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act.1 The past

彼女の事情2

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その後も彼女は出会う人々の未来を視続ける。
それは公爵家で働いていた庭師だったり、ヴィオレッタの家庭教師をしてくれていた女教師、ある時は街に出かけた時に話をした領民の老婆だったりした。そうして視えた未来を迎えるタイミングもまばらで未来が実現するのは数秒後だったり数週間後、数カ月後など様々だった。
けれど、此れだけは言えた。それらの人々は総じて、ヴィオレッタが視たものと寸分違わぬ悲惨な末路を迎えてしまうのだ。しかし彼女はもうそれらを伝えることはしなかった。

(きっと、私の瞳は呪われているんだわ。兄様とも、父様、母様とも違う異質なこの金色……。未来なんてもう見たくない、こんな気持ち悪いものも人に見られたくないっ!!――――もう他人に化け物だと思われたくない)

ヴィオレッタは昔から知っていた。自分の容姿が普通ではない事を。瞳だけでなく髪の色もそうだ。兄や両親は綺麗な茶色の髪の毛なのにヴィオレッタだけが異質な紫銀なのだ。両親には数代前に王家から降嫁した曾祖母の色だと言われたが、家族内で異質な色なのは変わらなかった。髪の色はそれで一応は納得できたが、瞳の色は祖先を辿っても同じ色の者はいない。それに聞いてしまったのだ。何時かのお茶会で陰で大人たちがヴィオレッタの瞳の色の事を言っているのを。”あの瞳の色は異質だ”それが頭にこびりついて離れない。それがヴィオレッタの思考を悪化させていた。

そう考えるようになってしまったヴィオレッタは、いつからか人自体をあまり見ないように前髪で瞳を隠すようになる。

ヴィオレッタの変化に両親やリーシャは心配していたが、彼女は平静を装って日々を過ごしていた。
しかしほんの気休め程度で始めたことだが、この髪の毛で瞳を隠すようになってからは未来をあまり視なくなった気がするのだ。


けれどヴィオレッタの前髪が鼻の頭辺りに届くようになった十二歳になった頃の事だった。風の噂で“第一王子がそろそろ婚約者を決めるらしい”と流れてくる。それを聞いた時は純粋にどんな人が選ばれるのかな…程度にしか考えていなかった。

なにせ公爵家の家系は基本恋愛結婚が多くを占めていて、今まで親や国の事情で婚約者を決めたことはごくごく稀なことだったからだ。両親も当然恋愛結婚だったため、ヴィオレッタに“将来はヴィーが好きな人と結ばれるのよ”と宣言していた。そのためヴィオレッタに許嫁を決めたりはしていなかったし、これからも自由にさせるつもりでいた。
そんな両親とは裏腹にヴィオレッタ自身は恋愛に関しては自分の未来視のこともあり、自分が結婚などできる筈がないと完全に諦めていた。
しかしこの後、ヴィオレッタは誰よりも深くこの”第一王子の婚約者”について関わることになる。

王子の誕生日が近づいてきた大寒の頃、公爵とヴィオレッタに王宮からあるものが届く。その内容は、「国王から大変重要な話がある。そのため娘であるヴィオレッタ=ガーランドを伴い、近いうちに登城せよ」とのことだ。
これは、王宮からの召喚状だ。貴族である公爵家には断る術など存在しなく、彼ら……主に公爵は渋々ながらも事情をよく分かっていないヴィオレッタを連れて王宮に赴くことになる。

そうして到着した王宮では、表面上は落ち着いているがどこか緊張を孕んだ雰囲気が漂っていた。
先に父である公爵だけが国王に呼び出しを受けていたので、今はヴィオレッタとは別行動だ。客室で無為に時間を過ごさせるのもどうかということで、ヴィオレッタは先に公爵に客室に行く前に王宮を探索するように指示される。公爵は部屋から全く出てくれなくなってしまっていた娘にどうにかしてもう一度、外に出るようになって欲しかった――国王からの召喚状によって、娘の今後に予想がついているだけに。

そうして城内を案内してもらうために、王宮のメイドに先導されていた。王宮のメイドはヴィオレッタの前髪が伸びきった姿を見た時、一瞬驚いていたが、そこはきちんと躾けられた王宮のメイド。すぐにその驚きをかき消し、ヴィオレッタの案内をし始める。
城のメイドに案内されている間。最初はヴィオレッタは渋々歩いていたが、途中からヴィオレッタは目を輝かせっぱなしだった。なにせガーランド公爵家は、王都に屋敷を持っているもののヴィオレッタが産まれてからは公爵が何故か頑なに王都に行くのを嫌がったからだ。だから、王都には殆ど来たことがない。

