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「よかった。やっぱり、電気が点かないと怖いね」
朝日奈さんは安堵の表情を浮かべてそう言った。
「そうだね。食堂に戻ってもう1回電子レンジを使おうか」
「うん。ところでさ、山上くんの家族ってどうしてるの?」
食堂へ戻る廊下を歩きながら、朝日奈さんはそう訊ねた。
「……どうしてそんなことを訊くの?」
「普通、こんな状況になったら、通じないと分かっていてもケータイやスマホを見たがるものでしょ? もしかしたら家族から連絡が来るかもしれないと思って。でも、山上くんは持ち歩いていないし、昨日戦争が始まったときだって、私と違って家族に連絡を取ろうとしなかったから、ちょっと気になっちゃって」
「うん……。実は、僕には家族がいないんだ」
僕がそう言うと、朝日奈さんは何もないところで立ち止まった。
「え?」
戸惑ったような表情で、朝日奈さんは僕を見た。僕はそんな朝日奈さんから少し目を逸らして説明する。
「僕が生まれたときにはもう、父方も母方も、祖父母は亡くなっていた、っていう話は既にしたよね。両親は1人っ子同士の結婚で、子供は僕だけだった。その両親も3年前に交通事故で相次いで亡くなったから、僕にはもう家族と呼べる人がいないんだよ。遠い親戚は何人かいるんだけど、もう何十年も没交渉で、両親の葬儀にも来なかったくらいだから、気分的にはもう天涯孤独って感じだね」
「そうだったんだ……。ごめんなさい。詮索するようなこと聞いちゃって」
朝日奈さんは泣きそうな表情でそう言った。
「謝らなくてもいいよ。朝日奈さんは謝るようなことは何もしていないんだから」
そう。
本当は、謝らないといけないのは、僕の方なのだ。
――その後、僕たちは言葉少なに電子レンジでスパゲティを茹で、ソースを器に移してから温め、その器に茹でた麺を載せた。ソースが下で麺が上なのは見栄えが悪いが、食器を洗うための洗剤も節約しないといけないのだからと、我慢した。
「昨日の囚人の笑い話だけど、もしも山上くんが囚人の立場で、1年に1種類だけ好きな物を差し入れしてもらえるとしたら、何を看守に頼みたい?」
先ほど気まずい雰囲気になってしまったので、話題を変えようと思ったのか、朝日奈さんはスパゲティを食べながらそんなことを訊いた。
「核シェルターに閉じ込められたときの話題として、これほど相応しいものはないね」
僕はそう言って、おおげさな溜め息をついて見せた。
「茶化さないでよ。ちなみに、私だったら、看守には牢屋の鍵を頼むかな」
「昨日、囚人の笑い話が終わった後でその模範解答を思いついちゃって、それが言いたくなっただけだろ!」
「バレたか」
朝日奈さんはそう言って笑った。
「正直、牢屋の鍵っていうのは反則だと思う」
「えーっ。いい解答だと思うんだけどなあ」
「僕が看守の立場でそんなことを言われたら、牢屋の扉を二重にして、内側の扉の鍵だけを囚人に渡すだろうね」
「そんなことを思いつくなんて、山上くんって本当に性格が捻くれてるのね」
「朝日奈さんほどじゃないよ。牢屋の鍵以外だったら、何を頼む?」
「そうね……スマホかな」
「朝日奈さんって、やっぱりスマホ依存症だったのか」
「別に依存症ってわけじゃないんだけど、電波が入らないと不安になっちゃうのよね。誰かがメッセージを送ったのに私の返信が来なくてイライラしてるんじゃないかとか、ついそんなことを考えちゃうの」
「それ、普通にスマホ依存症だと思うんだけど……」
「いえ、それに、スマホがあれば色々と暇潰しができるし、退屈な牢獄生活の中での光になると思うのよ」
朝日奈さんは言い訳するようにそう言った。
「うん、そうだね」
僕は温かい眼差しで朝日奈さんを見たのだが、なぜか彼女は怒ったような表情になった。
「そう言う山上くんは何を持っていくの?」
「僕は……現金で100億円かな」
「牢屋の中で100億円を手に入れて、何に使うの?」
「看守を買収するんだよ」
