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「何が違うの?」
「僕にだって、大切な誰かの写真を見たくなる人の気持ちは分かる。確かに僕はアルバムを持っていなかったけど、大切な写真を1枚持っていたんだ。僕はその写真をずっと財布の中に仕舞っていた。気分が落ち込んだときとか、気合を入れないといけないときとかにその写真を取り出して、眺めていた。だから、僕にだって……」
僕は自分でも唐突だと思うタイミングで言葉を途切れさせた。
言ってはいけない。これ以上言ったら、取り返しがつかなくなる。
「それ、どんな写真だったの?」
しかし、明日奈はそう追及した。
「僕と、大切な人が写っている写真だった」
「もしかして――それって、私のこと?」
明日奈は確信に満ちた表情でそう訊いた。
その通りだった。
「高校の修学旅行の最終日、ジュースを買いに、自動販売機のあるロビーへ行ったら、そこで偶然きみと一緒になった。そこへ、修学旅行に同行していたカメラマンが通りがかり、僕と明日奈のツーショットを撮ったのを憶えているか?」
「……ごめんなさい。憶えてない」
本当に申し訳なさそうに明日奈はそう言った。
「そうか。やっぱり憶えていないのか。でも、僕はそのとき撮られた写真を購入して、財布の中に入れて、ずっと持ち歩いていたんだ。僕にとってその写真は宝物だった。明日奈の写った写真を財布に入れて持ち歩くことで、ずっときみと一緒にいるような、そんな気分に浸ることができたんだ。ボロボロにすりきれて、明日奈の顔が見分けがつかないような状態になっても、その写真は僕にとって宝物だったんだ。きみと付き合うことができなくても、きみの写真を持っているだけで満足だった。それなのに。僕は、その写真を失くしてしまった。両親が亡くなってから1年くらい経ったある日、営業の外回りで電車に乗っていたときに、電車の中に財布ごと置き忘れてしまったんだ。すぐに遺失物届を出したけど、結局財布は見つからなかった。きっと、あの日を境にして、僕は狂ってしまったんだと思う」
ああ、終わったな。
僕はそう考えながら喋っていた。
認めてしまった。僕がずっと明日奈を騙していたことを。
と言っても、ある意味、疑われた時点で終わりなのだから、僕が認めるか認めないかは大きな問題ではなかったのだが。
「でも、地震のときから僕に騙されていることに気付いていたのに、ずっと知らないふりをしていたのか?」
僕はそう訊いた。
「いいえ。そのときはまだ気付いていなかった。正道にずっと騙されていたのに気付いたきっかけは、この本だった」
明日奈はそう言って、浴衣のポケットから赤ちゃんの命名辞典を取り出した。その本は書庫の本棚に並べられていたはずの本だった。
「そんな本で……? どうしてそんなもので気付いたんだ?」
「その前に確認したいんだけど、正道はきっと、書庫の本棚を埋めるときに、自分の家にあった本を適当に持ってきて並べたんでしょう? 自分の本も、ご両親の本も、全部ごちゃ混ぜにして。中身を確認もせずに」
「ああ、そうだよ。僕の好みの本ばかり集めると、どうしても趣味が偏ってしまうと思って、昔住んでいた家にあった本を殆ど持ってきたんだ」
「1度でもこの本を開いたことがあれば、正道はこの本を核シェルターの中に持ち込まなかったでしょうに」
明日奈はそう言って、赤ちゃんの命名辞典の最後のページを開き、発行年月日を僕に見せた。
「ああ……そうか。これは、僕が生まれた年に買った本なのか」
