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予選3

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「あなた達は、『第3回異世界対抗デスゲーム』の地球代表に選ばれたからですー」
「何それ!?」

 質問子ちゃんが悲鳴のような声を上げた。

「異世界の代表チーム同士を戦わせるデスゲームですー」
「そ、それに負けたらどうなるの?」
「デスゲームですからねー。もちろん死にますよー」

 ザイリック239番は緊張感のない声でそう言った。

「クラス全員死ぬの?」
「はいー。死にますねー」
「勝ったら?」
「優勝したら生きて帰れますー。あと、賞品としてきんのインゴットを1人につき約527.193キログラム持ち帰ることができますー」
「金っていうのは……あの黄金のこと?」

 質問子ちゃんの声は震えていた。

「はいー。地球での原子番号79の金のことですー」
「527.193キロって、何でそんなに中途半端な数字なの?」
「私の世界の重さの単位では、キリの良い数字なのですよー。それをあなた達の人数の32で割って、地球の単位に換算すると中途半端な数字になってしまうだけですー」
「それって……日本円に換算すると、いくらぐらい?」
「さあ」

 ザイリック239番は肩をすくめてそう言った。表情はぎこちないのに、ジェスチャーは滑らかなんだな、と俺は思った。

「……えっと、金の相場は常に変動してるんだけど、ここ5年くらいだと、安いときでも1グラム5000円くらい、高いときだと1グラム7000円くらいだったと思う」

 眼鏡をかけた、前髪の長い男子生徒がそう言った。こいつのことは心の中で前髪眼鏡くんと呼ぶことにする。

「あんた、何でそんなこと知ってるの?」

 質問子ちゃんが前髪眼鏡くんにそう訊いた。

「僕、株とか仮想通貨とか金とか、資産運用に興味があって」
「ふうん。とにかく、安いときの1グラム5000円で考えた場合、527.193キロだと……」

 まず、1000倍して1キロで500万円。100キロで5億円。500キロで25億円。
 そこまで暗算して、俺は打ち切った。
 25億円を越えてしまったら、残りは端数だ。
 命がかかっているにしては安すぎる気もするけど、それだけの資産があれば、高校に行かなくても母親は泣かないだろう。
 つまり! 異世界対抗デスゲームとやらに勝てば、もう高校に行かなくてもいい! おお、これはモチベーションが上がるな!

「約26億3600万円だな」

 前髪眼鏡くんがそう言った。律儀に端数まで計算してくれたようだ。

「26億円! それが32人分となると、とんでもない金額になるけど、本当に用意できるの?」

 質問子ちゃんがザイリック239番にそう訊いた。
 ……いちいち239番ってつけるの面倒くさいな。もう単に「ザイリック」でいいや。

「できますよー。私の世界では金を採掘し尽くしてしまいましたけど、異世界に行けばいくらでも見つかりますからねー。金の採掘専用の魔法生命体を送り込めば、すぐに大量に採掘できますからー」

 ザイリックが少し離れた場所に向かって手を振ると、そこに金のインゴットの山が出現した。
 クラスメートの大半が目の色を変えたが、どうせまだ自分の物じゃないんだからと、俺は冷めた思いだった。自分の物ではない金なんて、銀行の金庫の中にある現金と変わらない。

「でも、こんなに大量の金が出回ったら、値崩れするんじゃないか?」

 ボス猿くんが、前髪眼鏡くんに向かってそう訊いた。

「大丈夫。世界の金の歳出量は5万トンを大きく上回っているから、1.68トンなんて誤差みたいなもんだよ。ほとんど影響を受けないと思う」

 前髪眼鏡くんが眼鏡の位置を直しながら、そう答えた。
 前髪眼鏡くんは527.193キロかける32人の暗算もしたらしい。そんなのアイザックに訊けばすぐに答えてくれるんだから、もっと別のことに頭を使えばいいのに。応用が利かない子っぽいな。

