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この場からどうやって逃げ出そうか。今、目の前の男は腰のベルトにセットされた小型のナイフを数本所持しているだけだ。私もまともな武器がないという状況は同じだが、何かしらで気を引くことが出来れば油断させることも出来るだろうか。室内で何パターンもシミュレーションを数十パターンほど繰り広げる。
そして、その中でも一番成功率が高そうなものを実行に移そうとした直前。アレクサンダーが急に笑い出した。
「ははははっ!もう、我慢できない――」
「は?」
「冗談だ。脅し過ぎたな。お前があまりにも怯えた可愛い反応を見せるから、少しイジメてしまった」
目の前にいた先程まで私を、恐ろしい程の真顔で脅していた人形のような表情の男はいなかった。今目の前にいるのは、表情を崩して少年のように笑う美丈夫。驚くほどに真逆の人間だった。
「だが、思い出してくれないなんてあまりにも薄情じゃないか。俺は一目見た時からずっと君だと気付いていたのにな、アリス?」
「え、っと、私の知り合いだったってことですか?」
「思い出せないか?『いつか大人になって再会する日までは絶対に泣かない、弱音を吐かない。お互いに報われることを信じて、戦い続ける』。俺達、昔は泣き虫だったからな。……まだ思い出せないか?流石に泣き顔を見せろと言われたら、困るんだが」
「え、その言葉って…………貴方、サシャ?」
記憶の奥底に眠っていた、まるで可憐な女の子の容姿が再生される。
サシャと呼んだ彼は、私にたくさんの影響を与えて、強く生きる勇気をくれた人物その人だった。
しかし彼女……いいえ、彼が男だったとは全く気付かなかった。今は旧友との再会よりもそちらの衝撃の方が勝っていた。
「全く。目が醒めたなら部屋で大人しくしてくれていれば、俺もちゃんと説明できたんだが。昔より暴れん坊になったのか?正直、お前がいなくなったと報告を受けた時は、攫われたのかと勘違いして、心臓が止まるかとすら思ったんだからな」
反論できなくなって、一瞬押し黙る。
確かに、知らない場所で目覚めたとはいえ、あんなに至れり尽くせりの場所で休息させてもらっていたというのに、がっつり警戒心剥き出しで飛び出していったのは申し訳ないと思っていた。けれど、安心できない環境に置かれ続けていたせいで、他人のことなど手放しで信用できなかったのだ。
彼は、私が『自分に気付いてくれなかった』と現在進行形で落ち込んでいるが、魔力を探ったり、容姿を見たからと言って、成長して過去の面影が殆どなくなった人間を見分けるなど殆ど不可能に近いだろう。そもそも私は彼女……いや、彼のことを女だと思い込んでいた。
むしろこんな変化していて分かる方が異常だろう。
それに彼に気付かなかった最大の理由として、髪の色だ。私も薄ぼんやりとした記憶から今無理矢理引っ張りだしたが、昔彼は、少し赤みがかった茶色い髪だったはずだ。だが、今は光り輝く金糸に変化している。変わらないのなんて、今も昔も美しい、紅玉のような色を放つ瞳だけだろう。
「そ、れは悪かったと今は思っているわ。でも貴方とサシャの印象は全く違うわ。だから気付けと言われても、無理よ。身長も普段の表情も、体型だって、全然違う。それに、サシャの髪の色は確か――」
「ああ。それを言ったら、お前も髪の色が変わっただろう」
「……私が悪かったわ」
「ああ。お前が終始警戒心剥き出しで、俺は傷付いた。折角暴走を止めた上、眠りについた後も君の膨張した魔力の制御やら、魔力を栄養素にして送ったりやらを健気に頑張っていたというのに」
今度はシュンとした表情で、拗ねたように横をプイッと向く。きっと女の子だと思っていたなんて伝えれば、更にへそを曲げて面倒なことになるだろう。それが分かったから、あえて容姿のことだけを指摘した。この秘密は墓場まで持っていこうと思う。
しかし改めて彼のことを見てみると、面白い人だなという印象を受けた。なにせ、あんな近寄りがたい雰囲気を出していたくせに、緊張が解けてみれば、コロコロ顔が変わるのだ。
しかし、観察しながら話を聞いていると、一つ彼が勘違いしている部分を見つけた。暴走を止めた?