「そうよ。きっと、正道のお父さんかお母さんが、あなたに名付けるときに参考にしようと思って買った本だったんでしょうね。私はこの本を、愛ちゃんが産まれた日に発見した。あのとき、あなたは娘の名付けに困っていたみたいだったから、トイレに行ったついでに書庫に行って、この本を開いたの。読んでみると、何だか古臭い感じの名前が多かったから、いつの本なんだろうと思って奥付を確認した。そうしたら、私や正道が生まれた年に発行された本だった。そのことが気になって、書庫で色々と考えているうちに、あの11月に起こった地震のことを思い出して、核シェルターに避難したときの地震と比較して、変だということに気付いたの。そして私は、自分が騙されていたことに気付いた。外の様子が気になって、この目で確かめたくなってエアーロック室の扉を開けようとしたんだけど、開かなかった。どうやら鍵がかかっているみたいだと分かった。食料庫にある車ごと入れる搬入口にも行って、操作しようとしたけど操作盤の電源が入らなくて、どうやら壊されているみたいだった。とりあえずそのときは、あまり長時間戻らないと正道が不審に思うだろうと考え、寝室に戻った」
「そんなことをやっていたのか。道理でトイレにしては時間がかかっていると思ったよ。……その後、明日奈は仮病を使って、今にも死にそうな演技をして、僕に扉を開けさせようとしたんだな」
「ええ、そうよ。仮病を使うと数日間愛ちゃんを正道に任せきりになっちゃうから、正道1人で愛ちゃんの面倒を看られると確信できるまで2週間待ったけど。でもまあ、半分は賭けだったけどね。あなたが私を見殺しにする可能性だってあったから」
「僕はそんなことはしないよ」
明日奈が死んだら、僕がここにいる意味はなくなるのだから。
「そうでしょうね。私もそう思っていた。正道ならきっと、お金さえ積めば非合法な依頼を引き受けてくれるような感じの医者を呼びに行くだろうと思っていた」
「確かに、いつかは医者を呼ぶために外へ出ようとするだろうけど、そのタイミングまでは分からなかったんじゃないか?」
「浴衣のまま外に出るわけがないから、きっと着替えるはず。正道が私服に着替えているところを目撃したら、外へ出ようとしているのだと分かる。いつでも正道を拘束できる準備をして、私はそのときを待っていた」
「いや、だから、どうやって僕が私服に着替えたことを知ったんだよ」
「ちょっとした仕掛けをしておいたの」
「僕にだって、大切な誰かの写真を見たくなる人の気持ちは分かる。確かに僕はアルバムを持っていなかったけど、大切な写真を1枚持っていたんだ。僕はその写真をずっと財布の中に仕舞っていた。気分が落ち込んだときとか、気合を入れないといけないときとかにその写真を取り出して、眺めていた。だから、僕にだって……」
僕は自分でも唐突だと思うタイミングで言葉を途切れさせた。
言ってはいけない。これ以上言ったら、取り返しがつかなくなる。
「それ、どんな写真だったの?」
しかし、明日奈はそう追及した。
「僕と、大切な人が写っている写真だった」
「もしかして――それって、私のこと?」
明日奈は確信に満ちた表情でそう訊いた。
その通りだった。
「高校の修学旅行の最終日、ジュースを買いに、自動販売機のあるロビーへ行ったら、そこで偶然きみと一緒になった。そこへ、修学旅行に同行していたカメラマンが通りがかり、僕と明日奈のツーショットを撮ったのを憶えているか?」
「……ごめんなさい。憶えてない」
本当に申し訳なさそうに明日奈はそう言った。
「そうか。やっぱり憶えていないのか。でも、僕はそのとき撮られた写真を購入して、財布の中に入れて、ずっと持ち歩いていたんだ。僕にとってその写真は宝物だった。明日奈の写った写真を財布に入れて持ち歩くことで、ずっときみと一緒にいるような、そんな気分に浸ることができたんだ。ボロボロにすりきれて、明日奈の顔が見分けがつかないような状態になっても、その写真は僕にとって宝物だったんだ。きみと付き合うことができなくても、きみの写真を持っているだけで満足だった。それなのに。僕は、その写真を失くしてしまった。両親が亡くなってから1年くらい経ったある日、営業の外回りで電車に乗っていたときに、電車の中に財布ごと置き忘れてしまったんだ。すぐに遺失物届を出したけど、結局財布は見つからなかった。きっと、あの日を境にして、僕は狂ってしまったんだと思う」
ああ、終わったな。