「私、お金なんて要らないから、今すぐ教室に帰して!」

 質問子ちゃんが泣き叫ぶようにそう叫んだ。

「それはできませんー。あなた達が地球代表で『第3回異世界対抗デスゲーム』に出場するのは、もう決定事項ですー」

 ザイリックは冷たく言い放った。

「ふざけるな! 今すぐに俺たちを帰せ!」

 ボス猿くんがそう言って、ザイリックに殴りかかった。が、その拳がザイリックの姿をすり抜ける。勢い余ったボス猿くんは転んでしまった。

「私には肉体はないと言いましたよねー。この姿はただの映像ですから、実体はありませんよー」

 ザイリックがそう言うと、その姿が上下逆さまになった。しかし、そのピンク色の髪は重力に逆らっている。ワンピースのような衣装も上向きに広がっていた。

「……いったい、何のためにデスゲームを開催してるの?」

 質問子ちゃんがそう訊いた。ボス猿くんの無様な姿を見たせいか、少し冷静になったらしい。

「神々を楽しませるためですー」

 上下逆さまのまま、ザイリックはそう答えた。話しにくいから、できれば元に戻して欲しい。

「何よ、それ。意味が分かんないんだけど。もっと詳しく説明して」
「私の世界は高度に発達した文明を持っていますが、同時に、神様が実在する世界でもありますー。神々を楽しませるために、私の世界では絶え間なく戦争が起こっていましたー。でも、異世界に転移する技術が発達してからは、私達の代わりに、異世界人達に代理戦争をやらせるようになりましたー。しばらく、神々は代理戦争を楽しんでいたのですが、やがてその代理戦争にも飽きられてしまったのですよねー。『序盤で勝敗が見えてしまうから面白くない』と言われましたー。困った私達は知恵を絞って、もっとゲーム性の高い、エンターテイメントとしての戦争を考えましたー。それが『異世界対抗デスゲーム』ですー。誰が勝つか、最後の最後まで分からないのが神々にウケて、今回で第3回目を開催することができましたー。神々が飽きるまでは、このデスゲームを続ける所存でありますー」

 思いがけない返答に、質問子ちゃんはポカンとした表情になった。
 異世界、転移、魔法、魔法生命体、デスゲームだけでお腹いっぱいなのに、神様まで出てきちゃったからなあ。耐性のない奴にはキツいだろう。
 と思ったのだが、質問子ちゃんはすぐに立ち直った。

「そ、そのデスゲームに、何で私達が選ばれたのよ! 自分で言うのもなんだけど、私達なんて、ただの日本の田舎の高校1年生よ! 私なんて、格闘技も習ったことないし、銃だって撃ったこともないし……。そういうのって……アメリカ? そう、アメリカの軍人さんとか、スイスの傭兵さんとかがやるもんなんじゃないの?」

 戦争という単語に引き摺られたのか、質問子ちゃんはそんなことを言った。

「全員がその世界の年齢で15歳で、32人のグループというのが条件でしたー。その条件に合致する候補の中から、あなた達が選ばれました-」
「そんな条件に当て嵌まるグループなんて、世界中に数え切れないほどいるでしょう! 私達の隣のクラスや、その隣のクラスだって同じ条件じゃないの! 数え切れないほどの候補の中から何で私達が選ばれたのよ!」
「条件に合致する候補の中から無作為に選びましたー」
「私達は辞退するから、別の候補に変えてよ!」
「もう決定したので変えられませんー」

「――ザイリック。ゲーム開始前の説明タイムは、あとどれくらい残ってる?」

 質問子ちゃんに任せていたら肝心の話が進まないので、目立つのは嫌だったが、俺は会話に割り込み、本来なら真っ先に確認しておくべきことを訊いた。
 今までこの質問が出なかったことに驚きだよ、全く。くだらないことを訊いている間に突然ゲームが始まったらどうするつもりだったんだろう、クラスメート達は。

「地球の時間単位で、残り1時間12分25秒ですー」

 1時間12分……。長いと考えるか、短いと考えるか……。

「デスゲームの内容は?」

 俺はそう訊いた。
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