「それ、牢屋の鍵と殆ど変わらないよ。反則だと思う。別のにして」
「じゃあ……朝日奈さんのスマホという解答と殆ど変わらないけど、ノートパソコンかな。インターネットがあれば無限に時間を潰せるし」
「そして翌年には、インターネットに接続できるLANケーブルか、無線LANのパスワードを看守に頼むのね」
朝日奈さんがそう突っ込んだ。
「それを言ったら、スマホだって電波が来なかったらどうするんだよ。まさか、牢屋の近くに電波塔を建ててくれって言うのか?」
「それもそうか。でも、そんなことを言い出したら、スマホもノートパソコンも、充電器がなかったり、それどころか牢屋内にコンセントがなかったりしたら、バッテリーが切れた時点でただのオブジェになっちゃうよね」
「1種類だけ、っていうのが難しいんだよな。例えば、小説を1万冊っていうのは1種類のうちに入るのかな? 小説は大好きだから、それなら1年間楽しく過ごせそうな気がするんだけど」
「全く同じ小説が1万冊届いたりして」
「それは困るなあ。中身が全部同じだと、読み飽きてしまったら、ドミノ倒しをして遊ぶ以外の使い道がなくなってしまう。内容が違う小説を1万冊、って頼めばいいのかな?」
「上巻はなくて下巻だけ1万冊分集められたり、シリーズ物の2巻以降だけ集められたりとか、嫌がらせをされるかもしれない。他にも、ラテン語やエスペラント語で書かれた本ばかり1万冊集められちゃうかもよ」
「朝日奈さん、よくそんなことばかり思いつくね」
「っていうか、小説を1万冊も頼んだら、多すぎて牢屋に入りきらなくなっちゃって、本に押し潰されて死んじゃうかも」
「それ、ショートショートのオチにありそうだね。本好きとしては本望だけど、そんな嫌なオチを思いつくなんて、朝日奈さんって本当に性格が捻くれているんだね」
僕たちはそんな話をして笑い合った。
ふと、今朝起きたときに、朝日奈さんと上手く話すことができなかったらどうしようと不安に思っていたのを思い出した。案ずるより産むが易しとはこのことだな、と思った。
朝日奈さんは安堵の表情を浮かべてそう言った。
「そうだね。食堂に戻ってもう1回電子レンジを使おうか」
「うん。ところでさ、山上くんの家族ってどうしてるの?」
食堂へ戻る廊下を歩きながら、朝日奈さんはそう訊ねた。
「……どうしてそんなことを訊くの?」
「普通、こんな状況になったら、通じないと分かっていてもケータイやスマホを見たがるものでしょ? もしかしたら家族から連絡が来るかもしれないと思って。でも、山上くんは持ち歩いていないし、昨日戦争が始まったときだって、私と違って家族に連絡を取ろうとしなかったから、ちょっと気になっちゃって」
「うん……。実は、僕には家族がいないんだ」
僕がそう言うと、朝日奈さんは何もないところで立ち止まった。
「え?」
戸惑ったような表情で、朝日奈さんは僕を見た。僕はそんな朝日奈さんから少し目を逸らして説明する。
「僕が生まれたときにはもう、父方も母方も、祖父母は亡くなっていた、っていう話は既にしたよね。両親は1人っ子同士の結婚で、子供は僕だけだった。その両親も3年前に交通事故で相次いで亡くなったから、僕にはもう家族と呼べる人がいないんだよ。遠い親戚は何人かいるんだけど、もう何十年も没交渉で、両親の葬儀にも来なかったくらいだから、気分的にはもう天涯孤独って感じだね」
「そうだったんだ……。ごめんなさい。詮索するようなこと聞いちゃって」
朝日奈さんは泣きそうな表情でそう言った。
「謝らなくてもいいよ。朝日奈さんは謝るようなことは何もしていないんだから」
そう。
本当は、謝らないといけないのは、僕の方なのだ。
――その後、僕たちは言葉少なに電子レンジでスパゲティを茹で、ソースを器に移してから温め、その器に茹でた麺を載せた。ソースが下で麺が上なのは見栄えが悪いが、食器を洗うための洗剤も節約しないといけないのだからと、我慢した。
「昨日の囚人の笑い話だけど、もしも山上くんが囚人の立場で、1年に1種類だけ好きな物を差し入れしてもらえるとしたら、何を看守に頼みたい?」
