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「アレクサンダー様、アリス様。お食事の用意が出来ました」
そしてどれくらい時間が経ったのだろうか。お互いになんと切り出せばいいのか分からず、アレクサンダー改め、サシャの言葉のあとはずっと気まずい沈黙が続いていた。
しかしそんなものはサシャ付きであろう執事には関係なかったようだ。ちらっと私とサシャの雰囲気を見た後、声を掛けられ、食事の場へと案内された。
きっとサシャが頼んだのだろう、広い部屋には似つかわしくない二人掛けのテーブル。そこに対面で座る。
目を合わせるのが気まずかったので、私は最初に軽くスープを飲むことで冷静さをなんとか取り戻して、言葉を発した。
「サシャって、皇子だったのね」
昔出会った時。当時、私は唯一の味方とも言えた母様が亡くなったばかりで、周囲の仕打ちに耐え切ることが出来ずに逃げ出していた。ずっと母様が私を守ってくれていたのだとその偉大さを感じながらも、母様がこの世界からいなくなってしまった寂しさと悲しさ、そして周囲からの子供にするとは思えないような酷い行いによって生きているのすら辛かった。
そんな中、国から逃げ出した先の仄暗い森で偶然出会ったのが彼……改め彼女だったのだ。そんな場所で、美しい妖精と見紛うような容姿の者と出会う。不思議すぎる光景に、実は人間じゃないような気さえしていた。
そこでの出会いを切っ掛けに、暫く一緒に旅をしたのだ。今までで一番楽しい時間だとすら思えた旅を――。
その時、私は城から逃げてきたと自身の立場をある程度明かしていたが、彼はずっと各地を修行のために旅している旅人だとしか言っていなかった。だから、アレクサンダーという名前を知っていたにも関わらず、結び付かなかったのだ。
「ああ。そういえば言っていなかったな」
先程の気まずい雰囲気の中、私が先に言葉を発したことで少し安心したのだろう。サシャが微笑みを浮かべながら、そう答えた。
彼が微笑みを浮かべたを切っ掛けに、私も先程まで怒りが再燃していたのが薄れる。そうして、私達は腹を満たしながら、会えなかった時間の話をたくさんした。
サシャは、旅をしていた理由――自身が王と踊り子だった母との子供だった故にエンシェント帝国で立場が弱かったこと、そのせいで第一皇子にも関わらず、弟の母親やら親戚の差し金により城で何度も殺されかけていた事、そして唯一の味方であった父王が自身を修行の旅として密かに外に逃がしてくれていた事。そこで私に出会ったのだという。
そうして私との日々を過ごし、修業期間も終わり、力をつけたところでこの国に戻ったのだということ――。
初めて知った事実や、聞いた話ばかりだったが、少しだけ旧友とも言える彼のことを深く知れたようでうれしかった。
けれど昔を思い出せば思い出すほどに思う。サシャは大きく成長した。彼に昔の弱弱しい印象は既に残っていないのだ。
そんな話を聞いていると、何も出来ずに国を追い出された自分があまりにも惨めに思えてきてしまう。恥ずかしいという感情によって、段々と言葉を口に出せなくなっていた。だって私はあれから何も成長していない気がしてしまう。確かに能力や力は強くなったが、彼と違って私はあの国で何の立場も築けなかった。
「アリス?」
沈黙が多くなった私を不審に思ったのだろう、サシャが心配そうに声を掛けて来た。
「なんでもないわ。私は……そう、ね」
出来るだけ耳障りの良い言葉を選んで、少しでも綺麗な思い出を選んで、彼に過去を語った。
ノルネンツ王国で強くなれるように頑張った事、ダニエル、そしてカノンと出会った事、たくさんの人を救い続けてきたこと――。
国での酷い扱いや、どれだけ救っても糾弾された過去は隠して。
「アリス、お前、嘘を吐いていないか?」
「え……」
「昔からアリスは嘘だったり、誤魔化したいことがあったりする時は、視線を右下から右上に複数回動かす癖があるんだ」
