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予選1
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やっと高校の入学式が終わった。
担任と副担任に案内され、俺たちは1年3組の教室に向かう。最初は出席番号順に列で歩いていたのだが、体育館兼講堂を出てしばらくすると、列がばらけ、友人同士で固まってお喋りしながら移動するようになっていた。
しかし、俺にはそんな友人なんていないので、前の奴の背中を見ながら一人で黙々と歩く。
この田舎の県には、学区制度がある。全日制の公立高校の普通科を受験する場合は、自分が住む場所の学区の高校しか出願できないことになっている。
それだと、同じ中学だった奴らと、これからも3年間毎日顔を合わせないといけなくなる。
俺にはそれが耐えられなかった。あんな連中に時間を奪われたくなかった。
それを母親に伝えて、「高校に進学したくないんだけど」と言うと、泣かれた。あまりにも鬱陶しかったので、元クラスメート達が絶対に行かない高校を受験することにした。
しかし田舎過ぎて、自宅から通える範囲には残念ながら私立高校はなかった。寮のある私立高校を受験したり、公立高校の普通科以外を受験したりするという方法もあったが、俺が選んだのは、学区の外に住む母方の祖父母の家に住民票を移し、その学区の公立高校に通うという抜け道だった。
俺だけ住民票を移すと抜け道なのがバレバレだから、母親まで一緒に住民票を移してくれた。というか、本当に引っ越してくれた。俺が生まれ育った家には父親だけが残ることとなった。
……普通、そこまでするか? 我が親ながら、過保護過ぎるだろう。
父親が可哀想なので、毎週末と長期休暇には俺も母親も帰省することになったけど。
とにかく、そんなわけで本来の学区外の高校に進学した俺には、友人どころか知り合いすら、1人もいないのだった。
「――おい、ザコ。自己紹介のときに、一発芸をやれよ」
背後から突然そんな声が聞こえてきて、俺は一瞬だけ振り返った。
正直に言おう。俺自身が雑魚呼ばわりされて、誰かに因縁をつけられたのかと思ったのだ。
しかしそれは、俺に向けられた言葉ではなかった。
小柄で、見るからに気の弱そうな男子生徒の周りを、3人のヤンキーっぽい雰囲気の男子生徒達が囲んでいた。3人の立ち位置から見てリーダー格の、オールバックの髪型の男子が、いじめられっ子くんに一発芸を強要している場面のようだった。
――これはチャンスだ!
そう思った俺は、成り行きを見守ることにした。
「でも、僕、一発芸なんてしたことないし……」
いじめられっ子くんが目を伏せて、弱々しくそう言った。
「したことないから何なんだよ。誰だって最初は初めてなんだから、そんなのやらない理由にはならねえよ。とにかく、ザコが自己紹介のときに一発芸をやるのは、もう決まったことだからな。やらなかったらどうなるか、分かってんだろうな」
オールバックの髪型の男子が凄んだ。こいつのことは脳内でボス猿くんと呼ばせてもらうことにしよう。
「そんなこと言われても……」
いじめられっ子くんは泣きそうな顔をしている。
「――そいつ、嫌がってるじゃん。そんなに一発芸が見たいなら、お前らの中の誰かがやればいいだろ」
俺はそう口を挟んだ。
ボス猿くんとその取り巻き2人の視線が、俺に集中する。
「てめーには関係ねーだろ。すっこんでろよ」
金髪ロン毛の取り巻きAがそう言い、俺の胸ぐらを掴んだ。
よし、計画通りだ! これで、こいつらのせいにして不登校になって、堂々と高校をやめることができる!
