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予選51

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「行列がとんでもない長さになってるぞ。こりゃ立ち見の特別プラン有りにしても入りきらんな」

 表の様子を見てきた店長がそう言った。

「今日は午前中のライブがありませんでしたからね」

 俺はそう言い、どうするか店長と相談した。結局、今日は早めに客を入れ、入ることができなかった客には帰ってもらった。

 野外フェスの個人向けスポンサーの話をすると、限定グッズが欲しいらしい何人かの客が食いついてくれた。限定という言葉に弱いのは日本人だけではないようだ。スポンサーになってくれた人にはひとまず引換券を渡し、野外フェス当日か来週以降の『エンジェルズ』で受け取りに来てもらうことにした。

 新しい衣装は評判が良かった。有希がアレンジした差し色の布が、彼女達が動くたびに大きく舞い、ステージ映えしていた。

 昼過ぎのライブ、サイン会、グッズ販売が終わると、『1の3』のメンバーと『1の9』の子達との交流会をした。お茶請けはもちろん、ゼリーとグミだ。高くて買えなかった子達は喜んで食べてくれた。

 その間、俺はオリヴァー出版所属の作家の人に、昔読んだミステリ小説のあらすじを語った。

「意外な犯人と意外な結末で、凄く面白かったです! でも……首都にいる憲兵達や皇帝に知られたら、殺人がメインテーマの話は風紀を乱すと思われてしまうでしょうから、たぶん出版はできないと思います」

 作家は悔しげに言った。

「そうですか……。何かいい方法はないかな。――あ。殺人じゃなければいいんじゃないですか?」
「と、言いますと?」
「登場人物を全員、擬人化した動物に変更すればいいんじゃないでしょうか。それなら殺されるのは動物だから、殺人じゃないですよね」
「なるほど! それなら出版できるかもしれません!」

 作家は感心した様子でそう言った。

 そこへ、野外フェスの無料ステージに出場したいという男性3人がやってきた。アカペラで歌ってみたいらしい。

 試しにステージで歌わせてみると、思いがけず女の子達に観られて緊張した様子だったが、3人とも民謡を最後まで歌い上げた。

「これならオーケーだよな?」

 俺は浅生律子にそう確認した。音楽関係は浅生律子に訊くのが1番だ。

「ええ。これなら何も問題ないと思うわ」

 というわけで、無事に男性3人組は出場できることになった。歌うのを禁止されているヘンリーは恨めしそうに俺を見ていたが……。

 やがて、馬車に乗った執事とエドワードが『1の3』を迎えに来た。『1の9』の子達は、店長の指示でレッスンをし、作家は休憩してもらうことになった。

「ところで、野外フェスの件なのですが」

 馬車に乗ってしばらくして、エドワードが俺に向かってそう切り出した。

「はい。何でしょうか?」
「ステージを設置する場所はあまり草が生えていませんでしたが、その近くに作る予定の屋台村のエリアが雑草だらけで困っているのです」
「あ、すみません。そこまで気が回りませんでした」
「もしよろしければ、クロウさんの方から孤児院の子達に草むしりを頼んでもらえると助かります」
「分かりました。そうします。ちゃんとアルバイト代を払うので、子ども達も喜ぶと思います。ありがとうございます」

 エドワードなら草むしり要員を自分で集めることなど容易だろうが、俺達が孤児院の世話になっているのを知っていて、子どもにもできる仕事だからと割り当ててくれたのだろう。俺はそう考え、さり気ない気遣いに感謝した。

「こちらこそありがとうございます。屋台村のエリアには杭を打ってロープを張っておいたので、すぐに分かると思います」

 エドワードはそう言って頭を下げた。

 馬車が領主の館に着くと、今日は領主一家と使用人達に庭で出迎えられた。

 そのまま白い花が咲き乱れる庭の一角で、『1の3』がライブを披露した。1曲ごとに、領主一家も使用人達も大きな拍手をしてくれた。
 心愛が『ロミオとジュリエット』を話すと、領主の妻やメイド達は本気で泣いていた。

 昨日もやったばかりだったので、サイン会とグッズ販売で買ってくれたのは3人の息子達だけだった。1人につき10枚ずつ団扇を買ってくれた。

「ねえ、ナナミちゃん。明日、僕と一緒にレストランでご飯を食べない? ランチでもディナーでも、何でもご馳走するよ」

 長男が七海に向かって満面の笑みを向けながらそう訊いた。

「すみません。アイドルとファンの個人的な交流はお断りさせていただいております。本当に申し訳ございません」

 七海が口を開く前に、俺は七海と長男の間に割って入り、そう謝った。

「何だよお前は。僕はナナミちゃんと話をしてるんだぞ」

 長男が苛ついた声でそう言った。

「アイドルは恋愛禁止なのです。七海にはすでに大勢のファンがついております。貴方様と七海が一緒に食事をしているところをファンの人達に見られてしまったら……」
「見られてしまったら?」
「路地裏に引き摺り込まれて、殴られたり蹴られたりするかもしれませんよ」
「ひいっ! やっぱりいい! レストランは無しだ! ナナミちゃん、明日この家で2人きりで食事をしよう!」

 マジで面倒くさいな、こいつ……。どうせ食事だけで終わるつもりなんかなくて、その先が目的なんだろうに。精神年齢はガキのくせに下半身は大人かよ。
 と思ったが、俺は必死に営業スマイルを浮かべて説得する。

「あまり無理なことを言われてしまうと、我々は今夜中にこの街を去らないといけなくなってしまいます。2度とこの街に来ることはないでしょう。そうなったら貴方様は、事情を知った大勢の男性ファンの人達にひどく恨まれることになると思いますが……」

 俺が遠回しに脅すと、長男は首を左右にブンブンと振って、食事を辞退してくれた。

 そこでやっと領主が長男を俺達から少し離れた場所につれていき、「あまりみっともない真似をするな!」と叱ってくれた。領主の怒りの矛先が俺に向かわなくて良かった、と安堵した。

 その後、庭にテーブルセットを並べたお茶会があった。

 企業や個人の多くが野外フェスのスポンサーになってくれたことを俺が話すと、領主の顔色が変わった。

「ふむ。平民達が寄付をしたのに、貴族が寄付をしないわけにはいかんな」

 領主は口髭を撫でながらそう言った。

「では、領主様も個人向けのスポンサーになっていただけるのでしょうか?」

 俺はエドワードのように手揉みをしながらそう訊いた。

「いや。それだと『平民と同じ金額しか寄付しないのか』と笑いものになるだけだ。代表として私から100万ゼン出そう」
「ひゃ、100万ゼン? そんなに出資していただけるんですか?」
「うむ」

 やっぱり貴族って金銭感覚が狂ってるな……。ぶっちゃけ、野外フェスと言っても大した規模じゃないし、そんなにお金を出してもらわなくても開催できるのだが、断るという選択肢はない。

「お礼といたしまして、ご希望の時間のライブで領主様ご一家に最前列の席をご用意いたします。それと、開会式と閉会式で領主様にご挨拶をしていただけないでしょうか? その際に、私の方から『領主様が100万ゼンも寄付して許可を出してくれたおかげで野外フェスを開催できました』と観客達に伝えます。そうすれば、ウォーターフォールの領民達に領主様の威厳を示しつつ、彼らからの尊敬の念を集めることができるでしょう」

 俺がそう提案すると、領主は満足そうな表情になった。

「うむうむ。そうしよう。挨拶は得意だから私に任せておけ」
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