上 下
6 / 49

1-6

しおりを挟む
「うん、やっぱりそうなっちゃうよね。核シェルターが必要になるときが来るかもしれないなんて、信じられない。でも、東日本大震災の福島第一原発事故のときなんかは、核シェルターがあれば助かっていた人もいたらしいんだよね。近くで原発事故が発生したり、外国が日本に戦争を仕掛けたりしてから核シェルターを作ろうと思っても間に合わないんだし、そういうのを考えると、備えあれば憂いなし、の感覚で作ってもおかしくないんだろうね」

 僕は頷きながらそう言った。

「そう言えば、よく考えてみると、1945年8月6日に広島にいた人たちは、存在すら知らなかった兵器で殺されたんだよね。今は、一時的に核シェルターに籠もれば助かるかもしれないという防衛方法が確立されているのに、その備えをしないなんて、先人に対する冒涜なのかもしれないね」
「でも、第二次世界大戦当時の日本人だって、空襲に備えて全国各地に防空壕を作っていたよね。核シェルターは防空壕の大きいバージョンだと思えば、現実感があるかもしれないよ」
「なるほど、核シェルターは防空壕の大きい版か。そう言えば、私の通っていた小学校の裏山にも防空壕が残ってたし、第二次世界大戦が勃発する以前に核兵器の存在が明らかになっていたら、日本でももっと核シェルターが普及してたかもしれ――」

 朝日奈さんの言葉がそこで途切れた。Jアラートが鳴ったからだ。数年前、近隣の国が弾道ミサイルの実験をしていたときには頻繁に聞いていた音だ。

 僕と朝日奈さんは顔を見合わせた。
 その直後、地面の底から突き上げるような揺れが3回あった。テーブルが何度も浮かび、その上に置かれていたコップが倒れてお茶がこぼれた。コップはそのままテーブルの上を転がり、毛の長い絨毯の上に落ちて止まり、割れはしなかった。蛍光灯が激しく揺れる。棚の上の花瓶が落ち、今度は割れた。

「地震?」

 朝日奈さんは戸惑ったような表情で僕を見た。

「結構大きかったよね」

 僕がそう言ったとき、テレビ画面に『14時28分、関東地方で強い地震が観測されました』というテロップが流れた。そのテロップの下では、若い女優が、年上の俳優と一緒に遊園地でランチを食べていた。しかしそれもほんの数秒のことで、すぐに画面がスタジオに切り替わった。

 30歳くらいの女性のニュースキャスターは緊張した表情でこう言った。
『番組の途中ですが、緊急ニュースをお伝えします。先ほど、東京都内に複数のミサイルが着弾しました。先ほどの揺れは地殻変動によるものではなく、ミサイルの着弾によるものです。繰り返します。先ほど、東京都内に――』
「ミサイル!? え? これ、ドラマの一部じゃないよね?」

 朝日奈さんは混乱した表情でそう訊いた。

「このドラマは見たことがあるけど、こんなシーンはなかったはずだよ」

 僕はそう答えた。

『――ミサイルの着弾によるものです。詳しいことはまだ分かっていませんが、外にいる人は屋内に避難してください。また、津波の心配もありますので、海の近くにいる人はすぐに高台に避難してください。繰り返します。外にいる人は――』

「ここ、海は遠かったよね?」

 僕は朝日奈さんに確認した。

「と、思う。標高も割と高いし、少なくとも普通の地震による津波だったらここまでは到達しないと思うけど、ミサイルの場合はどうだろう。あ、お母さんたちに知らせないと」

 朝日奈さんは困ったような表情でそう言い、スマホを取り出した。しかし、すぐに諦めたようにこう言った。

「駄目。圏外になってる。さっきまでは大丈夫だったのに」
「もしかしたら、さっきの地震でアンテナが倒れちゃったのかもしれないね」
「うん、そうかも。地震が起きると、携帯とかスマホが繋がりにくくなるって聞いたことあるし。固定電話なら大丈夫かもしれないけど……」

 朝日奈さんはそう言いながら応接室の中を見回したが、この部屋の中には固定電話はなかった。

「外に出れば電波が繋がるかもしれないけど、出ない方がいいと思うよ」

 僕がそう言うと、朝日奈さんは小さく頷いた。
 テレビの中のスタジオは慌ただしかった。ニュースキャスターに次々と原稿が届けられていた。やがて、画面は東京にミサイルが着弾する場面の映像に切り替わった。

『これはライブカメラが撮影した映像です。国会議事堂や自衛隊の厚木基地にミサイルが着弾したときのものです。さらに全国各地の原子力発電所にもミサイルが着弾しており――』

 突然、画面が大きく乱れた。ニュースキャスターが倒れる場面や、数枚の紙が宙を舞う映像が一瞬映った後、ニュースキャスターが床に屈みこんでいる映像が映し出された。ただし、床が右側、天井が左側の映像になっていた。

「カメラが倒れたみたいね。凄く揺れてる」

 朝日奈さんはテレビ画面を見ながらそう言った。
 数秒後、テレビは『しばらくお待ちください』というテロップが大きく表示された画面に切り替わった。しかしそれも数秒後には消え、今度は真っ暗になった。

「どうしたんだろう」

 僕は朝日奈さんの方を見ながらそう言った。

「さあ。他のチャンネルは?」

 朝日奈さんに促され、僕はテレビのリモコンを手に取り立ち上がった。その瞬間、また先ほどの地震が起こり、僕はリモコンを落としてしまった。

「あっ。あれを見て」

 朝日奈さんが窓の外を指さしながらそう言った。豆粒ほどの大きさに見える民家がある辺りに、ミサイルがゆっくりと落ちていくのが見えた。ミサイルが地面に当たると、炎と煙が破裂した。

「嘘だろう」

 僕の呟きが、遅れてやってきた激しい爆音にかき消された。同時に、先ほどまでとは比べ物にならないくらいの地震が起こった。棚やテーブルが倒れる。立っていることができなくなり、僕は再びソファに座ってしまった。

「どうしよう。私たちも避難した方がいいんじゃない?」

 朝日奈さんは切羽詰まった口調でそう言った。

「避難って、どこへ?」
「ほら、核シェルターがあるでしょ!」

 朝日奈さんはそう叫んだ。

「あ、そうか」

 僕と朝日奈さんは立ち上がった。その直後に再び床が揺れ、僕と朝日奈さんはお互いの身体を支え合った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毎日告白

モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。 同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい…… 高校青春ラブコメストーリー

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【7】父の肖像【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
大学進学のため、この春に一人暮らしを始めた娘が正月に帰って来ない。その上、いつの間にか彼氏まで出来たと知る。 人見知りの娘になにがあったのか、居ても立っても居られなくなった父・仁志(ひとし)は、妻に内緒で娘の元へ行く。 短編(全七話)。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ七作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

【完結】計画的ラブコメ未遂の結愛さん。

TGI:yuzu
ライト文芸
ぼくは未来が見える。格好よく言えば超能力者だ。 ある日クラスのマドンナ、天海結愛の元にトラックが突っ込む未来を見て、ぼくは彼女を助けた。 これぞラブコメの真髄。間一髪救ったぼくに幾らでも惚れてくれていいんですよ? 「我々は貴方を待っていた」 なんと結愛も同じく超能力者で、未来を夢見る意識高そうな謎部活、未来研究部の発足が宣言された! ぼくのラブコメは何処へ行ってしまったんだ!

処理中です...