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1.アリアの過去
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自分で言うのもなんだが、私・アリアネット=カルカーンの現在のこの性格は天性のものではない。
私の幼い頃はむしろ今とは真逆の性格だった。公爵令嬢なのに好奇心旺盛で、外で泥まみれになる程に激しく遊ぶのが何よりも好きで、希望が叶わなければ駄々をこねて世話係を困らせる。平凡な子供らしい子供だったと思う。
けれどある日。いつも通り泥まみれになって帰った日の事だ。
結論から言うと、その日はあまりにもタイミング悪かった。丁度私が出掛けている間に、久しぶりに公爵邸に私の両親が帰ってきていたのだ。両親が帰ってくるなどという報せは事前にはなかった故に、私はが彼らを見た時は大層驚き、子犬が尻尾を振るように馬鹿みたいに喜んだ。両親らに会ったのは実に2年ぶりだったからだ。
中々会えない二人だったからこそ、久しぶりに会えた事がとても嬉しかった。
だから帰った両親を見た瞬間感情のままに最初に母に抱き着こうとした……のだが、その抱擁は受け入れてもらえなかった。それどころか母には『汚い!』と言われ、大きく避けられたのだ。飛びつこうとしたものに避けられたせいで、こけて無様に床にへたり込む当時の私は何が起こったのか分からず、放心状態だった。
しかしそんな地べたに身体をくっつける私を無視し、母親は世話係を呼びつけ、あろうことか私の前で罵り始めたのだ。
いつでも私の事を気にかけてくれていて、基本的に家にいない両親の代わりに共に居てくれる。日常生活の中でも危なくない範囲で自由に遊ばせてくれていた世話係の事をあの頃の私はとても好いていた。
それ故に世話係が自分のせいで自分の両親に罵られるという光景は私の心にずっと『自身の罪』として残り続けることになる。
耳を塞ぎたくなるほどに口汚い母の罵りが、どれくらいの間続いただろうか。異様に長く感じた地獄のような時間も終わりを告げる。その場で世話係に解雇を言い渡した両親は今の今まで放置していた私にようやく向き合い、言った。
『貴族である貴女の行動には責任がつき纏うの。今後は公爵家の品格を貶めることのないように。……貴方はカルカーン公爵家の貴重な道具なのだから』
暴れまわっていたとはいえ、貴族として最低限の自覚を持ち、程々に敏い子供である自覚もあった私はそれだけで嫌でも理解してしまった。
自分は産まれ故に一生涯、籠の中の鳥なのだと。自分は公爵家のためだけに生きて、やりたいことや好きなことは望んでも絶対的に出来ない人生なのだと。
それから私は変わった。大好きだった外遊びをすることは一切なくなり、両親が新しく雇った世話係と家庭教師の厳しい躾けに犬の様に従順に従い続ける。感情を殺し続けて、現在17歳の私は一貴族令嬢らしくお上品で、婚約者や両親、従うべき人間に反論しないという以前とは似ても似つかない性格に変わり果てていた――――。
***
一瞬走馬灯のように昔のことを思い出していた。
ジブリールの言葉を聞いたショックで暫く動けなかったが、ずっとこのままここにいるわけにはいかない。
しかし何もなかったように婚約者であるジブリールに話しかけに行ける程の心の余裕も、勇気も、今の私にはなかった。自分が惨めで仕方がなかったのだ。
貴族令嬢らしからぬ速さでドレスの裾を捲り上げるように持ちながら走り、煌びやかな夜会会場を後にする。こんな上品な場所を走り抜けるなど、マナーがなっていないにもほどがある。それは分かっている。注目を集めている自覚はあったが、この空間にいること自体が既に耐えられなかった。
城門前でも、来るときにジブリールと共に乗ってきた馬車に乗り込むのが嫌だった故に徒歩で王城から出ていく。城下町の比較的人通りが少ない場所に辿り着く時にはヒールは両足共に折れ、ドレスはズタズタに。何度か転んだせいで足は傷だらけになっていた。
そうしてお世辞にも綺麗とは言えない暗い路地裏で泣き崩れる。ジブリールにあんな風に思われていたことが悲しくて、それに気づけなかった自分が恥ずかしかった。
でも一番強かった感情は、悔しさ。
両親に貴族令嬢の何たるかを言い含められたあの日から、私は耐え続けてきた。好きなことは全て我慢して、嫌な事も、ジブリールの婚約者であるが故に受ける妬みや嫉みからの謂れのない誹謗中傷も――全て耐え続けていたのだ……貴族令嬢らしくあれるように。
女性らしく長い髪の毛、無駄に煌びやかで重いだけのドレス、身につけると首や肩、手首が重さで痛くなる宝石、粉っぽい化粧、堅苦しいルール、貴族同士のマウントの取り合いのような社交も全部全部全部全部大っ嫌いだった。こんなもの、欲しいと思ったことなど一度もない。
それでも心を殺して、頑張って貴族令嬢を演じていたのに。
もう、何が正解だったのか分からない。自分が空っぽで何もなくて、つまらない、とてつもなく滑稽な存在だなんてこと私自身が一番自覚している。『自分自身』という存在が誰にも必要とされていないことなんて、痛いくらいに思い知らされている。
なにせ私の両親は、『私自身』の方は必要としていないのだから。必要なのは、道具の自分。
でも……だとしたらどうすれば良かったのだろう。どう生きれば、誰かに必要とされる自分になれたのだろうか。分からない。分からない。分からない分からない。
