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予選20
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ヘンリーの前には、空の楽器ケースが置いてあった。ここにおひねりを入れればいいのだろう。しかし、路上パフォーマンスをしている人にあげるおひねりの相場が分からない。そんな経験、日本にいたときでもなかったし。
とりあえず俺は、1000ゼン硬貨を入れてみた。すると、ヘンリーが飛び上がって喜んだ。
「あ、あ、あ、ありがとうございます! こんなにたくさん貰えたのは初めてです!」
顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。ヘンリーの歌に対するおひねりじゃなくて、話しかけるきっかけが欲しかっただけだから、罪悪感を覚えてしまう……。
「あのー、もしよかったら、ちょっとお話できませんか?」
「はい喜んで!」
チョロいなあ、この人……。
俺達はヘンリーの横のベンチに腰かけ、彼と話をすることにした。
「――というわけで、楽器の演奏ができる人を探しているんです」
俺達は旅の楽団だということにして、旅の途中で楽器を盗まれ、それまで楽器の演奏を担当していた人も1人引退してしまったので、この街にいる間、演奏してくれる人を探しているのだという話を、俺はでっち上げた。
「それで私に声をかけてくださったのですね」
「そうなんです。1日につき6000ゼンの報酬を支払うので、協力してもらえませんか?」
「6000ゼン!?」
やっぱり少なかったかな……。怒らせちゃったかもしれない。
「そんなにたくさん貰っていいんですか!?」
あ、違ったみたいだ。
「1日の報酬としては、別に多くないと思いますけど」
貨幣価値は日本とそんなに変わらないみたいだし、むしろ少なすぎるだろう、と思いながら、俺は慎重にそう言った。
「普通に働くのなら、確かに多くないです。でも、私が音楽の報酬として6000ゼンも貰えるチャンスなんて、初めてですよ。私は、吟遊詩人だけでは食べていくことができなくて、定期的に工場で日雇いのアルバイトもしていますし、収入的にはそっちの方がずっと多いですし……」
「そうなんですね。では、お話を引き受けて貰えるということでよろしいですか?」
「はい喜んで!」
「どうも。では、メンバーを紹介します。歌担当の、七海と有希と心愛です。で、彼女が伴奏担当の浅生さんです。伴奏に関しては、浅生さんの指示に従って欲しいと思います」
俺がそう紹介すると、女子4人とヘンリーはそれぞれ挨拶を交わした。
「ところで、あなたは?」
ヘンリーが俺の方を見ながらそう訊いた。
「俺はプロデューサーの烏丸です」
「ぷろ……何ですって?」
この世界にはプロデューサーという概念がないらしい。
「演出家兼、マネージャーみたいなものです」
仕方なく、俺はそう言った。
「ああ、演出家とマネージャーさんですか」
「はい。では今日からお仕事ということで、今日の分を6000ゼン前払いしますね」
俺はそう言い、ヘンリーに1000ゼン硬貨を6枚渡した。
「えっ。でも、先ほど1000ゼン貰いましたが……」
「あれは先ほどの歌に対する報酬ですから。これとは別です」
「ありがとうございます!」
「では最初の仕事として、楽器店で浅生さんの楽器を選ぶのを手伝って貰えませんか。以前使っていたのは故郷の楽器だったので、この辺では手に入らなくて、新しい楽器が必要なのです」
「そういうことでしたら」
ヘンリーは頷き、立ち上がった。
「この街には、あそこ以外に楽器店はないんですか?」
先ほどの楽器店に向かいながら、俺はそう訊いた。
「ありませんね」
「そうですか。この街に劇場はありませんか?」
「一応、『エンジェルズ』という店はあります。あの店を劇場と呼ぶのは抵抗がありますが」
「『エンジェルズ』以外には劇場はないんですか?」
「ありません。以前は、演劇や演奏会などが行われる、もっと普通の劇場もあったのですが、そちらは経営不振で潰れてしまいました」
「建物は残ってませんか?」
「残っていますが、今は工場になっています」
それなら、潰れた劇場を貸し切りにしてアイドル活動をするのは無理そうだ。
楽器店に到着し、浅生律子の楽器を選ぶ。
俺は、ヘンリーが弦楽器だから、浅生さんは縦笛にした方がいいのではないかと思ったのだが、ヘンリーも浅生律子も、弦楽器にした方がいいと主張したので、逆らわないことにした。笛だと弾き語りはできないし。
浅生律子が試奏をさせてもらうと、同じ弦楽器でも、ヘンリーのものとは音色がだいぶ違っていた。何というか、浅生律子の弦楽器は、ヘンリーの弦楽器よりも1オクターブ高いような気がした。
「ヘンリーさんは吟遊詩人だから、男性の歌声に合わせやすいように、低い音が鳴る弦楽器を選んだんだと思うわ。私の弦楽器の方がポピュラーなタイプみたいね。音色が違うから、2人で二重奏をするといい感じになると思うわ」
その後、複数の弦楽器を試奏させてもらった。
