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「いいね。親子丼にしよう」
「じゃあ、まずはご飯を炊かないと」
朝日奈さんはそう言って炊飯器の蓋を開けた。
「あ、ちょっと待って。洗濯、もう終わってるんじゃないか?」
「しまった。忘れてた」
米袋を開けかけていた朝日奈さんは、途中で手を止めた。
「ご飯は僕が炊いておくから、朝日奈さんは洗濯物を干してきなよ」
「うん、ありがとう」
「ところで、お米は2合でいい?」
「2人で2合って、1食分としては多くない? 昨日のカレーは1.5合だったんだけど」
「ご飯が余ったら、3時のおやつ用におにぎりも作ればいいだろう」
「ああ、それはいいアイデアね。じゃあ、洗濯物を干してくるからよろしくね」
朝日奈さんはそう言って食堂から出ていった。
僕は1合ずつお米を量ることのできるカップで2合量り、ボールの中に入れた。ボールに水を入れ、まずは軽くお米全体を洗い、米粒の表面についた糠や汚れを落とす。数回水を替えながらお米を優しく研ぎ、ある程度の透明度になると、ボールの水を切った。研いだ米を釜の中にいれ、釜の縁の数字の「2」に合わせて水を量った。本当なら、30分から1時間くらい米に水を吸わせた方がいいのだが、今そんなことをしているとご飯が炊けるのが遅くなってしまうので、僕はその過程は省略することにした。
炊飯器のスイッチを入れながら、僕は、お米の研ぎ方は誰に習ったのだろうと考えた。……そうだ。小学校の家庭科の教科書を読み、1人で覚えたのだった。親から教えてもらったという記憶を思い出すことを期待していたのだが、裏切られたような気分になった。
子供の頃、僕は欲しい物があっても親にねだることができなかった。頼んでも買ってくれなかったら、それが親から愛されていない証拠になるのではないかと恐れていたからだ。中学生になってお昼の弁当代として毎日500円ずつ貰えるようになるまでは、お小遣いというものも貰えなかった。そのため、小学生時代の僕は、自分の玩具とか漫画とか小説とかゲームというものを持っていなかった。
僕は、暇潰しとして、休日に教科書や辞書や新聞やチラシやパンフレットを読んでいるような子供だった。
そのときの癖が抜けきらず、大人になった今でも、暇さえあれば知識を吸収しようとしていた。親から人生で役に立つ知識を教えてもらえなかった分、他のものから仕入れた知識で補おうとしていた。
「――山上くん」
朝日奈さんは食堂に戻ってくると、僕を呼んだ。
「何?」
「乾燥機が見当たらなくて困ってるんだけど……」
「分かった」
僕は頷き、朝日奈さんと一緒に洗面所兼脱衣所へ行った。洗濯機の中を覗くと、脱水の終わった洗濯物がまだ入っていた。
「自然乾燥させるしかないなと思って、倉庫を探してハンガーは見つけたんだけど、今度は干す場所がなくて……」
朝日奈さんは申し訳なさそうに言った。
「廊下の天井に換気装置のパイプが通っているから、それに引っかければいいんじゃないか?」
「え? でも、濡れた服って結構重いし、そんなことをしたらパイプが曲がっちゃうんじゃないの?」
「いや、パイプそのものに引っかけるんじゃなくて、パイプを天井に固定するための支えに引っかければいいんじゃないかな」
「それなら大丈夫かもしれないけど、今度は高くて届かないよ」
「そうか……。じゃあ、倉庫にある道具を使って、ちょうどいい大きさの物干し台を作ってみようか」
「えっ。そんなことできるの?」
朝日奈さんは驚いたようにそう訊いた。
「見栄えを気にしなければ、何とかなるだろう」
朝日奈さんにいいところを見せようと、僕は安請け合いをした。
「私も手伝うよ」
僕が倉庫へ行くと、朝日奈さんもそう言ってついてきた。
改めて倉庫の中を見回し、使えそうな材料を探す。まずは物干し竿の代わりになりそうな長い棒を探す。一番長いのはクイックルワイパーの柄だったが、強度に問題があるだろうし、これがないと掃除のときに困るので使えなかった。次点の箒は短すぎる。倉庫にあるもの以外で目ぼしい材料と言えば……。
「食料庫にあるダンボール箱を使うのはどうだろう。できるだけ大きくて頑丈そうなダンボールを細い棒状になるように丸めればいいんじゃないだろうか」
僕は思いついたことを口にした。
「うん、それ、いいと思うよ。物干し台はどうする?」
「無理して台を作らなくても、天井のパイプの支えから紐を垂らして、その紐の先に作った輪っかにダンボールを通せばいい」
「確かに見栄えはちょっと悪いけど、それならいい感じになりそう。でも、そんなに頑丈な紐があるかな? 紙紐だと不安だし、余っている浴衣の帯を使う?」
「いや、それも食料庫にあるものを使おう。PPバンドが丈夫で加工しやすくて最適だと思う」
「PPバンドって何?」
「ダンボールを縛るのによく使う、ポリプロピレン製の平たい紐のことだよ。色は黄色がメジャーで、近くで見ると網目模様になっているやつだ」
「ああ、あれね。あれならダンボールを結束するのに食料庫にたくさんあったね」
「材料はダンボール箱とPPバンドでいいとして、物干し竿を設置する場所はどうする? 廊下でいいか?」
「普段通る廊下に洗濯物が干してあると、ちょっと不便だよね」
「『雪の間』と『満月の間』の隣の廊下はどうだろう。あそこは普段あまり通らない場所だし」
僕は、「日」の左側の棒の上半分にある廊下を思い浮かべながら言った。
「うん、いいと思うよ。そうしよう」
