装しているが、俺にはバレバレだった。
おそらく3人の息子達は、『1の3』を領主の館に招いても1回しか公演を観ることができないけど、『エンジェルズ』に来れば複数回観ることができると気付いたのだろう。まあ、昨日のお茶会と違って特に問題は起こさなかったので、俺は知らない振りをしておいた。サイン会&グッズ販売のときも家名は名乗らないようにしていたし。
『1の9』はデビュー曲の1曲だけを集中特訓し、何とか人前で発表できるレベルに達した。『1の3』のライブも毎回観させてイメージトレーニングも積ませておいた。
早くも野外ステージの設営が完了したという知らせを受け、俺は関係者を連れて確認しに行った。地面には固定していなくて、この世界では耐震というものも考える必要がないため、早く完成したようだった。ステージ奥の壁には白い壁紙を、床には灰色のカーペットを貼ってもらっていた。
『1の3』と『1の9』にステージ上に立ってもらい、リハーサルを行なう。休憩所のテントや仮設トイレを設置していた人達も集まってきてしまったが、そのくらいなら許容範囲だと思うことにした。本当の一般人が来たら追い払うつもりだったが。
リハーサルと言っても、本当に通してやるわけではない。舞台慣れしている『1の3』は、演目の順番の確認さえしておけば大丈夫だ。『1の9』の紹介と、『1の3』と『1の9』が一緒に歌う場面だけを集中的に練習してもらった。
「ねえ、烏丸P。後ろの壁が真っ白なのはちょっと寂しいよ」
七海がそんなことを言い出したが、俺も同感だった。
「分かった。ペンキを買ってきて、適当に塗っておくよ。衣装にペンキが付くといけないから、七海達はもう『エンジェルズ』に戻っててくれ」
俺はそう言い、他のメンバーと別れて塗料屋に行った。赤、青、黄、緑の原色のペンキと刷毛を買って戻った。思いきりペンキをぶちまけたいところだが、それでカーペットが汚れてしまうと困る。順番を間違えてしまった気がするが、手遅れだ。
俺は業者の人に梯子を借りて、上の方から適当にペンキを塗っていった。無理して全面を塗ろうとせず、余白を多めにして、余裕のある感じを演出してみたのだが、我ながら上出来だと思った。
そして夜の公演の時間がやってくる。
これまで『1の3』は毎日様々なサプライズを観客に提供してきた。1日目は鮮烈なデビューとサイン会、2日目は翌日から昼間のワンマンライブをやるという発表、3日目は物語の朗読と『ペン』の販売開始と『1の9』のオーディションの発表、4日目は団扇の販売開始と野外フェスの詳細の発表、5日目は新しい衣装のお披露目をしてきた。
そして、6日目となる今日のサプライズは――。
「今日は、皆さんに重大な発表があります!」
夜の1回目の公演が終わったタイミングで、七海がそう切り出した。今まで重大な発表があるときは俺の口から説明していたのだが、今日は七海達自身に説明してもらった方がいいと判断していた。
観客達が固唾を呑んで見守る中、七海が「せーの」と小さく言い、七海、有希、心愛の3人は息を揃えてこう言った。
「私達は、週末の野外フェスを最後に、次の街に行きます!」
――大騒ぎになった。
超満員の観客達が一斉に声を上げたせいで、建物全体が揺れたような気がした。
『エンジェルズ』の店長や、女性スタッフ達や、用心棒のマッチョな怖いお兄さんや、ミリア達『1の9』の6人のメンバーや、オリヴァーや、領主の3人の息子達も、大声で悲鳴を上げていた――いや、ちょっと待て。3人のバカ息子達、お前らはすでに一昨日のお茶会のときに聞いてただろ。
動揺する客達に向かって、このタイミングしかなかったんだ、許してくれ、と俺は心の中で謝った。
この店でいつでも会えると思われたら、野外フェスの来場客が減って、チケットの売り上げが下がってしまうかもしれない。今発表すれば、今じゃないと『1の3』を観られないまま終わってしまうと考えた新規の客が、野外フェスにやってきてくれるかもしれない。だから、野外フェスの前日に、街を去ることを発表するのがベストタイミングだったのだ。
「お願い、行かないで!」
誰かが叫んだ声が、店内に響いた。
「ずっとこの街にいて! ずっと応援するから!」
他の誰かもそう叫んだ。同意する声が周囲から聞こえ、店内にいた客達が必死に『1の3』を引き留めようとした。
その声を聞いた七海は――泣き始めた。七海は右手で口元を覆い、左手で涙を拭っていた。嗚咽を堪えようとしているようだが、成功していなかった。
有希と心愛が左右から七海に抱きつく。有希と心愛も泣いていた。普段はクールな印象の有希が感情を露わにしているのを見るのは、これが初めてだった。
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