上 下
4 / 33
act.1 The past

彼女の事情3

しおりを挟む
客室の中、ヴィオレッタが目覚めると、寝ていたベッドの脇に彼女の父親である公爵が訪ねて来ていた。

「お父様…?謁見は終わったのですか?」

眠い目を擦りながらもヴィオレッタは質問を投げかけるが、公爵はよほどのことがあったのか顔が土気色で無言を貫く。

「本当にどうしたのですか……?」
「………………………………」
「お父様……?お父様!!」

一度目は優しく、しかし反応がなかったので二度目は強く呼びかける。そうすると、やっと反応が返ってきた。

「……ヴィオレッタ、すまない。……本当に、すまない」

俯いて謝罪を繰り返す公爵にヴィオレッタは戸惑う。

(王様との謁見で何があったの!!?王様の前で何か失敗しちゃったとか…?……まさかまさか、それが原因で爵位取り上げ、とか!!?)

爵位がなくなり、庶民になってしまった貴族の一生は悲惨だ、と。この前出席させられた母のお茶会で話題に上がった事を思い出す。

(あれ?でもその家は領民から法外な税金を徴収していた罰で爵位を取り上げされたって話だった気がする。私の家は比較的無駄遣いもしていないし、お父様がかなり大きい商業ギルドを経営しているからお金も潤沢。だから、税収もかなり少な目だっていうし、色んな領地を見たことのあるお兄様が他の領地に比べてもうちは領民からの信頼は厚いって言っていた気がする。それに、たまに街に降りても皆すごく優しくしてくれる………もし爵位を失っていても大丈夫じゃない??)

ヴィオレッタがそこまで考えた所で公爵が再び口を開いた。

「お前とこの国の第一王子・アシュレイ=ウィステリア様とのご婚約が決まった」
「………え?」

予想もしなかったことを言われて、ヴィオレッタの思考は凍り付く。いや、冷静に様々な事実をきちんと総合できていたら予測できたかもしれない。しかしヴィオレッタにとって、未来視の事もあり“婚約”という事象は縁遠いことだったのだ。

「ヴィオレッタ……?そんなにショックだったのか…………お前には本当に申し訳なく思っている。本当は断ろうとしたんだ……だが、あのバカお――コホン。国王がどうしてもと散々ごねてな。これしか言えんが本当に、お前には本当にすまなく思っている」

自身の父親にこれ以上ない程に申し訳なさそうに謝られて、思考が覚醒する。途中不敬罪に近い何かとんでもない事が聞こえそうになったが、そこまでショックを受けていないヴィオレッタ自身がいた。
事実はヴィオレッタが思っていたほど酷いものではなかった。だから、ヴィオレッタは婚約と言われてもそこまでショックではなかった。本来、貴族令嬢だったら親に婚約者を決められていて当然なのだ。貴族社会ではむしろ、両親の様な恋愛結婚の方が稀だ。
両親の良い所を再確認しながらも、ヴィオレッタは口を開く。

「少し…驚きましたが、私は大丈夫です。話に聞くと、殿下は人格者と言いますし……何故私が選ばれたかはわかりませんが、せっかく決められた婚約受け入れさせて頂きます」

その言葉に、公爵は安心すると同時に畳みかけるように言葉をかけてくる。なにより最近は“未来を視る”事は殆どなくなっている、そのこともヴィオレッタに婚約を前向きに受け入れさせる要因になっていた。

「でも婚約して何か嫌なことがあったらすぐに言うんだぞ!!すぐにこんな婚約破棄して、領地に戻るからな!!」

公爵の何故か婚約破棄を望むような声音は敢えて無視して、ヴィオレッタは婚約者になるという第一王子・アシュレイ=ウィステリアについて思いを馳せる。

(私なんかと婚約させられるなんて第一王子が少し可哀そうだけど……)

そんなことを考えながらも、未だにヴィオレッタの婚約について嘆く自身の父の様子を見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される

夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。 物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。 けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。 ※小説家になろう様にも投稿しています

もうすぐ、お別れの時間です

夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。  親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?

運命は、手に入れられなかったけれど

夕立悠理
恋愛
竜王の運命。……それは、アドルリア王国の王である竜王の唯一の妃を指す。 けれど、ラファリアは、運命に選ばれなかった。選ばれたのはラファリアの友人のマーガレットだった。 愛し合う竜王レガレスとマーガレットをこれ以上見ていられなくなったラファリアは、城を出ることにする。 すると、なぜか、王国に繁栄をもたらす聖花の一部が枯れてしまい、竜王レガレスにも不調が出始めーー。 一方、城をでて開放感でいっぱいのラファリアは、初めて酒場でお酒を飲み、そこで謎の青年と出会う。 運命を間違えてしまった竜王レガレスと、腕のいい花奏師のラファリアと、謎の青年(魔王)との、運命をめぐる恋の話。 ※カクヨム様でも連載しています。 そちらが一番早いです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

邪魔者は消えようと思たのですが……どういう訳か離してくれません

りまり
恋愛
 私には婚約者がいるのですが、彼は私が嫌いのようでやたらと他の令嬢と一緒にいるところを目撃しています。  そんな時、あまりの婚約者殿の態度に両家の両親がそんなに嫌なら婚約解消しようと話が持ち上がってきた時、あれだけ私を無視していたのが嘘のような態度ですり寄ってくるんです。  本当に何を考えているのやら?

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

処理中です...