入学早々にイジめられたのだと言えば、母親も無理に高校に行けとは言わないだろう。いやー、まさかこんなに早くチャンスが巡ってくるとはな。
でも、胸ぐらを掴まれただけじゃ理由としてちょっと弱いから、もう一押しするか。
「同じクラスなんだから俺にも関係あるだろ」
「お前、ザコのダチなのか?」
「ザコって、ひどい渾名だな。そんな渾名で呼んでる時点で、これはもうイジメ確定だろ。校長と教育委員会に報告させてもらうからな」
俺は取り巻きAの質問には答えずに、話題を逸らした。
「バーカ。こいつの本名が佐古なんだよ。それに親しみを込めてザコって呼んでるだけだから、イジメじゃねーし」
「いや、どこに親しみがあるんだよ。完全にバカにしてるだろ」
「――お前ら! 何をやってる!」
列の先頭にいたはずの担任が駆け寄ってきて、俺と取り巻きAを引き離した。ちなみに担任は入学式なのに上下ジャージという脳筋だった。十中八九、体育教師だろう。こいつ、完全にボス猿くんのお目付役として担任に選ばれてるよな。
「このヤンキー達が、自己紹介のときに一発芸をやれと、佐古くんをイジメていたんです。で、僕がそれを止めようとしたら、因縁をつけられたんです」
ボス猿達が囀る前に、俺はそう主張した。
「詳しい話は後で聞く。石原、岡村、根岸。それと、烏丸と佐古も、ホームルームの後、教室に残れ」
担任は俺達1人1人の顔を見てそう言った。
ちなみに烏丸九郎というのが俺の名前なので、ボス猿グループの苗字が石原、岡村、根岸ということになる。
まだ入学したばかりだというのに、この担任、受け持ちの生徒全員の顔と名前を把握しているのだろうか。心の中で脳筋なんて呼んで悪かったかなと、俺は少し反省した。
「烏丸と佐古はもう行け。もちろん、佐古は一発芸なんてやらなくていいからな」
担任は犬か猫を追い払うような仕草で、俺と佐古を先に歩かせた。
「……あ、あの、助けてくれて、ありがとう」
俺と佐古はしばらく無言で歩いていたが、教室に着く寸前に、佐古が意を決した表情でそう言った。
「別にお前を助けたんじゃないから。勘違いするな」
自分から揉め事に首を突っ込んで、既成事実を作って高校を退学したかっただけなんだから、変な勘違いしないでよね! ……って、何で俺、ツンデレっぽくなってるんだ。
1年3組の教室に入ると、黒板には男女別の出席番号と氏名の書かれた紙が貼られていた。
その座席表によると俺の席は……げっ、教卓の真ん前じゃねーか。最悪だ……。
このクラスは男子と女子がそれぞれ16人ずついて、黒板に向かって右から男子5人、女子5人、男子5人、女子5人、男子6人、女子6人の順に配置されている。そして俺の出席番号が6番だから、教卓の真ん前になってしまうのは必然なのだった。
ちなみに佐古は俺の真後ろの席だった。さっき格好つけちゃったから、席が近いの恥ずかしいな……。
クラスメート全員が着席すると、担任と副担任が黒板に氏名を書き、自己紹介をした。予想通り、担任は体育教師だった。
続いて、生徒の番だ。
出席番号順に自己紹介していくことになり、1番の男子が立ち上がる。
――その瞬間、床に青く発光する多層構造の魔方陣が出現した。
担任と副担任に案内され、俺たちは1年3組の教室に向かう。最初は出席番号順に列で歩いていたのだが、体育館兼講堂を出てしばらくすると、列がばらけ、友人同士で固まってお喋りしながら移動するようになっていた。
しかし、俺にはそんな友人なんていないので、前の奴の背中を見ながら一人で黙々と歩く。
この田舎の県には、学区制度がある。全日制の公立高校の普通科を受験する場合は、自分が住む場所の学区の高校しか出願できないことになっている。
それだと、同じ中学だった奴らと、これからも3年間毎日顔を合わせないといけなくなる。
俺にはそれが耐えられなかった。あんな連中に時間を奪われたくなかった。
それを母親に伝えて、「高校に進学したくないんだけど」と言うと、泣かれた。あまりにも鬱陶しかったので、元クラスメート達が絶対に行かない高校を受験することにした。
しかし田舎過ぎて、自宅から通える範囲には残念ながら私立高校はなかった。寮のある私立高校を受験したり、公立高校の普通科以外を受験したりするという方法もあったが、俺が選んだのは、学区の外に住む母方の祖父母の家に住民票を移し、その学区の公立高校に通うという抜け道だった。
俺だけ住民票を移すと抜け道なのがバレバレだから、母親まで一緒に住民票を移してくれた。というか、本当に引っ越してくれた。俺が生まれ育った家には父親だけが残ることとなった。
……普通、そこまでするか? 我が親ながら、過保護過ぎるだろう。
父親が可哀想なので、毎週末と長期休暇には俺も母親も帰省することになったけど。
とにかく、そんなわけで本来の学区外の高校に進学した俺には、友人どころか知り合いすら、1人もいないのだった。
「――おい、ザコ。自己紹介のときに、一発芸をやれよ」
背後から突然そんな声が聞こえてきて、俺は一瞬だけ振り返った。
正直に言おう。俺自身が雑魚呼ばわりされて、誰かに因縁をつけられたのかと思ったのだ。
しかしそれは、俺に向けられた言葉ではなかった。
小柄で、見るからに気の弱そうな男子生徒の周りを、3人のヤンキーっぽい雰囲気の男子生徒達が囲んでいた。3人の立ち位置から見てリーダー格の、オールバックの髪型の男子が、いじめられっ子くんに一発芸を強要している場面のようだった。
――これはチャンスだ!
