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 今度こそ、と思いながら僕はサーブした。今度は、球は僕の側のコートに当たった。しかし、ネットを越えたところまではいいものの、朝日奈さんのコートには当たらず、後方に飛んでいってしまった。

「ごめん」
「もう1回やってみて」

 そう言って、朝日奈さんは拾ったピンポン玉を僕に渡した。もう1回挑戦したが、やはりさっきと同じような結果になった。

「強く打ち過ぎているみたいね。最初の内はもっと力を抜いて、こういうフォームを描きながら打ってみて」

 朝日奈さんはそう言いながら、自分でサーブしてみせた。反射的に僕はその球を打ち返そうとラケットを振ったが、空振りしてしまった。

「うーん……。残念ながら、僕には卓球の才能がないみたいだ」
「そんなこと言わずに、サーブして。練習あるのみよ」

 それから僕は2時間みっちりと、鬼コーチと化した朝日奈さんにスパルタ教育を受けることになった。その甲斐あってか、ゆっくりとならラリーが続くようになった。

「ごめん。ちょっと疲れた。休憩しようよ」

 十数回続いたラリーの途中で僕は根を上げた。

「そうね。少し休みましょう」

 朝日奈さんは右手でピンポン玉をキャッチするとそう言った。

「ああ、疲れた」

 僕はそう言いながら椅子に座った。

「大してやってないのに疲れ過ぎよ。それにしても、浴衣を着て卓球をやってると、温泉宿に来ている気分ね」

 朝日奈さんも椅子に座るとそう言った。

「そうだね。僕は温泉宿には修学旅行のときくらいしか行ったことないけど、そんな気分になるよ」
「えっ。山上くん、家族と温泉に行ったことないの?」
「と言うか、家族と旅行したことすらないから」
「子供の頃も?」
「うん。授業参観とか親子行事にすら来ないような人たちだったから」
「そっか。山上くんの両親は共働きだったんだし、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもいなかったから、しょうがないよね」

 朝日奈さんは助け船を出すようにそう言った。が、僕はその言葉を否定する。

「そんなの関係ないよ。両親の休みが重なることは滅多になかったけど、年末年始とかお盆のときですらずっと家にいたんだから。授業参観の日と仕事の休みが重なっても、一日中家で寝ていたし。それに、父さんも母さんも、家族以外と旅行するのは結構好きだったんだよ。よく友達とかと泊りがけの旅行をしてたし。両親は――何て言うか、僕に興味を持っていなかったんだ」
「それは……ごめん。何とも言えない」

 朝日奈さんは困ったように目を伏せた。そんな彼女を見て、僕は失敗したと思った。

 ――僕は、子供の頃から、両親から愛されていないのではないかと感じていた。父も母も僕に興味を示さず、ずっと放っておかれた。
 ネグレクトというものがある。子供の下着が不潔なまま放置したり、食事を与えなかったり、病気になっても病院へ連れて行かなかったりとか、育児放棄をすることだ。
 僕の両親は、そういうことはなかった。僕は毎日お風呂に入り、清潔な服を着て、レトルトや冷凍食品など出来合いのものとはいえ食事も食べていた。歯も磨かされたし、病気になれば病院に連れていかれたし、保育園にも通った。

 ただ――両親は、本当は子育てなんてしたくなかったのではないだろうか。育児放棄をしていると思われると世間体が悪いから、義務感で仕方なく僕の面倒を見ていたのではないだろうか。僕は常々、そう感じていた。

 その証拠に、家の中ではいつも会話が少なかった。僕が話しかけても、両親は僕の顔を見ず適当に相槌を打つだけだった。やがて、僕も両親に話しかけなくなった。気付けば何日も家の中で話し声を聞いていない、という状態が当たり前になっていた。
 僕は学校でも、無気力で口数の少ない生徒として扱われるようになった。皆と何を話せばいいのか分からなかったのだ。

「そんなことよりも、朝日奈さんって、卓球本当に上手いよね」

 僕は話題を変えようと思い、そう言った。

「中学高校で卓球部に入っていて、真面目に練習していれば、誰でもこれくらいはできるようになるよ」

 朝日奈さんはそう謙遜した。

「僕は運動神経ゼロだから、六年間続けてもそんなに上手くなれる気がしないけどね」
「そんなことないよ。山上くん、二時間やっただけで随分と上達したよ」
「そうかな?」
「うん。――ちょっと早いけど、片付けてお昼ご飯の準備をしようか」

 朝日奈さんはそう言って、ネット代わりにテーブルに固定しておいた箸と白紐を外した。ラケットとピンポン玉はまた使うかもしれないので、空いている椅子の上に保管しておくことにした。

「お昼はご飯ものが食べたいな」

 僕はそうリクエストした。

「じゃあ、カレーにする?」
「昨日の夜もカレーだったからなあ……」
「そんなこと言ったって、レトルトのパックはカレーが一番多いんだからしょうがないよ。えーと、他に賞味期限が近いのは――親子丼ね」

 朝日奈さんはリストを見ながらそう言った。
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