先ほど気まずい雰囲気になってしまったので、話題を変えようと思ったのか、朝日奈さんはスパゲティを食べながらそんなことを訊いた。
「核シェルターに閉じ込められたときの話題として、これほど相応しいものはないね」
僕はそう言って、おおげさな溜め息をついて見せた。
「茶化さないでよ。ちなみに、私だったら、看守には牢屋の鍵を頼むかな」
「昨日、囚人の笑い話が終わった後でその模範解答を思いついちゃって、それが言いたくなっただけだろ!」
「バレたか」
朝日奈さんはそう言って笑った。
「正直、牢屋の鍵っていうのは反則だと思う」
「えーっ。いい解答だと思うんだけどなあ」
「僕が看守の立場でそんなことを言われたら、牢屋の扉を二重にして、内側の扉の鍵だけを囚人に渡すだろうね」
「そんなことを思いつくなんて、山上くんって本当に性格が捻くれてるのね」
「朝日奈さんほどじゃないよ。牢屋の鍵以外だったら、何を頼む?」
「そうね……スマホかな」
「朝日奈さんって、やっぱりスマホ依存症だったのか」
「別に依存症ってわけじゃないんだけど、電波が入らないと不安になっちゃうのよね。誰かがメッセージを送ったのに私の返信が来なくてイライラしてるんじゃないかとか、ついそんなことを考えちゃうの」
「それ、普通にスマホ依存症だと思うんだけど……」
「いえ、それに、スマホがあれば色々と暇潰しができるし、退屈な牢獄生活の中での光になると思うのよ」
朝日奈さんは言い訳するようにそう言った。
「うん、そうだね」
僕は温かい眼差しで朝日奈さんを見たのだが、なぜか彼女は怒ったような表情になった。
「そう言う山上くんは何を持っていくの?」
「僕は……現金で100億円かな」
「牢屋の中で100億円を手に入れて、何に使うの?」
「看守を買収するんだよ」
「それ、牢屋の鍵と殆ど変わらないよ。反則だと思う。別のにして」
「じゃあ……朝日奈さんのスマホという解答と殆ど変わらないけど、ノートパソコンかな。インターネットがあれば無限に時間を潰せるし」
「そして翌年には、インターネットに接続できるLANケーブルか、無線LANのパスワードを看守に頼むのね」
朝日奈さんがそう突っ込んだ。
「それを言ったら、スマホだって電波が来なかったらどうするんだよ。まさか、牢屋の近くに電波塔を建ててくれって言うのか?」
「それもそうか。でも、そんなことを言い出したら、スマホもノートパソコンも、充電器がなかったり、それどころか牢屋内にコンセントがなかったりしたら、バッテリーが切れた時点でただのオブジェになっちゃうよね」
「1種類だけ、っていうのが難しいんだよな。例えば、小説を1万冊っていうのは1種類のうちに入るのかな? 小説は大好きだから、それなら1年間楽しく過ごせそうな気がするんだけど」
「全く同じ小説が1万冊届いたりして」
「それは困るなあ。中身が全部同じだと、読み飽きてしまったら、ドミノ倒しをして遊ぶ以外の使い道がなくなってしまう。内容が違う小説を1万冊、って頼めばいいのかな?」
「上巻はなくて下巻だけ1万冊分集められたり、シリーズ物の2巻以降だけ集められたりとか、嫌がらせをされるかもしれない。他にも、ラテン語やエスペラント語で書かれた本ばかり1万冊集められちゃうかもよ」
「朝日奈さん、よくそんなことばかり思いつくね」
「っていうか、小説を1万冊も頼んだら、多すぎて牢屋に入りきらなくなっちゃって、本に押し潰されて死んじゃうかも」
「それ、ショートショートのオチにありそうだね。本好きとしては本望だけど、そんな嫌なオチを思いつくなんて、朝日奈さんって本当に性格が捻くれているんだね」
僕たちはそんな話をして笑い合った。
ふと、今朝起きたときに、朝日奈さんと上手く話すことができなかったらどうしようと不安に思っていたのを思い出した。案ずるより産むが易しとはこのことだな、と思った。
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