僕はそう考えながら喋っていた。
認めてしまった。僕がずっと明日奈を騙していたことを。
と言っても、ある意味、疑われた時点で終わりなのだから、僕が認めるか認めないかは大きな問題ではなかったのだが。
「でも、地震のときから僕に騙されていることに気付いていたのに、ずっと知らないふりをしていたのか?」
僕はそう訊いた。
「いいえ。そのときはまだ気付いていなかった。正道にずっと騙されていたのに気付いたきっかけは、この本だった」
明日奈はそう言って、浴衣のポケットから赤ちゃんの命名辞典を取り出した。その本は書庫の本棚に並べられていたはずの本だった。
「そんな本で……? どうしてそんなもので気付いたんだ?」
「その前に確認したいんだけど、正道はきっと、書庫の本棚を埋めるときに、自分の家にあった本を適当に持ってきて並べたんでしょう? 自分の本も、ご両親の本も、全部ごちゃ混ぜにして。中身を確認もせずに」
「ああ、そうだよ。僕の好みの本ばかり集めると、どうしても趣味が偏ってしまうと思って、昔住んでいた家にあった本を殆ど持ってきたんだ」
「1度でもこの本を開いたことがあれば、正道はこの本を核シェルターの中に持ち込まなかったでしょうに」
明日奈はそう言って、赤ちゃんの命名辞典の最後のページを開き、発行年月日を僕に見せた。
「ああ……そうか。これは、僕が生まれた年に買った本なのか」
「そうよ。きっと、正道のお父さんかお母さんが、あなたに名付けるときに参考にしようと思って買った本だったんでしょうね。私はこの本を、愛ちゃんが産まれた日に発見した。あのとき、あなたは娘の名付けに困っていたみたいだったから、トイレに行ったついでに書庫に行って、この本を開いたの。読んでみると、何だか古臭い感じの名前が多かったから、いつの本なんだろうと思って奥付を確認した。そうしたら、私や正道が生まれた年に発行された本だった。そのことが気になって、書庫で色々と考えているうちに、あの11月に起こった地震のことを思い出して、核シェルターに避難したときの地震と比較して、変だということに気付いたの。そして私は、自分が騙されていたことに気付いた。外の様子が気になって、この目で確かめたくなってエアーロック室の扉を開けようとしたんだけど、開かなかった。どうやら鍵がかかっているみたいだと分かった。食料庫にある車ごと入れる搬入口にも行って、操作しようとしたけど操作盤の電源が入らなくて、どうやら壊されているみたいだった。とりあえずそのときは、あまり長時間戻らないと正道が不審に思うだろうと考え、寝室に戻った」
「そんなことをやっていたのか。道理でトイレにしては時間がかかっていると思ったよ。……その後、明日奈は仮病を使って、今にも死にそうな演技をして、僕に扉を開けさせようとしたんだな」
「ええ、そうよ。仮病を使うと数日間愛ちゃんを正道に任せきりになっちゃうから、正道1人で愛ちゃんの面倒を看られると確信できるまで2週間待ったけど。でもまあ、半分は賭けだったけどね。あなたが私を見殺しにする可能性だってあったから」
「僕はそんなことはしないよ」
明日奈が死んだら、僕がここにいる意味はなくなるのだから。
「そうでしょうね。私もそう思っていた。正道ならきっと、お金さえ積めば非合法な依頼を引き受けてくれるような感じの医者を呼びに行くだろうと思っていた」
「確かに、いつかは医者を呼ぶために外へ出ようとするだろうけど、そのタイミングまでは分からなかったんじゃないか?」
「浴衣のまま外に出るわけがないから、きっと着替えるはず。正道が私服に着替えているところを目撃したら、外へ出ようとしているのだと分かる。いつでも正道を拘束できる準備をして、私はそのときを待っていた」
「いや、だから、どうやって僕が私服に着替えたことを知ったんだよ」
「ちょっとした仕掛けをしておいたの」
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