「サシャ、貴方は何か勘違いをしているようだけど、私は今でもあの街の人間達が目の前に現れれば、容赦なく消すわ。私はあの時、確かにあの忌まわしい人間共を消したいと考えていたのだから」
「………………そうか」
長い沈黙の後の頷き。
折角再会したのに、私は自分の中の『憎しみ』の感情を表に出さずにはいられない。そんな自分がなんだか、彼の目の前に立っていてはいけないような気がして、アレクサンダーの顔を見られなかった。
そして、その中でも一番成功率が高そうなものを実行に移そうとした直前。アレクサンダーが急に笑い出した。
「ははははっ!もう、我慢できない――」
「は?」
「冗談だ。脅し過ぎたな。お前があまりにも怯えた可愛い反応を見せるから、少しイジメてしまった」
目の前にいた先程まで私を、恐ろしい程の真顔で脅していた人形のような表情の男はいなかった。今目の前にいるのは、表情を崩して少年のように笑う美丈夫。驚くほどに真逆の人間だった。
「だが、思い出してくれないなんてあまりにも薄情じゃないか。俺は一目見た時からずっと君だと気付いていたのにな、アリス?」
「え、っと、私の知り合いだったってことですか?」
「思い出せないか?『いつか大人になって再会する日までは絶対に泣かない、弱音を吐かない。お互いに報われることを信じて、戦い続ける』。俺達、昔は泣き虫だったからな。……まだ思い出せないか?流石に泣き顔を見せろと言われたら、困るんだが」
「え、その言葉って…………貴方、サシャ?」
記憶の奥底に眠っていた、まるで可憐な女の子の容姿が再生される。
サシャと呼んだ彼は、私にたくさんの影響を与えて、強く生きる勇気をくれた人物その人だった。
しかし彼女……いいえ、彼が男だったとは全く気付かなかった。今は旧友との再会よりもそちらの衝撃の方が勝っていた。
「全く。目が醒めたなら部屋で大人しくしてくれていれば、俺もちゃんと説明できたんだが。昔より暴れん坊になったのか?正直、お前がいなくなったと報告を受けた時は、攫われたのかと勘違いして、心臓が止まるかとすら思ったんだからな」
反論できなくなって、一瞬押し黙る。
確かに、知らない場所で目覚めたとはいえ、あんなに至れり尽くせりの場所で休息させてもらっていたというのに、がっつり警戒心剥き出しで飛び出していったのは申し訳ないと思っていた。けれど、安心できない環境に置かれ続けていたせいで、他人のことなど手放しで信用できなかったのだ。
彼は、私が『自分に気付いてくれなかった』と現在進行形で落ち込んでいるが、魔力を探ったり、容姿を見たからと言って、成長して過去の面影が殆どなくなった人間を見分けるなど殆ど不可能に近いだろう。そもそも私は彼女……いや、彼のことを女だと思い込んでいた。
むしろこんな変化していて分かる方が異常だろう。
それに彼に気付かなかった最大の理由として、髪の色だ。私も薄ぼんやりとした記憶から今無理矢理引っ張りだしたが、昔彼は、少し赤みがかった茶色い髪だったはずだ。だが、今は光り輝く金糸に変化している。変わらないのなんて、今も昔も美しい、紅玉のような色を放つ瞳だけだろう。
「そ、れは悪かったと今は思っているわ。でも貴方とサシャの印象は全く違うわ。だから気付けと言われても、無理よ。身長も普段の表情も、体型だって、全然違う。それに、サシャの髪の色は確か――」
「ああ。それを言ったら、お前も髪の色が変わっただろう」
「……私が悪かったわ」
「ああ。お前が終始警戒心剥き出しで、俺は傷付いた。折角暴走を止めた上、眠りについた後も君の膨張した魔力の制御やら、魔力を栄養素にして送ったりやらを健気に頑張っていたというのに」
今度はシュンとした表情で、拗ねたように横をプイッと向く。きっと女の子だと思っていたなんて伝えれば、更にへそを曲げて面倒なことになるだろう。それが分かったから、あえて容姿のことだけを指摘した。この秘密は墓場まで持っていこうと思う。
しかし改めて彼のことを見てみると、面白い人だなという印象を受けた。なにせ、あんな近寄りがたい雰囲気を出していたくせに、緊張が解けてみれば、コロコロ顔が変わるのだ。
しかし、観察しながら話を聞いていると、一つ彼が勘違いしている部分を見つけた。暴走を止めた?
「サシャ、貴方は何か勘違いをしているようだけど、私は今でもあの街の人間達が目の前に現れれば、容赦なく消すわ。私はあの時、確かにあの忌まわしい人間共を消したいと考えていたのだから」
「………………そうか」
長い沈黙の後の頷き。
折角再会したのに、私は自分の中の『憎しみ』の感情を表に出さずにはいられない。そんな自分がなんだか、彼の目の前に立っていてはいけないような気がして、アレクサンダーの顔を見られなかった。
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