上 下
18 / 22

17.

しおりを挟む
「アレクサンダー様、アリス様。お食事の用意が出来ました」

そしてどれくらい時間が経ったのだろうか。お互いになんと切り出せばいいのか分からず、アレクサンダー改め、サシャの言葉のあとはずっと気まずい沈黙が続いていた。
しかしそんなものはサシャ付きであろう執事には関係なかったようだ。ちらっと私とサシャの雰囲気を見た後、声を掛けられ、食事の場へと案内された。
きっとサシャが頼んだのだろう、広い部屋には似つかわしくない二人掛けのテーブル。そこに対面で座る。
目を合わせるのが気まずかったので、私は最初に軽くスープを飲むことで冷静さをなんとか取り戻して、言葉を発した。

「サシャって、皇子だったのね」

昔出会った時。当時、私は唯一の味方とも言えた母様が亡くなったばかりで、周囲の仕打ちに耐え切ることが出来ずに逃げ出していた。ずっと母様が私を守ってくれていたのだとその偉大さを感じながらも、母様がこの世界からいなくなってしまった寂しさと悲しさ、そして周囲からの子供にするとは思えないような酷い行いによって生きているのすら辛かった。

そんな中、国から逃げ出した先の仄暗い森で偶然出会ったのが彼……改め彼女だったのだ。そんな場所で、美しい妖精と見紛うような容姿の者と出会う。不思議すぎる光景に、実は人間じゃないような気さえしていた。
そこでの出会いを切っ掛けに、暫く一緒に旅をしたのだ。今までで一番楽しい時間だとすら思えた旅を――。
その時、私は城から逃げてきたと自身の立場をある程度明かしていたが、彼はずっと各地を修行のために旅している旅人だとしか言っていなかった。だから、アレクサンダーという名前を知っていたにも関わらず、結び付かなかったのだ。

「ああ。そういえば言っていなかったな」

先程の気まずい雰囲気の中、私が先に言葉を発したことで少し安心したのだろう。サシャが微笑みを浮かべながら、そう答えた。
彼が微笑みを浮かべたを切っ掛けに、私も先程まで怒りが再燃していたのが薄れる。そうして、私達は腹を満たしながら、会えなかった時間の話をたくさんした。
サシャは、旅をしていた理由――自身が王と踊り子だった母との子供だった故にエンシェント帝国で立場が弱かったこと、そのせいで第一皇子にも関わらず、弟の母親やら親戚の差し金により城で何度も殺されかけていた事、そして唯一の味方であった父王が自身を修行の旅として密かに外に逃がしてくれていた事。そこで私に出会ったのだという。
そうして私との日々を過ごし、修業期間も終わり、力をつけたところでこの国に戻ったのだということ――。
初めて知った事実や、聞いた話ばかりだったが、少しだけ旧友とも言える彼のことを深く知れたようでうれしかった。
けれど昔を思い出せば思い出すほどに思う。サシャは大きく成長した。彼に昔の弱弱しい印象は既に残っていないのだ。

そんな話を聞いていると、何も出来ずに国を追い出された自分があまりにも惨めに思えてきてしまう。恥ずかしいという感情によって、段々と言葉を口に出せなくなっていた。だって私はあれから何も成長していない気がしてしまう。確かに能力や力は強くなったが、彼と違って私はあの国で何の立場も築けなかった。

「アリス?」

沈黙が多くなった私を不審に思ったのだろう、サシャが心配そうに声を掛けて来た。

「なんでもないわ。私は……そう、ね」

出来るだけ耳障りの良い言葉を選んで、少しでも綺麗な思い出を選んで、彼に過去を語った。
ノルネンツ王国で強くなれるように頑張った事、ダニエル、そしてカノンと出会った事、たくさんの人を救い続けてきたこと――。
国での酷い扱いや、どれだけ救っても糾弾された過去は隠して。

「アリス、お前、嘘を吐いていないか?」
「え……」
「昔からアリスは嘘だったり、誤魔化したいことがあったりする時は、視線を右下から右上に複数回動かす癖があるんだ」
「隠してなんて――」

ない、とは言えなかった。
私の顔を見つめていたサシャの瞳があまりにも悲しそうな色を浮かべていたから。

「…………きっと、私に失望するわ」
「しない。約束しても良い」

サシャは昔から泣き虫だったくせに、一度決めたことは絶対に曲げない。そんなところがあった。
口から出てしまう溜息を止めずに吐いて、諦める。どうせノルネンツ王国についてある程度調べれば、自身が追い出された事なんて分かるだろう。だったら自分から話したほうが良い。そう、無理矢理自身を納得させて、あの国で起こった本当の事を全て話した。

どれだけ強くなって、頑張っても、父親も妹も兄も、誰も認めてなどくれなかったこと。妹は私に仕事を押し付けたり、功績を奪ったり……。
だったら行動で示そうと、自身が傷付くのを厭わずに頑張ってたくさんの人を救い続けたが、結局それらの人々にも酷く責められて終わった事。挙句の果てに、妹の罪を背負わされて国を追い出された事。あまりの情けなさに涙が溢れそうになるが、なんとか堪えた。
そして最後に、あの街であったこと、そしてそこで自身が初めて人間という生き物に憎悪を抱いたこと、全てを洗いざらい話した。

「……辛かっただろう。すまない、俺との約束がお前の負担になっていたようだな。それにさっきのことも、でも俺はどうしてもお前に人間を殺して……穢れさせたくなかったんだ。分かってくれ」

きっと嫌われる。そう思っていたのに……サシャが私に与えたのは、謝罪の言葉と優しい抱擁だった。いつの間にか立ち上がって、真横から抱きしめてくる。
何故だかそれが酷く私を安心させて、いつの間にか子供のように泣きだしていた。あの時自身を止めた彼すらも憎らしいと思うのに、『穢れさせたくなかった』という言葉に彼の好意を感じて嬉しくなる。矛盾した二つの感情で引き裂かれそうになりながらも、その中で泣き続ける。
彼に会ってからは、ずっと泣いてばかりだと心の中で思うが、涙を止めることはできなかった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。 朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。 そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。 「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」 「なっ……正気ですか?」 「正気ですよ」 最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。 こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

冷遇された王妃は自由を望む

空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。 流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。 異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。 夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。 そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。 自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。 [もう、彼に私は必要ないんだ]と 数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。 貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。

実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです

サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

処理中です...