浅生律子が本当に欲しがった楽器は40万ゼンもしたので、それは拝み倒して勘弁してもらった。というか、手持ちのお金で全然足りないし。
結局、6万ゼンというお手頃価格のものにしてもらった。いや、俺から見たら、それでも充分に高い気がするのだが……。俺の上着を売って入手した12万ゼンの半分をここで使ってしまった計算になる。
「安い割には手に馴染むし、いい買い物ができたわね」
別売りのケースも購入し、浅生律子は笑顔でそう言った。貧乏性の俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「この辺に、練習ができる場所はありませんか?」
俺がヘンリーさんにそう訊くと、河川敷に案内された。他にも楽器の練習をしている人や、犬の散歩をさせている人、ボール遊びをしている子供達がいて、デスゲームの最中であることを忘れてしまいそうな、牧歌的な景色だった。
浅生律子はチューニングをした後、俺でも知っている有名な演歌を弾き語りをしてみせた。酒、女、歓楽街、別れ、涙などがテーマの曲で、確かに『エンジェルズ』に売り込むにはピッタリの曲だった。浅生律子に選曲を任せて正解だったな、と俺は思った。
「天才かよ」
演奏が終わると、俺は拍手をしながらそう言った。初めて触る異世界の楽器で、こんなにも早く演奏をできるようになるなんて、と素直に感心した。
七海と妹尾有希と江住心愛、それからヘンリーも拍手をした。
「素晴らしいです! こんな曲は初めて聞きました! 演奏も歌詞も切ない感じで、今までにない、斬新な音楽です!」
ヘンリーがそう褒めちぎった。
「そこまでのものじゃないわ。何回も音を外しちゃったし、やっぱり弾き語りは難しいわね」
浅生律子自身は不満げだった。意識が高くてやりづらいなあ……。
「次は、七海達も歌ってみよう」
俺は歌担当の3人の方を向いて、そう言った。
「えー、でもまだ歌詞がうろ覚えなんだけど」
俺の言葉に、七海は自信なさげにそう言った。
「うろ覚えのところは、ハミングにしたり、ラララって歌ったりして、誤魔化していいから。サビのところだけでも歌ってみろ」
俺がそう言うと、女子3人も混じって演奏が始まった。
「――どうだった?」
歌い終えた七海が、俺に感想を求めた。俺が漠然と想像していた以上に、七海は歌が上手かった。ただし、それは歌っていたのがアイドルソングだったら、の話だった。
「よかったよ。3人とも、歌が上手いんだな。でも、何て言うのかなあ。演歌にしては爽やかすぎるというか、ちょっと重みが足りない気がする。人生の重みみたいなものが」
いや、俺も演歌なんて、大晦日の歌番組でしかまともに聞いたことがないんだけどね。後は、ドライブ中に親父が車内で流していたのをたまに聞いていたくらいだ。
とりあえず俺は、1000ゼン硬貨を入れてみた。すると、ヘンリーが飛び上がって喜んだ。
「あ、あ、あ、ありがとうございます! こんなにたくさん貰えたのは初めてです!」
顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。ヘンリーの歌に対するおひねりじゃなくて、話しかけるきっかけが欲しかっただけだから、罪悪感を覚えてしまう……。
「あのー、もしよかったら、ちょっとお話できませんか?」
「はい喜んで!」
チョロいなあ、この人……。
俺達はヘンリーの横のベンチに腰かけ、彼と話をすることにした。
「――というわけで、楽器の演奏ができる人を探しているんです」
俺達は旅の楽団だということにして、旅の途中で楽器を盗まれ、それまで楽器の演奏を担当していた人も1人引退してしまったので、この街にいる間、演奏してくれる人を探しているのだという話を、俺はでっち上げた。
「それで私に声をかけてくださったのですね」
「そうなんです。1日につき6000ゼンの報酬を支払うので、協力してもらえませんか?」
「6000ゼン!?」
やっぱり少なかったかな……。怒らせちゃったかもしれない。
「そんなにたくさん貰っていいんですか!?」
あ、違ったみたいだ。
「1日の報酬としては、別に多くないと思いますけど」
貨幣価値は日本とそんなに変わらないみたいだし、むしろ少なすぎるだろう、と思いながら、俺は慎重にそう言った。
「普通に働くのなら、確かに多くないです。でも、私が音楽の報酬として6000ゼンも貰えるチャンスなんて、初めてですよ。私は、吟遊詩人だけでは食べていくことができなくて、定期的に工場で日雇いのアルバイトもしていますし、収入的にはそっちの方がずっと多いですし……」
「そうなんですね。では、お話を引き受けて貰えるということでよろしいですか?」
「はい喜んで!」
「どうも。では、メンバーを紹介します。歌担当の、七海と有希と心愛です。で、彼女が伴奏担当の浅生さんです。伴奏に関しては、浅生さんの指示に従って欲しいと思います」
俺がそう紹介すると、女子4人とヘンリーはそれぞれ挨拶を交わした。
「ところで、あなたは?」
ヘンリーが俺の方を見ながらそう訊いた。
「俺はプロデューサーの烏丸です」
「ぷろ……何ですって?」
この世界にはプロデューサーという概念がないらしい。