そう思った俺は、成り行きを見守ることにした。
「でも、僕、一発芸なんてしたことないし……」
いじめられっ子くんが目を伏せて、弱々しくそう言った。
「したことないから何なんだよ。誰だって最初は初めてなんだから、そんなのやらない理由にはならねえよ。とにかく、ザコが自己紹介のときに一発芸をやるのは、もう決まったことだからな。やらなかったらどうなるか、分かってんだろうな」
オールバックの髪型の男子が凄んだ。こいつのことは脳内でボス猿くんと呼ばせてもらうことにしよう。
「そんなこと言われても……」
いじめられっ子くんは泣きそうな顔をしている。
「――そいつ、嫌がってるじゃん。そんなに一発芸が見たいなら、お前らの中の誰かがやればいいだろ」
俺はそう口を挟んだ。
ボス猿くんとその取り巻き2人の視線が、俺に集中する。
「てめーには関係ねーだろ。すっこんでろよ」
金髪ロン毛の取り巻きAがそう言い、俺の胸ぐらを掴んだ。
よし、計画通りだ! これで、こいつらのせいにして不登校になって、堂々と高校をやめることができる!
入学早々にイジめられたのだと言えば、母親も無理に高校に行けとは言わないだろう。いやー、まさかこんなに早くチャンスが巡ってくるとはな。
でも、胸ぐらを掴まれただけじゃ理由としてちょっと弱いから、もう一押しするか。
「同じクラスなんだから俺にも関係あるだろ」
「お前、ザコのダチなのか?」
「ザコって、ひどい渾名だな。そんな渾名で呼んでる時点で、これはもうイジメ確定だろ。校長と教育委員会に報告させてもらうからな」
俺は取り巻きAの質問には答えずに、話題を逸らした。
「バーカ。こいつの本名が佐古なんだよ。それに親しみを込めてザコって呼んでるだけだから、イジメじゃねーし」
「いや、どこに親しみがあるんだよ。完全にバカにしてるだろ」
「――お前ら! 何をやってる!」
列の先頭にいたはずの担任が駆け寄ってきて、俺と取り巻きAを引き離した。ちなみに担任は入学式なのに上下ジャージという脳筋だった。十中八九、体育教師だろう。こいつ、完全にボス猿くんのお目付役として担任に選ばれてるよな。
「このヤンキー達が、自己紹介のときに一発芸をやれと、佐古くんをイジメていたんです。で、僕がそれを止めようとしたら、因縁をつけられたんです」
ボス猿達が囀る前に、俺はそう主張した。
「詳しい話は後で聞く。石原、岡村、根岸。それと、烏丸と佐古も、ホームルームの後、教室に残れ」
担任は俺達1人1人の顔を見てそう言った。
ちなみに烏丸九郎というのが俺の名前なので、ボス猿グループの苗字が石原、岡村、根岸ということになる。
まだ入学したばかりだというのに、この担任、受け持ちの生徒全員の顔と名前を把握しているのだろうか。心の中で脳筋なんて呼んで悪かったかなと、俺は少し反省した。
「烏丸と佐古はもう行け。もちろん、佐古は一発芸なんてやらなくていいからな」
担任は犬か猫を追い払うような仕草で、俺と佐古を先に歩かせた。
「……あ、あの、助けてくれて、ありがとう」
俺と佐古はしばらく無言で歩いていたが、教室に着く寸前に、佐古が意を決した表情でそう言った。
「別にお前を助けたんじゃないから。勘違いするな」
自分から揉め事に首を突っ込んで、既成事実を作って高校を退学したかっただけなんだから、変な勘違いしないでよね! ……って、何で俺、ツンデレっぽくなってるんだ。
1年3組の教室に入ると、黒板には男女別の出席番号と氏名の書かれた紙が貼られていた。
その座席表によると俺の席は……げっ、教卓の真ん前じゃねーか。最悪だ……。
このクラスは男子と女子がそれぞれ16人ずついて、黒板に向かって右から男子5人、女子5人、男子5人、女子5人、男子6人、女子6人の順に配置されている。そして俺の出席番号が6番だから、教卓の真ん前になってしまうのは必然なのだった。
ちなみに佐古は俺の真後ろの席だった。さっき格好つけちゃったから、席が近いの恥ずかしいな……。
クラスメート全員が着席すると、担任と副担任が黒板に氏名を書き、自己紹介をした。予想通り、担任は体育教師だった。
続いて、生徒の番だ。
出席番号順に自己紹介していくことになり、1番の男子が立ち上がる。
――その瞬間、床に青く発光する多層構造の魔方陣が出現した。
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