婚約者は他の女の子と遊びたいようなので、私は私の道を生きます!

皇 翼

文字の大きさ
上 下
30 / 31

29.

しおりを挟む
クレイヴ先生が学院に戻ってきてから、私の日々はとても充実していた。
先生は相変わらず厳しいながらも優しくて、それでいてどこか抜けていて、時々私とマーカスでからかうと笑いながら反論してきて、説教されるのが面白かった。
マーカスも以前よりよく話すようになり、授業以外の時間や昼休み、放課後でも、コリアンナも一緒にいるが、マーカスとも一緒にいるのが当たり前のようになっていた。

何より、私自身が少しずつ変わっていくのを感じていた。

以前は「婚約者として相応しくあるべき」と、自分を縛っていた気がする。
でも今は違う。
私は私らしくいてもいいんだ、と、そう思えるようになった。なんだか今の方が生きやすい。生きているという実感がある。
それを母様に話したら、声からでも分かるくらいに嬉しそうにしてくれた。私も嬉しかった。

……ただ、そんな日常の中で、ひとつだけ気になることがあった。

――オーランドの視線。

彼はいつも遠くから、じっと私を見ていた。
いや、見ていたというよりも、睨んでいた。
特に、マーカスと話しているときや、クレイヴ先生と一緒にいるときは、その視線が刺さるように強くなる。
少し、怖かった。

オーランドが、こんな風に人を睨むことなんて、これまでなかったからだ。だからこそ、その行動の不気味さは際立っていた。彼はいつでも私になんて興味がなさそうに別のことをしていたり、私の方なんて見ていなかったのだ。私が何をしようとも一切関知しない。私が何かに誘えば、たまについてくる。形だけの婚約者。それが私と彼の関係性。

彼の周囲の空気が、どこか重苦しい。
あまり関わらない方がいい、そんな風にさえ思えてしまうほどに――。
しかし近付かない、その行動は長くは持たなかった。

「君は、とんだ阿婆擦れだな」

ある日の放課後、私は学院の廊下を歩いていた。
そのとき、不意に聞き慣れた低い声が背後から響いたのだ。

「リーシャ」

呼び止められて、振り向くと――オーランドがいた。

表情は険しく、眉間には深い皺が寄っている。
その瞳は、冷たい怒りに満ちていた。

「オーランド、様?」

声をかけると、彼は静かに息を吐いた。

「君は婚約者がいるにも関わらず、男と一緒につるんで、いちゃついて……とんだ阿婆擦れだなと言ったんだ。聞こえていなかったのか?」

――は?
思考が一瞬止まった。

何を、言っているの?

「……今、何とおっしゃいましたか?」

聞き返すと、オーランドは更に表情を険しくした。

「何度も何度も言わせないでくれ。君は婚約者がいながら、男とつるんで恥ずかしくないのかと言っている」
「つるんで……? 恥ずかしい?」

唇が震えた。

「まさか、マーカスやクレイヴ先生のことを言っているのですか?」
「他に誰がいる」

即答だった。
私は呆れて、笑ってしまいそうになった。

「……馬鹿らしい」
「何?」
「馬鹿らしいって言ったのですよ、オーランド様」

オーランドの目が細められる。

「君は何か勘違いをしているようだな。婚約者である俺を差し置いて、他の男と楽しそうに過ごしているのが、どれだけ異常なことか理解していないのか?」
「異常?」

私はゆっくりとオーランドを見上げた。

「オーランド様、あなたは私の婚約者でしょう? それなのに、あなたは私がどんなに話しかけても、まともに相手をしてくれたことがありましたか?」
「それは――」
「私は、オーランド様に嫌われているのかと思っていたわ。婚約が決まったばかりの頃は、何度も誘ったのに、いつも冷たく突き放されて」

オーランドの表情が少し揺らいだ。

「それは……君が嫌いだったからではない」
「じゃあ、どうして?」
「……俺は、ただ……」

彼は言葉を濁した。
それを見て、私はさらに言葉を重ねた。

「どうして、私はあなたと一緒にいるときに笑えなかったのか、分かりますか?」

オーランドの指が、ぎゅっと拳を握る。

「……」
「オーランド様、あなたは何も知らないでしょう?私がどんな人間かも、なにを考えているのかも、今まで私が苦しんでいたことすら知らなかったのでしょう」

オーランドが、息をのんだのが分かった。

「……それは、でも、今はその問題も解決して――」
「ええ、自分で解決しました。貴方は私を守るどころか、突き放した。覚えていますか?」
「……」
「『俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけたらどうだ』」

オーランドの顔が、驚愕に染まる。
私は静かに言った。

「……オーランド様にそう言われたとき、私は、ああ、この人は私と関わりたくないんだなって思いました」

オーランドの口が開きかけたが、言葉が出てこない。

「だから私は、あなたの言葉通りにしました。もうあなたにはかまわない。もう、関わらないようにする。そして自分の好きになれることも見つけた。それなのに……」

私は目を細め、オーランドを真っ直ぐ見つめた。

「今更になって、私が楽しそうに他の人と仲良くしていたら怒るのですか?」

オーランドは何かを言いたげに唇を開きかけたが、結局、何も言わなかった。
私は、ふっと息をついた。

「言っておきますが、この学院が共学な時点で他の生徒――もちろん男子生徒とも関わるのは当然のことです。オーランド様も他の女子生徒と話したり、授業で組んだり、昼食を一緒にとったりしていますよね?」
「……っそれは!!生徒会の仕事で――違うんだ、リーシャ」

「もし男子生徒や教師と関わるな、親交を深めるなと言うのであれば、それは不可能です。私のことがそんなにもが気に食わないのであれば婚約を破談にしていただいても結構ですから」

オーランドの瞳が、大きく揺れた。

「だから、邪魔しないでください」

私がそう告げると、オーランドはまるで何かに殴られたような顔をした。少し意外だった。彼が私なんかの言葉で傷ついていることが。でもよく分からない。興味がないはずの婚約者が急に生き生きし始めたから、ちょっかいを掛けたくなったとかだろうか。
彼は、何も言わなかった。ただ、拳を握りしめ、ゆっくりと私を見つめていた。

しかし、その瞳に、苦しみとも悲しみともつかない感情が浮かんでいたのを私は見てしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。 そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。 

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

ごろごろみかん。
恋愛
旦那様は、私の言葉を全て【女の嫉妬】と片付けてしまう。 正当な指摘も、注意も、全て無視されてしまうのだ。 忍耐の限界を試されていた伯爵夫人ルナマリアは、夫であるジェラルドに提案する。 ──悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

処理中です...