「隠してなんて――」
ない、とは言えなかった。
私の顔を見つめていたサシャの瞳があまりにも悲しそうな色を浮かべていたから。
「…………きっと、私に失望するわ」
「しない。約束しても良い」
サシャは昔から泣き虫だったくせに、一度決めたことは絶対に曲げない。そんなところがあった。
口から出てしまう溜息を止めずに吐いて、諦める。どうせノルネンツ王国についてある程度調べれば、自身が追い出された事なんて分かるだろう。だったら自分から話したほうが良い。そう、無理矢理自身を納得させて、あの国で起こった本当の事を全て話した。
どれだけ強くなって、頑張っても、父親も妹も兄も、誰も認めてなどくれなかったこと。妹は私に仕事を押し付けたり、功績を奪ったり……。
だったら行動で示そうと、自身が傷付くのを厭わずに頑張ってたくさんの人を救い続けたが、結局それらの人々にも酷く責められて終わった事。挙句の果てに、妹の罪を背負わされて国を追い出された事。あまりの情けなさに涙が溢れそうになるが、なんとか堪えた。
そして最後に、あの街であったこと、そしてそこで自身が初めて人間という生き物に憎悪を抱いたこと、全てを洗いざらい話した。
「……辛かっただろう。すまない、俺との約束がお前の負担になっていたようだな。それにさっきのことも、でも俺はどうしてもお前に人間を殺して……穢れさせたくなかったんだ。分かってくれ」
きっと嫌われる。そう思っていたのに……サシャが私に与えたのは、謝罪の言葉と優しい抱擁だった。いつの間にか立ち上がって、真横から抱きしめてくる。
何故だかそれが酷く私を安心させて、いつの間にか子供のように泣きだしていた。あの時自身を止めた彼すらも憎らしいと思うのに、『穢れさせたくなかった』という言葉に彼の好意を感じて嬉しくなる。矛盾した二つの感情で引き裂かれそうになりながらも、その中で泣き続ける。
彼に会ってからは、ずっと泣いてばかりだと心の中で思うが、涙を止めることはできなかった――。
そしてどれくらい時間が経ったのだろうか。お互いになんと切り出せばいいのか分からず、アレクサンダー改め、サシャの言葉のあとはずっと気まずい沈黙が続いていた。
しかしそんなものはサシャ付きであろう執事には関係なかったようだ。ちらっと私とサシャの雰囲気を見た後、声を掛けられ、食事の場へと案内された。
きっとサシャが頼んだのだろう、広い部屋には似つかわしくない二人掛けのテーブル。そこに対面で座る。
目を合わせるのが気まずかったので、私は最初に軽くスープを飲むことで冷静さをなんとか取り戻して、言葉を発した。
「サシャって、皇子だったのね」
昔出会った時。当時、私は唯一の味方とも言えた母様が亡くなったばかりで、周囲の仕打ちに耐え切ることが出来ずに逃げ出していた。ずっと母様が私を守ってくれていたのだとその偉大さを感じながらも、母様がこの世界からいなくなってしまった寂しさと悲しさ、そして周囲からの子供にするとは思えないような酷い行いによって生きているのすら辛かった。
そんな中、国から逃げ出した先の仄暗い森で偶然出会ったのが彼……改め彼女だったのだ。そんな場所で、美しい妖精と見紛うような容姿の者と出会う。不思議すぎる光景に、実は人間じゃないような気さえしていた。
そこでの出会いを切っ掛けに、暫く一緒に旅をしたのだ。今までで一番楽しい時間だとすら思えた旅を――。
その時、私は城から逃げてきたと自身の立場をある程度明かしていたが、彼はずっと各地を修行のために旅している旅人だとしか言っていなかった。だから、アレクサンダーという名前を知っていたにも関わらず、結び付かなかったのだ。
「ああ。そういえば言っていなかったな」
先程の気まずい雰囲気の中、私が先に言葉を発したことで少し安心したのだろう。サシャが微笑みを浮かべながら、そう答えた。
彼が微笑みを浮かべたを切っ掛けに、私も先程まで怒りが再燃していたのが薄れる。そうして、私達は腹を満たしながら、会えなかった時間の話をたくさんした。