どうすれば良かったのかもこれからどうすれば良いのかも私には何一つとして分からなかった。
私の幼い頃はむしろ今とは真逆の性格だった。公爵令嬢なのに好奇心旺盛で、外で泥まみれになる程に激しく遊ぶのが何よりも好きで、希望が叶わなければ駄々をこねて世話係を困らせる。平凡な子供らしい子供だったと思う。
けれどある日。いつも通り泥まみれになって帰った日の事だ。
結論から言うと、その日はあまりにもタイミング悪かった。丁度私が出掛けている間に、久しぶりに公爵邸に私の両親が帰ってきていたのだ。両親が帰ってくるなどという報せは事前にはなかった故に、私はが彼らを見た時は大層驚き、子犬が尻尾を振るように馬鹿みたいに喜んだ。両親らに会ったのは実に2年ぶりだったからだ。
中々会えない二人だったからこそ、久しぶりに会えた事がとても嬉しかった。
だから帰った両親を見た瞬間感情のままに最初に母に抱き着こうとした……のだが、その抱擁は受け入れてもらえなかった。それどころか母には『汚い!』と言われ、大きく避けられたのだ。飛びつこうとしたものに避けられたせいで、こけて無様に床にへたり込む当時の私は何が起こったのか分からず、放心状態だった。
しかしそんな地べたに身体をくっつける私を無視し、母親は世話係を呼びつけ、あろうことか私の前で罵り始めたのだ。
いつでも私の事を気にかけてくれていて、基本的に家にいない両親の代わりに共に居てくれる。日常生活の中でも危なくない範囲で自由に遊ばせてくれていた世話係の事をあの頃の私はとても好いていた。
それ故に世話係が自分のせいで自分の両親に罵られるという光景は私の心にずっと『自身の罪』として残り続けることになる。
耳を塞ぎたくなるほどに口汚い母の罵りが、どれくらいの間続いただろうか。異様に長く感じた地獄のような時間も終わりを告げる。その場で世話係に解雇を言い渡した両親は今の今まで放置していた私にようやく向き合い、言った。
『貴族である貴女の行動には責任がつき纏うの。今後は公爵家の品格を貶めることのないように。……貴方はカルカーン公爵家の貴重な道具なのだから』
暴れまわっていたとはいえ、貴族として最低限の自覚を持ち、程々に敏い子供である自覚もあった私はそれだけで嫌でも理解してしまった。
自分は産まれ故に一生涯、籠の中の鳥なのだと。自分は公爵家のためだけに生きて、やりたいことや好きなことは望んでも絶対的に出来ない人生なのだと。
それから私は変わった。大好きだった外遊びをすることは一切なくなり、両親が新しく雇った世話係と家庭教師の厳しい躾けに犬の様に従順に従い続ける。感情を殺し続けて、現在17歳の私は一貴族令嬢らしくお上品で、婚約者や両親、従うべき人間に反論しないという以前とは似ても似つかない性格に変わり果てていた――――。
***
一瞬走馬灯のように昔のことを思い出していた。
ジブリールの言葉を聞いたショックで暫く動けなかったが、ずっとこのままここにいるわけにはいかない。
しかし何もなかったように婚約者であるジブリールに話しかけに行ける程の心の余裕も、勇気も、今の私にはなかった。自分が惨めで仕方がなかったのだ。
貴族令嬢らしからぬ速さでドレスの裾を捲り上げるように持ちながら走り、煌びやかな夜会会場を後にする。こんな上品な場所を走り抜けるなど、マナーがなっていないにもほどがある。それは分かっている。注目を集めている自覚はあったが、この空間にいること自体が既に耐えられなかった。
城門前でも、来るときにジブリールと共に乗ってきた馬車に乗り込むのが嫌だった故に徒歩で王城から出ていく。城下町の比較的人通りが少ない場所に辿り着く時にはヒールは両足共に折れ、ドレスはズタズタに。何度か転んだせいで足は傷だらけになっていた。
そうしてお世辞にも綺麗とは言えない暗い路地裏で泣き崩れる。ジブリールにあんな風に思われていたことが悲しくて、それに気づけなかった自分が恥ずかしかった。
でも一番強かった感情は、悔しさ。
両親に貴族令嬢の何たるかを言い含められたあの日から、私は耐え続けてきた。好きなことは全て我慢して、嫌な事も、ジブリールの婚約者であるが故に受ける妬みや嫉みからの謂れのない誹謗中傷も――全て耐え続けていたのだ……貴族令嬢らしくあれるように。
女性らしく長い髪の毛、無駄に煌びやかで重いだけのドレス、身につけると首や肩、手首が重さで痛くなる宝石、粉っぽい化粧、堅苦しいルール、貴族同士のマウントの取り合いのような社交も全部全部全部全部大っ嫌いだった。こんなもの、欲しいと思ったことなど一度もない。
それでも心を殺して、頑張って貴族令嬢を演じていたのに。
もう、何が正解だったのか分からない。自分が空っぽで何もなくて、つまらない、とてつもなく滑稽な存在だなんてこと私自身が一番自覚している。『自分自身』という存在が誰にも必要とされていないことなんて、痛いくらいに思い知らされている。
なにせ私の両親は、『私自身』の方は必要としていないのだから。必要なのは、道具の自分。
でも……だとしたらどうすれば良かったのだろう。どう生きれば、誰かに必要とされる自分になれたのだろうか。分からない。分からない。分からない分からない。
どうすれば良かったのかもこれからどうすれば良いのかも私には何一つとして分からなかった。
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