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突然目の前についさっき自分を殺した人間が現れたら、人はどういう反応をするだろう。恐怖に怯えて失禁する?殺さないでと命乞いをする?それとも激昂して、怒りのままに相手を傷つける?少なくとも歓喜に震えはしないはずだ。
私はそのどれでもなかった。彼を認識した瞬間、恐怖や怒り、あの時の絶望、様々な感情が頂点まで高まり、気絶してしまったのだった――。

***

「ナーシャ、目を醒ましてくれ!頼む、ナーシャ!!!」
「兄様、姉様は眠ってるだけです。さっき医者も言っていたでしょう。だからそんな風に騒がないでください」

ぎゅっと強く抱きしめられる拘束感に気道が狭まると同時に、ずっと聞きたかった、とても懐かしい声に呼ばれて目が醒める。

「にい、さま……?」
「ナーシャ!!」
「兄様、本当にユーリ兄様なの!?それにラウルも……」
「ああ、ああ。僕だよ、ユーリだ」
「姉様、ごめんなさい。このバカを止められなくて」
「っ兄様、ラウル……。本当に本物!?いえ、もう偽物でも良いわ。また会えるなんて――」
「大丈夫だよ、ナーシャ。僕はちゃんと本物、正真正銘、君の兄だ」
「えっと、姉様?」

何故だか分からないが、興奮した私と同じテンションで返してくれる兄に今度は自分から抱き付きながら、自然と涙がボロボロと溢れ出す。
目の前の温もりが確かに本物であることを確かめながら。
そうしてどれくらい経っただろう。3人で抱きしめ合うという謎の雰囲気に疲れたのか、はたまた心地よい温もりが眠りへと誘ったのか、ラウルが私の腕の中で眠り始めた頃。私はやっと冷静さを取り戻していた。

先程までの事を思い出す。戦場でカインに心臓を刺され、切り裂かれて、意識が閉じて。急に目の前にカインが現れた。しかし少し冷静になってみると、あの見た目は死ぬ直前に見たものよりも若いモノだった。例えるのなら、父王から紹介され、出会った当初のような……。

「ナーシャ……本当に良かった、目を醒ましてくれて」
「兄様、それにラウルもなんか若返った?」

ぐいっと顔を引かれ、隅々まで兄に観察される。そんな兄と遠目からこちらを覗き込む弟を見ていて一つ気が付いたことがある。なんだか兄様とラウルの見た目も最後に会った時よりもかなり若くなっている気がするのだ。
兄様は貫録を付けたいなどという理由で付けていたダサい髭がないし、髪の毛が長く、顔も全体的に幼い。ラウルはベッドの上から見ても背が低いし、声も高いのだ。それに、私のこの身体の感覚も――。

「つかぬことを伺いますが、兄様の今の年齢はいくつでしたっけ」
「そんな、君の愛する兄である僕の年齢を忘れてしまったのかい!?ああ、いや、皆まで言わなくていい。そんなにも婚約の話がショックだったんだね。昔から君は『将来は兄様と結婚する!』って言ってくれてたからね」
「ん?何の話を――」

急に高い声を出して、憶えのない言葉を吐かれる。『将来は兄様と結婚する!』って何の話だ??
鶏みたいな声になった瞬間は兄が壊れたのかと思ったが、後ろで呆れている弟が止めないのを見ると、別に大丈夫な状態のようだ。

「うん、分かった。今からでも僕があの婚約を白紙に戻してくるよ。大丈夫、そもそも今日は顔合わせって話だからね。まだ正式なものではない」
「ちょ、兄様!!?」

ここまで話してみて思い出したが、兄は昔から少々……いや、かなり過保護なところがあった。
彼がカインによって殺されて、2年。ずっとこの賑やかな兄がいない生活を送っていたから忘れていた。

「行っちゃった……」

2年ぶりの兄の行動力はすさまじく、止める間もなく父様の元に行ってしまった。
でもこれでよかったのかもしれない。何せ婚約、そして顔合わせという言葉には聞き覚えがあった。これはきっと私とカインが出会った日。カインが私に自己紹介していたことからも分かるが、あれが私達の初対面――私が彼に殺された21歳の冬から遡ること7年前、私が13歳だった頃に戻ってしまったのだ、と分かってしまったから。

死んで、時を遡る。決して簡単に信じられる事実ではない。
けれど何故だかすんなりと信じることが出来た……いや、信じたかったのだ。だってあの現実真実は苦しすぎたから。
兄も父も死に絶え、私は愛した人によって憎悪と愛情を囁かれながら死ぬ。

もしこれがもう一度神様によって与えられたチャンスであるのならば、私はあの未来を絶対に阻止して見せる。
今度はここにいるユーリ兄様にラウル、そして父や戦争に巻き込まれて死んでしまった、たくさんの民、大切なものを取りこぼさないように――。

私はこれからカインと関わらない人生を選ぶのだ。
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