「じゃあ、まずはご飯を炊かないと」
朝日奈さんはそう言って炊飯器の蓋を開けた。
「あ、ちょっと待って。洗濯、もう終わってるんじゃないか?」
「しまった。忘れてた」
米袋を開けかけていた朝日奈さんは、途中で手を止めた。
「ご飯は僕が炊いておくから、朝日奈さんは洗濯物を干してきなよ」
「うん、ありがとう」
「ところで、お米は2合でいい?」
「2人で2合って、1食分としては多くない? 昨日のカレーは1.5合だったんだけど」
「ご飯が余ったら、3時のおやつ用におにぎりも作ればいいだろう」
「ああ、それはいいアイデアね。じゃあ、洗濯物を干してくるからよろしくね」
朝日奈さんはそう言って食堂から出ていった。
僕は1合ずつお米を量ることのできるカップで2合量り、ボールの中に入れた。ボールに水を入れ、まずは軽くお米全体を洗い、米粒の表面についた糠や汚れを落とす。数回水を替えながらお米を優しく研ぎ、ある程度の透明度になると、ボールの水を切った。研いだ米を釜の中にいれ、釜の縁の数字の「2」に合わせて水を量った。本当なら、30分から1時間くらい米に水を吸わせた方がいいのだが、今そんなことをしているとご飯が炊けるのが遅くなってしまうので、僕はその過程は省略することにした。
炊飯器のスイッチを入れながら、僕は、お米の研ぎ方は誰に習ったのだろうと考えた。……そうだ。小学校の家庭科の教科書を読み、1人で覚えたのだった。親から教えてもらったという記憶を思い出すことを期待していたのだが、裏切られたような気分になった。
子供の頃、僕は欲しい物があっても親にねだることができなかった。頼んでも買ってくれなかったら、それが親から愛されていない証拠になるのではないかと恐れていたからだ。中学生になってお昼の弁当代として毎日500円ずつ貰えるようになるまでは、お小遣いというものも貰えなかった。そのため、小学生時代の僕は、自分の玩具とか漫画とか小説とかゲームというものを持っていなかった。
僕は、暇潰しとして、休日に教科書や辞書や新聞やチラシやパンフレットを読んでいるような子供だった。
そのときの癖が抜けきらず、大人になった今でも、暇さえあれば知識を吸収しようとしていた。親から人生で役に立つ知識を教えてもらえなかった分、他のものから仕入れた知識で補おうとしていた。
「――山上くん」
朝日奈さんは食堂に戻ってくると、僕を呼んだ。
「何?」
「乾燥機が見当たらなくて困ってるんだけど……」
「分かった」
僕は頷き、朝日奈さんと一緒に洗面所兼脱衣所へ行った。洗濯機の中を覗くと、脱水の終わった洗濯物がまだ入っていた。
「自然乾燥させるしかないなと思って、倉庫を探してハンガーは見つけたんだけど、今度は干す場所がなくて……」
朝日奈さんは申し訳なさそうに言った。
「廊下の天井に換気装置のパイプが通っているから、それに引っかければいいんじゃないか?」
「え? でも、濡れた服って結構重いし、そんなことをしたらパイプが曲がっちゃうんじゃないの?」
「いや、パイプそのものに引っかけるんじゃなくて、パイプを天井に固定するための支えに引っかければいいんじゃないかな」
「それなら大丈夫かもしれないけど、今度は高くて届かないよ」
「そうか……。じゃあ、倉庫にある道具を使って、ちょうどいい大きさの物干し台を作ってみようか」
「えっ。そんなことできるの?」
朝日奈さんは驚いたようにそう訊いた。
「見栄えを気にしなければ、何とかなるだろう」
朝日奈さんにいいところを見せようと、僕は安請け合いをした。
「私も手伝うよ」
僕が倉庫へ行くと、朝日奈さんもそう言ってついてきた。
改めて倉庫の中を見回し、使えそうな材料を探す。まずは物干し竿の代わりになりそうな長い棒を探す。一番長いのはクイックルワイパーの柄だったが、強度に問題があるだろうし、これがないと掃除のときに困るので使えなかった。次点の箒は短すぎる。倉庫にあるもの以外で目ぼしい材料と言えば……。
「食料庫にあるダンボール箱を使うのはどうだろう。できるだけ大きくて頑丈そうなダンボールを細い棒状になるように丸めればいいんじゃないだろうか」
僕は思いついたことを口にした。
「うん、それ、いいと思うよ。物干し台はどうする?」
「無理して台を作らなくても、天井のパイプの支えから紐を垂らして、その紐の先に作った輪っかにダンボールを通せばいい」
「確かに見栄えはちょっと悪いけど、それならいい感じになりそう。でも、そんなに頑丈な紐があるかな? 紙紐だと不安だし、余っている浴衣の帯を使う?」
「いや、それも食料庫にあるものを使おう。PPバンドが丈夫で加工しやすくて最適だと思う」
「PPバンドって何?」
「ダンボールを縛るのによく使う、ポリプロピレン製の平たい紐のことだよ。色は黄色がメジャーで、近くで見ると網目模様になっているやつだ」
「ああ、あれね。あれならダンボールを結束するのに食料庫にたくさんあったね」
「材料はダンボール箱とPPバンドでいいとして、物干し竿を設置する場所はどうする? 廊下でいいか?」
「普段通る廊下に洗濯物が干してあると、ちょっと不便だよね」
「『雪の間』と『満月の間』の隣の廊下はどうだろう。あそこは普段あまり通らない場所だし」
僕は、「日」の左側の棒の上半分にある廊下を思い浮かべながら言った。
「うん、いいと思うよ。そうしよう」
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