「演出家兼、マネージャーみたいなものです」
仕方なく、俺はそう言った。
「ああ、演出家とマネージャーさんですか」
「はい。では今日からお仕事ということで、今日の分を6000ゼン前払いしますね」
俺はそう言い、ヘンリーに1000ゼン硬貨を6枚渡した。
「えっ。でも、先ほど1000ゼン貰いましたが……」
「あれは先ほどの歌に対する報酬ですから。これとは別です」
「ありがとうございます!」
「では最初の仕事として、楽器店で浅生さんの楽器を選ぶのを手伝って貰えませんか。以前使っていたのは故郷の楽器だったので、この辺では手に入らなくて、新しい楽器が必要なのです」
「そういうことでしたら」
ヘンリーは頷き、立ち上がった。
「この街には、あそこ以外に楽器店はないんですか?」
先ほどの楽器店に向かいながら、俺はそう訊いた。
「ありませんね」
「そうですか。この街に劇場はありませんか?」
「一応、『エンジェルズ』という店はあります。あの店を劇場と呼ぶのは抵抗がありますが」
「『エンジェルズ』以外には劇場はないんですか?」
「ありません。以前は、演劇や演奏会などが行われる、もっと普通の劇場もあったのですが、そちらは経営不振で潰れてしまいました」
「建物は残ってませんか?」
「残っていますが、今は工場になっています」
それなら、潰れた劇場を貸し切りにしてアイドル活動をするのは無理そうだ。
楽器店に到着し、浅生律子の楽器を選ぶ。
俺は、ヘンリーが弦楽器だから、浅生さんは縦笛にした方がいいのではないかと思ったのだが、ヘンリーも浅生律子も、弦楽器にした方がいいと主張したので、逆らわないことにした。笛だと弾き語りはできないし。
浅生律子が試奏をさせてもらうと、同じ弦楽器でも、ヘンリーのものとは音色がだいぶ違っていた。何というか、浅生律子の弦楽器は、ヘンリーの弦楽器よりも1オクターブ高いような気がした。
「ヘンリーさんは吟遊詩人だから、男性の歌声に合わせやすいように、低い音が鳴る弦楽器を選んだんだと思うわ。私の弦楽器の方がポピュラーなタイプみたいね。音色が違うから、2人で二重奏をするといい感じになると思うわ」
その後、複数の弦楽器を試奏させてもらった。
浅生律子が本当に欲しがった楽器は40万ゼンもしたので、それは拝み倒して勘弁してもらった。というか、手持ちのお金で全然足りないし。
結局、6万ゼンというお手頃価格のものにしてもらった。いや、俺から見たら、それでも充分に高い気がするのだが……。俺の上着を売って入手した12万ゼンの半分をここで使ってしまった計算になる。
「安い割には手に馴染むし、いい買い物ができたわね」
別売りのケースも購入し、浅生律子は笑顔でそう言った。貧乏性の俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「この辺に、練習ができる場所はありませんか?」
俺がヘンリーさんにそう訊くと、河川敷に案内された。他にも楽器の練習をしている人や、犬の散歩をさせている人、ボール遊びをしている子供達がいて、デスゲームの最中であることを忘れてしまいそうな、牧歌的な景色だった。
浅生律子はチューニングをした後、俺でも知っている有名な演歌を弾き語りをしてみせた。酒、女、歓楽街、別れ、涙などがテーマの曲で、確かに『エンジェルズ』に売り込むにはピッタリの曲だった。浅生律子に選曲を任せて正解だったな、と俺は思った。
「天才かよ」
演奏が終わると、俺は拍手をしながらそう言った。初めて触る異世界の楽器で、こんなにも早く演奏をできるようになるなんて、と素直に感心した。
七海と妹尾有希と江住心愛、それからヘンリーも拍手をした。
「素晴らしいです! こんな曲は初めて聞きました! 演奏も歌詞も切ない感じで、今までにない、斬新な音楽です!」
ヘンリーがそう褒めちぎった。
「そこまでのものじゃないわ。何回も音を外しちゃったし、やっぱり弾き語りは難しいわね」
浅生律子自身は不満げだった。意識が高くてやりづらいなあ……。
「次は、七海達も歌ってみよう」
俺は歌担当の3人の方を向いて、そう言った。
「えー、でもまだ歌詞がうろ覚えなんだけど」
俺の言葉に、七海は自信なさげにそう言った。
「うろ覚えのところは、ハミングにしたり、ラララって歌ったりして、誤魔化していいから。サビのところだけでも歌ってみろ」
俺がそう言うと、女子3人も混じって演奏が始まった。
「――どうだった?」
歌い終えた七海が、俺に感想を求めた。俺が漠然と想像していた以上に、七海は歌が上手かった。ただし、それは歌っていたのがアイドルソングだったら、の話だった。
「よかったよ。3人とも、歌が上手いんだな。でも、何て言うのかなあ。演歌にしては爽やかすぎるというか、ちょっと重みが足りない気がする。人生の重みみたいなものが」
いや、俺も演歌なんて、大晦日の歌番組でしかまともに聞いたことがないんだけどね。後は、ドライブ中に親父が車内で流していたのをたまに聞いていたくらいだ。
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