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「さて、改めて。俺はアレクサンダー=アトラステア。このエンシェント帝国の第一皇子だ」

連れてこられた部屋。それは私が眠っていた場所よりも更に広かった。それだけじゃない。見るからに高そうな机やらベッドやらが最低限置かれているだけの豪華だが、シンプルな部屋だった。
第一声から『皇子』と自己紹介を聞いて、改めてなるほどと納得する。確かに彼の容姿は童話に出てきそうであり、なんだか言葉に出来ないオーラというものがある。別に身分を疑ってなどいないが、皇子という身分の高さに謎の説得力があった。
そんな印象に対する感想を心の中で呟きながらも、エンシェント帝国と聞いて、私は脳内に世界地図を呼び起こす。ここはクモステラ同盟よりも更に南にある国だった筈だ。魔導車で乗りあわせたアンドレーもこの国を目指していた覚えがある。
魔導大国・エンシェント帝国。数年前にノルネンツで希少な魔法鉱石が採掘されるようになる前までは、魔法技術の最前線などと言われていた場所だった筈だ。それに、実は私の実の母親の故郷でもあった。だからこそ、それなりに私はこの国について詳しいという自負がある。あと、母の故郷だと知って、少しだけ安心できた。

「私の名前はアリスです。カノン達から既に聞いているかもしれませんが、ノルネンツ王国から来ました」
「ああ、聞いている。仕事を休んで3人でグルメ旅をしている、と。でも、この時代にあの豊かな国から移動してくるだなんて、お前達は中々酔狂な人間だな。本当、変わっている」

なるほど、カノンとダニエルは国から追い出されたのではなく、旅をしているという風に誤魔化したようだ……が、なんだか怪しまれているような気がする。
でも確かに追い出されただなんて言ったら、外聞が悪い上に、今以上に警戒も強くなるだろう。
私は二人が考えたであろうその理由を全面的に押し出して、話を合わせることにした。ほんの少しの真実を混ぜながらも、一般人の観光っぽい雰囲気を醸し出す。先程もやはりファミリーネームを出さなくて正解だったと改めて感じた。

「はい。ノルネンツは技術は確かに進歩していますが、あまりご飯が美味しくないので」

事実、仕事の割に薄給のくせに、たまーに思い出したようにしか城で出されない食事は、まるで残飯のようにぐちゃぐちゃで酷い味だった。外でも食事をしたことがあるが、一年の半分が氷に覆われるような国なので、あまり作物も質の良いものが取れない。

「エンシェント帝国は美味しいものがたくさんあると、本で読みました。シャルロ海ポルポのグラタンやシュドルチキンのケバブ――」

ポルポのプチプチとした弾力がある……らしい感触に、味が強いジューシーなチーズが絡み付いている味や、世界一良質な脂がのっている肉と言われるシュドルチキンの味を想像してみると、腹の虫がなってしまった。今まで不味いものばかりを口にいれていたこともあり、余計に想像力に力が入ってしまったのだ。

「……可愛い音だな」
「揶揄わないでください」
「大丈夫だ。食事は今、用意させている」

今更ながら1カ月間眠っていたという事実を思い出してしまった。今更1カ月眠っていたのに、腹が減っている程度で済んでいることに疑問を持つ。この国で保護してくれた人が何か対処してくれたのだろうか、なんて呑気に考えた。なにせ先程までの警戒の色は腹の音で気が抜けたせいなのか、少し薄くなっているような気がしたから。

「さて、美味しい食事をするためにも本題に入ろうか。お前はあのクモステラ同盟の街でその魔力を暴走させた。しかも普通の暴走じゃない。『軍神化』と呼ばれるものだ」
「…………え?」

私の今の心の中の状況は、『全然警戒心解けてなかったー!』という嘆きと、腹の音が恥かき損だったという羞恥心、そして『軍神化ってなんだ??』という疑問で埋め尽くされていた。それが表情に出ていたのだろう。アレクサンダーが言葉を続ける。

「軍神化というのは、このエンシェント帝国の王族であるアトラステアの民の血を引く者のみが発現できる能力の事だ。神という名称がついているように、この世界の神と呼ばれるものに近い魔力がその血から溢れ出してくるんだ。そして力を使っている間は、その身体も異形のものに変貌する」
「あの羽……」
「ああ。お前の場合は3対の羽が生えて来ていたな。ちなみに俺がお前の暴走する気配を察知できたのも、同じ血が流れているからだ。ところで、そんな血を遠国のノルネンツ王国の人間――それも一般人が引いているだなんておかしいと思わないか?」

あの原因不明の力の原理がやっとわかった。しかしそれと同時に、『同じ血が流れている』というアレクサンダーもきっと同等以上の力を持っているということを示唆されている気がする。要は警戒心が解けていなかった程度ではない。これ以上ない程に警戒されているのだろう。綺麗な人間の真顔というのは非常に威圧感がある。まるで逃れられないと錯覚してしまいそうな圧力に、背中から汗が伝う感触。ほいほいついて来るんじゃなかったと今更ながら後悔した。
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