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1章

気づき

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「はらへった…」


と日本語で呟いた男は、あの後差し出したスープをぺろりと平らげ、死にかかっていた…のが噓かのように元気な様子をみせた。
「えっと…大丈夫か?」
「はいっス!生き返ったっス!」
まぁ確かに生き返ったみたいなものだ。
「あれだけのスープでは全く足りないと思うけど…えっと君…は海で死にかけててすぐには沢山食べないほうがいいと思う。それに見ての通り俺も漂流中なんだ。悪いけど、食料も節約したくて」
とりあえずこちらの事情を大まかに話す。
「そうだったんスか!それなのにわざわざ助けてもらって…マジありがたいっス!そのまま見捨てるのが普通なのに、兄さんマジいい人っスね」
元気だ。さっきまで死にかけていたとは思えない。
「いや、流石に目の前で死にそうな人を見捨てるのは…」
「えーこの海じゃそんなの普通っスよ。あ、それと食料なら心配しないで大丈夫っスっよ!俺もある程度は持ってるんで!」
「え、持っているってどこに…」
さらっとトンデモないことを言った気がするが…。
男の持ち物はペンダントと…さっき脱がせたズボンについていた小さな革袋だけだ。
あの小さな中にある程度の食料が入っているとは思えないが…。
「えっと…兄さん、俺の革袋どこっスか?」
「あ、君の持ち物はとりあえず端によけて乾かしてるところだ。服とまとめて置いてある」
言いながら手を伸ばし革袋を取り、男に渡す。
「いや~革袋無くさなくてマジ良かったっス!これに何でも入れてるんで!」
「何でも…?そんな小さな袋に何が入るんだ?」
「えっ?!兄さん、コレ、ほら、拡張袋っスよ。知らないんスか?」
「か、拡張袋?」
コレ、と男が指差したのは皮袋に描かれた何かの…そう、漫画やゲームで見るような所謂魔法陣みたいなものだった。
「拡張袋を知らないなんて…兄さんどこの秘境に住んでたんスか?」
「秘境…いやまぁ俺の住んでたところには…なかったかな…。で、拡張袋ってのは何なんだ?」
「ふーん…まぁそんなこともあるっスよね。拡張袋ってのはほら、こんなちっさな袋だけど、中はこの魔法陣の効果で広がって、見た目よりもいっぱい入るようになるんス。便利っスよ」
「そ、それは…便利だな…」
言いながら男は手を革袋に入れ…それも見た目以上に深く入れ…ごそごそと何かを探している。
ずるずるっと革袋から何かを取り出す。
服だ。次に取り出したのはワイン樽のようなものだった。
「えっ何だそれ…」
「これも見たことないっスか?水樽っスよこれ。これは海用っス。ほらこれ、海水を真水に変える魔法陣が描いてあるっスよ。水樽も見たことないとか、マジでどんな生活してたんスか?」
「い、いやぁ…水には困ったことなくて…」
「まぁ陸では井戸とかあるし、水樽がなくても生活できるっスからね。でも海ではキホン、これ無いと生きてけないっス」


なんだそれ。そんな…そんな便利道具…自分は知らない…自分の…世界には存在しない…。
拡張袋?水樽?魔法陣?
いかだに乗って漂流し始めてからの腑に落ちないあれやこれやが思い出される。
もしかして、ここは…。

「えっと…君…ほんとにもう大丈夫なのか?本当に死にかけてたのに、なんでそんなに元気なんだ?」
「あ、ホント大丈夫っス。んーでも確かになんでこんな元気なんだろ俺」
「…もしかしてコレと何か関係あるのか?」
それは男の胸に乗せていて、いつの間にか黄ばんだプラスチックのように変化したもの。
あの大きな鱗を男に見せた。
「これは…セーレの鱗っスね!コレ使ってくれたんスね!おかげで助かったんスよ、俺!」
「セーレの鱗…?」
「あ、それも知らないスか?コレ、セーレっていうデケェ魚の鱗で、この鱗には気力を回復させる力があるんスよ。これを俺に使ってくれて俺は助かったって訳っス!ほら、鱗の色が変わってるスよね。これが鱗の魔力が失われた証拠っス」
「魔力…」
魔力。
魔法陣、不思議な便利道具…。
もしかしてここは、信じがたいが…。



日本でもない、地球でもない、




異世界なのではないだろうか。
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