殆ど……というのは、一度だけ両親には秘密で来たことがあるからだ。それはリーシャの自殺を止めた少し後辺りのことだ。その時は両親の話から兄のロベールが訓練中にかなりの大怪我をしたというのを聞いて、いてもたってもいられなかった。”あの完璧な兄が怪我をした”その事実はそれほどまでにヴィオレッタの心を揺さぶったのだ。
そうして心配故に必死にリーシャに頼み込む。リーシャは若干渋々公爵家の馬車を借りてくれ、秘密裏に来れたのだ。その時幸いロベールには大事なく、ヴィオレッタは重症と言われていたのにピンピンしている自分の兄を喜び半分、呆れ半分で見ていたのだった。
その後少し暇だったので騎士団の宿舎の辺りを遊び半分で探索したのだが迷ってしまい、泣きそうになっていた気がする。
でも歩き続けて、たどり着いた森の奥――湖で凄く綺麗な……妖精の様な子と出会ったのだ。幼かったせいかあまり鮮明には思い出せないが、彼女とは色々なことを話した後、何か”約束”をした気がする……とても大切な。あの子は誰だったのだろうか、今何をしているのだろうか……。そこまで考えて、思う。王都にいればもう一度あの子にも会えるかもしれない――と。

結局その後迎えに来た両親にはこれ以上ないくらいに怒られたが、ヴィオレッタは後悔はしていなかった。
とにかく滞在時間がとても短かったのと、幼かったのも相まって王都の風景などは全く覚えていない。だからこれが初めての王都と言っても過言ではないのだ。

昔から母親や、時々王都から帰ってくる王立騎士団所属の兄・ロべールから王都や王宮の風景、そこで見た珍しいものを見聞きしていたヴィオレッタは実は内心、王都への憧れもあった。

そして今、兄や母から見聞きしていたものが目の前にある。それは、どうしようもなく彼女の中の好奇心を掻き立てた。
来るときに見たこともない程に大きな城門に城壁、遠くから見ても白さが際立つ城へ続く長い道にはこの国の国花である沢山のウィステリアが咲き誇る。その様は長い前髪越しに見ても変わらず、溜息が出る程に美しかった。
そして母や兄から聞いていた国一番と謳われる王宮の美しい庭園、厳選された美術品が上品に並ぶ長い廊下、城内の東に位置する王族専用の礼拝堂チャペルは荘厳な雰囲気を湛えていて圧倒され、ヴィオレッタは時間を忘れて見入った。
ヴィオレッタは珍しく未来視の事も忘れて、これ以上ない程に満足して王宮探索を終えたのだった。


***

「――どれも、綺麗だったわ…王都って素敵な場所なのね」

与えられた客室で先程見たものをうっとりとして思い出しながらも、思わず口に出す。王宮の探索は殆ど終わったが、公爵はまだ話が終わっていないのかヴィオレッタの元を訪れていなかった。
あれ以来、リーシャの未来だけは視る事だけは全くなかった。けれど彼女はリーシャの未来が悲惨なものだったとしても、それを絶対に止める覚悟があったため、彼女を傍から絶対に離さなかった。そしてリーシャ自身もヴィオレッタから離れることはなかった。今ではリーシャと共に居る時間だけが彼女の安息の時間になっている。それはこの王都でも変わらず。

「はいはい。ってお嬢様、ドレスのままベッドで寝っ転がないでください!!……仕方ない人ですね」

この召喚にも専属メイドとして付いてきたリーシャがヴィオレッタのお嬢様らしからぬ行動を咎めながらもヴィオレッタの体を起こし、ドレスの紐を緩めて楽にさせてくれる。

「リーシャ、ありがとう。きっちりしたドレスって苦しいからあんまり好きじゃないな……」
「お嬢様、…一応公爵令嬢でもあるのですから、我慢してください」

不満を零しながらぶー垂れる主人を軽く諫めるリーシャ。彼女には自死を望んでいた時の面影はない。今居るのは、自分を必要としてくれる主人に楽しそうに仕える彼女のみだ。ヴィオレッタはリーシャの顔を視ながらふと思ったことを口に出す。

「そういえば、噂の第一王子ってこの王宮に居るのよね?どんな人なのかしら……」
「容姿端麗で、剣術は騎士団でも団長クラス、政治学でも今までの法の問題点を見つけ出し、父王に進言するほどに優秀且つ才能あふれる方だと聞きますよ?」
「ふーーん。よくわかんないけど、すごいんだね」

それ以降ヴィオレッタは口を閉じる。公爵家からの荷物の整理をしていたリーシャは急に黙ったヴィオレッタを心配してすぐに見に来るが、彼女の様子を見て納得した。
旅の疲れからだろうか。彼女は緩めてもらったドレスのまま、すやすやとあどけない顔で眠っていた。

「おやすみなさい、お嬢様」

リーシャは眠ってしまったヴィオレッタに優しく毛布を掛け、夕餉まではそのお嬢様らしからぬ行動を見逃すことを決めたのだった。

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