サシャは、旅をしていた理由――自身が王と踊り子だった母との子供だった故にエンシェント帝国で立場が弱かったこと、そのせいで第一皇子にも関わらず、弟の母親やら親戚の差し金により城で何度も殺されかけていた事、そして唯一の味方であった父王が自身を修行の旅として密かに外に逃がしてくれていた事。そこで私に出会ったのだという。
そうして私との日々を過ごし、修業期間も終わり、力をつけたところでこの国に戻ったのだということ――。
初めて知った事実や、聞いた話ばかりだったが、少しだけ旧友とも言える彼のことを深く知れたようでうれしかった。
けれど昔を思い出せば思い出すほどに思う。サシャは大きく成長した。彼に昔の弱弱しい印象は既に残っていないのだ。
そんな話を聞いていると、何も出来ずに国を追い出された自分があまりにも惨めに思えてきてしまう。恥ずかしいという感情によって、段々と言葉を口に出せなくなっていた。だって私はあれから何も成長していない気がしてしまう。確かに能力や力は強くなったが、彼と違って私はあの国で何の立場も築けなかった。
「アリス?」
沈黙が多くなった私を不審に思ったのだろう、サシャが心配そうに声を掛けて来た。
「なんでもないわ。私は……そう、ね」
出来るだけ耳障りの良い言葉を選んで、少しでも綺麗な思い出を選んで、彼に過去を語った。
ノルネンツ王国で強くなれるように頑張った事、ダニエル、そしてカノンと出会った事、たくさんの人を救い続けてきたこと――。
国での酷い扱いや、どれだけ救っても糾弾された過去は隠して。
「アリス、お前、嘘を吐いていないか?」
「え……」
「昔からアリスは嘘だったり、誤魔化したいことがあったりする時は、視線を右下から右上に複数回動かす癖があるんだ」
「隠してなんて――」
ない、とは言えなかった。
私の顔を見つめていたサシャの瞳があまりにも悲しそうな色を浮かべていたから。
「…………きっと、私に失望するわ」
「しない。約束しても良い」
サシャは昔から泣き虫だったくせに、一度決めたことは絶対に曲げない。そんなところがあった。
口から出てしまう溜息を止めずに吐いて、諦める。どうせノルネンツ王国についてある程度調べれば、自身が追い出された事なんて分かるだろう。だったら自分から話したほうが良い。そう、無理矢理自身を納得させて、あの国で起こった本当の事を全て話した。
どれだけ強くなって、頑張っても、父親も妹も兄も、誰も認めてなどくれなかったこと。妹は私に仕事を押し付けたり、功績を奪ったり……。
だったら行動で示そうと、自身が傷付くのを厭わずに頑張ってたくさんの人を救い続けたが、結局それらの人々にも酷く責められて終わった事。挙句の果てに、妹の罪を背負わされて国を追い出された事。あまりの情けなさに涙が溢れそうになるが、なんとか堪えた。
そして最後に、あの街であったこと、そしてそこで自身が初めて人間という生き物に憎悪を抱いたこと、全てを洗いざらい話した。
「……辛かっただろう。すまない、俺との約束がお前の負担になっていたようだな。それにさっきのことも、でも俺はどうしてもお前に人間を殺して……穢れさせたくなかったんだ。分かってくれ」
きっと嫌われる。そう思っていたのに……サシャが私に与えたのは、謝罪の言葉と優しい抱擁だった。いつの間にか立ち上がって、真横から抱きしめてくる。
何故だかそれが酷く私を安心させて、いつの間にか子供のように泣きだしていた。あの時自身を止めた彼すらも憎らしいと思うのに、『穢れさせたくなかった』という言葉に彼の好意を感じて嬉しくなる。矛盾した二つの感情で引き裂かれそうになりながらも、その中で泣き続ける。
彼に会ってからは、ずっと泣いてばかりだと心の中で思うが、涙を止めることはできなかった――。
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