上 下
23 / 126

予選23

しおりを挟む
 今度は新品の高級な服を売っている店を中心に、上着の値段を聞いて回った。
 すると、値段交渉をした後の金額で、だいたい8万ゼンから10万ゼンくらいで買い取ると言われた。

「……なあ、アイス商会で売らないか?」

 俺はそう言い、ポケットからエドワードさんに貰った名刺を取り出した。

「奇遇だな。俺も同じことを考えていたところだ」

 青山が賛成してくれたので、俺達は問屋街の一角にあるアイス商会の前に移動した。
 アイス商会の建物は大通りの一等地にあった。大きな三階建てで、立派だった。ここは一般客が買い物に来る店舗ではなく、オフィスとしての建物らしい。入り口は引き戸になっていて、戸を全て取り外せば、大きな商品も搬入できる仕組みになっていた。

 受付の人に名刺を見せ、エドワードさんに会いたいと伝えると、応接室に通された。

「どうもどうも! お世話になっております! クロウさん、また服を売っていただけるとか?」

 エドワードがもみ手をしながら、満面の笑みで登場した。

「エドワードさん、ご機嫌ですね」

 俺は苦笑しながらそう言った。

「はい。おかげさまで」
「もしかして、俺が売った上着がもう売れたんですか?」
「実はそうなんですよ」
「誰が買ってくれたんですか?」
「……領主様です」
「おいくらで?」
「……200万ゼンです」

 エドワードは俺から目を逸らしてそう言った。
 200万ゼン! と叫びたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢した。

 多分、買ってくれた相手も売値も、普通なら教えてくれないことなのだろう。俺達がまた服を売りたいと相談に来たから、質問に答えてくれているのだと思う。

「ほほう。俺から12万ゼンで買い取った服を、領主様に200万ゼンでお売りになったんですね」
「いえいえ。違うんですよ。もし領主様が買ってくれなかったら、赤字になっていた可能性がありますからね。あのような高級な服は貴族しか買えませんが、この街にいる貴族は領主様ご一家しかいませんから。そういうリスクも含めて、12万ゼンという金額を提示したわけでして。実際、領主様に会えるツテがない商人なら、それよりもっと低い金額でしか買い取ってくれなかったと思いますよ。アイス商会はたまたま領主様御用達の商会だったから、高く買い取ったのです」

 なるほど。それで、街の洋服屋はエドワードよりも安い金額しか言わなかったのか。
 エドワードによると、貴族はお店になど行かず、商人の方が商品を持って貴族の屋敷を訪れるものなのだという。
 そしてエドワードはアイス商会で上から数えて3番目の地位であり、俺が想像していたよりも偉い立場の人のようだった。初めて会ったときに村を回った帰りだったのは、後ろの馬車の御者をしていた新人商人の指導のためだったのだそうだ。

「今回は、あの上着に合うズボンとベルトもお売りしようと思います。さらに、もう一揃い売りたいと思っているのですが、それも買い取ってもらえますか?」

 俺は布袋から畳んだ制服を取り出してそう訊いた。

「ええ、ええ。領主様の3人のご子息も、あの上着を欲しがっていましたし、この服を手に入れられる機会があるなら確保しておいてくれと頼まれていますから」
「それは助かります。当然、前回よりも高い金額で買い取ってくれると思っていいんですよね?」
「……はい。全部で120万ゼンで買わせていただきます」
「上着1枚が200万ゼンで領主様に売れたのに、上着1枚にズボン2枚とベルト2本を含めても、120万ゼンの買取金額なのですか?」
「ええ。申し訳ありません。私の商会も利益を出さなければなりませんから。ちなみに、旅人であるクロウ様が領主様とお会いして直接取引をするのは非常に難しいと思います」
「利益なら、前回の取引で充分に確保できたのではありませんか? 今回は150万ゼン出していただけると、俺も助かるのですが」
「いえいえ。ですから、その分のお詫びも込めて、120万ゼンという買取金額を提示させていただいているのです」

 そんなやり取りを繰り返し、結局、140万ゼンで売れた。

「ところで、アイス商会で料理ができる場所があったら、貸していただけませんか?」

 青山がそう訊いた。

「申し訳ありませんが、アイス商会は飲食店の経営はしていないので、料理ができる場所はございません」

 エドワードの自宅には厨房がある可能性が高そうだが、今の関係を崩したくはないから、そこまでのことは言えない。
 青山は質問を重ねる。

「調味料の取引は行なっていますか?」
「塩のことですか? それならもちろん、取扱っています。いくらほど必要なのでしょうか?」
「あ、違います。塩ではありません。それと、調味料を買いたいんじゃなくて、売りたいんです」
「旅の楽団が、調味料を売っているのですか?」
「はい。もしも俺が塩ではない調味料を持ってきたら、買い取ってもらえますか?」
「それは……味によりますね。まずは、味見をさせていただかないことには」

 エドワードは困ったようにそう言った。

「味見はしてもらえるんですね?」
「ええ。それくらいでしたら。買い取りの保証はできませんが」
「絶対に美味しい自信があるので、そのときはよろしくお願いします」

 交渉が終わり、アイス商会を出たときには、物凄く疲弊した気分だった。

 その後、俺達は文具店の店主に大中小3つの判子の制作を依頼して料金を前払いした後、河川敷に移動した。

「そういうわけで、料理ができる場所を探しているんですけど、ヘンリーさんの家の台所を貸してもらえませんか?」

 青山は初対面の挨拶をした後、ヘンリーさんに事情を説明して、そう頼んでみた。

「すみません。私の部屋には台所はありません。出稼ぎに来た独身男性向けの集合住宅に住んでいるので」
「そうですか……。無理を言ってすみませんでした」

 その後、俺は青山の手伝いをすることになり、大通りに戻って料理ができる場所を探したのだが、なかなか見つからなかった。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、俺達に話しかけてきた女の子がいた。みすぼらしい格好をした、まだ7、8歳くらい女の子で、布袋を背負っていた。

「あのー、お兄さん達、服を買ってもらえませんか」

 女の子はたどたどしい口調でそう言った。

「服?」
「はい。孤児院のみんなで作った服です」

 女の子はそう言い、布袋から肌着や靴下を取り出した。縫い目が粗く、お世辞にも上手いとは言えない出来だったが、子供が作ったものなら上手い方なのだろうと思う。

「うーん……。値段は?」

 俺がそう訊くと、肌着は1枚300ゼン、靴下は1組で200ゼンだった。この出来でその値段は、正直、高い気がする。きっとみんな、半分孤児院に寄付するつもりで買ってあげているのだろう。

「ごめ――」

 ごめん、と言って断りかけた青山の肩を、俺は叩いて止めた。

「ねえ、お嬢ちゃん。その服を全部買ってあげるから、孤児院に案内してもらえないかな? 俺達は旅の楽団なんだけど、孤児院に食材の寄付をしたいんだ」
「ええっ! いいんですか?」

 女の子は驚いた様子で目を見開いた。

「うん。その食材で料理もさせてもらえるかな? 院長先生はそれを俺達に許してくれると思う?」
「もちろんですよ! 院長先生なら、絶対、いいって言います!」

 女の子は飛び跳ねるように喜んでそう言った。

「なるほどな。孤児院か。それは思いつかなかったな」

 青山は感心した様子でそう言った。
しおりを挟む

処理中です...