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予選22

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「まあ、サインは置いといて、『1の3』のロゴを考えてくれないか」

 俺はそう言い、女子4人に紙を渡した。ヘンリーは演歌の伴奏の自主練習を続けている。

 一応俺も描き、全員の紙を見比べてみた。

「……この中なら、有希のが1番いいかな」

 俺が控えめにそう言うと、みんな賛成してくれた。他の4人はつけペンを使って描いていたが、妹尾有希だけは筆を使って描いていた。アラビア数字と平仮名で「1の3」と描き、その下にアルカモナ語で「1の3」と振り仮名が振ってあった。可愛らしくてポップな感じで、女性アイドルのロゴとして、よくできていた。

「有希ちゃんって、こういうの得意なんだね」

 七海が感心した様子でそう言った。

「有希はネイルデザインで慣れてるからね」

 なぜか妹尾有希ではなく江住心愛が自慢げにそう言った。

「じゃあ、有希のを採用するってことで。もっと小さいバージョンも描いてくれないか。判子を作るから」

 俺がそう頼むと、有希はサラサラと筆を走らせて描いてくれた。

 その後、俺は他の演歌やアイドルソングも聴いて感想を述べることにした。

「うーん。今、『マイク』っていう単語が出てきたけど、別の言葉に言い換えてくれ」

 俺がそう頼むと浅生律子は頷き、歌詞の「マイクを握って」の部分を「1人で佇み」に変更した。こういうふうに、アルカモナ帝国にはない物が歌詞に登場したときに、別の言葉に置き換えるのが結構大変だった。
 歌詞に登場する地名も、ヘンリーに相談して、アルカモナ帝国内に存在する地名に置き換えた。

 七海はダンスの練習もやりたがった。今時のアイドルは、多人数による激しいダンスが売りのところが多いから、七海の気持ちは分かる。ダンスは確実にステージ映えするだろう。
 しかし、電気がないせいで音を大きくしたり録音したりすることができないこの世界だと、口パクで踊ることができないので、俺はプロデューサー権限で反対した。

「1度に全部やろうとしなくても、曲やフレーズごとに、歌を担当する奴とダンスを担当する奴を分ければいいんじゃないか?」

 俺はそう提案した。みんなで話し合い、基本的にはあまり激しい動きはせずに3人で歌い、要所要所でダンスを挟むという形に落ち着いた。昭和のアイドルっぽい感じになってしまって申し訳ないけど、その方がアルカモナ帝国ではウケると思う。

「よし。青山との待ち合わせの時間が近づいてきたから、俺は一旦広場に戻る。みんなは適度に休憩も挟みながら練習を続けててくれ。あと、もしお腹が空いたら適当に食べておいてくれ」

 俺はそう言い、河川敷から離れた。

 まずは先ほどの文具店に行き、妹尾有希がデザインした紙を見せ、判子を注文した。大中小3つのサイズで、合計3万ゼンの見積もりということになったのだが、手持ちのお金が足りなかった。
 俺は再び店主に謝り、また店に来ると告げ、青山と待ち合わせしている場所に行った。

 青山は先に来て俺を待っていた。手には食材の入った布袋を提げていた。

「悪い。待たせたな」
「いや、俺が早く来すぎたんだ。西表達は?」
「河川敷で歌と楽器の練習をしてる」

 俺はそう前置きをしてから、青山と別れた後のことを簡単に説明した。続けて質問する。

「青山は、敵チームっぽい奴らは見かけたか?」
「いや。気を付けてたけど、それらしい奴らは見かけなかった」
「俺もずっと気を張ってたけど、まだ見つけてない。ウォーターフォールを訪れたデスゲーム参加者は、俺達だけなのかもしれないな」
「だといいな。アイドル活動なんて凄く目立つだろうし、その方が助かる。ところで、料理についてなんだけど、ちょっと行き詰まっている」

 青山は暗い表情でそう言った。

「異世界で再現する地球の料理が思いつかないのか?」
「いや、それはもう考えた。料理っていうか、調味料とお菓子だけど。この世界では調味料が発達していないというのは、もう話してたよな」
「ああ」
「問屋街を回ってみても、調味料は塩しか売っていなかったし、調味料イコール塩というレベルだった。俺が新しい味の調味料を作れば、きっと高く売れるだろうけど……」
「けど?」
「料理をできる場所がないんだ。屋台の人達に話を聞いてみると、この街では基本的に、屋外で火を使うのが禁止されているらしい。屋台は役場に届けを出して許可を取っているそうだ」
「じゃあ、青山も許可を取ればいいんじゃないか?」
「屋台がないと許可を取れないんだ」
「すでに許可をもらっている屋台で火を使わせてもらうのは?」
「役場に届けを出すときに、作る料理も書類に記入して提出しているから、それはできないそうだ。創作料理の場合はサンプルを役場に提出しないといけないのに、料理をできる場所がない俺には、そのサンプルが作れない」

 青山は苦々しい表情でそう言った。

「えーと、じゃあ、屋台じゃない普通のレストランや宿屋の厨房を借りるのは?」
「それができなくて困ってるんだよ……。烏丸がレストランの店長だったとして、知らない子供から厨房を貸して欲しいと頼まれたら、貸してあげるか?」
「それは……貸さないな。何かを壊されたり盗まれたりするかもしれないし」

 地球にもバイトテロとかあったしな。バイトの従業員が食品を不衛生にもてあそび、その画像や動画をわざわざネット上で晒す事件が。
 そこで働いている人ですら、その程度のモラルや衛生観念の奴が混じっているのに、自分の部下ですらない見知らぬ他人に大切な厨房を貸すとは思えない。

「そうだろ?」
「ああ。でも、この街に住んでいる人の中にだって、自炊をする人達はいるだろうし、普通の民家で台所を貸してくれる人を探すのはどうだろう? まずは、ヘンリーさんに頼んでみようか」

 俺がそう提案すると、青山は乗り気になった。

「よし、早速訊いてみよう」
「待て。その前に、手持ちのお金が足りなくなったから、俺と青山の服を売ろう」
「いいけど、烏丸はもう服を売ってなかったっけ?」
「上着だけな。今回はズボンとベルトも売る」
「女子4人のは?」
「それはできるだけ温存しておきたい。制服は舞台衣装として使えるし、アイドルとしての知名度が上がった後の方が、高く売れるだろうからな」
「なるほど……。じゃあ、早速古着屋に行こうか」

 というわけで、服屋が並んでいる街路に移動した。まずは青山の上着だけ売ろうとしてみて、アイス商会のエドワードに売ったときの12万ゼンという金額と比較してみることにした。

 すると、最初の古着屋では、青山の上着は3000ゼンで買い取ると言われた。

「3000ゼン!? 何かの間違いじゃないですか?」

 青山は納得できない様子で、そう食い下がった。

「いや、この上着が凄いものだっていうのは分かるから、これでも色をつけてあげてるんだよ。でもな、この店で売っている服を見てみろよ。そうしたら、この店の客層が分かるだろう?」

 男性店主にそう言われ、改めてこの古着屋の商品を見回すと、どれも粗雑な作りで、値段が安い服ばかりだった。街中を歩いている人達の服を思い出して比較してみても、それよりランクが1つ落ちるように思えた。

「すみませんでした。俺の方が悪かったです」

 青山はそう謝った。
 俺達はこの古着屋のラインナップの中では高級品の服を購入し、試着室で着替えさせてもらった。服用の布袋も買い、制服とベルトを丁寧に畳んで仕舞った。
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